第百六十七話 烈風丸
第百六十七話 烈風丸
サイド 剣崎 蒼太
「ひぃはぁぁぁー!逃げる眷属は悪い眷属だ!逃げない眷属はくそみそな眷属だ!」
「速く!もっと速く!駆け抜けろ烈風丸ぅぅぅ!」
「うっさい!」
「あ、すみません」
……理不尽では?
バイクを法定速度ぶっちぎりで爆走させながら、眷属の気配を追っていく。
このまま眷属を無視してフロアボスがいそうな位置に向かうという選択肢もあるが、それをやると逃げている眷属たちが嫌がらせしてきそうだ。戦闘中にそれをされたら面倒過ぎる。
……それに、二層の事を考えると今度のフロアボスを相手にしている間、自分はまともな精神状態でいられるかわからない。
「みぃつけたぁぁ!」
眷属どもの背中が見えてきた。運転と戦闘に意識を集中させる。
数は三。全員バイク乗り。あちらはまだ射程外か?
「あたしの坊やがあんたらのケツを見てるわよぉ!」
「あまりそういう事を言うのはやめてほしいなって」
特に今は。なんか妙な噂が流れている気がしているので。
こちらの背中に体を預け、自分の右肩にガチャリと何かが置かれた。あ、これ人の肩を台座にする気だな?
そっと心の準備。使徒でも至近距離で大音量を出されると辛いんだがなぁ。
「ぶーちぬくっぜ、ファイヤァ!」
右側から轟音。鉛玉が音速を超えて発射され、狙い違わず左斜め前の眷属の後頭部に着弾。バランスを崩し転倒させた。後頭部から血を流しながら、壊れた人形のようにバイクもろとも転がっていく。
魔力の反応から絶命を確認。落下のダメージもあるがそれ以上に対物ライフルによってのダメージが主な死因と推測。
見るからに通常の眷属より頑丈そうな姿だが――。
「構造が人間に近いなら頭をへこませりゃ死ぬのよひゃっはー!」
なるほど。胴体が多少へこんだ程度なら人間でもよっぽどがなければ即死はしない。そして、神格の内側で活動する眷属ならば活動可能な範囲だろう。
だが脳は違う。アレが人をベースに作られたのが原因か、どうも急所も近いらしい。
「知っていたんですか?」
「勘でやったらビンゴだったわ」
「勘て……」
「そういうあんたも運転上手いじゃない」
「まあ、知識+異能のおかげですがね……!」
射程範囲に入ったか、はたまた牽制目的か。前方の二体から銃撃が行われる。弾丸が人の指を使っているのが地味に不快だ。
展開される弾幕を前に、機体を左右に揺らす様にして回避。更に加速して距離を詰めていく。
魔力を流し込んで機体の掌握は完了。更に単純な強化魔法を行使。
時速二百キロ以上。タイヤと路面が削り合い白煙を振りまきながら、風の様に駆けていく。
「この距離なら、外しようがないわねぇ!」
続けざまに放たれる二発の弾丸。反動が車体を揺らすが問題ない。それも予想して動かしている。
第六感覚。それにより空間の把握と敵攻撃の予測。ついでに機体の制御を行う。まさか、乗り物系にここまで相性のいい異能だったとは。今までこういう風には使った事はなかったので知らなかった。
転がっていく二体の眷属。開けた道路を走っていくと、背後から急速に接近してくる気配。
「後方から接近!」
「数は!」
「六!いえ一体合流、七!」
「上等っ!」
猛スピードで後方からバイクの一団がやってくる。そのどれもが人外であり、右の掌をこちらに向けていた。
「ちぃ!この体勢は流石にきっつい!」
体を捻り背後へと撃つ新城さん。いかに神業めいた銃の腕をもつ彼女でも、狙いづらいか。
まあ、自分が敵の弾を避けるために滅茶苦茶な動きをしているのも原因だがな!自分はともかく彼女や機体は直撃されたらまずい。
自分達の周りをコンクリの礫がはじけ飛んでいく。それらが自分の鎧や車体にぶつかり硬質な音を上げて、背後へと流れていった。
「剣崎ぃ!あんた避けるの上手いわねぇ!」
「それはどうも!」
「その腕を見込んでオーダーがあるわ!」
「嫌な予感がする!」
ガチャリと、新城さんが路上に対物ライフルを投げ捨てた。それを回避してこちらを追ってくる眷属どもを無視し、彼女は前方に見える現在走る道を跨ぐ別の道路に視線を向けた。
「映画では定番よねぇ、こういうの!」
「馬鹿じゃねえの!?」
自分の兜に置かれた鉄の棒。第六感覚が確かなら、紛れもなくロケットランチャー。
「たーまーやー!」
「その思考回路に鍵をつけろバカ!」
爆音と共に前方で瓦礫が降ってくる。更に続けざまに放たれるロケラン。あっという間に道路は完全に崩壊し、目の前が土煙と瓦礫の雨で埋め尽くされる。
「はーしれー!」
「おおおおおお!?駆けろ、烈風丸ぅぅぅ!」
魔力の供給量を上昇。車輪が炎を纏い、更に加速。戦闘機もかくやという加速で突っ切っていく。
視界不良の中、第六感覚でもって降ってくる瓦礫を回避。時間にして一秒前後の間に、馬鹿げた空間を突破する。
背後で眷属たちもその空間に侵入。七体のうち三体が押しつぶされたのを感知。
「軌道がぁ、単調になったわねぇ!」
ぐるりと新城さんが自分の前に回り込む。視界が彼女の薄い胸元で埋め尽くされ、第六感覚が新たな対物ライフルを作り出したのを確認。
こちらの上半身にしがみ付くような体勢で、ライフルを発射。四体のうち二体が続けざまに顔面へと鉛玉を受け、仰け反る様に転がっていく。
「鎧が憎い!」
「はっはー!最っ高よ剣崎ぃ!」
たとえ薄くとも見た目は若く美しい少女の胸元。あばらと一体化していそうでも顔をうずめたいと思うのは全男子の共通認識と言っても過言ではない。
瓦礫も弾丸も超えて接近する二体の眷属。対してこちらは炎による加速を中断。これ以上は機体が壊れる。
結果、自分達を左右から挟むように並走してきた眷属たち。ほぼ同時に掌の銃口がこちらに向けられる。
「邪魔だぁ!」
鎧の肩と腰部分をパージ。勢いよく射出されたそれが左右の二体に直撃し、バランスを崩させ転倒させた。
それでもまだ死んでいない。壊れた人形の様にぎこちない動きで立ち上がろうとする奴らに、側面を向けて停車。
「アストラビスタ、ベイベー!」
へったくそな英語と共に放たれた弾丸が眷属たちに止めをさし、彼女はバイクの後ろに座りなおす。
「アーマーパージとはわかっているじゃない、剣崎ぃ!」
「そりゃどうも」
「よっしゃ次よ次!」
「ええ。おかわりが来ましたよ、と!」
斜め右横の上を行く道路。そこから弾丸が複数叩き込まれながら、早々当たらんとバイクを旋回させて並走するように走り出す。
「あたしが両利きだって事を教えてやるわぁ!」
左手に持ち直した対物ライフルで迎撃する新城さん。
「数は八!バイクは四!」
「あっちも二人乗りね。ダブルデートならぬクインティプルデートと行きましょうか!」
「こんなツーリングデートはノーカウントでお願いしたい!」
「贅沢ねぇ!」
走っていく中、背後で敵集団がこちらの走る道路へと飛び移ってくるのを感知。
「いい事を思いついたわ剣崎!」
「お好きにどうぞ!」
新城さんが対物ライフルに何かを巻きつけていくと、それらの『ピン』を引っこ抜いて後ろに放り投げた。
「少し早めのクリスマスプレゼントよ!」
転がっていく対物ライフル。そしてそれを正面から受け取ってしまった眷属車両が一。哀れ爆発四散。弾倉に残っていた弾と複数の手榴弾が至近距離で炸裂し二体まとめて弾けとんだ。
いや、よく考えたら後ろからだと新城さんのパンツ見放題だな。別に哀れでもなかったか?あ、けどあいつら眼球なかったわ。じゃあよし。
「そういや今って何月!?」
「十二月です!」
「ドンピシャじゃない、流石あたし!」
残り三両。後ろに乗る眷属たちが両手をこちらに向け、銃弾をばら撒いてくる。流石にその密度に回避へと専念させられる。
「ちょいちょいちょい!目の前急カーブ!」
「舌嚙まないでくださいよ!」
一切の減速なし。フルスロットルのままカーブへと突っ込んでいく。
ところで、ここの道路は何故か全てに白い壁がついている。高速道路で見かける事故が起きた時ようのアレだ。
つまり。
「足場は道路だけじゃ、ない!」
「なんですとぉー!?」
車体を振り回し、壁を走らせる。二度の浮遊感を味わい、カーブを終えて路上に着地。背後で一両壁に突っ込んで破壊し、落下していくのを察知する。
「マジで運転初めて!?絶対昔やってたでしょ!?」
「使徒パワーってすごいなって」
後ろから続く弾丸の暴風雨。しかし一両は牽制をし続けるなか、もう一両が一息に距離を詰めてきた。
そして援護が止み、一両がこちらと並走する。
「サシでやろうっての?このあたしとさぁ!」
「むしろ貴女が昔なにやってたんですか?マフィア?」
「前世は看護師よ!」
「マジで!?」
互いの車両で後ろに乗る者が立ち上がり、バイクという狭い足場で格闘戦を開始する。
ナイフを手にする新城さんと、拳を握る眷属。武器はあれどリーチはあちらが上。先制は眷属の拳だった。
武道の心得が微かに見える右拳を、しかし新城さんは軽く回避。それどころか同時にナイフで相手の手首を切り裂いていく。
「装甲があっても隙間はべつよねぇ!」
だが痛みを感じないのか、眷属の猛攻は終わらない。拳が、蹴りが、彼女の小さな体へと迫る。それらを新城さんは軽やかに狭い足場で回避、あるいはいなしていく。
リーチの差。装甲。これらを考えれば、今は捌けてもいずれ押しつぶされるのは新城さんだ。
「だがタイマンにした覚えはない!」
車体をあちら側にぶつけに行く。反応が遅い。相手の運転手と膝を合わせ、至近距離で睨み合いながら並走。
「ふー!ナイスよ剣崎!」
ぶつかった衝撃でふらつく眷属を前に、彼女の体を紫色の鱗粉めいた光が包み込む。
そこから放たれる超高速の連撃。まるで映画の三倍速とでも言うように、自分の感知でも追いきれない斬撃と蹴りが眷属を襲う。
「フィニッシュ!」
顎下からナイフを突き刺し、そのままムーンサルト。蹴りがナイフの柄頭を打ち抜き、眷属の体が宙を舞った。
「おっとっと」
新城さんが着地の際にバイクから落ちそうになり、後部を手で掴み両の靴裏で道路を滑ると腕力で飛び乗ってきた。
『ア゛ア゛――!?』
「お前も逝け」
右手を向けてきた運転手の手を掴み、バイクもろとも勢いよく真上に放り投げた。
ちょうど、別ルートで回り込み、上の道路から奇襲をしようと跳び下りてきた先の二人乗りとぶつかる様に。
『『ア゛ア゛ア゛ア゛――!!??』』
「燃えろ」
ぶつかった衝撃で一瞬空中に滞空する眷属達を、下から右手に出現させた剣で貫く。そのまま炎を放出。瞬く間に灰にした。
「ふぅ……いやぁ、楽しいわねぇ、こういうの!」
バイクの後ろに立ち、新城さんがこちらの兜に体重をかけてくる。この位置、尻が接触している……!鎧が憎い……!
「うん?」
「あん?どうしたのよ剣崎」
「いえ、なんとなくこのフロアの眷属がもういなくなった気が……」
「え、もう?」
なんとなく自分達が倒した数の倍以上はいた気がしたのだが……田中さん達がこちら以上のペースで殲滅したのか?
「ま、いいわ。合流するわよぉ」
「了解」
バイクを走らせ、勘を頼りに田中さん達がいそうな辺りへと向かっていく。
すると、五分もしないうちに彼らの近くまでやってくる事が出来た。正面から田中さん達がやってくる。
「「なんで?」」
なんか、田中さんが絹旗さんを肩車していた。
………?…………?……………いやなんで?
「ようテロリスト&童貞!トップスコアは俺達が頂いたぜ!」
「なんですかその珍妙な格好……」
「あたしはテロ屋じゃなくって看護師よ。元だけど」
「うっそでぇ……マジ?」
あ、やっぱ疑問に思うよな。けど第六感覚が本当だって言っているんだよなぁ……白衣の天使って、幻想だったんだと実感するわ。
「ま、まあいいや。実はバイクで走り出して三分後にトラブルがあってな」
「トラブル?」
「田中ガ走リ出シテ早々事故ッタ」
「「だっっっっっっっせ」」
「うるせぇ!そこから俺の天才的頭脳が閃いたんだよ!」
それはそうとなんで未だ肩車したままなんだ、この二人。
「俺自身が、バイクになればいいんじゃないか。ってなぁ!」
「実際、バイクヨリ田中「『ライトニング・ゼロ』!」ノ方ガ速イ」
「「あっ」」
そうじゃん。なんで第六感覚が乗り物系と相性がいいのか、今まで気づかなかった理由って。
単純に自分で走った方が速いからだわ……。
そっと、バイクから降りて距離をとる。そして新城さんが乗っていたソレにロケランを撃ち込んだ。
「さようなら……『烈風丸』……」
「え、なにそのだせえ名前」
安らかに眠ってくれ……俺の愛馬……。
兜の下で涙を……いや特に流れんかったわ。なにやら俺のネーミングについて不当な意見を述べる田中さんを無視し、フロアボスがいるであろう方向へと三人で歩き出した。
なお、絹旗さんはまだ田中さんの上である。バカかな?
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