閑話 敗北者たち 下
閑話 敗北者たち 下
サイド 新城 時子
「うるせぇ……」
それが最期の言葉になるとは、思いもよらなかった。
あれは前世の事。百歳を目前にとうとう限界を迎えて床に臥せったのだが、それを聞きつけた子供たちが家へと押し寄せてきたのだ。
「お袋ぉぉぉおおおおお!死ぬなぁぁあ!」
「婆ちゃん、俺……お゛れ゛ぇ……!」
「おかあさん、どうしてばーばはねむっているの?もうお昼だよ……?」
我が子六人。孫十七人。そしてひ孫が八人。多い、多すぎる。
いや、いまわの際に駆けつけてくれるのは嬉しい。そろいも揃ってあたしの死を拒否し、涙を流してくれるのはいい。
だが、だ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「ぐす……聞いてください。お婆ちゃんに捧げる、元気の歌を……!」
「おんぎゃああああああ!」
「やばい!茂おじさんが幼児退行した!この人国会議員なのにどうしてショックを受けると赤ちゃんになるんだ!」
「母さん……私……母さんの分までビックな女になるわ……!」
「死ぬな!死ぬんじゃねえお袋ぉぉぉぉぉおおおおおおおお!」
「うるせぇ……」
そりゃこうも言いたくなるわ。
畳の上で孫やひ孫に囲まれて大往生。字にするとこんなにも幸せな最期だと言うのに、どうしてこう、締まらないのか。
それがあたしの残した、最期の言葉となった。
『初めまして、レディ。第二の人生にご興味は?』
「ノーサンキューだよ。宗教の勧誘なら他をあたりな」
『残念、拒否権はないのさ。じゃ、どうか私を楽しませておくれ』
かと思ったら似非シスターに転生とかいうのをさせられちまった。確か前世の孫やひ孫が言っていた『異世界転生』とか『俺TUEEEEEE』だったか?とにかくそんな感じだ。
第二の人生なんぞ興味はなかったのだが、産まれちまったもんはしょうがない。無意味に死ぬのはごめんだ。
そうして新しい人生をスタートさせたわけだが、引き取られた先がクソだった。
『我が新城家にもう一度栄光を!』
『真の名門たる我らの地位を取り戻すのだ!』
それしか言えねえのか老害ども。
なんでも魔法使い……いや、魔術師とやらの家らしいのだ。うちは。
といってもGHQに絞られるだけ絞られたらしく、魔術師らしい事なんざなんもできない爺の集まりなんだが、それでも過去の栄華を忘れられないらしい。
で、考えたのが『優秀な女に我らの子を産ませて強い魔術師つくろうぜ!』とかいうバカな考えだったわけだ。
そんで、その被害者に選ばれたのがあたしらしい。孤児院にいる赤子のあたしにビビンときたとか。変態かよ。
新城家にはもう一人才能のある少女がいるのだが、そちらは体が弱く出産に耐えられないだろうと半ば放置されているらしい。
「はあ……」
テラスで窓を眺めながらため息をつく美しい少女。儚げに目を伏せ、彼女はこうつぶやいた。
「私、美人で天才で心根も優しい聖女みたいな存在だけど、健康だけは手に入らなかったのね……美人薄命は私のためにうまれた言葉だわ。過去の人……未来視ができたのね」
「いやその理屈はおかしい」
思わずツッコんだあたしは悪くない。
なんというか、義理の姉は――姉さんは、かなり破天荒な人だった。どうしてあの老害どもからこの人が産まれたのかわからない。隔世遺伝か?いやどっちかって言うと突然変異?
「面白そうだし、いくわよ」
「え、えっ」
仲はよかったと思う。最初は私は年上としてこの複雑な家庭環境の子に優しくしなければと思ったが、実際は義姉こと『新城月夜』はそんなもん吹き飛ばすぐらい斜め上にかっとんでいたのだ。
まさか九十越えのあたしがこんな小娘に振り回されるとは、夢にも思っていなかった。
とある日。教える側もよくわかっていない魔術の授業を受けさせられて、いつ出奔してやろうかと狙っていたら、扉を蹴破って彼女がそう言ってきたのだ。
少女はあっという間に本家を掌握。老害どもを適当な罪で牢屋に放り込むか病院に叩き込み、新城家を支配下にしてみせたのだ。
本当に病弱?高笑いしながらバットをフルスイングしてたけど?
だがどれだけ常識はずれな行いをしても、姉さんは一般人への悪行はしなかった。むしろ、時折思い付きで人助けをする事もある。
……悪人なら魔術師関係なく笑いながらぶちのめしに行くが。物理的か法的にかは選んだうえで。
「私ってほら、恵まれ過ぎているでしょう?健康を差し引いても天に愛され過ぎているから、哀れな下民共におすそ分けしないと聖女の名が廃るかなって」
「下民とか言う奴が聖女なわけねえだろ」
「天は人の上に私を作ったわ。そう、このスーパーパーフェクト美少女を!」
「聞いちゃいねえ」
その理由を聞いた結果が先の通り。なんというか、下手をすると私よりも精神が成熟……いや、違うな。完成されているというか、なんというか。
言葉を選ばなければ『他者に優しくする余裕のある頭のいいサイコパス』だろうか。
それでも、この人との生活は楽しかった。前世への未練はない。元より大往生した身。あたしが死んだ後の事は知らんし、別れの覚悟もできていた。あの世で旦那と再会できなかったのは、正直残念だが。
なにより、魔力を抑えずに会話できるのがいい。魔術の知識がかじった程度でもあったので自分の特異性はよく分かっている。なので普段は魔力を抑え付け、ついでに簡単な隠形まで使っている。
だが姉は私と相対しようが常に平然としている。曰く『私が一番なのに、なぜ妹を前に狼狽えなければいけないの?』だそうな。最高かよ。
そんなある日、姉さんが男を連れているのを見た時は心底驚いた。
なんせ見た目はいい。それに心根もついていく気力があれば善良だ。だからかなりモテる人ではあるのだが、人の選り好みが激しい人でもある。つまらないと思った相手には、とことん無関心だし邪魔だと思ったら徹底的に排除するのが姉だ。
いったいどういう事かと、念のため木刀を手に会いに行った事がある。
『ふーん、あんたが姉さんについて回る男、ねえ……なんか疲れてない?』
よくない奴だったら殴るか。そう思って会いに行ってみたら、なんともまあ全身から苦労人という気配を漂わせている男で困惑した。
話しを聞いてみた所、なにやらオカルト絡みの事件に巻き込まれたのを姉に助けられて以降、どういうわけか『相棒』と呼ばれ連れまわされているらしい。
それはちょっと義妹として申し訳なく思ったが、本人がなんだかんだ嬉しそうにしていたから良しとしよう。
「あの人、面白いでしょう?普通な感性をもったまま普通じゃない所に跳び込んでいくの。全てが普通じゃない私に相応しいと思わない?」
クスクスと笑う姉の顔を見て、『はよ付き合えや』と思ったのは秘密である。
そんな感じで二人の『相棒』関係は五年ぐらい続き、新城家の当主を親戚の比較的まともな奴を据えた頃にようやく進展したのである。
『月が、綺麗ですね』
お前一足飛びにもほどがあんだろう。
『あら、私の方が綺麗よ』
その返しはどうよ。
こっそり二人のデート現場を観察しながら、心の中でツッコむ。え、デバガメすんな?うるせえ女の子はいつまで経っても恋バナが好きなんだよ!他人の恋愛は蜜の味なんじゃい!前世の年齢?女の子は百を超えても乙女なんだよ。むしろ男も乙女なんだよ。つまり全人類乙女なんだよ!
姉さんがそう言い返すなり、守さんの顎を掴んで強引に唇を奪った。いやあんたが奪うんかいとも思ったが、よく考えたらあっちのがらしいわ。
それでそのまま守さんが義兄となって、姉さんが妊娠した。
正直言って、今生ではあの時が一番の幸せだっただろう。姉さんがお腹の子に面白おかしく話をし、産まれていないのにベビーベッドのカタログを大量に持って来て埋もれる義兄。それらを眺めて、私はよく笑ったものだ。
二人に近づこうとする魔術師擬きは、ひたすら闇で葬った。二人には気づかせない。いや、姉さんは気づいているかもしれないが、まあそれほど気にはしないだろう。
だが、いつだって終わりというのは唐突にやってくる。
『アバドン』
ビルほどの大きさをもつ怪獣が、私達の住む東京へと向かってきたのだ。
義兄――兄さんは仕事で遠くにいる。急いでこちらに来るだろうが、間に合わないだろう。そして姉さんも出産直前であり、避難もできるかわからない。自衛隊も出動しているが……どうやら劣勢のようだ。
ならば。あたしが行こう。
「待ちなさい、時子」
病室であぶら汗を流す姉さんが止めてくる。
「やめなさい」
「なにを?あたしゃあ先にとんずらこくだけだよ」
「嘘はいらないわ。私の傍にいるか、本当に逃げるか。この二つ以外はさせない。アバドン相手に戦おうなんて、絶対にさせない」
お見通し、かぁ。自ら『パーフェクト』を名乗るだけあって、彼女の観察眼は誤魔化せない。
「姉さん。悪いけど、眠っていて?」
「いやよ、貴女が行くというのなら、私も――」
「だめ。一人の体じゃ、ないんでしょ」
彼女の瞳を見て、異能を行使する。
異能『睡魔の眼光』。名前の通りの、ちゃちな能力だ。恐らく同類相手にゃ碌に効かないしけた力である。
「あ、ぐ……!」
強烈な眠気に襲われながら、姉さんはすぐさまベッドの傍にあった果物ナイフで己の掌をさそうとした。
だがさせない。柔らかくナイフを掴んで、するりと抜き取る。彼女なら初見でも対応してくると読んでいた。というか、たぶん妊娠していなければ素の気合で突破していただろう。
「とき、こ……」
「さよなら、姉さん。兄さんと姪っ子と、幸せにね」
姉さんが眠りについたタイミングで、医者と看護師がやってきた。
「新城さん!ヘリがくるそうです!」
「先生、姉をお願いします」
「え、き、君は――」
「あたしは、別口で行くので」
そう言い残して病院を跳び出した。遠くからでもやつの姿はよく見える。悲鳴と狂った様な笑い声。そして爆音が響く街の中を、ひたすらに走る。
道中で倒れた自衛隊の武器を触れていき複製。早速ロケットランチャーをやつの頭めがけてぶっ放した。
当たり前のように雷撃で撃ち落されたが、目が合った。
――ああ、なるほど。狙いはあたしか。
好都合だと判断し、武器を次々と変えながら海へと走る。こいつをこのまま街で暴れさせてはいけない。
狙い通りあたしを目指して歩き出すアバドン。固有異能も駆使して走り、先に海へと到着する。
港は酷いありさまだったが、関係ない。跳躍して異能によりクルーザーを生み出し、それに乗って東京から離れる。
海上に出ればこちらのものと、アバドンの速度があがった。まず振り切る事はできない。
――構わない。最初っから、生きて帰れるとは思っていないのだから。
奴の口に魔力が集まるのを感じながら、船を反転。奴へと進路をとる。魔術も使い最大加速でアバドンの大口へと突貫する。
「――時よ、戻れ」
『クロノス・レプリカ』
あたしが有する固有異能。この紫銀の懐中時計の能力は『時間操作』に他ならない。
対象の『時間停止』『時間加速』『時間鈍化』そして、『一定範囲内の巻き戻し』。
球状に広がる空間。空間内の物体はその輪郭を歪められ、あやふやな姿になりながら十秒間巻き戻る。
だが例外はある。時計をもつあたしと、アバドン。奴に通じるとは思っていない。なんとなく『同類』だとは予測していた。
だが、『海水』は別だ。
『■■■■■■■―――ッ!!??』
急激に巻き戻る海水に動きを止めさせられたアバドン目掛けて、船を突っ込ませた。
強すぎる輝きを放つ口内へと跳び込み、笑いながらスイッチを押す。
「お望みの最高級デザートよ!たーぷり味わいなさい!」
船に仕掛けた爆弾が起動。数十キログラムにもおよぶ爆弾の山が炸裂し、それらに引きずられるようにしてアバドンのブレスも炸裂。
「いやぁ……綺麗ねぇ」
姉さんほどじゃないけど。
その輝きに目を焼かれながら、あたしは二度目の死を迎えたのだ。
うん。まあ……この終わりには流石に腹が立つ。前世みたいに大往生するつもりだったのに。
だから、もしもアバドンに取り込まれた後でも自我が残るなら。こいつの腹の中で精一杯憂さ晴らしをさせてもらうとしよう。
読んで頂きありがとうございます。
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少し後に第百六十九話を投稿させて頂く予定です。そちらも読んで頂けたら幸いです。




