第五章 エピローグ 上
エピローグ 上
サイド 剣崎 蒼太
あの後、まあそれはもう色々あった。気づいたらもうすぐ夕方だ。
新垣さんを含めた公安の人達の治療。お互いボロボロになった山田さんと大前田さんの回収。そして村の端に落ちた爆撃機のパイロット達の確保。エマちゃんがばら撒いた毒の除去。
そして『ジョーンズ社への牽制』。あれ、言われるがままにやったけどそれほどの効果があるのだろうか……。
それと。なにやら公安の人達を治療していたら何故か山崎さんが新垣さんを信じられない目で見ていたけど、なんだったのか。
まあ、それよりも、だ。
「おお……おお……!!」
「神よ……!我らが神よ……!」
「陛下ぁぁぁあああ!へ・い・かぁぁあああああ!」
喧嘩売ってんのか。
なにやら村人たちが揃いも揃って俺を見るなり神だなんだと『侮辱』してくるんだが。
いや、彼らに害意はないとわかっている。むしろ俺がおかしいのである。なんせ神と聞いても浮かぶのが『バタフライ伊藤』のみなので。
あと江崎さんはなんだ。発狂でもしてんのか。いや冗談だけど。
「お疲れ様です、『蒼黒の王』陛下」
「新垣さん」
村の中では絶対にゆっくりできないと思い、村の端の借りている宿に。海原さんをそこに寝かせて外に出たタイミングで、新垣さんが一人でやってきた。
「そちらこそお疲れ様です。お一人ですか?」
「ははは。村人達といると貴方との縁を結ばせてくれと五月蠅いものでね。ついでに部下達からは『陛下とのコネを大事にしてください』と言われてしまってね」
「それは……すみません」
「いえいえ、『御身』のせいではないですよ」
「……二人っきりですし、そういう喋り方でなくてもよくないですか?」
「……気持ち悪い事を言うのはやめてくれ。まるでメロドラマみたいな言い回しだ」
「自分でも言ってから思いました」
鎧を解除し、マスクも眼鏡もなしで壁に背中を預ける。
扉を間に挟むようにして新垣さんも壁に体を預け、懐から棒付きの飴を取り出して舐めだした。
「なんだね」
「いや、子供みたいなのを舐めるなと」
「言っただろう。大抵の人はいつまで経っても子供だと。私もまだまだ子供な心の持ち主なのさ」
「そう言えばそうでした」
無言で投げられたもう一本の飴を受け取り、小さく『いただきます』と呟き包みをほどいて口に含む。
イチゴミルクのどこか懐かしい甘さが口の中に広がった。
「いくつか質問をしても?」
「ええ。答えられる範囲だったら」
「君はこれからこの村をどうするつもりだい?野槌を、理性を保つ手段を失ったこの村を」
「新垣さんにぶん投げるつもりですが?」
「ですよねー」
一介の高校生に村一つ任されても困る。あいにくと俺は神様ではないのだ。というか国内にあるんだからその国でどうにかしてくれ。
新垣さんが咥えた飴の棒を上下に動かしながら、恨みがまし気にこちらへと視線を向けてくる。
「ええ、ええ。そういった事はワタクシ共お役所の仕事ですので。ただ部署がまったく違うのに投げつけられて不満ですがね。窓口ぐらい守ってくれませんか?」
「すみません。けど俺はこういった内容の事を頼める政府の人を他に知りませんので」
「紹介しますよ、うちの上司でも同僚でも」
「いやです。知らない人と話すの面倒ですし」
「ぶちころがしてー……」
正直、今回の一件もあってなおさらに『窓口は新垣さんに』と思っている自分がいる。
ジョーンズ社がどういう思惑だったのかを、自分は知らない。スペンサーさんというあったばかりの人から聞いただけだ。
それでも、やった事を並べれば『女児の監禁と洗脳』『人体実験と改造』『それらを使った武力行使』『爆撃機での攻撃』だ。これでどうして信用できるというのか。
魔法に関わる権力者が全員こうだとは思わない。だが、力に溺れた人なら知っている。
『鎌足尾城』
『金原武子』
己の力に飲み込まれ、ただその欲望を満たすために人道を忘れ去った者達。そして、自分に殺された者達。
人は弱い。こうして上から目線で考えている自分も同じ事。きっかけ一つで天秤は大きく傾く。
「新垣さんは、守る物が自分のなかでハッキリしている人でしょう?」
この人は、たぶん『権力』や『武力』そのものに興味がない。あくまでも自分が守るものを、守り抜く為の手段。
その守りたいものが何なのかは知らないし、聞いても答えてはくれないだろう。たぶん、『国』ではない。もしかしたら『家族』か?
前に『亡き妻に操をたてている』と冗談混じりに言っていたが、第六感覚は嘘ではないと告げていた。では、もしもその亡き妻との間に忘れ形見がいるとしたら?第六感覚が即断で知らせてくるほどに、大切に思っている奥さんとの間に愛の結晶がいたとしたら?
「さてね。僕ぁ、ただのお役所勤めの小役人ですよ。自分の食い扶持を護る事しか考えてません」
ダウト。つまり自分の為に命がけの仕事をしているわけではない。
国でもなく、自分の為でもない。その為に命を懸ける人。だからこそ信用できる。
力とも金とも一歩ひいたこの人は、冷静に『俺』を見る事が出来る。
……なぜか、明里の顔が浮かんだ。いや、ないな。だいぶ似てない。あんな美少女とこの言動以外はくたびれたおっさんな新垣さんを同一視とか、失礼にもほどがある。
「いま失礼な事考えなかったかね?」
「いいえ、なにも」
「……まあいいさ。それで、お優しい『蒼黒の王』陛下はこの村を政府に預けて、それで終わりにするのかい?僕はそれでも構わないが?」
「前に、人外化を抑制する魔道具の設計図をお渡ししましたよね?」
「その代金として支援を約束しろと?」
「いいえ。その魔道具の改良案があるので、それを使って彼らに仕事を回してあげてください」
「……一番面倒な」
「人手不足なんでしょう?加山さんや下田さんが『ブラックだ』って騒いでいましたよ」
この村はもう、今まで通りにやっていけない。野槌による霧の守りは消え失せた。これからは人も物もやってくる事だろう。なにより、自分が随分と派手にやってしまった。
視線を村の周囲にある山々へと向ける。そこには、土砂崩れと溶岩化による合わせ技で歪な岩山めいた姿となった山があった。
あれではもう山の幸を受ける事は出来まい。野槌は零落したとはいえ山野の精であったのだ。それによって村一つ支える事など造作もなかっただろう。しかし、それはもう消えた。
何より、このまま村人を投げると普通に人体実験か駆除の二択な気がする。
「ちなみに聞くけど、君になんのメリットが?」
「気分がいいでしょう?」
「馬鹿じゃないのかい?」
「自覚はあります」
大きく、重いため息をついて新垣さんが壁から背を放して舐め終わったらしい飴の棒を取り出す。そして携帯灰皿に突っ込んだ。
……飴の棒を携帯灰皿に突っ込む人初めて見た。
「じゃ、僕はそろそろ失礼しますよ。部下にばかり仕事を押し付けているのは悪い。あちらは、貴方の接待を優先しろと言っていますがね」
「接待ですか。綺麗な女の人がいる店とかですか?こう、黒髪巨乳な美少女とか」
「百年早いですよ。ああ、そうそう」
胡乱気にこちらへ向き直り、新垣さんがまたため息をつく。
「アレ、本当に驚きましたよ」
「あれ?」
「爆撃機の撃墜拒否ですよ。とうとう自分も死んだと思いましたね」
「ああ、すみません。けど、前に貴方が言った事ですよ?」
「はい?」
「『大人であろうとする姿は格好いい』と。大人が、『家臣候補』の手柄にケチをつけますか?」
正直、血まみれの海原さんを見た時はエマちゃんの細首に剣を叩き込もうか迷った。
だが、酷い血化粧で彩られているくせに清々しい笑顔を浮かべる海原さんと、それを見下ろして悔し気にする子供の姿に怒りも冷めてしまったものだ。
後は、海原さんの『功績』の結果を見届けるだけ。もしも迎撃が無理なようなら自分が撃ち落とそうと剣こそ手にしていたが、杞憂であった。
泣きながら抱き合う『家族』。それが、うちの家臣候補がだした結果が。
「めんっっっっっっどくせ」
「滅茶苦茶ためましたね……」
「ま、それはそうと」
するりと、新垣さんの気配が一瞬で変わる。背筋がのび、顔はいつもの不敵な笑みに。くたびれたおっさんから、『格好いい大人』へと姿を改める。
「ご協力、心より感謝します。おかげで部下と、そして国民を守る事が出来ました。一警察官として、お礼を言わせて頂きたい」
敬礼をする新垣さんに、こちらも居住まいを正して向かい合う。
「こちらこそ、貴方がたの勇気と尽力に感謝を。ありがとうございました」
頭をさげあって、お互いに別方向へと歩き出す。
まだ目を覚まさない家臣候補の部屋には結界をはっておいた。自分は、山でやる事がある。
野槌の状況確認に、自分が山の麓に仕掛けた魔道具の回収。どちらも絶対にやらねばならない。
野槌がまだ生きているならば止めをさす必要があるし、魔道具の方は既に壊れているだろうが残骸だとしても検める必要がある。
なんせ、常人なら三回は失血死するほどの自分の血に、固有異能たる『偽典・炎神の剣』の破片まで使った物だ。はっきり言って、元神格の一側面が相手かつ、時間が一晩しかないという状況でなければ作っていない危険物だ。
……それに、もう一つやる事もある。
* * *
サイド ジョーンズ社所属エージェント
「撃墜された機体との通信は!?」
「パイロット達の脱出は確認!しかし通信不能!」
「くそ、緘口令はどうなっている!」
慌ただしい指令室で、口元を手で隠しながら出そうになるため息を堪える。
まさか、爆撃機が撃墜されるとは。夢にも思っていなかった。
爆撃程度で『スコーピオン』が死ぬとは思っていない。むしろ、唯一生き残った奴だけを回収する算段だった。いかに使徒の子供と言えど、爆撃を受ければ無傷とはいかんだろうし。
だが結果はこれだ。観測された緑色の一線。爆撃機を撃墜した後重力に引かれて落ちていったので、恐らく『スコーピオン』の毒だろう。溶解液としての効果もつけられると報告にあった。
だが、『飛行中の爆撃機を一撃でおとせる』なんて報告は研究所から来ていない。これは、ギリギリあちらの責任として押し付けられる。
状況を整理しろ。あのクソったれな霧が充満していた山々は現在ただのはげ山だ。部隊を送り込むのに大した障害はない。
問題は『スコーピオン」自体の迎撃。あれだけの飛び道具もあるとなると、作戦を組みなおす必要がある。当初は霧がないのならトラックごと奴専用の特殊音波と光を持って行って、物量で機能停止させる予定だった。
だがアレを見た限り纏めて薙ぎ払われる可能性が高い。
……やむをえん。現地近くに来ている『コール』に協力を持ち掛けるか。
イギリスの狂信者集団と手を組むのは業腹だが、それぐらいなら自分の裁量権でいける。どれほどあちらに譲歩するか、が問題だが。
いざとなれば今後『スコーピオン』に産ませた子供の一体でも……いやダメだ。使徒の血は危険すぎる。
そう思いながらスマホを手に取ろうとしたタイミングで、秘書兼護衛役のエージェントが顔をよせてきた。
「どうした」
「『ジェイムズ・スペンサー』から写真が送られてきました。魔術による遠隔呪詛の反応はありません」
「見よう」
そう言ってエージェントの端末を受け取る。
ジェイムズ・スペンサー。元ジョーンズ社の抱える魔術師だったらしいが、何をトチ狂ったか『スコーピオン』を連れて逃亡した危険人物。まさかそんな者から今更連絡があるとは。
降伏の類ではあるまい。いったいどんな――。
「な、が……!?」
バランスを崩して椅子ごとひっくり返りそうになるのを、エージェントが支えて止める。
だが自分が転びそうになった事など気にしていられない。今だけは、この自分を支える奴が思考能力を持たない事が羨ましくなった。
『日本で素敵なお友達に出会えたわ☆』
そんなふざけた一文が書き込まれた、一枚の写真。
中央には『ジェイムズ・スペンサー』。その左手側には『スコーピオン」が。そこまではいい。
なんで右手側に『蒼黒の王』が立っている。それも肩が触れそうなほど近くに。ピースサインまで作って。
「あ、ひ、ひぃ……!」
ありえない。あってたまるかこんな事。
偽物?そんなわけあるか。呪詛の類でもなしに、ただの写真越しでここまで魔術師としての本能を刺激する輩がいてたまるか!
つまり、あれか?偶然『蒼黒の王』もあの山向こうにいて、偶然ジェイムズ・スペンサーは接触に成功し、偶然見るからに友好的な関係を築く事に成功したと?
ふざけるな!!!
そう叫びたかったが、無理だ。言葉すら出てこない。
これは脅しだ。これ以上自分達に手を出せば、『スコーピオン』だけでなく『蒼黒の王』までも敵に回すと。むしろ、『蒼黒の王』と直接やりやって万に一つでも生き残れるのかと。そう言っているのだ。
これは、もう完全に自分の権限を越えている。
「はぁぁぁぁぁあああああ……」
ぐったりと椅子に座りながら、改めてスマホを手に取る。
だが連絡先は別の所。せめて『牧場』や『教育施設』ではなく、窓際で勘弁してもらえるように上へと報告しなくては……。
あ、やばい。お腹痛くなってきた。
「神よ、どうか私に祝福を……」
そう呟きながら、ワンコールで出た上司に説明を開始するのだった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
少し後に第五章の設定を投稿する予定です。そちらも見て頂ければ幸いです。
Q.剣崎はもう後方で何か作らせていた方がよくない?
A.はい。国が剣崎を囲って予算をある程度そそぐと、それだけで数年以内に神格以外で日本に干渉できる裏の勢力がいなくなります。
ただし、あまりブラックな勤務状況にするとこいつは自力で脱出しますし、それを止める戦力もありません。
なお、その場合の監督役は新垣巧が担当します。




