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閑話 敗北者たち 上

閑話 敗北者たち 上


サイド 田中 雷太



 前世の自分は、まあ平凡な男だったと思う。


 将来の事を漠然としか考えられず、就職先だのなんだのよりもバイトや友人と遊ぶ事にばかり夢中になっていた。


 家族仲や友人関係はよかったと思う。彼女もいた事がある。まあ、高校卒業の時に関係は自然消滅しちまったが。


 そろそろマジで就活を考えなきゃなって時なのに、けれど自分は『なんとなく』という理由でバイクに興味を持って教習所に通い始めた頃。


 唐突に、俺は死んだらしい。


『やあ青年。おめでとう。それともご愁傷様かな?まあ、どちらにせよ同じ事だよ』


 己を神と名乗る似非シスターに転生させられた。ネットで偶に『神様転生』?とかいうのが流行っていると聞いた事があったが、自分が遭遇するとは思ってもいなかった。


 転生先は第二次世界大戦直前の日本。現代人からしたらド田舎の、しかし当時だったら田舎とも都会とも言えない、中途半端な村。


 そこで自分は、子供のいない大工の家に引き取られたのだ。


 最初はまあ、悲しかったし反発もした。今までの暮らしを唐突かつ理不尽に奪われて、戦前の日本に転生させられたのだからそうもなる。


 それでも真っ当に第二の人生を過ごそうと思えたのは、今生の両親もいい人達だったからだろう。


 しかめっ面で無口だけど、不器用ながら家族思いの親父。豪快で大雑把で、親父の分までよく笑うお袋。


 二人のおかげで、俺は腐らずに済んだのだろう。前世の事は引きずったままだが、それでも前を向こうと思えた。


 しかし、嫌な事ってやつは本当に理不尽かつ唐突にくるもんだ。


 戦争に親父は連れていかれ、お袋と俺は疎開しなけりゃならなくなった。最初は俺も親父について行こうとしたが、なんせ今生ではまだ子供。どれだけ腕っぷしが強かろうが、出兵なんてできるわけない。


 そして親父のいた隊が行方不明だと聞いたのは、戦争が終わって少し後の事。


 俺は大急ぎで荷物を纏め、お袋を爺ちゃんに任せて跳び出した。背後から聞こえるお袋の制止を置き去りにして、親父を連れ戻すために突っ走った。


 俺だって、親父は生きているとこの状況で思うほど夢見がちじゃぁない。それでも、せめてその遺骨だけでも連れて帰ってやりたかった。時間が経てば経つほど見つけるのは困難になる。前世では未だに遺骨が戻ってこないという話を聞いた事があった。


 そこから先は、映画が三本はとれるんじゃないかってぐらいの珍道中。


 時には地元の荒くれどもと戦い。時にはよくわからねえカルトと戦い。時には卍印の残党と戦い。


 そうして一年かけて、親父の遺骨を見つけ出した。


 泣きながらそれを抱えて、雷速でお袋の元へと帰った。行きは大変だったが、帰りは違う。なんせただ真っすぐ帰ればいいだけなのだから。


 そして――帰った頃には、お袋は死んでいた。俺が跳び出して少し後に病気になったのだ。息を引き取ったのは、帰ってくる前日だった。


 泣いたし怒ったよ、自分に。どれだけ愚かなんだってな。


 それからは、死者の為に生者を蔑ろにしちゃならねえと強く思うようになった。死人を悼むのは当然だ。だが、優先順位は今生きている奴にしなきゃならねえ。


 両親が残した俺の成長記録を懐にしまい、爺ちゃんが老衰で亡くなるまではそこに留まった。


 そんで、そっからは風来坊だ。この頃には自分がそこにいるだけで周りを狂わせちまうって自覚していたので、顔を隠して一カ所に長居はしないようにして過ごした。


 だがそんな生活も終わりが来る。なんでかって?恋をしたからさ。


 顔に大火傷のある不愛想な女。それが最初の印象だった。孤児を攫って何かしようって集団に襲われていたので助けてやったんだが、碌にお礼も言えねえとはなんなんだ。


 孤児共を集めて協力して暮らしているってそいつと、なんだかんだと一緒に活動したのは、我ながら不思議なもんだ。


 今思えば、この時既に恋に落ちていたのかもしれない。人さらい共を前に、ガキどもの盾になるよう立ちふさがって睨みつけるあの瞳を見た時に、俺は夢中だったのかもな。


 まあ、それから色々あったもんだ。旅していた時に得た伝手を頼って、自分達の村を作ったり。孤児ども相手に前世を必死に思い出して読み書きを教えてやったり。農業なんてわかんなくて彼女に一から教えてもらったり。


 そして――好きな人と、結婚する事もできた。


 昔あった出来事のせいで子を作れないと、告白した時に答えた彼女は、出会って初めて泣いていた。


 お前にとってはそれが重要な事だとしても。俺はお前といたい。子供なんざ孤児のガキどもを散々世話してきたんだ。家族はもう、たくさんいる。


 我ながら、気の利かねえプロポーズもあったもんだ。それでも受けてくれた彼女には、感謝しかねえ。


 ああ……幸せな、毎日だった。


「がふっ……」


 血の混じった痰を吐きながら、闇夜を照らす月を見上げる。


『アバドン』


 少し前から噂に聞く、なんでも食べちまうどでかい怪物。そいつが村を襲い、そんで俺はこのざまだ。


 勝てると思ったんだがなぁ……あいつ、俺を倒せねえと見るや避難する村人や、あまつさえ俺の嫁を狙いやがって。咄嗟に俺が盾にならなきゃどうなっていた事か。


 狙っての行動じゃねえ。たぶん、『じゃあ他のを食べよう』とそんな感じだったのだろう。たまったもんじゃねえぜ、まったく。


 まあ、奴の半身も吹っ飛ばして、村人は俺以外誰一人死なせなかったんだから、俺の負けとは言い難い。


 ズリズリと、左半分を失ったアバドンが近付いてくる。遠くで、愛する者達の声も聞こえる。


 ガキども。お前らは俺と違って親孝行しろよ?血は繋がってなくっても、俺たちゃ家族なんだから。


 おっかぁ。いいや、ここは昔みたいに『マイハニー』って言うべきか。すまねえな、こんな形でわかれる事になっちまって。後の事を頼むわ。


 こちらに迫る大口に、精一杯の嘲笑をうかべる。


「お前の腹の中で、毎日大暴れしてやるから覚悟しな。クソトカゲ」


 それが俺の二度目の死。


 なんともまあ、締まらねえ最期だったが。


 悪くはねえと、個人的には思っているさ。



*  *  *



サイド 絹旗 力男



 俺はあの似非シスターを絶対に許さない。


 アレは下の子が成人し、今日は一緒に酒を飲もうと言ってとっておきを冷蔵庫から出した時の事だった。


『ハッピーバースデー!そして君もまた、新たな生をおめでとう』


 唐突だった。何の脈絡なく自分は殺され、並行世界の日本に飛ばされるという。


 しかも理由を聞けば、ただの神の暇つぶし。選出はサイコロを振って適当に決めたのだと悪びれもせず宣われて、いったい誰が納得できるというのか。


 それでも逆らう事はできず、並行世界の日本とやらに転生させられた。


 山の中に。


 俺はあの似非シスターを絶対に許さない。


 山の奥深くで誰にも拾われることなく、自分は成人していた。転生して得たこの体は驚異的としか言いようがない。なんせ誕生すぐに動き回る事ができ、その辺で獲った木の実や川の水で体を壊す事もなくスクスクと成長できたのだから。


 それはそれとして、自分は人間社会から完全に離れて生活する事になっていた。


 というのも、だ。産まれた山は人里からかなり離れており、誰とも出会う事がなかった。二十年間誰かと会話する事もなく、獣を相手に狩りをして原始人みたいな生活をしていた結果。


「ああ、うう、おおお……!」


「ひ、ひいいいいいい!?」


 こうして人語を失い、ようやく出会えた人間に逃げられてしまう事になったわけだ。


 俺はあの似非シスターを絶対に許さない。


 必死に人語を思い出そうとしている間に、俺は伝説になっていた。『怪奇・山の人食い鬼』として。


 いや鬼ってなんだ。そもそも人を食べた覚えはない。ファーストコンタクトのさいに、腹が減っていたせいで盛大に腹の虫をなかせながら跳び出したのが悪かったか……。


 なんにせよ俺は人々から怖がられ、また、俺自身も長すぎる独り身生活のせいでちょっとした対人恐怖症に陥っていた。


 具体的に言うと素顔で相手と喋れない。いつも何かしらの毛皮を被っているし、なんか出る魔力?超能力?で構成する衣服も毛皮つき。


 そんな生活に転機が訪れたのは、転生してから二十五年が経った頃。


「たす……助けてください……主よ……」


 本物のシスターに遭遇した。


 十字架をこちらに向け、必死に神の名を呟く女性。


 いや……山で獣に襲われていたのを助けてあげたんだから、せめて悪魔扱いはやめてほしいなって。


 だがまあ、自分が変なオーラを出していて、そのせいで人や動物に怖がられるか襲われるのだと理解もしている。


 つまり、あの似非シスターが悪い。


 俺はあの似非シスターを絶対に許さない。


 その後、本物のシスターとなんだかんだ交流は続いていた。彼女が過ごす教会は、三つの山に囲まれる様な僻地に存在しており、色々と不便な土地だったのだ。


 そこで俺は彼女と取引をした。俺がまともに人と会話をできるよう手伝う代わりに、山から来る獣を追い払ってほしいと。


 ことあるごとに説教の始まる彼女の授業は、なんだかんだ楽しいものだった。なんせシスターのくせに聖書のあちらこちらに文句をつけたり勝手に解釈を考えたり。こいつも本物のシスターと言っていいのか微妙だとは正直思った。


 だが、彼女が村の支えなのだとも、よくわかった。


 頼るもののないこの土地で唯一縋れるのは宗教ぐらい。しかしこんな場所に好き好んでくる宗教家なんていやしない。


 ただ、彼女を除いて。


 なんでも、彼女はここで産まれたが小さい頃に別の街でシスターとしての教えを受けたらしい。そしてわざわざ村に戻って来たのだ。引き留める神父や同僚の声を振り切って。故郷を見捨てられないと。


 正直言って、呆れた。なんの計画性もなくこんな僻地に居を構えてしまうなど。


 もう少し自分を大事にしなさいとか、将来もちゃんと考えているのかとか、気づけば上からぐちぐちと言うようになって。


「だー!貴方は私のお父さんですか!?」


 そう言われて、ようやく気付く。自分がこの子を下の子を――前世の娘を、重ねているのだという事に。


 己を恥じた。赤の他人に娘を重ね合わせるなど、どちらに対しても酷い侮辱だ。あと俺の娘はあそこまでガサツじゃない。


 なんとなく村に近づきづらくなった頃、災厄というやつはやってくる。


 俺は……あの似非シスターを絶対に許さない。


 山の中で血に染まりながら、月を見上げていた。


『アバドン』


 村で噂をきいた怪物が、どういうわけかこんな田舎にもやってきてしまったのだ。


 もはや何かの意思を感じずにはいられない。そう思い、あのニタニタ嗤う似非シスターへと恨み言を呟く。


 だが、どうにか逃げ切れた。雷撃を扱う奴から逃げるのは至難の業だったが、全身に火傷や裂傷を負いながらも振り切る事ができたのだ。


 この体は頑丈だ。人間ではありえないぐらいに。それこそ手足が千切れても栄養をとって一カ月も休めば元通りになる。


 村の明かりを山から眺めて、一息つく。明日、またあの本物シスターに会いに行こう。しばらく会いに行けていなかったが、怒っているだろうか。


 重い腰をあげて、山の中の寝床に行こうとした時。ズシリと、大きな音がした。


 家数軒ほどもある巨体を動かして、山を這うように移動する生物が一体。見間違うはずもない。振り切ったはずのアバドンが、そこにいた。


 自分を追いかけてきたのか。そう思い身をひそめるも、奴はこちらを素通りして進んでいく。それに安堵の息を吐き、しかしその行き先を見て思考が停止した。


 どうして、あの子の村へこいつは向かっていく。


 思い出す。アバドンは人も物も見境なく食いつくし、そこになんの区別もないのだという噂を。


 自分という獲物を逃してしまったアバドンは、空いた『小腹』を満たすためにあの村へと向かっているのだ。


 今すぐシスターを連れて逃げなければ。アバドンの歩みは遅い。自分でも全力で走れば、彼女を抱えてでも逃げ切れる。他の村人たちを囮にすれば、なんの危険もなく――。


「おおおおおおおおお!」


 気が付けば、雄叫びをあげてアバドンに挑みかかっていた。


 笑える話だ。自分より強い存在に勝負を仕掛けないのは、ほんの少しの例外を除いた山での常識だというのに。


 ただ、その一握りの例外が、今なのだ。


「あの子の故郷は、燃やさせん!」


 結果は、言うまでもない。自分よりも強い相手に、策もなく挑めばどうなるかなど、自明の理だろう。


 だが、それでも村から引きはがす事はできた。


 満足のいく最期とはとても言えない。本当なら、あのシスターが成人するまで見守っていたかった。


 親としてではなく、一人の友人として。祝いたかったのに。


「神ってやつは……本当に……」


 俺はあの似非シスターを絶対に許さない。


 この怪物を送り込んできたあのクソったれへの恨みも込めて。この化け物の腹の中で精一杯暴れてやると決意した時。


 自分は二度目の死を迎えたのだ。




バタフライ伊藤

「アバドンに関してはマジで冤罪なんだよなぁ、私……」


読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


この数分後に『閑話 敗北者たち 下』を投稿させて頂く予定です。そちらも読んで頂ければ幸いです。


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