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第百五十六話 負け犬たちの集い

第百五十六話 負け犬たちの集い


サイド 剣崎 蒼太



「これは……」


 予想外の光景に思わず声がもれる。


 コンクリートの道に、壁のようにすし詰めにされた住居や店舗。空は青く塗られた天井が覆い隠している。


 上下左右を見回す。どこも同じような感じであり、まるで街をモデルに作り出した迷宮のようだ。


 鞄の紐を調整して背中に背負うと、フリーになった両手で剣を構える。


 早速お出ましらしい。


『ア、アアア……』


 うめき声をあげて、住居や店舗からよたよたと人影が現れる。


 茶色く汚れたボロ布を纏った浮浪者のような者達。彼らは裸足でヒタヒタと足音を立てながら道路へと歩み出てきた。


 正面から向かい合う事で、フードのように頭部を隠していたボロ布の下が見てとれる。


 口だけ残し、目も鼻もなくした顔。唇もなく、むき出しの歯が涎にまみれてガチガチと鳴らされる。突き出された両手は指先が鋭く伸び、掌に顔についているのとそっくりな口が生えている。


 その死体の様な肌の色もあって、外部で見た動画投稿者の成れの果てを思い起こさせた。違う点としては、こちらは成人男性ほどのサイズだと言う事か。


『ギ、ギ、アアアアアアアアア――!!』


 目が合った、というのも変な話だが、こちらを認識したのだろう。耳障りな雄叫びをあげて眷属どもが襲い掛かってくる。


 数は十二。初見殺しは恐いが、時間をかけてもいられない。様子見なしで燃やし尽くすのみ。そう判断し、刀身へと魔力を回す。


 一息に殲滅する。炎を放とうとした瞬間、少し先の十字路で膨大な魔力反応を感知。


「いぃやっはぁぁぁああああああ!」


 雷鳴が轟く。それに先んじて極光が周囲を照らし、一瞬のうちに眷属どもを焼き滅ぼした。


 あの力に酷似したものを自分は知っている。東京で、そして『ゆりかご』で。


 十字路に突き刺さった『金色の槍』。それが一人でに浮き上がると、持ち主のもとへと帰っていった。


 カチャカチャと鋲で打った靴の音が聞こえてきた。


「おいおいこの魔力は、噂に聞く『後輩』か?」


 油断なく剣を構えながら、十字路の角から出てくる人物を待った。


「なら、まずは教えてやろう。この『雷雲を呼ぶ貴公子』『稲妻と共に駆ける戦士』にして、『雷光さえも後光に変える色男』。そう、俺の名は!」


 勢いよく角から出た男が、十字路のど真ん中で無駄に切れのいい動きでポーズを決めた。


「『ライトニング・ゼロ』!俺の雷は、ちょっとばかし刺激的だぜ……」



 だぜ………。



 だぜ………………。



 だぜ………………………。



「なにやってんの田中」


「頭は大丈夫か田中」


「あいたぁ!?」


 ライトニング?さんの頭が横から出てきた女性にはたかれる。


 え、なに?なんなの?


「なにすんだよ!?俺のカッコイイ登場を!」


「うっさいわね。あんたは田中雷太でしょうが。誰よライトニングって」


「『ライトニング・ゼロ』だ!」


「はいはいライトニング田中ライトニング田中」


「悪魔みたいな合体!?」


 なにやら騒いでいる人、田中さん。


 少し長めの茶髪をした長身瘦躯の男性。整った顔立ちは黙っていれば理知的ながら、なんというか、うん。今は、うん。


 だが油断ならない。RPGにでも出てくる冒険者みたいな服装だが、彼の気配が自分の同類であると告げている。


「あー、ごめんね後輩。馬鹿が馬鹿して」


 そして田中さんの頭を叩いた女の人。


 紫がかった黒髪をサイドテールにし、黒と紫のセーラー服に茶色の萌え袖セーター。華奢な十代半ばの女性に見えるのだが、こちらもまた同類だ。


 そして、彼女は腰に『紫銀の懐中時計』を提げていた。


「まったくお前らは……んん!マッタクオ前ラハ」


 更にその後ろから現れた、筋骨隆々の大男。


 上半身裸に下は黒の柔道着めいたズボン。そしてクマの毛皮らしき物を被って顔と背中を隠している。手には古びた大斧が握られ、腰には『朱金の美しい布』が巻きつけられている。


 言うまでもないが、彼もまた同類と見て間違いない。


 使徒。それも、自分とルーツを同じくすると思われる三人を前に、自然と警戒心が増していく。


「……まずは援護に感謝を。あなた方は自分を知っているようですが、失礼ながらそちらの事を教えて頂いても?」


「ふっ、そう!俺こそが雷鳴と共にくる男、ライトニング」


「こいつが『田中雷太』。そんであたしが『新城時子』。で、隣のでかいのが」


「『絹旗力男』ダ……」


「これはどうもご丁寧に。俺は剣崎蒼太と申します」


 嘘を言っている気配はないものの、切っ先はさげるが気を抜かないよう己に言い聞かせる。


 だが油断はあったのだろう。初対面の相手に、向こうが恐らく本名を名乗ったのだからとこちらまで本当の名を口にしてしまった。


「そう警戒しないで、って言っても無理な話しなんだろうけど。なんて説明したもんかしらね……」


「まあ俺達は死人だしな!つうか自分でもよくわかんねえ!確かでかい爬虫類みたいなのに食われたよな?アバドンだっけ?」


「アバドンに?」


 三人の使徒。アバドン。食われた。


 これらから、十二月に一方的にされた神託の内容が思い出される。たった一回しか聞いていないが、それでも強く印象に残っているし、なにより『ゆりかご』で見たアバドンの武装と一致する。


「まさか、貴方達は、アバドンに食べられた他の転生者たち……?」


「おうともよ!いや、後一歩だったんだがな?紙一重の勝負だったと言うか、だ。負けたというには微妙に断言できないというか……」


「五月蠅い。男ならスパッと認めなさい。話が進まないでしょう」


「はい……」


 ……なんか、気が抜けるな。


「あたしらはアバドンに食われて死んで、そんで気づいたらここにいたのよ。案内してくれたらしい女の子が、あんたと協力してこの空間を作った神様をどうにかしてこいってさ」


「そうそう。たしかイゴ……イト……伊藤?って神様を殴り飛ばせとか」


「伊藤ってなによ」


「ソンナ、神ガ、イルモノカ」


「あ、すみませんたぶん伊藤は別の神様です」


「「いるの!?」」


「マジかー。じゃあどう呼ぶかなぁ」


「適当に『マッチング高杉』でよくないですか?」


「「なんで??」」


「言いやすいな!よし、高杉殴りに行こうぜ!」


 何やら視界の端で新城さんと絹旗さんが頭を抱えている。


「やばいわ……あの後輩思ったより馬鹿よ」


「あるいはもう精神がやられているのかも……」


 なんか滅茶苦茶失礼な印象をもたれている気がする。


「待ってください。邪神の名前は言っただけで祟られる可能性があるので、あえてその神格とはまったく関係ないあだ名をつけているだけです」


「あ、ああ。そういう」


「なるほど。確かに名前に関してそう言った民間伝承を聞いた覚えがある」


「なのであの似非シスターは『バタフライ伊藤』と呼んでいます」


「「なんで……?」」


「なるほど、完璧な理論だ……」


 田中さんはわかってくれたようだ。


「何はともあれ、あたしらは味方。ここで何かやろうとしている邪神の計画を止めるために、一緒に戦うわ」


「……承知しました」


 剣に回していた力を通常レベルまでさげ、兜の下でバレない程度にため息をつく。


 疑わしいが、このまま睨み合いをしているのも馬鹿らしい。


「そういや、なんか絹旗のおっちゃんがやけに口をモゴモゴさせてねえか?」


「ああ、そう言えば」


 言われてみれば。


 何かあったのかと三人の視線がクマの毛皮を着た男性、絹旗さんへと向かう。彼は少し俯いたまま、口をゆっくりと動かす。


「俺……オ゛レ゛ハ山デ暮ラシテイタ。ダガラ゛、言葉ハ難シイ」


「そんな理由が……ん?」


 いや時々普通に喋っていたよな。なんか今は変にくぐもった声を出しているけど。


「トイウ設定デイク」


「馬鹿じゃねーの?」


 思わずタメ口で感想が出た。けどもう一度言うね?馬鹿じゃねーの?


「黙レ、コノメンツデ、キャラヲ立タセルニハコレグライ必要ナンダ!」


「十分だよ!?上半身裸の熊男とかもう過剰積載だよ!?」


「おお、ナイスツッコミ」


「やっぱ若い子は元気ねぇ……」


「俺ハ、ナンカイイ感ジニ目立チタイ!」


 めんどくせぇ……。


 内心で辟易していると、魔力と第六感覚に反応があった。


「おっと。楽しいコミュニケーション中だが、お客さんだ。全員構えな」


 そう言って田中さんが槍を構えるのと、ほぼ同時に道の向こうから眷属の群れがやってきた。


 それに対し、一瞬で残りの二人も戦闘態勢に入る。


 新城さんはどこからともなく手に対物ライフルを出現させ、絹旗さんは斧を肩に担ぐようにして全員の前に立つ。


「さぁて。楽しいパーティーにしましょうか!」


「俺、オ前、マルカジリ!」


「油断すんなよぉ。特にあの掌に気ぃつけな。なんか嫌な気配だ」


「――了解」


 気が付けば、自分は彼らの隣に立っていた。


 怪しい要素しかない集団だ。アバドンに殺されたのにこの場にいると言う事は、間違いなくあのクソったれな神の差し金だろう。


 いつ後ろから刺されるかわからない。どんな悪事の片棒を担がされるかわからない。


 であるのに、第六感覚が、今まで培ってきた経験からくる直感が。無意識のうちに彼らと並び立たせていた。


 それにしても、


「ふっふっふ。なんかテンションあがってきたわぁ……」


「頼むから俺のケツを撃つなよ……」


 田中さんの背後で不審な笑みを浮かべる『新城さん』。


 新城……いや、まさか、な。



*  *   *



サイド 新垣 巧



「ふっ……やれやれ。せわしないものだ」


 ヘリに揺られながら、不敵な笑みを浮かべてそう呟く。なんせ隣には細川くんがいるので本音を、というか弱音を言いづらい。


 それはそれとして『蒼黒の王』から渡された指輪がめっちゃ光っている。内臓への自動治癒が発動しているらしい。なんでかなー。


 ふと、視線が『奴』の死体へと向かう。


 東京湾から数キロの場所。そこに建てられたドーム。瓦礫に囲まれたその中にあるのは、世界中に破壊の嵐をもたらした怪獣、『アバドン』。


 その死体を先ほどまで見ていたからだろうか、亡くなった義妹の姿が脳裏をよぎる。


『ふーん、あんたが姉さんについて回る男、ねえ……なんか疲れてない?』


 これ見よがしに木刀を肩で跳ねさせていたと思ったら、こちらの顔を見るなり心配そうに声をかけてきた、美しい少女。


 妻とは年の離れた、血のつながらぬ妹。されど姉妹仲は良好だった。自分とも、気の置けない友人だった。


 そして最期は、アバドンに食われて死んだ。


 その死に際を見る事は叶わず、状況からそう判断するしかなかった。どれだけ調べても、彼女は『死んだのだ』という結果しか、自分には得られなかった。


 それ以来妻は時折、『あの子を解放しなきゃ』と言って、実家の蔵を漁っていたのを覚えている。産後すぐの、元々病弱で健康とは程遠い体で。本人も『どこから』『なにから』もわからぬまま。直感のままに。


 妻が亡くなったのはそれからすぐだった。彼女の死を、未だ受け入れ切れない自分がいる。


 蒼黒の――いいや、剣崎蒼太にはなんだかんだ感謝している。義妹と、そして間接的とは言え妻の仇であるアバドンを討ち取ってくれたのだから。きっと妹の魂も天へ返る事が出来ただろう。


「新垣さん?」


「うん?どうしたかね」


「いえ、何やら考え込んでいたようでしたので」


「なに。また厄介ごとだと思っていただけさ」


 隣の細川くんに苦笑を返す。いけない。部下に心配される指揮官など、戦場では敵よりも厄介だ。


 ――行ってきます。


 眼下を過ぎていく、娘と住んでいる家に心の内でそう呟いて、次なる戦場へと飛んでいく。


「むっ」


 耳に着けたヘッドセットに連絡がきた。そっと手で触れ、ヘリの音で邪魔されながらも聞き取ろうとする。


「こちら新垣。どうしたのかね」


『こちら加山!新垣さん!蒼黒の王が謎の建造物の中へ突入しました!』


「ふっ……そうか。構わん。君はそのまま現場を維持してくれ。宇佐美グループとは僕が話そう」


『は、はい!』


 指輪の宝石――賢者の石が一際輝く。


 そっかー。『俺は家族を助けに肉塊の中へ突入します。現場に宇佐美グループの宇佐美京子さんがいるので、その人と協力を!失礼します!』と、電話で一方的に言ってきたあの使徒。


 肉塊って、あの灰色の建造物の事だったかぁ。そっかー。


「ふっ………ふっ………」


 ほうれんそうをね、もっとちゃんとしてほしいなって。ぼくはつねづね、そうおもうなー。


 あの野郎詳しく説明したら絶対に口先で丸め込まれると思ってわざと雑に伝えてきたな?確信犯だな?その通りだよ畜生め知っていたら全力で止めたよバカ!


 まあどれだけ恨んでも殴りかかれないけどね!万一反撃されたら魂ごと粉砕されるから!


 あいつ『神格とかクソですよ』って言うけどお前の行動もぶっちゃけ神様っぽいんだよ!恩恵と厄介ごとのラッシュがえげつないんじゃい!


 ああ……我が愛しき娘へ。パパね、ちょっと心折れそう。でも頑張る。帰りを待っていてね。今度のクリスマスは絶対に一緒に祝うから。


 妻が死んだ日に枯れはてたと思った涙が、ちょっとだけこみ上げそうになった。



読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] イゴから始まるやつかぁ〜…イゴーロナクかね?本が出てきたし…とか言ってみたけどワカンネ!
[一言] へたすると転生者(使徒)の義妹と婿と一緒に暮らすなんて事態もあったのかな バトルロワイヤルは必ず開催されただろうからどっちかしか無理なのは変わらないだろうけど
[良い点] クリスマスにお義父さんとして対面してほしいな!!
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