第百五十四話 唐突な出会い
第百五十四話 唐突な出会い
サイド 剣崎 蒼太
スパムうぜぇ……。
野土村から数カ月。ついに十二月に入ったわけだが、まだ人工島『ゆりかご』で手に入れた金は残っている。
が、それでもバイトは再開するべきだろうと、夏休みが終わった頃に喫茶マスカレイドに赴いたのだが、
『また、いつか……リングの上で!』
と、まさかの閉店宣言の最中だった。
なんでも、隣にできた『うさ耳メイドカフェ』なる物に客を盗られてしまったらしい。
名前とは違いクラシカルな雰囲気のメイド喫茶で、唯一の色物要素はうさ耳だけ。店員は皆本職もかくやという練度を誇り、メニューも充実。しっとりと、まるで当たり前のよう告げられる『お帰りなさいませ』『行ってらっしゃいませ』に、男女問わずリピーター急増中。
うん。勝てる要素ねえわ。こっちはむくつき男どもの汗臭い飯だぞ。
そんなわけで条件に合ったバイト先を失い、次なる働き先を探すなか邪魔する様に届くのがこの『出会い系スパム』である。
『貴方の子種、くださいにゃん☆』
そんなタイトルが書かれたメールはもう何通目か。顔の加工さえなしに送られてくる、着崩した着物姿の女性。
もうね、エッチではあるんだよ。あるんだけど、こんなメール来て警戒しない人いる?速攻でゴミ箱に放り込むわ、こんなん。
あとなんか第六感覚がびみょーに恐怖を告げているんだよ。
つうか本当になんだこれ。『処女です!スリーサイズは上から85、56、89です!どんなプレイでもOKです!やり捨てでもいいので子種をください!』って文面と一緒に連絡先がついているんだけど。
怖いよ?どこからどう見ても、この連絡先に触れたらヤバい所に繋がるじゃん。ヤーさんとか、ギャングとか。
今更反社がなんだって?あいつら武力で薙ぎ払っても法律とネットを活用してひたすら嫌がらせしてくるんだよ。三回ぐらい魔法がらみの事件で潰した覚えがあるから知ってる。
その時は新垣さんに頼んで法的に対処してもらったのだが、今回は『忙しいので無理です』『他の部署の案件ですので』『誰かさんが村一個ぶん投げるから』とけんもほろろ。いや、村の件は正直すまんかったと思うけども。
だがその紹介された部署に頼んでも一向に改善されず、ネットで調べた対処法を試してもどういうわけかスパムは止まない。
思わず再度新垣さんに泣きつくも、『いっそ地雷とわかっていても踏み込んでみては?』『意外と本当の事が書いてあるかもしれませんから、いっちょ童貞捨ててきてください』『あ、けどくれぐれも変な所に遺伝子残さないでくださいね』と返された。
このスパムの連絡先以上に変な所ってある……?
またやってきた『エッチなわんこにお仕置きして♡』というメールをゴミ箱に突っ込み、大きくため息をつくのだった。
* * *
部屋でスマホを使いバイト先を探すのはもはやスパムのせいで難しい。となれば、足で探すか。
コンビニに置いてある雑誌や学校の事務室で聞いて回ってバイト先を探す。正直、自分にあった所を見つけるのは難しいかもしれんが。
なんせ『顔出しNG』『他の従業員とも接触は最低限』『学生のため平日昼間は不可』『これといって専門技能があるわけでもない』という、面接をする側からしたらふざけてんのかとしか言いようがない。
前に件の『うさ耳メイド喫茶』からバイト募集のチラシが郵便受けにさし込まれる事が何回かあったが、どう考えても自分が雇用されると思えないのでスルーしている。
そんなこんなでアパートを出てコンビニに向かおうとする途中、見慣れた高級車が自分の前を通りがかった。
静かに停止する車の窓が開き、そこから金髪の美女が顔を覗かせる。
「こ、こんな所で奇遇ね。剣崎君」
「ええ、お久しぶりです宇佐美さん」
なんでここにいんだよ、とか。今の車の動きからして絶対に奇遇じゃねえ、とか。
そういうのはこの位置からでも見える彼女の爆乳の前には無意味である。いやね、スパムのせいでストレスとムラムラが溜まる一方の今日この頃、こうしてエロの化身とも言える彼女に出会えたのはなんであれ幸運だと思う。
「どうしてこんな所に?」
「実はお爺様に預けられている会社の支店を見て回っているの。その一つがこの近所にあるからよ」
「はぁ、なるほど」
「今度はこちらが聞いていいかしら?休日の昼間に外出という事は、何か買い物?」
「まあ、似たようなものです。コンビニにでも行こうかと」
「なら送っていくわ。どうぞ乗っていって」
「いえ、あともう五分も歩けばつきますので、お構いなく」
「………黒江ぇ」
「お嬢様、そこでヘタレないでください」
宇佐美さんの隣に座っていたらしい九条さんが、相変わらずの無表情で宇佐美さんのわき腹をどつく。
「お、おほん」
うっわ、今日日こんなわざとらしい咳ばらいを大真面目にする人いるのか。あざといけど美人がやると愛嬌があるな。
「実はこれから任されている支店の確認に行くのだけれど、急ぎの用がないのなら一緒に行かないかしら?」
「はぁ……でしたら、お言葉に甘えて」
そこまで急ぎの用はないし、なにより爆乳美女からの誘いだし。
「っし!」
おお、ガッツポーズした瞬間青いスーツの下に押し込まれた爆乳が揺れた!
いやぁ……明里もアイリもでかいが、宇佐美さんは頭一つぬけている。というか頭一つよりも片方がでかい疑惑がある。素晴らしい。
伊達メガネとマスクをしていてよかった。鼻の下が伸びていてもバレない。
「失礼します」
九条さんが開けてくれたドアをくぐり、車の中へ。グウィンの一件の時に何度も乗せてもらったが、やはり慣れない。
少し緊張しながら宇佐美さんの対面に座る。ほんと、なんで車なのに二列で向かい合うタイプなのか。
正面で足を組み、胸を支えるように腕を回している宇佐美さんへと自然と視線が吸い寄せられる。
青の上下スーツは見るからに高級そうで、タイトスカートから覗く黒のストッキングに包まれた肉感的な足が魅惑的だ。ムチっと擬音がつきそうなのに、長いものだから美しさも兼ね備えている。
腰は不自然にならない範囲でしっかりとくびれており、そのたっぷりと肉の詰まった乳と尻をよく支えられるものだと感心する。
そして胸。絶景である。でかい。いいや、DEKAI。この世の真理、崇められるべき神秘、人類の始まりにして目指すべき頂き。
おっぱい。
「……剣崎くん。貴方はもう少し視線に気を使った方がいいと思うわ」
「誠に申し訳ございません」
そっと靴を脱いで座席の上で土下座する。訴えるのだけは、訴えるのだけは勘弁してつかぁさい。
だって目の前にドスケベボディがあるから。そんなセクハラ親父全開の言い訳は現代社会に通用しないのだ。悲しいね。
「そ、それと……貴方はブラジャーについてどう思っているの?」
「ロマンです」
おいおいマジかよ。金髪爆乳美女なお嬢様にブラの話しされたぞ。奇跡か。
頬を赤らめ、こちらをチラチラと見る宇佐美さん。可愛い。
「ど、どういうのが好みとかあるのかしら」
「え、えっと……こういうのを男の俺が言うのは、よくないかなって」
「気にしないで。私は気にしないわ」
「いえ気にしてくださいお嬢様」
九条さんはああ言うものの、宇佐美さんは照れていながらも真剣な様子だ。
ま、まさかこれは、『貴方の好みの下着をつけてあげる♡』な感じか!?おいおいきちゃったよこの世の春が!
「つ、つける人にもよりますが、く、黒のレースつきとか……?」
大人っぽいブラに包まれた宇佐美さんの爆乳を想像する。やっべ、伊達メガネが曇って来た。
だが問題ない。こんな状態でも宇佐美さんのおっぱいを把握するために第六感覚は存在している……!
「だ、大胆ね。そういうのが好きなの?」
「い、いやあ。どちらかというと、そう言うのが似合うかなって」
大人の女性があえて子供っぽい下着を。そういうエロスと萌えはあると思う。だが、宇佐美さんは見た目『できる美人社長』だが実態はわりとポンコツだ。
つまり、ここはあえて外面は大人向け路線が似合うと見た……!
「なら……今から買いに行く?」
「ええ!?い、いいんですか!?」
マジかよ。これがお嬢様クオリティ!?付き合ってもいない異性とブラ買いに行くの!?お金持ちの価値観わかんねえ!?
だが乗らざるかこのビッグウェーブ!勇気を出せ、ここが童貞卒業の分水嶺!
「ぜ、是非お願いします!」
「ええ、任せて。男性用下着メーカーもちゃんと調べてあるわ!」
「はい!……はい?」
なんて???
「貴方の男性用ブラジャー。私が選んであげるわ」
「お嬢様」
「どうしたの、黒江」
「ちょっと黙りましょう」
「なんで!?」
目が点になっていると、いつの間にか宇佐美さんに九条さんが猿ぐつわをしていた。
これは……そういうプレイ?この主従ってもしかしてド変態なのでは?
内心でドン引きしながらちょっと検討する。美女二人の変態プレイ……ありか、なしか。
……いや、『男にブラをつけさせたいお嬢様』性癖はちょっときついわ。男の乳にどんな感情を抱いているの?
人の性癖をとやかく言うのも失礼だし、内心で一歩さがりながらいつでも逃げれるように準備をしておく事にした。
助けて、相棒。
『知りませんよ。その人にツッコムのもう疲れたんですよ……』
助けて、家臣候補。
『蒼太さんは存在がセクハラです!』
だめだ、援軍がいねぇ。
「あ、あのー、俺。ちょっと用事を思い出したので失礼しますね?」
「お待ちください。どうか弁明の機会を。お嬢様は昨夜ご当主との仕事の話しをしていて眠っていないのです。ですので言動がいつもより頓珍漢でもどうかご容赦を」
「え、私昨日は黒江に早く寝ろって言われてちゃんと八時間は」
「せい」
「むぐー!?」
自力で外した猿轡を秒でつけなおされるお嬢様。なんだこれ。
「話題を変えましょう。剣崎様、最近気になる事などございませんか?」
「気になる事ですか?まあ、強いて言うなら出会い系のスパムがやたら来る事でしょうか」
「スパム……お肉が?」
「ぷはっ。違うわ黒江、迷惑メールの事よ。それにしても出会い系、ねえ……もしかして例の計画の?」
「ああ、鼠が言っていた。政府所属の『自称』名門の方々ですか」
「確か、淑女協定とかで自分から会いに行くのはしないそうね。ライバル同士で殺し合いが起きるから」
「それでメールと。あの方々、GHQに絞られすぎてもう歴史しかないですからね……色々と遅れているのでしょう」
「黒江。それは宇佐美家的にも貴女個人的にも言う事ではないわ」
こちらに話を振ってきたかと思えば小声で内緒話をする二人。いや、自分の耳なら普通に聞こえるけども。
計画……政府の自称名門……うわぁ、なんかエマちゃんが浮かんだんだけど。もしかしてそう言う事?となると新垣さんが碌に対応してくれないのは……いや、あの人の場合ガチで忙しいだけだな。あの人が本気で関わっているなら、俺はとうに落とされている。
決して、この前見かけたとき不敵な笑みをつくる余裕すらなく過労死しかけていたからではない。あの人、俺が渡した魔道具がなかったらマジで死んでいるんじゃないか……?
それはそれとして目的地に到着したらしい。宇佐美さんが差配を任されている店……なんか怖くなってきたぞ。
宇佐美さんが俺の乳にどんな感情を抱いているかわからない。こんな所にいられるか!俺は帰らせてもらう!
これはもう店の方は見ずに適当言って逃げるか。少し申し訳ないけど、俺にブラをつける趣味はない。世の中そういう人はいるかもしれんが、自分はないかなって。
九条さんや運転手さんが開けてくれる前にそっとドアを開けて外に。さっさと――。
「っ!?」
膨大な魔力の反応に、全身の毛がざわめくのがわかる。
なんだこれは。言いようのない不快感。自分の領域を土足で踏み荒らされた様な、あるいは生理的に受け付けない生物が突如目の前に現れたような。
喉を掻きむしりたくなるような違和感を覚えながらも、魔力の反応がある方へと視線を向ける。
「なんだ、あれは……」
その言葉を呟いたのは、自分か。それともその辺を歩く通行人か。しかし、その感想自体は同じものだろう。
なんせ、あんな物が唐突に現れたのだから。
白に近い、灰色の壁。それが『街一つ覆う』サイズで、無遠慮にもそそり立っていた。
高さは雲には届かないながらも、あと一息という所。幅はこの位置からだとよくわからない。それほどに広い。そして厚さも不明。第六感覚でも把握できない。まるで何かに阻害されているみたいだ。
何故あんな物が現れたのか。誰が、なんの目的でしでかしたのか。どうやって唐突に現れたのか。わからない事だらけだ。
ただ一つだけはっきりしている事が。
「っ………!」
歯が軋むほどに食いしばる。
あの方角は、自分の実家がある街だと言うことだ。
* * *
サイド 尾方 響
「不快だなぁ……」
「え……?」
いつもの教会。唐突に呼び出されたかと思えば、主上がそんな事を口にした。
この場にいるのは、シスター服の少女である主上と自分のみ。背中に冷たい汗が流れていく。
まずい。今まで傍観に徹していたとは言え、自分の行動についてとうとう怒りを覚えたか。
どうやって弁明する。まだ、まだ死ぬわけには……!
「ああ、気にしないでおくれ。君に対してじゃないんだ。怖がらせて悪かったね」
一瞬だけ見せた、感情の抜け落ちた瞳。そこから一変して朗らかな笑みをこちらに向けてくる。
あまりにも早すぎる変わりよう。それでいてその笑顔に違和感を覚えられないのだから、やはり神格というのは恐ろしい。
「実はね、私の子供――蒼太くんの妹ちゃんの所に変質者が現れたんだよ」
「変質者、ですか……?」
会長の妹君……たしか、ケイ……剣崎蛍と言ったか?確か蛍と書いてケイだったはず。珍しいので覚えている。
彼女の所に変質者。だが普通のソレであれば主上がここまで反応するとは思えない。会長と妹君には血のつながりはなかったはずだ。そもそも、会長の所に変質者が現れても面白おかしく覗き見するだけだろう。
「そうそう。太った裸の大男。ほら、変態だろう?」
「それは、はい。暖かくなってくると出てくる類の……」
「正にそれだよ!しかも、よりにもよってうちの子に目をつけているね、アレは」
「会長に……!?」
主上は講壇に腰を掛け、プラプラと足を揺らしながら天井を見上げる。
「けどね?私が直接殴りつけたり、君に戦わせるのもそれはそれで嫌なんだ。アレにそこまで警戒心を持っていると思われるのは癪だからね。人の庭に勝手に手を突っ込む無礼者。私自ら赴く価値もない」
自分を戦わせるつもりはない、と。であれば、求められる役目は『案内人』か。
少しだけホッとする。この神がここまで言うと言う事は、十中八九他の神格が関わっている。今、僕はそういった事に首を突っ込むわけにはいかない。
「だからね?どうせ自分から乗り込むだろう我が子の援軍は、おもちゃ箱から出そうと思うんだ」
「おもちゃ箱……?」
「うん。お祭りが始まる前に消えてしまった『負け犬たち』。彼らに開放のチャンスを上げようじゃないか」
主上が笑みを浮かべる。先の様な朗らかなそれではない、子供が虫を嬲っている時みたいな、『無邪気な残虐性』。
「ああ……ちょっとだけ面白くなってきた。あの三人、今度はちゃんと働いてくれるかな……?」
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.政府所属の名門魔術師の家ってどんな感じ?
A.山奥や地下とか普段は文明から離れた所に住んでいます。そして各家の内外で足の引っ張り合いに全力を出している感じ出す。今回は互いに妨害しまくった結果偏った知識を使いスパム連打という怪事件に発展しました。
普段はGHQに潰された後に残る技術や知識の回復に努め、関東圏の魔術的防御を頑張っていますが、才能のある奴は大抵ジョーンズ社に連れていかれるか出奔します。
あと、東京の魔術防御はバタフライ伊藤のせいでズタズタです。




