第百五十七話 四人の使徒
第百五十七話 四人の使徒
サイド 剣崎 蒼太
開幕の一撃は自分が担う。蒼の炎が一直線上に続く道を焼き払い、数十メートル先まで巨大な炎の波に飲み込まれた。
触れただけで鋼鉄が融解するほどの高温。たとえ使徒でも生身で受ければ無事では済まない。
の、だが。
『ア、アアアアアア!!』
「ちっ……」
そんな気はしていた。
大半は焼け死に、残りの多くも手足が炭化して這いずっている。
しかしそれらを盾にするように。あるいは踏み越えて、一部の眷属どもが突破してきた。分母が多いのだ。たとえ全体の一部でもその数は無視できない。
「ひゃっはー!もう我慢できねえ!」
「薬中かな?」
背後からイカレた声とそのツッコミが入ったと思ったら、顔の横を通り過ぎて鉛玉が飛んでいった。
親指ほどもあるそれが炎を潜り抜けてきた眷属の顔面に直撃。衝撃で体を大きく後ろに仰け反らせて転倒させた。
『ガ、アア……』
「死なないかぁ!撃ち放題ねひゃっほう!」
「おう。好きなだけ撃て。けど味方にあてんなよ」
「あたりゃしゃぁ!」
「なんて?」
新城さんと田中さんが場違いな漫才をしながらも、状況は進む。
対物ライフルの立射狙撃という理不尽に、眷属どもは直撃しても肉が多少削れるだけで耐えるという理不尽でもって急速に距離を詰めてきた。恐らく、身体能力も自分より少し下程度か。
これが、神格の内部にいる時の眷属という事か。
「おおおおおおおおお!」
隣で絹旗さんが雄叫びを上げると同時に、一瞬だけ全員の体が紅く光った。かと思えば力が体の奥から沸き上がり、魔力の出力が大幅に上昇したのを感じ取る。
既に剣の間合いまで迫った眷属。その頭をかち割り、側面へ向かおうとする個体の首を断つ。
明らかに身体能力が上昇している。ちらりと横を見れば絹旗さんが眷属を股下から上へと両断しながら吹き飛ばし、切り開いた道を通り前に出て後続三体の首を纏めて刎ねていた。
味方全体にかかるバフという事か?だとしたら心強い。
自分も掴みかかって来た眷属の腕を切り飛ばし返す刀で袈裟懸けにしながら、炎を刀身にやどらせる。
それを一息に開放。二度目の炎の津波が突破してきた者達を焼き滅ぼすが、後から後からわいてくる。
出力はバフの分普段より上がっている。であるのに味方を盾にした程度で突破してくる。それが酷く奇妙だ。斬った感じ、特別頑丈ではないだろうに。
恐らく、こいつらは炎に強い。耐熱性という話しではない。概念の話しだ。神格が直接いじったのか?元からあった能力にしてはやや違和感がある。
だがそれならそれでやりようがある。火力が足りないなら上げればいい。焼き殺せないなら斬るなり殴るなりすればいい。
突破した者達が足へと鉛玉を受けて転倒していくので、素早く立ち上がった者達を優先して排除していく。
「頑丈で撃ちがいがあるね!撃たれたら死ねよダボが!」
「撃ちがいを感じているなら重畳。後ろ横の道からも来たからそっちの対処すっぞ」
場所は少し後ろに十字路がある状態。背後のその角の向こうからもう一つ集団が着ているのに気が付いた。
自分がそれに気づくのとほぼ同時に、同じ事を田中さんが伝えている。まさかこの人も第六感覚が?
「上等!ここを203高地にしてやるぜ!」
「突破はされたかないがなぁ!」
一瞬そちらに回るか考えたが、どうやら必要はないらしい。
「剣崎!絹旗のおっちゃん!そっちは任せた!」
「応ッ!」
「了解!」
第六感覚で戦場を俯瞰するのはいつもの癖だ。だから、背後で起きている事もある程度わかる。
ちょっとヤバい笑いをしながら新城さんが手に光弾を作ったかと思えば、それを空へと放り投げた。
放物線を描いたそれが地面に接触するなり、けたたましい音をたてて有刺鉄線に早変わりしたではないか。
続けて放たれた光弾は鉄柵へと変わり道路に突き刺さると、彼女はまた光から重機関銃を作り出して付属の三脚と台座を乱暴に道路へと置いた。
「あたしの坊やに挨拶しなぁ!」
「その前にちょっと減らすかねぇ!」
それらを跳び越えて、尋常ならざる速さで駆ける影が一つ。
速すぎる。もしかしたら炎での加速を得た自分どころか、あの金原よりも速いかもしれない。
雷速。そう表現したくなる速度でもって角を曲がった田中さんが、敵集団に向かって槍を投擲した。
「『エレクトリック・ブラスター』!」
ネーミングだっせ。
だが威力は絶大にして無慈悲の権化であった。雷光が過ぎ去ったかと思えば、眷属どもの大半が体のどこかしらを弾け飛ばしながら、黒焦げになって倒れていく。
「おい田中ぁ!あたしの獲物奪ったのか田中ぁ!答えろライトニングTA☆NA☆KA!」
「うるせえちょっと削っただけだ!次来るから構えろ!あと混ぜるな!」
一瞬にして新城さんの隣にまで戻って来た田中さんの言う通り、次から次へと家屋から、あるいは道の奥から眷属どもが溢れてくる。
常人なら絶望する光景に、狂気的な笑みを浮かべる女が一人。
「楽しいパーティーのお時間だぁ!歓迎のクラッカーを受けなぁ!」
轟音と共に吐き出されていく鉄塊が眷属たちの体に突き刺さっていく。一発で死なないなら二発。二発で死なないなら三発でと言うように、無限とも思える鋼の嵐が奴らを襲った。
それでもなお、味方を盾にして進む者がいる。だがその進撃は唐突に止まり、足をもつれさせて倒れていく。
「こういう小技は好みじゃねえんだがな。燃費が悪いってのはこういう時悲しいぜ」
田中さんが左手に挟んだ三本の細長い鉄杭を放つと、それらが鋭角の有り得ない軌道でもって進んでくる眷属の体に突き刺さり、電撃を流して神経を破壊していく。
こちらもまた炎と斬撃でもって絹旗さんとそれぞれに眷属どもを掃討していった。背後も把握するからと言って、前方を疎かにするほど鈍ってはいない。
数百はいただろう眷属の群れ。それとの交戦は、ものの数分ほどで終了する事となった。
* * *
小さくため息をついて、周囲を見回す。
焼け焦げた道と家屋。振り向けば弾痕だらけの景色。そして足元には原型を留めていない死体が多数。臭いも相まって地獄じみた光景だ。
「いやー。久々にたくさん撃てた気がするわ」
「トリガーハッピー属性だと……俺、オ゛レ゛ノ゛キャラガ……!」
「ふっふー!見たかよ俺の超クールな戦いをよぉー!」
やっぱこの人らヤバい奴らなんじゃないかなぁ。
それはそれとして、視線が足元に転がる死体へと引き寄せられる。
人型の異形を切った事は山ほどある。それを気にする事はない。だが、コレが元はなんだったかを考えてしまう。
思い出されるのは人工島『ゆりかご』での一件。あれからもう何カ月も経つというのに、我ながら情けない。
せめてもと思い、剣を地面に突き立てて両手を合わせた。
それから数秒後、肩に軽く手が置かれる。
「田中さん……」
「ライトニング・ゼロな。お疲れ、やっぱ生き残っただけあって強いじゃねえの。相性は悪そうだったがな」
「いえ……ありがとうございます。皆さんとの協力なしでは」
「ああ、ああ。社交辞令はいい。あの程度の数、お前なら単独でもどうとでもなったってのはわかってる。それよりも、だ」
するりと、田中さんの空気が変わる。
「死者を悼むのはいい。むしろ当然だ。だがな、今はもうやめとけ。自分が楽になるならいざ知れず、背負い込むように考えんのはお門違いだ」
「……はい」
「ついでに言えば、死人よりも生きている奴が優先だ。今は生き残って、そんで高杉を止める事を考えろ。こいつらの墓は、全てが終わってから用意してやんな」
「わかり、ました」
肩を二度叩いたかと思えば、彼の雰囲気が元のそれへと戻る。
「それよりどうよ俺の活躍は!お前も強いが、俺も捨てたもんじゃないだろう!」
「はい。それはもう」
正直、この人達が敵に回らなくて本当によかった。
おちゃらけて見えて戦闘になると冷静に周りを見る田中さん。そのうえ高速移動で戦場を縦横無尽に動く上に、大火力と小技を併せ持つ。
田中さんとは逆に戦闘中トリガーハッピーになる新城さん。非常に攻撃的な性格で大量の弾丸をばら撒くが、戦い方自体は考えて動いているように見える。それと腕がいい。
地味だが集団戦だとかなり厄介になる絹旗さん。全体に強力なバフっていうゲームなら過労死枠だろう力に、本人がタンクとしてかなり硬い。敵の攻撃に臆すことなく、それでいて警戒心をしっかり持って行動している。
敵からしたらクソゲーでしかない。これでいて恐らく新城さんは手札をいくつか隠していそうだから、えげつないにもほどがある。
「だろぉ?俺はこと速さに関しちゃ滅茶苦茶自信があるぜ」
「ええ。今まで見た生物で間違いなく一番速かったです」
「なっはっは!わかってるじゃねえか!お前もかぁなぁり強かったぜ!」
そう言えば、その新城さんはどうしたのだろうか。そう思って見回してみると、ちょうど気配がしたのでそちらに顔を向ける。
なんかドヤ顔でリアカーを絹旗さんに引かせていた。そこには食料やら日用品やらが大量に積まれている。
「食料となんか使えそうなもん集めてきたわよー!」
「マジか。ナイスぅ!」
「いえーい」
ハイタッチする田中さんと新城さん。マジかこいつら。
思わず絹旗さんに目を向けたら、小さく首を横に振っていた。
いや、うん。元々その行為を責めるつもりはないけども。緊急事態だし、そもそもここが本当に俺の知っている街がベースかもわからんし。
それはそれとして、一切の躊躇なく略奪に走ったのは頭鎌倉かなとはちょっと思った。
「酒もあったわよ!」
「え、俺酒はいいや」
「オ゛レ゛モ゛イラン」
「今生だと未成年ですので。元々苦手ですし」
「ノリ悪!?」
酒瓶を振り回す新城さんに三人そろってNOと告げると、彼女は唇を尖らせて酒瓶を乱雑にリアカーへと戻した。
「まったく。このあたしがお酌してやろうってのに失礼ね」
「いやお酌されるならもっと大人っぽいねえちゃんがいいわ」
「ロリ趣味ハナイ」
「あーん?本気で言ってんのか馬鹿どもめ」
新城さんが自身の体を両手で艶めかしくなぞりあげ、妖しく微笑む。
ちらりと見えた太ももの絶対領域に、不覚にもドキリとする。
「遊んでやろうか、坊やども」
少しだけ低く、囁くように響いた声。未成熟な少女めいた姿とは想像もつかない、どこか退廃的なソレに背筋が撫でられたような感覚を覚える。
「ないわー。その乳でそれはないわー」
「もうちょっと肉付きよくなってから出直してほしい」
なお、どうやら他二人は完全に対象外だったらしい。
「上等じゃぼけぇ!乳くせぇガキどもがぁ!」
「落ち着いて!落ち着いてください!」
両手にアサルトライフルを取り出した新城さんを慌てて羽交い絞めにする。
思ったより力は弱い。簡単に抑え込めたし、小柄だからすっぽりと腕の中におさまった。ふわりと、硝煙の臭いに混ざって線香のような香りが鼻をくすぐる。
「男の夢は巨乳だって。お前のそれ貧を下回って絶じゃん」
「正直哀れみを覚える。食に困っていたのか?」
「やろうぶっこしゃー!くごぼぎゃぁ!」
「人語を!せめて人語を喋ってください!」
周囲に銃弾をばら撒く新城さん。平然と煽る田中さん。こっちに毛皮越しで『あとは任せた』とぶん投げてリアカーの保護にまわった絹旗さん。
……もしかして、使徒にまともな奴って俺しかいないのか?
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。