第百六十二話 燃ゆるもの
第百六十二話 燃ゆるもの
サイド 剣崎 蒼太
「まーたく。長風呂はしないでって言ったでしょうが」
「烏の行水……」
「女子力ゼロ子……」
「爆弾魔……」
「じゃかーしいわ!」
いや女子力はあるのだろう。料理上手だったし、なんだかんだ身だしなみも整っている。なんというか、『慣れ』が凄いというか。たぶん前世はかなりの年れ――。
「けーんーざーきーくーん?おねえちゃんに今失礼な事考えなかったぁ?」
「NOマム!」
ゴリゴリとマグナムが兜ごしに眉間へと擦り付けられる。威力以上に眼光が怖い!
「見ろ、あれが新人をいじめるお局の姿だ」
「いや、現実のお局はもっとえぐいしウザいぞ」
「キャラ付け忘れるほど?」
「ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「それはキャラ被りだな」
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!?」
なんか後ろで馬鹿二人が馬鹿している。
「あのねぇ……こういう迷宮タイプの水辺は大抵罠が仕掛けられているか、敵拠点が近くにあったりすんのよ」
「「「へー」」」
「まったく……ってなんで剣崎までそっち側なのよ」
「え?」
「魔術師なら基本でしょ?敵対魔術師対策で」
「あ、自分異能で魔法の知識持っているだけで、そういう思考方面は一切の素人なので」
基本的に相対する魔法使いの陣地は『壊して進む。罠も敵も燃やせばOK』なストロングスタイルでいくので。
本当は駄目なのだろうが、ぶっちゃけ力量差があればこれが一番効率的だと思っている。とりあえず燃やせばええねん。
「あー、そういう……」
「つうか新城って魔術?魔法?だかに詳しいのか?」
「あん?いや、全っ然」
田中さんの質問にあっさりと首を横に振る新城さん。
「なんかねー、GHQが戦後日本の魔術師の家を潰して回ったらしいのよ。一部の海外と繫がりがあった家以外は。潰された家の一つに引き取られたあたしは多少なら魔術を知っているけど、そもそも教える側が碌に知識を持っていないってねぇ」
「ほーん、そんなもんかい」
「そんなもんよー」
「ふぉういゆふぉうかー」
「「「………」」」
視線が絹旗さんに集まる。
熊がリスになった。いやガチムチ半裸男のリスとか誰得なのか。発狂者向けかな?いや発狂者にも選ぶ権利はあるか。
「ふぉっとまて……待タセタナ」
「……なに食ってたの」
「キャラメル」
「あんた、キャラ付けの為に小道具まで使いだしたの」
「違ウ。単純ニ懐カシク……いいや、なんでもない」
「……そうかい」
「そうだ」
これ以上は聞くべきでないのだろう。彼らには彼らの事情がある。それも、命を賭したものが。
「ソレハソウト、オ゛レ゛ニ視線ガ集マッテイル……ツマリ、キャラガ立ッテイル!」
「そうだねー」
「そうかい」
「そうですかー」
「雑ッ!」
だってそうとしか言えないし。むしろもうキャラはたっている。なんせ『半裸』『熊の毛皮』『マッチョ』『転生者』だぞ。これ以上どうしろと。
彼は十分目立っている。色物として。
なんならこの場には俺以外色物しかいない。『ライトニング田中』『テロリストセーラー服』『半裸マッチョ毛皮』だぞ。なんだこの珍走団。頭わいてんのか。
「さて……そろそろこの話題にふれるか」
「なに、あんた痔なの?」
「痔じゃねえよ使徒だぞ」
「痔デアル事ヲ恥ズカシガル必要ハナイ」
「だからちげえよ。使徒は痔にならないしウ●コもしない」
昭和のアイドルかな?
「気づいてんだろう?やけに眷属どもに遭遇しないってな」
「「「………!!??」」」
「うっそだろおい」
言われてみれば……!確かに二階に上がってから遭遇するのは、建物に侵入した時に数体だけ。一階の時みたいに集団が襲ってくる事はない。
「なるほど……横文字を名乗るだけはあるわね」
「そんな理由で認められたくなかったわ」
「コレガ……天才カ……!」
「お前が馬鹿なだけだよ」
「なるほど、それが貴方の異能……!」
「お前までそっち側なの?わかった俺も馬鹿になるわ。U☆NN☆KOー!」
「「「うっわ」」」
「キレそう」
突然いい年してウン●とか言い出したよこの人。
「で、だ。じゃあ眷属どもはどこにいるのかって話なんだが……」
「あの校舎に集まっているってわけね」
全員の視線が、妹の通っている中学へと向けられる。
言われてみれば確かにあそこから多数の魔力を感じ取れた。おそらくすし詰めとまではいかずとも、かなり密集した状態で待ち構えているのだろう。
一階とは違いフロアの端ではなくむしろ中央に位置している。だが、この流れでなんら関係ない施設とも思えない。
――やはり、そういう事なのか。
「無策で攻め込みたくはねえな。新城、もう一回タンクローリーでテロができるか?」
「テロじゃないわよ乙女のたしなみ」
乙女……乙女ってなんだ。
『振り返らない事ですね』
別の新城さんが出て来ちゃったよ。ややこしいから一度さがってろイマジナリー明里。
「出せなくはないわ。けど、わざわざあそこに密集させているって事は」
「ま、対策をされている可能性があるか。面倒くせぇ」
ガリガリと乱暴に頭を掻く田中さん。そこで、絹旗さんがそっと手を上げる。
「どうったよ、絹旗のおっちゃん」
「思ったのだが……んん゛!思ッタノダガ、真正面カラ突ッ込ム必要ハナクナイカ?」
「……あー」
少しだけ考えた後、田中さんが少しひいた顔をする。
「あんたも新城に劣らず、テロリストみたいな思考じゃねえの」
「え、それは嫌すぎる」
「どういう意味よ馬鹿ども」
「わかってしまった自分が辛い……」
この珍走団と同じ結論が浮かんでしまった。明里と話している時なみに思考が爆弾魔とかテロリストとかに寄っていっている気がする……!
『爆音と燃える音は心を綺麗にしてくれます!』
だから下がってろイマジナリー明里……!
* * *
十分後。
「あははははは!燃えろ燃えろぉ!」
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
「たーまやー」
「なんか……ごめんなさい」
第二層は火の海に包まれていた。
* * *
サイド 宇佐美 京子
「状況は!」
「自衛隊、公安の第一防衛ライン突破されました!」
「こちらの部隊にも被害多数!一班、二班との連絡がとれません!」
地図とモニターが並べられた指令室で、思わず感情が表に出て眉間にしわがよっていく。
五分前、例の依り代の側面の一部が『裂けた』。
皮膚が割れ内側の血肉を晒しながら広がったそこから、黒ずんだ血液と共に怪異共が溢れてきたのだ。
姿は例の動画投稿者が変わり果てた姿に酷似。されどこちらはボロ布を纏い体格は成人男性ほどになっている。
拳銃弾程度では足止めもできず、現在は機関銃や魔術を使っての迎撃を行っていた。
不幸中の幸いは奴らの足が遅い所か。肉体の形成が不安定らしく、時折足が自壊する。
だがそれでも安心はできない。アレに接近されれば実質終わりだ。驚異的な腕力で掴みかかられ、掌の口に噛まれれば数秒後には怪異の仲間入り。どこのB級ホラーだという話しだ。
「四班、六班を通信途絶した部隊の穴を塞ぎに行かせてください」
「了解!」
「お待ちください京子様!二班にはうちの倅がいます。救助隊を!」
「……観測班。彼らの安否確認を」
「はっ!え、しかし、それですと狙撃部隊の支援が」
「っ……」
「後藤の、諦めろ。今は防衛線を維持するのに注力すべきだ」
「ふざけるなアレはうちの最高傑作だぞ!自分の後継は本社にいるからぬけぬけと!」
「なにをっ。冷静になれと言っているのだ!家の存亡にも関わるぞ!」
手が足りない。連携も碌にとれていない。
「ここは吾輩の部隊を向かわせよう」
「お待ちを。新見殿の隊はここの護衛でしょう」
「いやいやいっそ本家から人員を」
「馬鹿な、昨今は海外からの横槍が」
とうとう私すら無視して会話を始める傘下や分家ども。
彼らの中では自分など『宇佐美家の付属品』程度にしか思っていない事はわかっていたが、ここまでとは。
……ここにいるのが、お兄様だったら。
「一班と二班、連絡がとれました!」
「なにっ」
「おお!」
「公安の『新垣班』に保護されていたもよう!こちらの四班に彼らを任せた後、怪異の群れに突撃。破竹の勢いで敵を粉砕しているそうです!」
「そう……彼らに感謝を。一班と二班はすぐに後方で治療をするよう連絡しなさい」
「はい!」
どうやら新垣巧の班がやってくれているらしい。黒江の連絡が間に合ったか。
ともかく、『トルーパー』を有する彼らが前面に出てくれれば多少は楽になる。恐らく黒江もそのまま支援に回っているはずだ。
「公安が……」
「政府の犬め、余計な事を……」
「我らを囮にしたんじゃないか……?」
こいつら……。
引きつりそうになる口元を手で隠し、小さく深呼吸。
「今は派閥や発言権を気にしている場合では――」
「なっ!?ご、ご報告します!」
間ぁっ!!
素っ頓狂な声を出した通信担当に目を向ける。
「なにがあったの」
「突如として怪異の体が燃え出したそうです!原因不明、裂け目も炭化し塞がりだしたそうです!」
「……なんですって?炎の色は」
「え?」
「炎の色は何色かと聞いているのよ」
「は、はっ!えっと……蒼です!」
「なるほど……」
どうやら、中で随分と暴れているようね。
「『蒼黒の王』……」
お願いだから早くこの騒動を終わらせて……。
そう願った所で、結局は他人頼りかと自重する。これがお兄様なら……私ではなく、兄が生きていたのなら。
この場にいる分家ども、傘下ども全てが思うように。
あの時死ぬべきだったのは、やはり私だったのだ。
* * *
サイド 新垣 巧
なんか燃えた。
「ふっ……各員後退。警戒を怠るなよ」
「「「了解!」」」
後退しながら、焼け落ちる怪異どもを見る。
この炎は間違いなく『蒼黒の王』のもの。だが彼は未だにこの肉塊の中にいるはずだ。となれば、内側のダメージが外側にまで伝線しているのか?
いい情報のような、悪い情報のような。なんにせよ今回みたいに都合よく作用するのは次から期待しない方がいいな。
「新垣」
「おや山口くん」
こちらに体を寄せてくる同僚に不敵な笑みを返しながら、視線だけ周囲を探る。
「安心しろ、例のメイドは別の場所だ。宇佐美家の目はない」
「そうかい。すまないね、汚れ役を」
「かまわん。それで日本を護れるなら安いもんだ」
油断なくサブマシンガンを構えながら移動しつつ、彼は少しだけ探るようにこちらを見てくる。
「それで、本当にアレでよかったのか?かなりこじれたが」
「ああ。あの状況で仲良しこよしとは絶対にいかないからね。土壇場で崩れるよりはマシだ」
「たしかにな」
こちらにもメンツがあるし、そうでなくとも『自分達が日本を守ってきた』という自負がある隊員達は少なくない。
そして相手は『あの』宇佐美家だ。外国との黒い噂の絶えないな。そこと手を組めと言われて反発するのは当然だろう。
また、相手も一枚岩ではない。ここにいるのが当主や妖怪爺なら話しは別だが、宇佐美京子では実力も経験も器も、なにもかもが足りていない。魔術師なんて外道どもを纏めるのは無理だ。
さて……。
「で、次はどうするつもりだ」
そんなの僕が聞きたいわい。ただ後ろから撃たれるよりはマシだと苦肉の策だっただけだよ畜生め。
あ゛~……僕はそういう交渉事とか専門外なのに、上も『こっちも自衛隊やらマスコミやらで忙しいから無理!任せた!』と投げてくんなよ……なんで僕だよ。
「ふっ……彼女しだいだね」
まーじで頼むぞ宇佐美京子。
彼女が『カードを切ってくれれば』、こちらもやりようが生まれるのだから。
読んで頂きありがとうございます。
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