第百六十話 隠される真意
第百六十話 隠される真意
サイド 剣崎 蒼太
「だ、大丈夫ですか新城さん」
黒焦げになって崩れ落ちた怪異を前に、新城さんが『ズビターン!』と音をたてて顔面から倒れたので慌てて駆け寄る。
「ま……」
「ま?」
「まんぞくぅ……!」
抱き上げた新城さんはとても清々しい顔で親指をたててきた。
ただし全身震えているし顔は真っ青である。あと目が少しグルグルしている。これ……魔力切れじゃね?
「さすがにタンクローリーフル改造からの乱れ撃ちはヤバいぜ……」
「なんでそこまでしたんですか……」
「面白さは全てに優先される!」
「さいですか……」
もうやだこの人。
「なあ」
「うん?」
田中さんと絹旗さんがこちらに歩み寄って来た。流石に心配になったのだろう、その顔には困惑が浮かんでいる。
そっと、恐る恐るといった感じで田中さんが口を開いた。
「流石に『おねえちゃん』は頭おかしいだろう」
「『オ姉サン』ジャナク『オネエチャン』ナ所ガ気持チ悪イ」
「じょうとうじゃぼぎゃ!」
「殿中にござる!殿中にござる!」
もはやぞんざいに止める。なんかね、うん。もうね。
「にしても、本当にあったな。次の階につづく階段」
「んじゃわれどぎょぐぼげゃ!」
騒ぐ新城さんを無視して、田中さんが視線を怪異の後ろへ向ける。そこには壁の一部がぽっかりと空いて階段ができており、上へと続いている。
「さて、のぼった先に待つのは鬼か蛇か」
「むしすんじゃねぇぞがきゃぁぼげっずぞわりゃぁ!」
「イズレニセヨ、進ムシカアルマイ」
「ケツにぐれぶっこんでおくばガタガタいわしゃぐぉらぁ!」
「……はーい新城さん機関銃ですよー」
いい加減うるさいのでその辺に捨ててあった重機関銃を掴んで彼女に渡す。
「わーい時子鉄砲だいすきー!弾切れじゃねえかクソが」
子供の様にキャッキャッと機関銃を持った後そっこうで投げ捨てる新城さん。そしてすっくと立ちあがり平然と階段へと歩いてく。
うん……シャブやってます?
「ほら行くわよあんた達。あたしに続きなさい」
「「「うぇーい」」」
そんなこんなで階段をのぼる事数分。一応警戒しながら進んだが、道中に襲撃される事もなく次の階へ。
最初に見えた景色は、先の階とそう変わらないものだった。だがすぐにその違いに気づく事になる。
まず道の端を埋める壁みたいな家々や店舗は先の階と違い天井まで届いておらず。なんなら天井の高さが五十メートルは優に超えているだろう。
なにより、壁となる店舗や家々越しでも見える大きな建物が向こうに見えている。そして、その姿に自分は見覚えがあった。
「あれは……」
「なんだ、知ってるのか?」
思わず声をあげたこちらに視線を向けてくる田中さんに、小さく頷いて返す。
「はい……あれは、義妹が通っている中学です」
四階建ての、まだ築十年ぐらいだったかの校舎。中学の生徒会で時折交流をした事もあるから覚えている。
なぜあそこだけ、他の建物と違いそのままの姿であるのか。他の建物は変形して壁の様にされるか、あるいはなかったかの様に姿を消しているのに。
後付けで炎に耐性をもっているかのような眷属たち。家の方に向かったら遭遇した二層への階段。
そして、あの校舎。
どろりと、頭の奥で嫌な物が流れ落ちた。
「よし!!」
「っ!?」
突然聞こえてきた破裂音に、咄嗟に剣を構える。だが第六感覚に反応はなく、音の方向に視線を向ければ新城さんが手を勢いよく打ち合わせたのだとわかった。
「ご飯にするわよ」
「「おけ」」
「え?え?」
突然その辺の家に堂々と入り、中から二体の眷属を殺して外に放り投げた新城さん達に思わず疑問符を浮べる。
「え、あの。突然なにを?」
「だからご飯にするのよ。ちょっとここお借りしてね」
「ノリが山賊だなこいつ」
「ソレハ思ッタ」
「ちょ、そんな暇は」
ない。そう言おうとして、新城さんが先ほど魔力切れで倒れたのを思い出し口をつぐむ。
「腹が減ってはなんとやら。あたしは魔力切れだし、田中「『ライトニング・ゼロ』!」ライトニング田中も魔力に不安があるし、休憩が必要よ」
「……わかりました。料理、手伝います」
「おいナチュラルにライトニングと田中を融合させるな。なんか高杉とかバタフライ伊藤みたいで嫌なんだけど」
「チャージング渡辺とかクラッシャー斎藤とかもいますよ?」
「なぁにそれぇ」
家に入り、料理をするのだからと鎧を解除して私服姿になる。
「あ、そう言えば剣崎の顔って初めて見たわ」
「確かに。ずっと兜だったからな」
「あー、そういえば。けど顔がわからないって言ったら絹旗さんも同じでは?」
ジロジロと自分の顔を見てくる三人にそう言うと、今度は絹旗さんに視線が集まった。
しかし、彼はすぐさま熊の毛皮をかき抱くようにして部屋の隅に逃げてしまう。
「やめて!俺からこれ以上キャラをはぎ取らないで!」
「なんでそんな暴漢にあったみたいになるのよ……」
「新城さん……」
「新城……」
「えっ、あたし!?」
この中で一番暴漢っぽいのは間違いなく新城さんである。ぶっちぎりで一位だ。見た目以外がもう山賊の頭か愉快犯のテロリストである。
なんかなぁ……『見た目は清楚で可憐』『言動がテロリスト』『天然サイコパス』『新城』って並べると個人的には一人しか浮かばないのだが……。
「じゃ、とりあえずあたしと剣崎が作るから。キッチンに四人も入らないし」
「ごはんまだー」
「オ゛ナ゛ガズイ゛ダ!」
いつの間にか席についた田中さんと絹旗さんが箸やらフォークやらを鳴らしている。ガキか。というか速いわ。
「もー、仕方ないわね。これでも食べてなさい」
困った子供にでもするように苦笑をうかべ、新城さんが二人の前にそれぞれポケットから出した物を置いた。飴かな?
それは濃い緑色で、こぶし大のサイズであり、パイナップルみたいな形状をしていた。
「わー、手榴弾だー!」
「オ腹弾ケチャウ!」
視認するなり二人が椅子から床にダイブしてうつ伏せになり頭を庇うように手でガードする。
「さ、ちゃちゃっと作りましょう」
「うす……」
流石にピンを抜かない常識はあったんだなと思いながら新城さんに続いてキッチンへ。
……いや食卓に手榴弾を置くののどこに常識が?アフガン?
カバンや冷蔵庫から出した食材を見た後、自然な流れで鍋を作る事に。ありあわせで何か作るってなったら鍋が一番手っ取り早い。あるいは野菜炒め。
「そう言えば新城さん」
「なぁにぃ」
鍋に調味料を入れる彼女の横で、野菜を切りながらちょっとした疑問を口にする。
「新城さんって、親戚に『新城明里』って子いたりしません?」
そう口にしてから、しまったと後悔した。
いつの間にか忘れてしまっていた。彼女たちは『死人』なのだ。あまりにも元気過ぎる姿に、生前の事を無神経にも聞いてしまったのだ。
「新城、明里」
「すみません、忘れてください。その、無神経に……」
「別に構わないわ。そうねぇ、『会った事がない』わね。どんな子なの?」
「え、ああ。はい。なんというか……自称パーフェクト美少女?」
「うん……なるほど」
肉を鍋に入れはじめた新城さんが苦笑を浮べる。
「随分と自信満々の子ね。実際美人なの?」
「はい。かなり可愛いですよ。ただ言動が少し変わっていますが」
「まあ自称パーフェクト美少女って名乗る奴が変じゃないわけないわね。どれだけ言うだけの事はあるって女の子でも、絶対に変人だわ」
そう言って苦笑いを浮かべながら、豚肉を菜箸で揺らす彼女はどこか懐かしそうにしていると思えた。
先入観からくるものかもしれない。だが、それでも。
「新城さん」
「料理に集中しなさい。怪我しなくっても、事故のもとよ」
「え、あ、はい」
手元に視線を戻し、包丁を動かしていく。
「そう。いい子ね。視線はそのまま。ああ、けど最後に一つ聞かせて」
「……はい」
「その子、元気に笑ってる?」
「ええ。元気過ぎるぐらい元気に」
「そっ。『会った事も、話した事もない誰か』だけれど、子供は元気が一番ね」
嘘は、言っていない。それは第六感覚でわかる。だが前に明里と話した内容を思い出し、もしやという疑念は強まった。
だが、これ以上は聞けない。更に踏み込もうとすれば、あるいは彼女は銃を抜くだろう。先ほどの様な冗談ではなく、引き金に指をかけながら。
それもまた、第六感覚に頼らずともわかってしまった。
「なあなあ」
「なによ。まだ料理はできてないわよ」
キッチンの暖簾をあげて田中さんが顔を出す。
「飯食ったら銭湯いこうぜ!」
「「……はぁ?」」
* * *
サイド 宇佐美 京子
やってらんねぇ……。
本音を言おう。私は、いいや『宇佐美家』は。ここの指揮権などとっとと目の前の胡散臭い奴にぶん投げて、ついでに秘伝ともされる魔術の一部もぶっちゃけてもいいかなと思っている。
去年までなら考えもしない暴挙だが、しかし今は『蒼黒の王』がいる。
彼の作り出した魔道具の数々。あれと比べれば我々が持つ魔術の知識など、自称名門の者達と大差はないのだ。
だったらいっそ、この事件に積極的かつ献身的に動いたとアピールし、王からの好感度をあげた方が何倍も『得』だ。
そんな事はお爺様もお父様も、そして私もとっくに理解している。
「申し訳ありませんが、ここの調査に使っている魔術は秘中の秘。御国のためとは言え、おいそれと差し出すわけにはいきません」
じゃあなんでこんな遠回しな事を言っているかというと、『宇佐美家』はよくっても『宇佐美グループ』はそうでないからだ。
うちだって一枚岩というわけではない。海外の魔術師との繋がりに、分家達。その他傘下に収めた魔術師。彼らの意見を、個別にならともかくまとめてとなると無視できない。
彼らとしては『蒼黒の王』の恩恵があるかわからないし、何よりも『自分の家の魔術』つまり財産を突然差し出せと言われても、頷くわけがない。投資と割り切るのは難しいだろう。
正直、私からしたら危機感が足りないと思ってしまう。神格絡みの一件など、全力を超えた死力を出しても足りない。よほどの運がなければ。
具体的に言うと『蒼黒の王』が本気で殺しに来た場合を想定してみよう……うん。死力を尽くして逃げに徹しても絶対に死ぬわ。使徒怖い。使徒でこれとか、神格になったらどうなるのか。
だが本気の使徒を見た事がある人間の方が少ないのだ。彼らが危機感を持てないのも、無理はないのかもしれない。
「ですがこちらとしては『よくわからない物』に部下や国民の命を懸けるわけにはいかんのですよ。どうかご理解いただきたい。なにも全てを明かせとは言っていないのです。一部でも構いません。あの肉塊の計測に使った魔術の説明を」
まあ、私のもつ危機感なんて目の前の男からしたらまだ足りないのかもしれないが。
相対しただけでわかる。くぐって来た修羅場の数が違う。私よりも神格の脅威をよっぽど知っているだろう。
だがそれでも、彼はこちらに指揮権を譲る事はあるまい。なんせ『国のメンツ』がかかっている。
メンツなどくだらない。なんて、仮にもお爺様から子会社をいくつか預かる身としては言えるはずもない。
メンツをなくした国と、組織と、いったい誰がまともな取引をすると言うのか。信用は金で買えない資産である。
「そうですね……新垣さんの言う事ももっともですね。ではせめて『トルーパー』を二機、お借りしたいのですけど」
「ほう、それはなぜ?」
なんでもなにも下を納得させる『メリット』が欲しいんだよちくしょう。
「私どもはあくまで民間企業。お力を貸すのはやぶさかでないのですが、この現場に留まるのなら身を護る力が欲しいのです」
「それは――」
「それは必要ないでしょう」
すっぱりと言い切ったのは新垣巧ではない。
彼の斜め後ろ。いかにも荒事に慣れていますと言いたげな顔をした男であった。
「貴方は?」
言外に『口出しすんじゃねえよ三下』という笑みを向けたが、気づいた様子もなく男は口を開く。
「宇佐美グループはあくまで一民間企業。そこに『公安が保有する』装備を貸し出すのは色々と問題があります。貴女方の安全は我々が保証しますので、どうか安心して我々に協力して頂きたい」
おいこいつ宇佐美グループを『一民間企業』って言ったぞ。日本一の魔術組織を前にして。よりにもよって私の後ろに分家衆がいる状態で!
うわぁ……振り返りたくない。絶対に殺気立ってるもん。プライドばかりのジジババと血気盛んな若手が額に青筋を浮べているのがわかるわかる。
「ふっ……山口くん。今は僕が話しているんだ。場が混乱するから、発言を控えて頂けるとありがたい」
「何を言う新垣。そもそも代表面しているが、俺とお前の階級は同じはずだ。『トルーパー』を持ってきた功績があるとは言え、この場の指揮権をお前が持つのに俺は納得していないぞ」
マジかこいつ……。
山口とやらと後ろにいる奴ら。それと新垣巧が連れてきた者達の間で視線の応酬が起きる。明らかに剣呑な感じで。
ま、まあ。切り替えよう。見方を変えればこれは相手方にできた隙。あちらに馬鹿がいた事を喜ぼうじゃないか。
「ふん……誰かと思えば自称名門のみそっかすか。状況もわからず火種を持ち込むその姿、なんと滑稽な」
はいこっちにも馬鹿いましたー!
ちらりと目を向ければ、傘下の魔術師の一人である婆さんだった。あー……そう言えばこの婆さん昔は自称名門の所の分家だっけ。
「なにを!国を売り他家に尻尾をふって生き残っただけの愚物が偉そうに!」
それ禁句!うちの分家や傘下にとってはもろに禁句だから!
「はっ!負け犬が吠えよるわ。もはや魔術の魔の字すらわからぬ劣等種が」
「然り。威張るばかりで何も出来ぬ張子の虎が。何を一丁前に物を申すか」
はい馬鹿追加ー。他の傘下まで火がついちゃったよ畜生め!
「言わせておけばぬけぬけと!この国難で利益を吸い取ろうとする害虫が!」
「国を護る為にお前たちの力を我々が有効活用してやると言っているのだ!技術だけ置いてとっとと家で引きこもっているがいい!」
あっちの別の班と思しき方も火がついちゃったよ。
……え、もしかしてこれこっちの馬鹿どもは私がまとめんの?マジで?
そう白目をむきかけた所で、突然新垣巧が立ち上がった。
「なんだ、武力行使でもするか?」
「トルーパーがあるからと調子にのっているのなら間違いだぞ」
そううそぶく傘下の者達に不敵な笑みを返した後、新垣巧は山口へと歩み寄る。
「なに。どうやらお互いに意見がまとまっていない様子。ここは一度それぞれの陣に戻り、内々でもう少し話し合ってから再度交渉をするという事で」
「ふざけるな新垣!代表面をするなと言っている!ここは今まで日本の霊的防御を担ってきた俺達が指揮をとるべきだ!譲歩などない!」
「山口くん。ちょっと」
「なんだ、貴様のたわ言など……」
ぼそぼそと新垣巧が山口何某の耳に囁いたかと思うと、彼の顔が真っ青になってあぶら汗をかき始めた。
え、なに言ったの?
「き、貴様。どこで……」
「おやおや、具合が悪そうじゃないか山口くん。ここは一度戻ろうじゃないか」
「お、お前!我らの当主に何をした!」
「やめろ!」
怒りに顔を赤くした部下を、山口が必死の形相で止める。ただならぬ雰囲気に、こちらのジジババ共も少しだけ勢いが弱まった。
「ふっ……一度帰らせてもらいます。なに、我々は共にあの肉塊による被害をこれ以上広げない事を目指しています。必ずや誤解がとけ手を取り合える事でしょう。冷静にさえなれば」
「ええ、そうですね。こちらも少しヒートアップしてしまいました。なんせ『こんなにも大変な事態なもので』」
本当に大変な事態なんだから自重しろバーカ!と、傘下のジジババに伝わったかなぁ……伝わっているといいなー……。
「では、また後ほど。失礼しました」
「ええ。それまでにこちらも意思の疎通をしておきますので」
去っていく公安の面々。いやぁ、あっちも纏まりってないんだなぁ。
それもそうか。なんせどれだけ数がいても人手不足と言われているのが今の公安。普段一緒に仕事する事は少ないはず。むしろ、混成軍とは言えここにこれだけ集められただけ頑張った方だろう。
そしてこちらも人の事は言えない。普段傘下や分家を抑えてくれるお爺様やお父様は本家や会社の方で奔走しているのだ。私では抑えきれない。
まあ私が舐められているのが主な原因なんだけどね!
ゆったりと『余裕ですよマジで』と立ち上がりながら騒いだ傘下どもを見据えるが、反省した様子はゼロ。むしろ小声で傘下同士話している始末。わー、殴りたーい。
あー……とりあえず宥めてー、状況説明をもう一回してー、飴をちらつかせてー、そんで軽く引き締めてー、帰ってから馬鹿には個別で叱ってー……なんでこの緊急事態にこんな事を考えないといけないのよ。
「皆さ」
「ご報告です!」
間が悪いなぁ!?だが部下に落ち度はないので心の中で深呼吸。
「なにかしら?火急の用?」
「はい!観測班から連絡がありました。依り代に動きあり。表面に謎の亀裂が発生、徐々に広がっているとの事!魔力濃度上昇中!」
「そう……」
黒江にそっと視線を向ける。以心伝心、頷いてくれた。
「急ぎ対応を。傘下の方々には、至急実働部隊を」
「はっ!」
「言われずとも」
「負け犬どもに我らの力を見せてやりましょう」
さっきの今もあって盛り上がる傘下共をしり目に、こっそりと新垣巧にこの事と、ついでにこちらの配置とかを伝えに行った黒江。
あー……この歳だけど隠居したくなってきた。
そんな本音を堪え、とりあえず『できる女社長ムーブ』を今は続けることにしよう。せめて、これ以上馬鹿どもが馬鹿をしないように。
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