第百七十一話 勝利者
第百七十一話 勝利者
サイド 田中 雷太
「こいつぁ……」
思わず息をのむ。なんつー圧迫感だよ……。
第六感覚で剣崎妹は新城がつれて退避したのを感知。あいつもすぐに戻ってくるだろう。これなら巻き込んで死なせちまうって事はないはずだ。
左手の指は親指以外全部逝った。傷は切り飛ばされるのと同時に焼かれた結果、出血はない。絹旗のおっちゃんも同じようだ。
「剣崎、おちつ」
なんとなく酷い誤解が発生している気がする。第六感覚がそう告げていたので声をあげるが、しかしそれよりも速く剣崎が突貫してきた。
「問答無用かよ!」
雷速で放つ刺突を剣崎が剣の腹で受け、穂先をそこで滑らせていく。急速に迫る距離。右手一本では迎撃が間に合わない。
「おおおお!」
絹旗のおっちゃんが紅い光を纏いながら突っ込んできた。奇しくも先と似た構図。されど今度は紅の光が自分達を包み込んでいる。
「ぐ、おお……!」
強化された肉体で後ろに跳ぶ。眼前を炎の剣が通り過ぎていき、入れ替わりにおっちゃんが斧を振るう。
それを今度は左手の籠手で防いだ剣崎。籠手で跳ね上げる様にして衝撃を受け流した。
そこから流れるように剣を引き絞った剣崎だが、ソレは攻撃ではなく防御に使われる。剣崎が柄頭を自分の顔の横に突き出したかと思えば、そこに親指大の金属塊が音速を超えて衝突したのだ。
新城からの支援射撃。僅かに体勢を崩した剣崎の後ろにすぐさま回り込み、背後から槍で切りつけに行く。左は槍を握れなくとも前腕で柄を押す事は出来る。
こちらを見もせずにさし込まれた刀身に槍を受けられ、反対側では剣崎の左手がおっちゃんの傷口に叩き込まれていた。フックのように折りたたまれた指が傷口を抉るのが見えた。
まだだ。手を使わずに太ももに挿した鉄杭を浮かせ、鎧の隙間を狙う。少しでも動きを止められれば……!
「が、あああ……!」
刀身から放たれた炎が、雷撃も鉄杭もまとめて燃やしつくす。炎の勢いを得た刀身に跳ね上げられ、両腕が上に泳いだ瞬間にボディブローを受けた。
内臓が全部ひっくり返ったような衝撃を受けて転がっていく。まずい、奴に距離をとらせるのは……!
剣崎の持つ剣に、膨大な魔力が収束するのがわかる。奴の炎は広範囲かつ高威力。好き放題撃たれれば数の有利など簡単にひっくり返されるのは明白だ。
だが止めるには間に合わない。下手に跳び込めばカウンターで沈められると第六感覚が吠えている。
炎が放たれる直前に一瞬でおっちゃんの正面に立ち、雷撃の壁を作り出す。直後、視界が蒼で染められる。
「ぐ、おおおおお!」
絹旗のおっちゃんに支えられながら、障壁を展開し続ける。左右の空間が削り取られ、障壁の隙間から流れ込む熱量に呼吸すらもままならない。
もはや炎という表現すら生ぬるい。極光となったそれを受け止め続ける。
それが途切れたのは、剣崎に複数の榴弾が放たれたから。こちらへの攻撃から迎撃へと切り替えられ、空中で榴弾が消し飛ばされた。
この好機を逃すわけにはいかない。全力でまだ熱量によって歪む空間を進む。自分の立っていた場所より先は数段地面が落ちているが、気にしている余裕はない。
全速力で駆け、その勢いを乗せたまさに雷速の一撃。使徒の中でも最速であると断言できる渾身の槍。
なれど。
「これ、も……!」
対応、するのか……!
雷撃で左手を焼かれながらもまるで軽く添える様にして受け流され、近づきすぎた距離で腹部に膝蹴りを叩き込まれる。くの字に曲がる体。痛覚や吐き気は来る前に、下から柄によるアッパーで顎をかち上げられた。
三人で連携しようにも、足並みを揃えたらこいつの戦闘速度についていけねえ。だからこそ俺がソロでも二人が追い付くまでもたせなきゃならねえのに……!
痛みどうこうよりも、揺さぶられた脳が意識を手放そうとする。かすむ視界は奴が剣を振りかぶっているのを確認しているのに、体が動いてくれない。
「おおおおおおおおお!」
側面からおっちゃんが斧ごと体当たりを行い、柄でもって剣崎を弾き飛ばす。
だがその代償に、カウンターでおっちゃんの腹が横に裂かれた。
「ぬ、ううううう!」
それでもおっちゃんは止まらない。獣の唸り声の様なものをあげ、果敢に攻め続ける。
なにやってんだ、俺。仲間が頑張っているのに、止まるんじゃねえよ……!俺が真っ先に倒れてどうする……!脱落まで最速になるつもりはねえぞ!
石突きで床を殴りつけて強引に傾いた体を跳ね上げ、おっちゃんに合流する。左右から挟み込むように剣崎へと斬りかかるのだ。
ほぼ同時に振るわれた斧と槍。それを、剣崎は槍を剣で弾きおっちゃん側に背中を見せながら近づく事で柄の部分を肩で受ける。
「っ!?」
兜の後頭部で頭突きを受け仰け反るおっちゃんの脛を踵で蹴り飛ばし、剣崎がこちらに剣を振るってくる。
狙いは首。しゃがんで回避するが、すぐさま第六感覚に警報。槍を顔の前に掲げれば、そこに黒い具足が飛んできた。
おっちゃんの脛を蹴り飛ばした足を、その反動も利用してこちらの顔面を狙ってきたのだ。
強引に体を起こされた所に、左のレバーブロー。怯んだ所にこちらの左膝へ蹴り。先と逆に下へ落ちる体に、横薙ぎの斬撃が迫る。
だが、その腕に紫銀の鎖が巻き付いた。
「『空間凍結』!」
見れば新城が接近し、伸ばした鎖で剣崎の右腕、いいや、正確にはその周囲を鎖により時間を止めているのだ。
今しか、ねえ!
槍を手に再度の攻撃をしかける。ふらつく脚を無理やり動かし、強引に前へ。
剣崎が刀身から炎を溢れさせ鎖の魔力を燃やしながら、左手でおっちゃんの毛皮を掴むなり新城目掛けて投げつけた。踏ん張ろうとしたおっちゃんの足を払いながら。
「げぇ!?」
砲弾のように飛んできたおっちゃんの体を、新城が受け止める。二人して地面に勢いよくぶつかる中、自分の槍が剣崎に届く。
狙うはどてっ腹。手加減など最初から考えていない。殺す気で行かなければ、そもそも勝負にすらならねえ。
必勝を込めた一撃。確かに自分の槍は奴の胴鎧に触れた。だが、金色の穂先はその表面をひっかくように滑っていく。
あり得ない。自分の槍は旧式なら戦車の装甲だって簡単に貫く。なのに、こんな簡単に。
それが、『胴鎧による受け流しだった』と気づいたのは、剣崎が鎖から出る魔力を焼き切り、フリーになった腕でこちらの首を狙いにきた頃だった。
「お、おおお!」
左足を使い潰すつもりで、跳躍。衝撃に膝と足首が悲鳴をあげるが、なりふり構わず踏み込んだ。
剣崎の真上を跳び越えた瞬間、僅かに遅れた左足の脛が骨まで斬られる。
片足を切断寸前までにされた衝撃にバランスを崩し、十数メートル先に背中から落ちて数度バウンド。どうにか起き上がろうとするも、この傷では槍を支えに立つ事しかできない。
「はぁ……はぁ……!」
息が切れる。強すぎる。自分達は未だ、剣崎に致命打の一つも入れられていないのに。
速さは俺が上回っている。膂力はおっちゃんが、技量は新城が上だ。なれど、まるで勝てる気がしない。
第六感覚の精度が俺より上、などという話しではない。この劣勢の最たる原因を導き出す。
『経験』
俺も、他二人も、恐らくアバドン以外の使徒と戦った事はねえ。使徒に匹敵する存在とも、だ。
同格。あるいは格上との圧倒的戦闘経験。それらを全て潜り抜けてきた、『勝利者』。なるほど。ここに飛ばされるとき、邪神が俺達を『敗者』と言ったのも頷ける。
焦げ付いた鎖を軽く振りほどく剣崎。雷撃を多少浴びようと、未だ健在。その傷も既に癒えている事だろう。
対してこちらは満身創痍。俺は実質片足。おっちゃんは臓器をいくつか。先の投擲で新城も呼吸がおかしいし片足を引きずっている。おそらく、折れた肋骨が肺に刺さったか。
圧倒的。よもや、ここまで差があったとはな。
「もう、いいでしょう……」
手加減なし。要救助者もなし。あらゆる枷を外された『王』が、気だるげに呟く。
「貴方達では、俺に勝てない。これ以上の抵抗はやめてください。無暗に傷つけるような事はしたくありません」
「はっ!なんだよ、ギブアップか?」
精一杯の虚勢。口に溢れてくる血を飲み下し、笑みを浮べてみせる。
話を聞いてくれるのなら好都合。言いたい事が山ほどある。
「田中さん……」
「俺達は、お前にあのガキを殺させるわけにはいかねえんだ」
「邪神の命令なんて」
「勘違いすんじゃねえよ、馬鹿が」
途切れそうな意識を繋ぎ止め、思考停止しやがった後輩に指を突き付ける。
「泣きながら妹を切り殺そうとする『ダチ』を、止めねえわけがねえだろうが!」
「―――えっ」
剣崎の威圧感が、揺らぐ。そこにいるだけでこちらの呼吸さえ止めてきかねなかったソレが、本人の足元のようにふらついた。
「けど、なんで。だって……」
「なんでじゃ、ないわよ……」
おっちゃんに『紫銀の懐中時計』を巻きつけた新城が、笑う。馬鹿にするような、挑発するような。
「背負い過ぎな友達を、殴りに行くのにそれ以上の理由はいらないでしょ」
「おおおおおおおおお!」
紫銀と紅の二つの光を纏い、おっちゃんが駆ける。変な口調も捨てて、真っすぐと。
「剣崎!少しは休め、このっ」
振るわれた斧を剣で弾くも、そこに続く抜き身の拳が王の顔面に吸い込まれる。
「馬鹿野郎がぁ!」
びしりと、荘厳なる兜に亀裂が入った。
「第二ラウンドだ。喧嘩しようぜ、ダチ公」
今の間に左足にいくつかの鉄杭を刺した。強引な固定。雷撃で焼いて潰し、さらに電気信号まで強引に槍経由で叩きつけて動かす。アホみたいに痛いがちょうどいい。このかすむ視界にはいい気つけだ。
最期ぐらい、あのバカな友人にかっこつける為に。
読んで頂きありがとうございます。
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第六章も大詰めとなって参りました。どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。




