第百六十一話 銭湯
第百六十一話 銭湯
サイド 剣崎 蒼太
「くくっ……風呂は心の洗濯ってな」
食事を終え、調理をしていない二人が食器を洗ってくれた後の事。
先頭を歩きながら、チョコのタバコを四本口にくわえて流暢な活舌でそんな事を言う田中さん。
……うん。
「もしかしなくても馬鹿なんですか……?」
「ストレートに馬鹿ね」
「ハードボイルドと馬鹿をはき違えている……」
率直な感想を言う自分達に、何故か田中さんが不敵に笑う。
「おいおい、そんな事を言っていられるのは今のうちだぜ?」
「な、なんですって……!?」
「イッタイ何ガ……!?」
戦慄する二人に、思わず乗り遅れて真顔になってしまう。いや乗り遅れなくても真顔になるわ。
「見よ、俺の絶技を!」
そう言って田中さんが、唇と顎を巧みに動かしていく。
人体の構造としては限界ギリギリ。驚異的な使徒の肉体をもってして、軽々とその奇行を彼は成し遂げた。
「くわえたまま……逆さにしてまとめて食べてやったぜ……!」
ドヤ顔の彼に、自分達はこう返すしかなかった。
「「「うわぁ……」」」
ドン引きである。まごうことなきドン引きである。もう他にどんな返しをしていいのかわからない。
「なんだよ!?そこは『キャーライトニング・ゼロすてきー!』とか『これこそが世界に一つだけの奇跡!』とか褒め称える所だろうがっ!」
「きゃー、ライトニング田中ばかだー」
「コレコソガ世界ニ一ツダケノ奇行」
「はったおすぞ!?」
「田中さん」
「ライトニング・ゼロな。なんだ剣崎」
「さすがにないわー」
「 」
とぼとぼと歩く馬鹿の背を見ながら、それはそれとして疑問を口にする。
「というか、なんで俺達は銭湯に向かっているんですか?」
「そこに銭湯があったから?」
「オ゛レ゛、オ゛風呂入リ゛ダイ゛!」
「あたしはどうでもいいけどノリで」
「あ、はい」
これはもう止めても聞かないなと諦める。どうせここから最短距離で学校を目指すというのも、彼らの魔力量を考えると下策だろう。第一層の階段を守護していた奴がまた現れた場合、魔力切れでは心もとない。
……自分一人だけで突貫する。というのも、正直考えた。はっきり言って不可能ではないようにも思えるが、次の階層でも通用するかわからない。なにより、あの邪神が彼らをよこした。その意味を考えないわけにはいかないだろう。
それと……いいや、これは不謹慎だ。
こんな状況で、血のつながりはなくとも家族が事件に巻き込まれている今、この感情は不要で、不謹慎だ。
もしも自分の考える『犯人』が当たっていた場合は、なおの事。
「ようし、ついたな!」
「お邪魔しまーす」
ずかずかと銭湯の入口を開けて乗り込む。古い昔ながらの銭湯で、現代でありながら長い煙突が上に突き出ている。
『『『ア゛ア゛ア゛ア゛―――……』』』
「そおい!」
なんか三体ほど眷属が出てきたので何かをする前に田中さんが串刺しにして受付の奥に放り込む。
あの人、新城さんの事を言えないぐらいにはわりと蛮族では……?
そう思いながら、男女で暖簾がわかれているので新城さんとはわかれる事に。
「おう、たぶん怪物はいないだろうけど入る前に一応確認しろよ」
「わかってるわよ。それよりあんたら、覗くんじゃないわよー」
軽くこちらに流し目をしながら笑う新城さん。
彼女の体つきはストライクゾーンではないのだが、それはそれとして綺麗だと思う。なので、咄嗟に彼女のからかうような視線と声に目が泳ぎそうになった。
「いやドラム缶はちょっと」
「寝言ハ寝テ言エ」
「久々にキレちまったぜ……」
「ちょいちょいちょい」
凶悪な笑みを浮かべながらククリ刀を取り出す新城さんを押さえる。それはそうと『久々』とは。この人の久々のスパンってどうなってんだろうか。
「うるせー!今度という今度はあのガキどもをわからせるんじゃぐぅるおあぁ!」
「落ち着いて!魅力的ですから!新城さんは魅力的な女性ですから!」
「あー?じゃああたしのどういう所がエッチか言ってみろや!」
「ええ!?」
がつんと、背後から肩を押さえていたら顎を銃口が突き上げてきた。わー、これ明里に教えてもらった銃だー。マグナムってやつだねー……正気かな?
「うっわ、あれおばさんが偶にやる逆セクハラだ」
「アア言ウ酔ッ払イ、イル」
「おらじゅぅぅう!きゅううう!はぁち!」
「え、ちょ、え、あー」
段々と短くなっていくカウントに少し迷った後、仕方なく言葉を吐き出す。
「えっと、小柄で痩せているけど貧相って感じじゃなく妖精みたいに綺麗だし、胸も小ぶりだけど決して硬そうには見えないです。足もスラリとしていて太ももとかスベスベしてそうですし、お尻もツンと上を向いていて撫で心地がよさそうだと思います!」
撃鉄を上げた新城さんに慌てて言い切る!どうだ……?
「………」
そっと銃をおろしてこちらの拘束をはずし、するりと女湯の前に行く新城さん。どうやら許されたらしい。
「いや、うん。きもい」
「 」
「ほんと、マジで覗かないでね。久々に身の危険感じたわ……うん、なんか、ごめん。とりあえず半径三メートル以内には許可なく近づかないでね?」
「 」
「じゃ、あたし入るから、あんま長風呂しないでね」
そう言って彼女は女湯の暖簾をくぐって歩いて行った。
呆然とするこちらの肩が両側から叩かれる。
「剣崎」
「たなか、さん……」
茶髪の美丈夫が、そっと優し気な笑みをうかべる。
「流石に今のは人としてどうかと思ったぞ……?」
「きもいを通り越して性犯罪者が現れたかと思った」
「理不尽ッ!!!」
顎下から弾が込められたマグナムを突き付けられて言ったのですが、これは俺が悪いんですかねぇ!?
内容?本心ですが?
* * *
パッパと脱いで、脱衣所から風呂場に。
そう言えば銭湯に誰かと来たのはいつぶりだろうか。中学時代はそもそも行く機会がなかったし、高校では周りの目を気にしていた。
こうして『同類』かつ『同性』とここに来る事は、これから先あるのだろうか……。
「おいおいおい、剣崎くんよぉ、それはないんじゃないか?」
「はい?」
馴れ馴れしく肩を組んできた田中さんに胡乱な目を向ける。いや裸で肩を組むな。何がとは言わんが嬉しくないものがあたるんだよ。
どうせなら裸の巨乳美女や美少女に抱き着かれたい。切実に。
「お前この状況でタオル巻くとかなってねえな!こういう時は素直に比べあいっこが通例だろうが!」
「いつの時代だ!?」
「うるせぇ脱げやぁ!」
「いやー!」
強引に腰のタオルがはぎ取られた。
いやなんだこの誰も喜ばないサービスシーン。
「ふはははは!俺のこの前世の四倍はあろう主砲を前に怖気づくのは当たり前だが、そう縮こまる事も……」
堂々と腰を突き出していた田中さんの声が尻すぼみになっていく。
「ふ、ふん。俺と互角とはなかなかじゃねえか」
いや、自分も田中さんもネットの情報が確かなら平均よりは大きいが、四倍とかは何を………あっ。
「おい、なんだその目は。やめろぉ!俺をそんな目で見るなぁ!」
「違います。大丈夫です。大事なのはサイズではありません」
「フォローするんじゃねぇ!」
「ナニヲ騒イデイルンダ」
「絹旗のおっちゃん!そうだ、おっちゃんに勝てば俺はまだチャンピオン!」
なんのだよ。
そして絹旗さんは来るのが遅かったなと思って視線を向ければ、なぜ遅れたのかは一目瞭然だった。
アフロ……?熊の毛皮で構成されたアフロ?とにかく、彼は他の衣服は脱いでも毛皮だけははずさず、かと言って邪魔になるからと鼻から上で毛皮を球状にしていたのだ。
……うん。馬鹿、もう一人いたわ。
「おらぁ、おっさんも隠してんじゃねえ!」
「え、ちょ、痴漢!?」
「うるせぇ!」
痴漢が不審者を襲っている。地獄かな?
そして晒された絹旗さんの股間。下世話な話だが、今生で同世代と下ネタの類はほとんど出来なかった身。つい自分も彼のソレに視線を向けてしまう。
「熊じゃなく馬、だと……!?」
「うそだぁぁああああああああ!」
「な、なんだ。なんの騒ぎだ」
愕然とする自分と慟哭をあげる田中さん。今ここにチャンピオンが誕生した瞬間である。
すすり泣く田中さんを慰めながら体を洗っていく。怖い物を見たね。落ち着こうね。
そんなこんなで体を洗い終え、湯船につかって一息いれる。絹旗さんも首から下は綺麗に洗ったようだ。いや毛皮を頭にくっつけている段階で清潔もくそもないが。あんたそれ使徒じゃなかったら蒸れて大変な事になるからな?
「さて、男が銭湯に来たんだ。やる事はまだあんだろう」
「は?」
「タシカニ。一理アル」
「は?」
意味ありげに頷く二人。そして気づく。
まさか、行くのか、覗き!いや流石にそれはだめだろう。確かに興味はある。女体に凄く興味はある。舐め回す様にして見たいという欲はある!
基本的におばあ様方しかいない公衆浴場も、今は確定で少なくとも見た目は美少女な人物が入っている。覗きに行くなら絶好の機会だろう。
だがそれは人として!現代社会を生きる常識人として!超えてはならない一線がある!
「だ、だめでしょうそれは!興味はありますが!」
「いいやするね!恋バナを!」
「フー!アッタマッテキマシター!」
女子高生かな?この痴漢と不審者は。
「まずは一番若い剣崎ぃ、お前どうなんだよぉ」
「ど、どうってなんですか」
「トボケルナ。コレダ、コレ」
左右から痴漢と不審者が詰め寄って来て、片や肩を組み、片や小指をたててくる。
うーん、このおっさん共面倒くさい。
「いや、そう言われましても。付き合っている相手とかいませんし……」
「じゃあ今までの女性遍歴とかさぁ。どんな子と付き合った事があるとかぁ」
「イッテシマエ楽ニナルゾ」
「いや、そういうのもいませんし」
「またまたぁ、隠すなよぉ」
「秘密ハ守ル。ダカラコッソリ。コッソリ言エ!」
「いや……マジでいないんですけど……」
「「えっ」」
ぴたりと変質者二人が動きを止め、そっと真顔で離れる。
「なんか、ごめん……」
「正直すまんかった……」
「謝んじゃねえよそういうそっちはどうなんだ畜生!」
「お、聞いちゃう?聞いちゃう?」
田中さんがイキイキと戻って来た。うっっっっっっっぜ。
「実は俺も転生した後に彼女がいてなぁ……元気にしてっかな、あいつ」
「え、あ、それは……」
なんと返していいか迷う自分に、田中さんが苦笑する。
「おいおい気をつかうなよ彼女いない歴=年齢の童貞」
「ブチころがすぞライトニング田中……」
「あ、やべ地雷だったか」
戦争じゃろがい……お前そこを煽ったら戦争じゃろがい……!
ゆらりと立ち上がりファイティングポーズをとるこちらに距離をとる田中さん。逃さん、貴様だけは。
そうしている所に、突然浴場の扉が爆破された。
え、爆破?
「長いんじゃボケどもぉ!いつまでちちくりあってんだダボがぁ!」
「「「キャー!!!」」」
セーラー服とセーターに、手榴弾を持った新城さんに三人そろって股間を隠す。
「へんたーい!」
「すけべー!」
「誰カ男ノ人呼ンデー!」
「…………」
―――ブオオオオオオオオ!!!
「「「すみませんすぐ出ます」」」
だからこちらの股間を見ながらチェーンソーをふかすのはやめてください。切実に。
満足して出て行く新城さんを見送り、自然と三人そろって苦笑していた。
いけないのだろう、こんな感情は。
多くの人が、既に死んでいる。ここは敵地であり、戦場であり、今もなお尊厳を奪われた人々が理不尽に眷属とされて徘徊している。
だから、本当はいけないのだ。
この人達と過ごす時間が、『楽しい』などと思っては。
「あ、時限爆弾セットしたから、四十秒後に爆破するわよー」
「さらばだ剣崎!」
「先ニ行ク!」
「待って俺だけ普通の服回収しないと!?」
あいつら秒で見捨てやがった!?
脱衣所で一人、大慌てで服を着ながら確信する。
うん。やっぱ楽しいとか心が麻痺しているだけだわ!
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