第百六十四話 必要
第百六十四話 必要
サイド 剣崎 蒼太
「はい、じゃあ『チキチキ!第一回だれのネーミングが一番か!』選手けーん。やっていきまっしょう」
「「うぇーい」」
「馬鹿がよぉ!!!」
思わず魂のシャウト。もう一回言うね?馬鹿がよぉ!
「けんじゃきがバカって言った……けんじゃきがばかって……」
「センセー!剣崎クンガ田中クンヲ泣カセマシタァ!」
「ふー……剣崎ぃ。どうしたぁ?」
「どうしたはお前らだよ脳みそのねじダースで行方不明じゃねえか」
「おっふキレキレじゃん。生理?」
「それ女性が男性に言った場合どういう反応すればいいんですか?」
「恥じらえ!」
「うす」
「剣崎!よせ、お前までボケたら収拾がつかねえ!」
「うるせーバァカ!」
「ひん!剣崎がぐれた!」
「難シイ年頃ダカラ……」
もうね、本当にね。なんなの?
「説明を、説明をしてください」
「しょうがねーなぁ。言ってやれ絹旗のおっちゃん」
「そこまで言うのなら仕方ないわ。任せたわよ絹旗」
「エ゛、ア゛、ウ゛ン゛。マズハ二層ノ守護者ヲ倒シテ」
「絹旗さんは長文を喋らないでください。邪魔です」
「……くすん」
「「絹旗ぁぁぁぁぁああああ!」」
よしキルスコア1。じゃねぇんだよ。
「本当に、真面目に説明してください」
「真面目ニヤロウトシタノニ……」
「わかったわ。おふざけをする奴は放っておきましょう」
「真面目ニ」
「しっ!絹旗のおっちゃん今真面目な話してるから」
「……ウン」
「まずは、第二層の守護者を倒してそこに第三層への階段が現れたわ」
「それは、はい」
義妹の友人を看取った直後、彼女がいた場所に空間の歪みが発生。その真っ暗な渦の中に階段が見えたのだ。というかその真ん前に自分達は屯している。
「そんで『いったんここで休憩いれましょう』って剣崎が言ったわよね」
「はい。三層の様子がわかりませんし、今のここなら敵襲はすぐにわかるので」
なんせここは先の戦いで更地と化している。遮蔽物が一切ない。
敵の腹の内なのでどこから敵が出てきてもおかしくはないが、それでもこの状況ならどこから来ようが反応できる。
「私ら三人も賛成したから、こうしてハンモックはって近くにマシュマロを焼く焚火の準備をしているんじゃない」
「くつろぎ過ぎなんじゃぁぁぁあああ!」
魂の慟哭パート2。一回で十分だったよ畜生め!
「シリアス!俺めちゃくちゃシリアスにしてましたよね!?ガチでへこんでましたからね!?」
「わかっているわ。だからこれを貴方に授けます」
そう言って恭しく差し出される袋。新城さん……俺の事を思って……。
「特大マシュマロ、あんたの分よ!」
「お気遣いどうも畜生!」
リアクションに困る!
「絹旗のおっちゃぁん。見て見て、新城書いてみたぁ」
「ソックリィ~」
なんか野郎二人がうつ伏せになって地面に指で絵をかいている。なんだその阿修羅像。無駄にクオリティたけえなおい。
「そぉい!」
「「あぁ!?」」
そして速攻で蹴り消される阿修羅像もとい新城さんの絵。
「きゃあ、阿修羅!」
「コワイ!」
「頭からボリボリいってやろうかぁ!?」
……はあ。
まあ、休むなら休むできっちり休んだ方がいい。中途半端が一番危険だ。そう思い自分も鎧を解除して私服姿に戻る。
「それで、焼きマシュマロって言ったって薪とかあるんですか?」
「あたぼうよ!パンジャンとか失敗兵器作っている間に確保したやつがあるぜ!」
「あ゛あ゛ん゛?」
「ひん!」
「パンジャンニドンナ思イ入レガ……」
「特にないわ」
「ひでえ」
じゃあなんでそんなキレてんだ。更ね、
「更年期つったらねじ込む……」
「NOマム!」
なにその用途不明の鉄杭。こっわ。
長さ五十センチぐらいの鉄杭を放り捨てて、新城さんが鞄から新聞紙と薪を取り出したので積み上げていく。
四人で。
「いや狭いわ!?」
「なんだよぉ。皆でこうやってわちゃわちゃするのが面白いんだるぅぅぅぅぅぅぅろぉう?」
「コミュ障童貞ボッチノ剣崎ニハ遠イ世界カ……」
「ころちゅ」
「剣崎」
「はい?」
「なんか鼻息荒くない?」
「ソンナ事、ナイデスヨ」
決して隣で近い距離にいる新城さんの『肩細いな』とか『二の腕柔らかいな』とか『髪の毛サラサラだな』とか思っていない。
「奪ッタ!剣崎ガオ゛レ゛ノキャラ奪ッタ!」
「いやおっちゃんもいい加減その声やめろや」
「ぶっちゃけウザいわ」
「ショウガナイダロウ!コレ無シダトオ゛レ゛ノ存在感消シトブゾ!」
「……わりい」
「ごめんなさい……」
「以後気を付けます……」
「否定シテクレ!?」
そんなこんなでくみ上げた薪とそこに突っ込んだ新聞紙。無風なので壁の類はいらないだろう。
焚火を囲むようにしてキャンプ用の小さい椅子を設置……そんなもんまで入れていたのか。いやいいけども。
くみ上げた薪に自分が杖で火をつけようとすると、何故か田中さんがインターセプトしてきた。
「待て待て待て。こういう時はな、安易に文明の利器に頼っちゃぁいけないぜ」
「魔術を文明の利器って言っていいのかしら……」
「文明は文明でも厳密には別の文明の気が……」
「シャァラップ!見てろお前ら見てろ!」
そう言って田中さんが取り出したのは石と布の切れ端。そして少し厚めのナイフだった。
え、まさか火打石?
「ふふん。そこでめんどくせって顔をするから青二才よ。見ろ、絹旗のおっちゃんだってこうした自然を楽しむ」
「エ?」
「え?」
なんか普通にチャッカマンで火をつけていた絹旗さんと田中さんの目が合う。
「絹旗のおっちゃん!!??」
「え、あ、なんかごめん」
すげえ。田中さんの目玉がまろびでそうになって咄嗟に絹旗さんが素で喋っている。いやあの人わりと素が出てるわ。
それより人の眼球に『まろびでる』なんて表現初めて使ったわ。今後もそんな機会ないけども。
「おま、おま、そんな野性味あふれる格好をしておいて!?」
「いや……自然を知る者としては楽で安全な方がいいなって……」
『自然への考え方には個人差があります』
新城さんはどこに向かって看板出しているんだろうか……。
「ちくしょう……!俺とみんなの間で、こんなにも意識の差があるなんて思っていなかった……!」
「マシュマロ焼くわよー」
「オ゛レ゛、コノピンクノ!」
「じゃあせっかくだしこの特大ってやつを……」
「あ、俺チョコのせるー」
焚火を囲んでマシュマロを焼く四人の使徒……なんかの儀式かな?
そんな事をキャッキャウフフと三十分ほどやった頃に、田中さんが小さく息をつく。
「さて……そろそろ本題にはいっか」
「え、チーズフォンデュしないの……?」
「後でな」
「うん」
そっと鍋をしまう新城さんを見届け、田中さんが小さく咳ばらいをした後にこちらへと視線を向ける。
先ほどまでの気の抜けた空気などない。静かに、そしてこちらの奥底を覗き込むような瞳だった。
「単刀直入に聞く。剣崎、この一件……中心にいるのはお前の妹か?」
パキリと、薪が音を上げる。
「――ええ。間違いなく、俺の義妹が主犯です。それを確信したのは、ついさっきですが」
「そうか……一応聞く。戦えるか、剣崎」
「無論です。いかなる手段を用いても、あの子を止めると決めました」
「殺すしかないって状況になってもか?」
「はい。必要と判断したならば、手を緩めるつもりはありません」
「そうかい」
数秒ほど青く塗られた天井を見上げてから、田中さんが視線を戻す。
「どういう結果になるにしろ、妹ちゃんから邪神を引きはがす必要があるな。その手段はあるのか?」
「確実に、とは言えませんが」
そう言って、新城さんが地面に置いた鞄から小さな小箱を取り出す。一枚の呪符で封印されたソレを解き、中身を見せる。
「この宝玉は、とある神格が即興で使徒を作る為に用いた物です」
貝人島で海原さんに埋め込まれていた、白銀の宝玉。自分によりその力を封じられてこそいるが、内包する魔力は健在だ。
恐らく神格からの接続が切れているのだろう。だから、こちらである程度なら自由に扱える。
「よくそんなもん持ってたな」
「色々ありまして。これに義妹の身に宿る神格の力を流し込み、あの子から力を奪います。我々と違い、生まれつきではないので引きはがす事は可能でしょう。その間にこの空間から引きずり出せば、この依り代自体維持できず神格とのパスも切れるはずです」
「ほーん……魔法ってやつの事は詳しかないが、いけそうなのか?」
「恐らく……専門ではないですが」
「言っとくけどあたしはわからないわよ。そこまで高度な術式の記録なんて家に残ってなかったから」
「ふむ……ま、プランがあるならいいんじゃね。チーズフォンデュやるか」
「フー!待ッテイマシタ!」
「え……いいんですか?」
あっさりと終わった会話に思わず疑問符を浮べるが、田中さんは肩をすくめただけだった。
「別に。ここでうだうだ言っても思い通りにいくとは思えねえ。じゃあ、後は出たとこ勝負ってだけだ」
「は、はあ……」
まあ、相手は神格に関わる状態なのでなんでもアリと考えた方がいいのは事実だが。
「剣崎ー。焚火だと火力足んないからおねがーい」
「あ、はい」
「ああっ!神聖な焚火に文明の火が!」
「今サラデハ?」
「剣崎」
鍋に赤ワインを入れながら、新城さんが呟くように問いかけてくる。
「妹さんを殺すのは『必要なら』なのね?」
「はい。好き好んで、殺すわけないでしょう……」
「そ、ならいいわ」
ハムを突き刺した鉄串がこちらに差し出される。
「絶対に終わらせるわよ、こんな儀式」
「――ええ。必ず」
そう、必ず止めなければならない。いかなる手段を用いても、絶対に。
「そういや剣崎、ちょっと聞いてもいいか?」
「はい?なんでしょうか」
「俺らってなんか『不戦敗』とかここに来る途中言われたんだけど……なんの事かわかるか?」
「あー……」
「あ、わりい。言いづらいなら無理に喋る必要はねえ」
「いえ。貴方達には知る権利がありますし……このメンツなら、言葉を濁す必要もありません」
溶けたチーズに串を浸しながら、ぽつぽつと話していく。
「あれは、去年の十二月の事でした」
語るのは、殺人の記憶。
自分の覚悟をより強固にするためにも必要な事だ。あの時、自分は五人の命を奪った。そして戦いに巻き込まれて死んでいった人々と、残された者達の慟哭を見た。
だから、『必要』なのだ。
義妹を、家族を、剣崎蛍を殺す覚悟が。
命には命であがなう『必要』がある。
もはやあの子は取り返しがつかない所に来てしまった。たった一人の命で済む話しではないだろうが、足りない分は兄として自分が償っていく。
街一つ分の命。外の状況いかんではそれ以上の命を償う方法など思いつかない。それでも、自分があの子の背負えない分を背負おう。
覚悟が、必要なのだ。
――人を殺す事に“覚悟”なんて言葉を使う事になろうとは。我ながら、そうでもしないと手の震えが抑えられないのだから情けのない話だ。
自分の手で決着をつける『必要』があるのだ。それが、せめて自分にできるあの子への義理である。
話して止まるなら、せめて安らかに逝かせてやろう。
そうでないのなら、悪鬼となってでも止める。煉獄の炎にあの子を沈める事になったとしても、絶対に。
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