第百七十二話 敗者
第百七十二話 敗者
サイド 剣崎 蒼太
「っ……!」
ふらついた足を踏ん張り、拳を振り抜いた絹旗さんに剣を――。
「くっ!」
咄嗟に剣を止め、左のストレート。だが急な変更の一撃はあっさりと躱され、カウンターであちらの拳がこちらの胸に迫る。
それに右手を差し込む事で耐え、爪先を潰そうと踏みつけに行く。
だがまた躱された。先ほどまでと速さが段違いだ。見るに、新城さんの時間操作による加速を受けていると推測される。テレビの早回しの様な動きは読みづらく、背後をとられたと第六感覚が伝えてくるまで気づけなかった。
それでも、まだ俺の方が強い。
振り向きざまの斬撃で斧を弾き、掌底を絹旗さんの腹にあてる。
どれだけ動きが速かろうが、先読みは難しくない。フェイントもなしに突っ込んでくるだけなら、まだ対処のしようもある。
「がっ……!」
「邪神の命令でないのなら!道を開けてください!」
「できねえなぁ!」
側面から突っ込んできた田中さんの槍に自分も片手突きを放ち、互いの切っ先が火花を散らして相手を逸らす。
だがこの軌道なら槍の方だけこちらからはずれ、自分の剣のみが彼の顔面に届く。首から上に目立った防具をつけていない田中さんの頭蓋は、容易く貫かれる事だろう。
「このっ」
そんな事できるものか。剣を跳ね上げて貫く寸前で軌道を変え、柄頭で槍を殴って弾き、そのまま左フックを彼の側頭部狙いで放つ。
それを屈む事で避けた田中さんの向こう側。開いた射線を縫うように対物ライフルの弾丸が飛んできた。
これを軽く首を横にそらせて回避。跳ね上がるように迫る下からの突き込みを剣で払い、背後からの斧を振り向きざまに放った左の裏拳で弾く。
「どうして!俺は、戦いたくなんかない!」
「そりゃあお前の都合だなぁ!」
足払いを仕掛けてきた槍を踏みつけて防ぎ、上段からの斧を受け止める。
「あの子は、もう……!」
炎を放出して斧を振り払い、槍の上をクルリと回って蹴りを田中さんの顔面へ。僅かにゆるんだ動きに対応され、腕でガードされた。
空中に浮いたこちらの体目掛けて飛んできた銃弾を剣で受ける。
「妹はもう、殺してやるしかない!」
――優先順位を変更。絹旗さんを強化している新城さんを先に制圧する。
炎の加速をして接近。背後から来た斧を剣ではらって脇腹に蹴りを入れて弾き飛ばし、その隙をついてきた田中さんを鎧の一部パージで追い払う。
「こっち来たか……!」
「どれだけ死んだ!どれだけ壊した!もはや償いきれない罪だ!俺に裁く権利はなくとも、ケジメはつけなければならないんだ!」
ナイフと拳銃に切り替えた新城さんに、剣を振りかぶると見せかけて刀身の炎を強く発光。目つぶしからの足払いでバランスを崩させ、胸倉を掴んで引き倒す。
勢いよく地面に叩きつけられてせき込む彼女に、至近距離から怒鳴る。
我ながら情けない。だが、もうこれしかないのだ。
「殺された者達の!その遺族の!誰があの子の生存を認めるのか!」
引き倒した彼女を持ち上げ、その細い首に剣を突き付ける。
「罪を償えと!?命以外に、なにをしろと言うんだ!残された者達が望む形で死なせろとでも言うつもりか!ああ、それが道理かもしれない。だが!」
「うっせんだよこのクソガキがぁ!」
至近距離で兜に銃弾を叩き込まれるが、小動もしない。だが、銃声でこちらの言葉が強引に遮られる。
「そんな事を言ってんじゃないのよこっちは!今回死んだ奴とか残された奴とか、知らんわ!」
「なっ」
彼女を掴む腕の肘に、上から殴りつける様にナイフが叩き込まれる。その程度では鎧の関節すらも貫けない。
だが、気が付けば拘束が緩んでしまっていた。そこに新城さんの蹴りが胴鎧に当たり脱出される。
そこにすかさず田中さんと絹旗さんが両サイドから挟むように斬りかかってきた。
右から来た斧を剣で受け流し、それと並行して左からの槍を籠手で滑らせながら肘鉄を田中さんの額に。再度迫る斧の柄を剣でかち上げて蹴りを絹旗さんのボディに叩き込む。
「だったら、どうして!」
「そんなもん!」
二人への対応で出来た隙を縫って、新城さんが至近距離で対物ライフルを突き付けてきた。
引き金が絞られる。それよりも先に炎を――使えない。殺してしまう!
ギリギリで剣を止めた瞬間、顔面に強い衝撃。仰け反る様にたたらを踏み、遅れて銃声が響いてきた。
体勢を立て直す前に、次々と弾丸が体に叩き込まれその度に足が一歩さげられる。
「あんたの為に決まってんでしょ!友達に壊れてほしくないから、殴りにきてんだ、バカヤロー!」
弾切れになったライフルで顔を殴られた。ビシリと、兜のヒビが広がっていく。
「あんたは何したいの!妹を殺したいの?やらかした身内をさぁ!」
「……ろう」
「ああ!?声がちいせぇ!」
「殺したいわけないだろう!!」
もう一度振るわれたライフルを掴み、握りつぶす。
「けど、けどあの子はもう!殺してやるしかないんだ!」
背後から振るわれた斧を振り向きざまに弾き、ボディブロー。だが絹旗さんの丸まった背中を踏み台に田中さんが上から突きを放ってきた。
「ふざけんな!しょうがないで殺す気かよ、お前は!」
辛うじて回避。右肩の鎧をかすめていく。
「ならどうやってあの子は償えばいい!」
追撃をしかけてきた槍と剣をぶつけ合い、武器越しに田中さんと睨み合う。
「遺族の一人一人の所に首を垂れにいけとでも!それで相手の気がおさまるわけがないだろう!身勝手に、理不尽に多くの命を奪って!許されるわけがない!命には」
「御託ばっか並べてんじゃねえ!」
力任せに押し込もうとした所で左側から絹旗さんの体当たり。咄嗟に剣をずらして田中さんをそちらに向けぶつけさせる。
「ぐぉ!」
「がっ」
「命には、命でしか贖えない。これからの一生を贖罪に費やすとしても、きっと、あの子は……!」
「だとしても!」
止めをさそうという剣を、振るえない。横薙ぎの槍を受け止めてお茶を濁す事しかできない。
義妹を殺す覚悟を決めたのに。いかなる手段を用いてでも始末をつけると決めたのに……!
「それでお前はどうすんだよ!妹を殺したその後は、どうするつもりなんだよ剣崎ぃ!」
「出来る限りのことをするだけだ……!兄として、せめて、贖罪の一端を」
「その考えが気に入らねえ!」
もはやただの棒振りだ。滅茶苦茶に田中さんが槍を振るってくるのを、ただ剣で受けていく。
三人とも心身ともに限界なのだろう。魔力も少ないのか、雷撃や紅色の光すら減っている。
「殺したくねえなら殺すな!お前が背負う必要ないだろうが!」
「関係の有無を言うなら貴方達こそ無関係だ!他人が勝手に、人の家庭に口出しするな!」
振るわれた槍を上に弾き、彼の左足を蹴り飛ばす。強引に動かしている足だ。それだけで傷口がひらき、立っている事すら難しくなる。
「ご、おぉ……!」
「関係ならある!」
田中さんと入れ替わりに、絹旗さんが斬りかかってくる。だがその一撃はあまりにも雑だ。見え見えの軌道を、軽くいなしていく。
「友人が、相手の未来を気にして何が悪い!」
「っ……!なら、あの子は!」
あの子に、これから罪と向き合えと言うのか。己の手で友を、両親を、故郷を殺し、壊した事に。
邪神の手引きもあったのだろう。だが、選んだのは蛍だ。
その罪にあの子は耐えられるのだろうか。耐えたとしても、そこから先はどうする。本気で罪を償うとなれば、地獄すら生ぬるい道程となるだろう。
罪と向き合わないのであれば、きっとまた繰り返す。禁忌を犯した者は、その代償を見つめなおす事ができなければ『もう一度』と手を伸ばす。
ならば、もはやこの場で苦しみもなく終わらせてやるのが兄の務めだ。あの子の闇に気づいてやれなかった者として、その罪を代わりに償わないといけない。
義務……ではない。罪人の家族が同じ罪を負うわけではないと、理性ではわかっている。
だが、それでも。そうでもしなければ、俺は自分を……!
「選択肢を見誤るな!」
力任せの斧を受け止め、鍔迫り合う。
「殺すしかないと、そう思うとしても!お前が『納得』のいく選択肢はそれなのか!」
「納得……?」
「そうだ!罪を償うと言ったな!その償い方を、お前は納得しているのかと言っている!」
「っ……偉そうに!」
斧を弾き、相手が体勢を立て直すよりも速く二撃目を振るい斧の柄を両断する。
咄嗟に穂先側を振るってくる彼の指に拳を叩き込んで取り落とさせ、もう片方も柄を更に切り裂いて武器としての機能を奪う。
「妹を殺して傷ついて!そのうえ勝手にその罪まで背負って、それでお前はどうなる!」
「うるさい……俺は!俺はぁ……!」
――何人も殺してきた。
鎌足を。アバドンを。金原を。人斬りを。魔瓦を。木山教授を。鹿野さんを。
――何人も目の前で死んでいった。
東京で。貝人島で。ゆりかごで。
屍の上に俺は立つ。なんで俺はまだ生きている。なんで俺はまだ、戦っている。俺は、何がしたい。
「新城!あの杭よこせぇ!」
「正真正銘、これで店じまい!最後の魔力だもってけぇ!」
とうとう立てなくなっていた新城さんが、視界の端で田中さんにかなり大型の杭を投げわたすのが見えた。
だが田中さんはあろう事か手に掴まず、槍の石突きで己の左足目掛けて杭を打ち込んだのだ。足の甲を貫通し、地面へと深々と。
「なっ」
「よそ見を!」
動揺した瞬間、絹旗さんに組み付かれる。
強引に振りほどこうとするも、膂力ではあちらが勝る。それでも、炎を使えば焼き払う事など造作もない。
なのに。
「く、ぅぅぅぅぅ……!」
友達を、殺せない。
あれだけ覚悟をきめてここに来たはずなのに。こんな、こんな所で、自分はどうして躊躇っている……!
意思とは裏腹に、気が付けば剣が手からこぼれ落ちていた。
「剣崎ぃ!お前は俺らがあのガキ殺しても納得しやしねえだろう!だが俺らはお前が妹を殺すのも納得いかねえ!だったらぁ!」
「な、まさか……!」
田中さんが、槍を大きく振りかぶる。最後の魔力をあの一撃にのせるつもりか!?自分の体を固定するために、杭で自分の足を!?
いけない。このままでは絹旗さんが巻き込まれる。今の彼では間違いなく死ぬ!
「『妹を殺さず、一緒に歩いて行く』ぐらいの覚悟みせろやぁ!」
絹旗さんの傷口に膝を叩き込んで振りほどき、突き飛ばした直後。目の前に黄金の奔流が迫っていた。
咄嗟に左手の平を突き出す。
それでは止まらない。止められない。魔力を溢れさせ、そして――。
世界が金色に包まれる。
「―――だ」
「やり――い」
「生きて、い―――」
微かに、三人の声を聴きながら。
煙の中を歩いて抜ける。
「マジか……」
立っている事もできなくなったのだろう。左の足先を吹き飛ばして倒れ伏す田中さんが、こちらを見て顔を引きつらせる。
見れば、三人とも完全に魔力切れ。肉体も放っておけば使徒とは言え命の危険があるレベルだ。
吹き飛んだ左肩から先を復元させ、籠手さえも修復する。
どうという事はない。肉体を即席で魔道具化するのは何度目か。それを今回は眼球でなく左腕で行い、雷撃を相殺したに過ぎない。
魔力は残り六割ほど。肉体は万全。このまま剣を拾い上げても、無手のまま進んでも彼らに止める術はない。
ただ一人立っている空間で。しかし、両足が動いてくれない。
「俺は……俺は……」
ビシリと、兜のヒビが全体にまわる。
「俺は、もう、家族を殺さなくって、いいん、ですか……?」
兜が落ちる。王冠を彷彿とさせる装飾は地面にぶつかった時に欠け、足元を転がった。
「当たり前だろ、この馬鹿……」
ため息まじりにかけられたその言葉に、自分は、立っている事ができなくなっていた。懺悔でもするかのように、両膝をつく。
「酷い話しだ……それ、たぶん一番辛い道じゃないですか……」
「だろうな。だが、お前が一番選びたい選択肢なんじゃねえの?」
「本当に、酷い話しですよ……」
使徒がそろいも揃って地面に膝をついて、疲れ果ててうなだれる。
まったくもって、締まらない幕引きもあったものだ。
――殺したのなら、生きねば。
そう自分に言い聞かせて、歩いて来た。けれど、もういいのだろうか。
ずっと色んな人に言われてきた。『自分の為に生きればいい』と。相棒に、家臣に。そして、友人に。
殺し、看取り、踏み越えてきた。数々の怨嗟の声を聴いてきた。それら全てを抱えていかねばならないと思っていた。
もう、いいのだろうか。自分は、もう……。
「う、ああ……ああああああ……!」
兜に落ちる雫が、どうしてかとても大切な物に思えてならなくて。
自分はそっと、両手で瞳を覆い隠した。
読んで頂きありがとうございます。
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