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第百六十三話 遺言

第百六十三話 遺言


サイド 剣崎 蒼太



 少しだけ、義妹の通う中学の周りについて話そう。といっても、大まかにだが。


 この学校の裏手は広い平地となっており、多数の住宅地が密集している。それに反し正門側は大きな坂道があるのだ。具体的に言うと正門から出たら目の前に巨大な坂道が壁のようにある。


 自分も生徒会の交流で来た事があるが、自転車で向かった所行きはグウィンがブレーキをミスして転びかけて俺が抱き留める事になり、帰りは手で押すチャリの荷台に乗せて帰ったのだ。奴のチャリは用務員さんのご厚意で彼の軽トラで翌日運んでもらった。


 その坂道を超えた辺りには国道が横切っており、ガソリンスタンドやタイヤ屋、その他色々な店舗が並んでいるわけだ。


 で、なんでそんな話をしたかと言えば。


「もぉやせぇえ!」


 語尾に『♪』でもつきそうなテンションで吠える新城さんの合図に従い、学校の裏手が燃え上がった。


 最初はほんの一部。しかし、火の手はまるで意志を持っているかのように広がっていき、風もないのに学校目掛けて進軍を開始する。


 こと、火と剣に関しては自分の専門分野。持ち込んだ魔道具の一部を使ったに過ぎない。


 この辺りの家はオール電化とかそういうのはまだ進んでおらず、未だにガス管を家に設置して使っていたりするわけだ。当然そういう家々が多い場所なので、木造の家も少なくない。


 それらを高速で動く田中さんが発火。それによって各家で発生した炎を自分が杖の一振りで操り、巨大な蛇へと変えて学校に進ませているのだ。


 最初の一頭が学校の窓を突き破って中に跳び込み、内側から校舎を燃やしていく。中から眷属どもの声が聞こえるが、構うことなく蹂躙は続く。


 一頭では終わらない。火の手が広がるごとに紅蓮の蛇は増えていき、次々と新たな蛇が校内に侵入していく。


 せっかく集まり迎撃準備をしていた眷属たちもこれにはたまらず持ち場を離れて逃げていく。あるいは、指揮をとる何者かが無意味な戦力の減少を嫌って移動させたか。


 なんにせよ、火の蛇に追い立てられた者達は正門側から外に。


 そこへ、奇妙な形状の物体が転がっていった。


 中心部分は樽であったりドラム缶であったりと様々だが、共通して両サイドにタイヤが固定されているのだ。そして、ダクトテープで張り付けられた時限爆弾。


 パンジャンドラム……だったか?自分はよく知らないが、昔イギリスで作られた『傑作』兵器らしい。卑劣なる外国からの妨害により不採用となったらしいが、これさえあれば海だけでなく陸でもイギリスが覇権をとったとされている。


 と、新城さんが言っていた。


 なにやら『整備されていない道だと空回りしたりする』とか『途中で部品が落下する』とか『そもそも真っすぐ進まない』とか言っていたが、それはどう考えても失敗兵器ではないのだろうか。いや、兵器に詳しくはないのだが。


 だが、逆に言えば『整備された道』で『敵に遠距離武器がない』状況下ならば機能するのだ。


 ……やっぱ失敗兵器では?あと田中さんが小声で『タイヤ爆弾?』と言っていたがもしかして似たようなのがあるのか。だとしたら考えた人は大丈夫なのだろうか。頭が。


 日本の整備された道路。その坂道をいくつものパンジャンが転がっていく。いや、本来なら推進器がつけられるらしいが、それ余計にバランス崩しやすいんじゃないだろうか……。


「いけぇ!ナ●スのクソどもを紅茶漬けにしちまえー!」


 新城さんは紅茶をなんだと思っているのだろうか。あとあんた食事の時『日本人は緑茶よねー』と言ってなかったけ?


 なお、アレを作る際『みーんなー!時子おねえちゃんのドキドキ工作コーナー、はっじまっるよー!』とか言い出していたので、自分と田中さんは火付けに回るのでと、すぐに移動した。いやだわあの『テロリスト養成講座』。


 なにやら絹旗さんが捨てられた子犬みたいな目でこちらを見て来ていたが、気のせいだろう。クマだし。


 とにかく。アレは新城さんが魔力で出したドラム缶や木の樽にタイヤ屋から持ってきたタイヤを絹旗さんが器用にも取り付けていき、ガソリンスタンドで中にガソリンを入れまくった代物である。で、ついでに樽やドラム缶部分に小型の時限爆弾をセットしたと。


 うん……やっぱ頭わいてんじゃねえかな。


 まあ、結果的には上手くいっている。次々と転がされるパンジャンによって正門側は地獄の様相を呈しており、眷属たちが燃やされたり爆散されたりしている。


『ア゛ア゛ア゛ア゛―――!!??』


『ア゛ア゛、ア゛ア゛ア゛ア゛―――!!』


『ア゛アァァァァァ――!!』


 阿鼻叫喚……でいいのだろうか。眷属たちとの言語とか全然わからん。


 まあ、あれだ。火葬と思えば、うん。


「なんか……すんません」


 そこはかとない罪悪感。これどっちがいいもんだっけ?


 そんな光景が続くこと十分ほど。炎の渦とパンジャンに数を削られ過ぎた眷属たちだったが、ようやく相手側も痺れを切らしたらしい。


『『オ゛オ゛オ゛オ゛―――ッ!!』』


 校舎が下から吹き飛ばされた。弾き上げられた瓦礫の数々が雨の様に降り注ぐ中、それは現れた。


 端的にその容姿を言い表せと言われたなら、『不気味な人魚』とでも返すだろう。


 下半身は一枚一枚が人ほどもありそうな巨大な青の鱗で包まれた、魚のそれ。上半身は裸の女性めいており白すぎる肌を晒している。


 そして首から上。首には海藻らしきものが雄ライオンのような鬣となっていた。そして頭部はこれまで見てきた眷属たちと酷似し、口のみ残したのっぺらぼう。


 だがその顔には明確に異なる点が一つだけ。


『オ゛オ゛、オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……』


 人間の女性が埋め込まれているのだ。


 彼女の裸体を黒い粘液が拘束ベルトのように巻き付き、怪物の頭部に固定しているのだ。下半身と両腕の肘辺りまで埋め込まれ、目隠しのように粘液で顔の上半分を塞がれている。


 ――違う。蛍とは顔立ちも体つきも異なる。全く別人の、十代半ばの少女だ。


 その人魚……いいや、『怪魚』は頭部の大口を開き魔力を集中。そこから膨大な量の水が吐き出された。


 ウォーターカッターの様に吐き出されたそれが正門側を飲み込み、並べられたパンジャンドラムも粉砕していく。


 攻撃が行われている正門側に自分達がいる。そう思っての行動だろう。


「しゃあ、行くぜおい!」


「こぉろせぇ!」


「オ゛レ゛、オ前、食ウ゛!!」


 大声をあげる蛮族どもと共に、『炎の中から』突撃する。こちらは全員が使徒であり、俺の魔道具もある。この程度の火炎、障害にすらなりはしない。むしろ火の中なら『人斬り』程ではなくとも隠形の一つもできる。


 例のパンジャンは『仕掛け』だ。これまた新城さんが作った縄の類を巻きつけ、蝋燭を使い時間差で焼き切る事で順次発射……発進?させていたにすぎない。


 そんな都合よく焼き切れるのかって?魔法って凄いね。


 閑話休題。


 火の粉に紛れて絹旗さんの腰布が発した光が自分達を包み込む。湧き上がる力の高ぶりを抑えることなく、魔力に変換して剣へと込めた。


「雷速ってやつを知ってるかい?」


 先陣を切るのは、当然この男。


 誰よりも速く、その身を数十メートル上の天井へ。怪魚を真下に見下ろしながら、その黄金の槍を大きく振りかぶる。


「『雷轟・サンダーバスター』ァ!!!」


 名前ダッッッッッッッセ。


 バカみたいな名前とは反し、その一撃はまさしく天の怒り。遅れて響き渡る雷鳴と悲鳴を背景に、着弾した怪魚の背中と尾びれが黒焦げになりながらはじけ飛んだ。


「燃えろ――」


 刀身に纏わせた蒼炎を解放。眷属どもが火属性に耐性を持たされているのならば、この怪魚もそうなのだろう。であれば、耐性など無視するほどに焼き尽くす。


 蒼の熱線が意識を上へと向けた怪魚の腹部に直撃。奴の悲鳴を無視して剣を上へと振り抜くが、痛みで体をくねらせたせいで頭部ではなく左肩から熱線が抜けていった。


『『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛―――!!!』』


 悲鳴かそれとも雄叫びか。大口と少女の口から人ならざる声を出しながら怪魚の顔がこちらに向けられた。


 ほぼ同時に収束される魔力。そして放たれた水の一閃をこちらも再度の熱線で迎撃した。


 どちらも超常の力で作り出された物であり物理法則をある程度無視できるとは言え、完全にではない。爆発的に広がった水蒸気が霧のように辺りを包み込んだ。


 視界は塞がれようと魔力感知と第六感覚により索敵は可能。怪魚がその巨大な右手をすくい上げる様に振るってきたのを探知する。


 剣から炎を噴かせて後方に跳躍。掌に奇怪な口を生やした腕が通り過ぎていき、地面や周囲の家屋を吹き飛ばしていく。


 その舞い上がった瓦礫を足場にして田中さんがこちらの隣へと戻って来た。


「おい剣崎、アレをやるぞ!」


「え、まさかマジでやるんですか?」


「あたぼうよぉ!『言霊』だ『言霊』!」


「いや、あー、もう!」


 自分達からまき上がった魔力の奔流が水蒸気を打ち払い、降ってきた瓦礫は炎と雷撃に粉砕される。


 片や槍を、片や剣を。二人の使徒が、己が『権能』を手に轟き叫ぶ。


「音を超え、風を打ち、天をも焦がす黄金の雷よ!」


「鉄を溶かし、命を燃やし、大地をも焦がす蒼の焔よ!」


「「母なる海さえ終わらせる、災禍の化身を今ここに!」」


 それを見た怪異が迎撃ではなく防御を選択。両手を前に突き出し、四つの口から詠唱を展開して黒い波紋の障壁を展開する。


 いかなる城壁よりも頑強であろうその壁は、しかしあまりにも『薄い』。


「轟け、吠えろ!」


「溶かせ、尽きろ!」


「「『炎雷合撃!カラミティ・ノヴァ!!』」」


 蒼の熱線が黄金の雷を纏って進む。音など遅い。大気は脆い。万象全てを儚いと断じる破壊の行進。


 黒の波紋と衝突から半拍。空間が軋み上げる程の轟音が響き渡り、二層そのものを余すことなく粉砕していく。


 いいや、軋んでいるのは大気ではない。空間そのものが悲鳴を上げている。あちらこちらで次元の歪みが発生し、そこから炎が流れて行っているのがわかった。


 この空間を支配する依り代そのものが内側から破壊されるのを恐れたのだ。外側へと逃そうとしている。その先は――まあ、こちらには害が行く事はないだろう。



『『オ゛、オ゛、オ゛、オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――ッッッ!!!』』



 黒の障壁は激しく波打ち、怪魚の指が一本ずつはじけ飛んでいく。


 拮抗はどれほどの時間だったか。一秒か、一分か。眩い光が周囲を包み込み、それがおさまった頃に視線を向ける。


 怪魚が浮かぶ。両の腕を肘から先で失い、全身に大火傷。更にはあちらこちらが炭化して崩れていく。


 損傷は目に見える範囲だけに留まらない。魔力で構成された肉体は先の攻撃に耐えられず、後ほんの数秒で砕けて消える事だろう。


 だが、その数秒あれば街の一つも破壊しつくせる。それが自分達だ。


 怪魚の大口に集まる魔力。収束し、大量の水へと変換されたそれが俺達へと狙いを定めた。


「音より速く、大気の全てを焦がそうと」


 しかし、俺も田中さんも、視線は怪魚の更に上。そこにいる二人の同胞へと向けられていた。


「『時』までもは砕けない!行ってこい、絹旗ぁ!」


「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ!!」


 紫銀の懐中時計から伸びる鎖に自分達を囲わせた新城さんが、空中にて体を回転。勢いよく絹旗さんをぶん投げた。


 その加速にのって落下する彼が斧を振りかぶるのを見上げながら、怪魚はしかし反応しきれない。


「どぉりゃああああああああああああ!」


 あっさりと、大斧が怪魚の顔に埋め込まれた少女の胴を切り飛ばした。


『『オオ……オオオオオオ……!』』


 集められた水は明後日の方向へと放たれ、天井を削り雨となって二層を包み込んだ。



*  *  *



「ふぅ……」


「おっと」


 小さく息を吐きながら崩れ落ちそうになる田中さんを咄嗟に支える。


「大丈夫ですか?」


「あたぼうよぉ……つか、今の放ってよく立ってられるな、おい」


 槍を杖代わりにして自分の体を支える田中さんに、小さく肩をすくめて返す。自分の場合剣の出力がやたら高いのと、『エリクシルブラッド』の影響で魔力量とその回復が強化されているからに他ならない。


 視線を怪魚が崩れて消えた方へと向け、二人して歩き出す。すると、すぐに絹旗さんと新城さんと合流できた。


「おつかれー」


「オ゛疲レ゛」


「おつ」


「お疲れ様でした」


 なんだかんだ三人とも疲労が目に見えている。少し前まで食事や湯船で回復していたのだが、それでもこれだ。自分も血の力がなければこうなっていただろう。


 それだけの強敵だった。結果だけ見れば終始圧倒したものの……やはり神格の依り代内部で敵の眷属と戦うのはきつい。


「なあ……新城……」


「あん?なによ」


 田中さんが少しためらった後、彼にしてはやけに気を使った声音で笑いかける。


「その……中二病は誰にでもあるけど、あんまり変な口上はしないほうがいいぞ?」


「お前が言うなぼけぇえええええええええ!」


 どっちもどっちである。


 馬鹿どもを放置し、足を怪魚の消えた場所へともう少し動かした。


 瓦礫さえ残らない地面の上に、一人の少女が横たわっている。


 酷いありさまだ。腰から下と前腕の半ばから先がなくなっている。そのうえ、そこから流れるのは血ではなく黒い泥。


「あなたは、だれ……?」


 目隠しの様に覆っていた泥が落ち、少女の顔があらわになる。どこか寝ぼけているようなその表情に、もはや害意は感じられない。


 この子の顔には見覚えがある。数年前に一度、街中を義妹と共に歩く姿を見た事があった。とても楽しそうに笑う義妹が印象的で、彼女の事も記憶に残っていたのだ。


 兜を脱ぎ去り、跪いて少女の体を抱える。


「おにい、さん……?」


「ああ。剣崎蛍の兄で、剣崎蒼太だ」


「あー……はじめ、まして」


「そう、だな」


 第六感覚に頼らずともわかる。この少女を救う手立ては、賢者の石をもってしてもありはしない。少なくとも、自分の手札にはない。


 魂が砕かれている。今はその残滓が喋っているだけだ。怪魚の核とされた段階でこの子は終わっている。


「わたし、つたえなきゃ、けいに……」


 うわごとの様に呟きながらも彼女の視線は俺へと合わせられ、泥へと変わっていく手が伸ばされる。


 敵意はない。甘んじてその手を受け入れた。


「きこえた、の。けいのこえ……わらってたけど、くるしげで。なやんでいるの、しってたから……」


 頬に触れた泥を拭うことなく、少女の最期の言葉を聞き届ける。


「おにいさん、あのこ、ずっとくるしんでて……わるいこと、しちゃったかも、しれないの……ほんとうは、きっと、いいこなのに」


 もはや原型を残すことなく泥へと変じた少女が、自分の指をすり抜けて落ちていく。


「とめて、あげて……これいじょう、くるしまないように」


「ああ」


 手の中に残った泥が、白く固まり砕けて消えた。それを見送り、強く手を握りしめた。


 もはや真実から目をそらす事はできない。受け止めよう。これを仕出かしたのが、誰なのかを。今まで碌に向き合おうとしなかった、己が罪に対しても。


 俺は結局、義妹の友の名前すら知らない男なのだ。知ろうとも、しなかった兄なのだ。


「俺が、あの子を止める」


 どんな手段を使ってでも。この『選択』がどれだけ傲慢なものだとしても。


 兄として、責任を果たそう。




読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.前話の突然出た炎って?

A.今回外に排出された剣崎の炎です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 妹の友達なんて両手で数える程度しか名前知らんし、そんなに気にしなくても……
[良い点] この流れは、この流れはー…………っ!!
[一言] 此の流れ・・・ええ~~。 新たなトラウマ?
感想一覧
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