第百六十九話 偽物
閑話を含めると長くなり申し訳ございません。どうかお付き合いして頂けるようお願いいたします。
第百六十九話 偽物
サイド 田中 雷太
「さて、と……あのバカ共はどこにいるのやら」
槍を肩で遊ばせながら、誰もいない空間を歩く。
まるでギリシャの神殿みたいな石柱があちらこちらに建った場所だが、人っ子一人いやしない。自分の足音だけが空間に響く。
四つ現れた階段。どう考えてもこちらを分断させようとしてきていたが、剣崎はそれに臆する事もなく跳び込んでいった。
あいつだってそれがわからないほど愚かじゃない。となると、わざとなんだろうな。
「たく……」
あの無駄に責任感があるクソ真面目な後輩は。内心で愚痴りながら、頭を乱雑に掻く。
一刻も早くあいつと合流しねえと。どうにも嫌な予感がしてならねえ。
というか絹旗のおっちゃんと新城も心配だ。あの二人、自分を常識人と勘違いしたイカレである。四人で唯一のまともな感覚を持つ身として、多少面倒を見なくては。
「あん?」
そんな時、唐突に新たな気配が出現したのを感じ取る。確実に先ほどまではいなかった。だが、まるで空間そのものからにじみ出たように、そいつは現れたのだ。
ほぼ無意識に槍を構える。こちとら戦後すぐの大陸を走りまわった身だ。荒事にゃぁ慣れている自覚はある。
ガシャリ、ガシャリと、金属鎧の音が暗がりから聞こえてくる。
柱の陰から姿を現したのは、蒼の装飾がほどこされた真っ黒な鎧の男。手には同じような色合いの剣が握られ、こちらへと歩いてきている。
「よお――死んどけ」
その見慣れた姿の『なにか』に対し、雷速で間合いを詰め兜のスリット目掛けて突きを放つ。
だがそいつは剣で槍を跳ね上げると、返す刀でこちらの胴を狙ってきやがった。
「誰だよ、お前」
その刀身に石突きを上から叩き込んでうち落とし、すぐさま放った槍の横薙ぎが奴の兜を襲う。
火花をあげ吹き飛ばされる兜。衝撃で後退した鎧男が、その顔を晒す。
のっぺらぼう。眷属どもみたいに口すらも残っていない。完全に何もない顔面は、どこか人形のような質感をもっている。
「剣崎を真似て作られた人形ってところか」
なんとなく、奴の義妹とやらについてわかってきた気がする。
随分とまあ拗らせているというか、はた迷惑な。元々性根がいい方ではないのが、更に歪んじまっているのだろう。
「お前を倒したらあの馬鹿どもと合流できる。ってのが定番かねぇ」
こちらを前に剣を構える人形に、槍を構えて相対する。
明らかに武術の心得がある堂に入った構えの相手に比べ、こちらは喧嘩殺法の延長線にしかない我流の棒振り。
それでも。
「俺は勝つぜ。お前程度にゃ止められねぇ」
本物とは比べるのもおこがましい劣化品に負けてやるほど、落ちぶれちゃいない。
「来いよ。最速ってやつを木偶の体に教え込んでやる」
雷槍、『偽典・雷神の槍』を偽物目掛けて突き込んだ。
* * *
サイド 絹旗 力男
「皆、どこだ……」
一人は勘弁してほしい。かなり心細いので。
とぼとぼと謎の空間を歩く。人もいない。獣もいない。草木すらもない。そんな場所で一人というのはかなり堪える。
それにあの三人はそろいも揃って頭がおかしい。自分のような常識人がどうにかしなければ。
ふと、ガシャリと音がして慌てて振り返る。そこには蒼黒の鎧を纏った男がいた。
「剣崎!どこに、んん゛!ドコニイタンダ!探シタゾ!」
合流出来てよかった。そう思って近づいて――思いっきり斧をフルスイングした。
「む。やはり偽物か」
兜に直撃した結果、中ののっぺらぼうが晒される。ちょっと怖い。
避けるか防御したら本物。そうでなくとも兜の下を確認したいと思って斬りかかったが、案の定。
こういう時やってくるのは偽物と相場が決まっている。本物シスターもそうだそうだと言っていた。
まあ匂いや歩き方といった、雰囲気以外の全てがそっくりだったので少し迷ったが。この複製をつくった者はどれだけ剣崎を観察していたのか。ストーカーか?
「まあいい。速攻でお前を倒し、一番に皆と合流しよう」
奴らが心配だ。こいつみたいなのに倒されるかもってしれないって意味で?
いいや。絶対に一人は何かやらかすから、急いで合流しないと……俺以外は『ライトニング田中』『気狂いテロリスト』『どう見てもうつ病な奴』しかいないのだから。
『絢爛行進・百騎英傑』
そんな心配を心の片隅においやり、固有異能で自らを強化。斧を強く握りなおし、眼前の偽物と対峙する。
* * *
サイド 新城 時子
「ヒャッハー!どうした剣崎擬きぃ、あたしの坊やはまだまだ元気よぉ!」
重機関銃をご機嫌にぶっ放しながら、高らかに笑う。いやぁ、仲間の姿をした相手はやりづらいなぁ!
なにやら柱の陰からこちらを窺う全身鎧がいたので、とりあえずブッパである。
一目でパチモンだと気付いたね。その理由をこの偽物に教えてやろう。
「剣崎はねぇ、戦闘中以外あたしのミニスカと太ももにねちっこい視線を向けてくんのよぉ!」
前世で少しだけ聞いた『見るハラ』とはこれの事かと確信したぐらいには嫌らしい視線だったからね!目の前にいる奴はとてつもなく紳士的な雰囲気があったので、偽物だと一瞬でわかったわ。
案の定兜が割れて中から木偶みたいな白いのっぺらぼうが出てきた。ふふん。この名探偵時子様を騙そうなんぞ百年早い。
「もっと童貞を拗らせて『女性不信だけど女体には興味津々な変質者』みたいな視線を学ぶ事ねぇ!」
少なくとも剣崎はそうだった!『あの子』の相棒らしいが、ちょっと心配――でもないな。たぶん姉さんに似てズレているだろうし、剣崎は視線以外なら害はない。
そう言えば、姉さんは子供に対しては猫をかぶるみたいな事を言っていた気がするが……それでも似たんだろうなぁ。血筋なのか?
「おおっ!?」
調子乗ってぶっ放していたら、偽物が剣から炎を出して来た。咄嗟に固有異能を発動させながら回避。置いてきた機関銃が飲み込まれて一瞬で溶けて弾丸が爆発した。
瞬時に対物ライフルを取り出し偽物に放つが、籠手で受け流して突っ込んできたので有刺鉄線をばら撒く。
すぐに斬り捨てられたが、それでも体に絡みついて数秒隙ができた。すかさずロケランを叩き込む。
爆炎から跳び出して剣を構える偽物に、地面に置いた対物ライフルを足で跳ね上げてキャッチしながら笑う。
「なーるほど。あんたを作った奴は相当あいつに幻想を抱いているようね。おおかた、『理想の騎士様』あるいは『王子様』って感じ?けど、嫌悪感、いいや嫉妬かな?そういうのをもっているようね」
偽物は答えない。当たり前だ、なんせ目も鼻も口もない。
だが、構えが正眼から攻撃的な八双へと切り替えられた。ありがたい。挑発は効くようだ。正直、正面からの真っ向勝負では分が悪いと思っていた所なのだ。
あたしは見ての通りか弱く儚い、そして常識の枠から出られない美少女。ほかの野蛮人三人衆とはかけ離れているのだ。姉さんと違い真の薄幸の美少女である。あの人は色々ぶっとんでいるから。
他のイカレどもが馬鹿をやる前に合流しなければ。特に剣崎。
あの子はなー、本当に放っておくとどこまでも沈んでいきそうというか、感性が能力や経験に比べて普通過ぎるのだ。
ま、たぶんそういう所を『あの子』も気に入ったのだろう。なんせ姉さんにそっくりみたいだし。
「さあさあ、偽物ちゃん。理想の剣崎とやらをたぁっぷり壊してあげようねぇ」
いやー、本当に辛いわー。剣崎の姿をしている相手を撃つなんて心が痛むわー。あたし常識人だからなー。
顔が笑顔なのはそう、笑顔は本来攻撃的な云々かんぬんである!
「ハッハー!我慢できねえ連射だ連射ぁ!」
決して『硬そうな物体にぶっ放すの気持ちいよね』とかそういう意図はない!ないったらない!
兄さんの胃壁を賭けたっていいね!
* * *
サイド 剣崎 蒼太
「ねえ、兄さん。どんな気持ち?父さんと母さんを切って、どんな気持ちだった」
蛍の周囲の海面から波紋ができたと思えば、そこから七体の鎧が現れる。
漆黒の鎧に蒼の装飾を行い、兜には六本角が王冠のように飾られている。手に握る剣も含め、今の自分と瓜二つの人形ども。
「汚れちゃったね。穢れちゃったね。もう、今の貴方は『太陽』じゃない」
蛍がそのうちの一体の頭を掴み、握りつぶす。頭部を失って倒れる人形に目もくれず、彼女はこちらへと恍惚の笑みを浮かべ続ける。
「親殺し。貴方はもう『太陽』でも、『王様』でもない。ただの罪人よ」
「ああ。そんなのは元からだ」
「――はぁ?」
豹変。蛍の表情が上機嫌なものから、心底不快気に歪む。
「俺は元より太陽になったつもりも、王を名乗れる器でもない。ただの、力だけある凡人だ」
「ふざけないで。何その自己評価。冗談としてもつまらない。ジョークのセンスはなかったんだ。意外」
海水が蛍の右手に集まり、一本の銛の形をとる。
「まあ、いいや。どのみち貴方は『太陽』じゃない。このまま、どこまでも堕としてあげる。暗い水底まで引きずり降ろして、私を見上げるしかない存在に変えてあげる」
「いいや、それはできない。俺はお前を止めに来た」
「へえ……これを見ても上からものを言えるんだ。やっぱり傲慢じゃない」
苛立たし気に銛を構える蛍と、それに追従して剣を構える人形ども。
奴らに呼応するように足もとの海が水かさを増していく。いつの間にか膝までも海水に飲まれ、波も荒々しいものへと変わる。
「教えてあげる。もう貴方は私の上にいない。私は兄さんに並んだの」
「――言いたい事は、それで全部か?」
謝罪も、懺悔も、後悔もない。
ただ見当はずれの事ばかり述べる義妹を見つめ、確認する。末期の言葉がそれでいいのかと。
「っ――いいわ。嬲ってあげる!『太陽』は沈んだ!このまま底の底まで引きずりおろす!」
まき散らされる魔力。自分を包囲する人形ども。荒ぶる依り代の一部である海。
なるほど。状況は蛍に有利なのだろう。なんら危機感を覚えないが、あれだけの自信なのだ。こちらも全力で答えよう。
それが、せめてもの義妹への礼儀だ。
「これは、使いたくなかった」
魔力を放出し、海水が自分の周りからはじけ飛ぶ。それと並行するように、景色が『上書き』されてゆく。
クリスマスに崩壊した第三の固有異能。ほんの一月前に再構築が完了したコレは、あまりにも姿を変えていた。
使い勝手は劣悪となり、とてもじゃないが『要救助者』がいるかもしれない依り代に対しては発動できそうもなかったのだ。
だが、もはやこの場に救うべき者はいない。ならば迷う事はない。
ただ、コレの中にいる奴があまりにも不快なだけだ。
「なに、ここ……」
『“混沌月下”の花園』
邪神より与えられし固有異能。俺が所有する一つの世界。夢幻の境界線。
己の所有する場所へと『敵』を引きずりこみ、決して逃さない為の空間。この銀色の花園は、たとえ神格であろうとも自由な行き来を許さない。
ここで潰えた者の魂さえも。
「あははははははははは!!」
銀色の花園を、人形どもを侍らせた蛍を、そして俺を照らす白銀の月。そこから一人の少女が楽し気に笑いながら降りてくる。
ゆったりと、重力などお構いなしに少女は宙を自由に舞って、そして後ろから俺の首へと絡みついた。
「久しぶりじゃないか、愛しき子よ。せっかくここが復活したのに、全然会いに来てくれなくて寂しかったよ」
「黙れ。俺のモノになったと言うのなら、黙って力だけをよこせ」
「ああ、悲しいなぁ。これが反抗期というやつか」
ウソ泣きすらもせず笑う少女。褐色の肌に銀色の髪。均整の取れた魅惑の体をシスター服で包み込み、人外じみた美貌に子供みたいな笑みを浮かべている。
百人が百人恋に落ちそうなこの少女を、自分は嫌悪する。
「誰、なの……」
己の神格からのバックアップが途切れた蛍が、どこか怯えた様に少女を見つめる。
「おやおや、尋ねられたからには答えないといけないね。なんせ我が子の義妹なのだから」
首に腕を絡めたまま、少女は語る。
いいや、少女と言うには語弊がある。
無貌にして無限の貌。三つの灼眼を持つ混沌の神。そして、自分達を殺し、使徒へと転生させた元凶。
「なぁに。この子に焼き尽くされ、ここに取り込まれてしまった神格の一側面さ。元の名前を名乗る事もできない、ね。だからそうだな……強いて言うならこう名乗ろう」
最悪の邪神が、おどける様に蛍へと笑いかける。
「『バタフライ伊藤』。我が子からはそんなあだ名で呼ばれているよ」
読んで頂きありがとうございます。
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