第百五十三話 見えていなかったもの
第百五十三話 見えていなかったもの
サイド 新垣 巧
「撃て!進め!残弾を気にするな!」
洞窟を埋め尽くす肉塊。そこにありったけの弾丸を撃ち込んでいく。反動で既に腕の感覚がおかしくなり始めているが、根性と魔術で強引に腕の震えを抑え込む。
後方では細川くんと下田くんが山崎班と連携して迫りくる触手どもを迎撃。前方は自分と加山くん。そして竹内くんで血路を開こうとしていた。
先頭にはトルーパーを身に纏い、右手に『陽炎』を手にした竹内くんがいる。強化外骨格兼強化外筋であるトルーパーの補助を受けた状態で振るわれる『蒼黒の王』作の霊刀は、手榴弾すら耐える肉塊を見事切り開いてみせている。
魔術で調べた残り距離からもう少しで最奥のはず。だが、その少しが遠い。
次から次へとあふれ出る触手と、その根元たる肉塊はどれだけ削られようと再生が止まらない。
そのうえ、後ろの肉塊は前方のそれと挟み込むようにこちらとの距離を縮めてきていた。
「手榴弾!」
「山崎さん盾を!」
「くそが!」
背後で爆音が響く。山崎班の二人には大楯を持ってこさせたのが功を奏した。
その時、ぐらりと地面が揺れた。更に間をおかず大きな揺れがやってくる。
立っているのもやっとの大揺れ。おさまる事無く続くそれに洞窟の天井から異音が聞こえ、バラバラと石や土が落ちてきた。
これはまずい。タイムリミットだ。
班の全員と『蒼黒の王』から受けた『仕掛け』の説明は共有している。最低限こちらの安全は考えてくれるそうだが、それに甘えているだけでは死ぬとも言われていた。
それゆえだろう。竹内くんが切羽詰まった声をあげる。
「新垣さん!トルーパーのリミッター解除の許可を!」
「許可する!最悪機体の破棄も想定して行動!」
「了解!リミッター解除!」
トルーパーを受け取った時にうちのマッドどもが散々調べたわけだが、残念ながら肝心な部分はブラックボックスだらけでほとんどわからなかったらしい。
だが、代わりに取り付けたのが、何をトチ狂ったのか装着者と機体を守るためのリミッターの解除システム。
馬鹿としか言いようのない仕掛けだが、竹内くんは真っ先に了承した。
死ぬよりは。死なせるよりは。己が四肢が砕けた方がよほどマシだと。
「おおおおおおおお!」
トルーパーの全身から唸るような駆動音が響きわたり、その関節が深紅に染まる。
竹内くんが雄叫びをあげ、大上段から振り下ろした斬撃。大柄な彼でも切っ先が天井に届かないほどの広さをもつ洞窟を、敷き詰めてしまっている肉塊。
だが、その斬撃は刃渡りを超える範囲を切り裂いてみせる。二メートル以上裂かれた肉塊の奥に、『燃える様に輝く宝玉』が露出した。
「ぐ、おおおおおお!」
その隙間に竹内くんがすぐさま体を押し込み、手足を突っ張ってこじ開けた。トルーパーの各関節から小さな火花が発生しており、切り裂かれた肉塊は断面が蠢いて閉じようとしていた。
「加山くん、カバー!」
「新垣さん!?」
弾切れのサブマシンガンを放り捨て、バックパックから一本の筒を取り出す。
『なんとなく、必要になる気がしたので』
そう言って焔が渡して来た爆弾。使った事がないという不安だらけの代物だが、直感的にアレは自分が持つ他の手段では壊せないと判断した。
自分や竹内くんを喰らおうとする触手の中を、右手の筒を護る様にして突破。左手の指の感触がないが、無視。
「竹内くん!」
「ッ、はい!」
スイッチを押した筒を隙間から放り込み、それに合わせて竹内くんが亀裂から体を外にだす。
閉じられた肉塊。爆発まであと三十秒。それまでに洞窟から脱出しなくては!
「撤収する!退路は!」
「無理です!ここから斬り開かなければ!」
「竹内くん!」
「ぐっ……まだ、いけます!」
己に言い聞かせるようにして吠える竹内くんだが、その足取りは揺れとは関係なく危うい。トルーパーからも地鳴りに紛れて異音がしている気がする。
これは、とうとう年貢の納め時かもしれん。
――ギィィィィィィィィィ!!??
「ぬっ……!?」
その時、山全体に響き渡る絶叫。そしてブワリと周囲にあった肉塊が蒼い炎に包まれたではないか。
焔の仕込んだ魔道具が起動したのだ。とんでもない魔力の奔流が、洞窟の外から流れ込んでくる。
本来ならばその人外の魔力に精神どころか魂まで侵されている事だろう。そうでなくとも、膨大な熱量を前に肉体が限界を迎えるか。
だが、そのどちらも我らに害を及ぼす事はなかった。魔力の奔流は精神を蝕むどころか肉体に活力を与え、出血していた左手の指があった個所もいつの間にか止血されている。炎に囲まれているというのに燃え移る事もなく、熱さもそれほど感じない。
「好機だ!全員で強行突破!走れぇ!」
「「「おおおおおお!!!」」」
銃弾が、斬撃が、打撃が。あらゆる手段で炭化した肉塊を押しのけ、洞窟の外へ。
洞窟から跳び出し、二手に分かれて出入り口の左右に潜む。直後、洞窟から蒼炎が先ほど以上の勢いで放出されたではないか。
恐らく焔から渡された筒が起爆したのだ。ちらりと洞窟の中を確認すると、そこには空間ごと削り取られたような真っ暗な空洞だけがあった。
……なんつーもん渡してんだあの童貞。いや助けられたけども。
「新垣さん!山が!」
下田くんの声に意識を前方に戻す。
揺れが未だに続いている山々。このまま下の野槌は焼け死ぬだろうが、奴が炭化したらこの山はどうなるか。そして、その巨体を燃やし尽くす程の熱量を浴びた地面はどうなるか。
答えは、土砂崩れと溶岩の発生という最悪のコンボだ。
「総員、一直線に山を下れ!それ以外のルートを進めば死ぬぞ!」
「「「了解!!」」」
事前に聞かされた『蒼黒の王』の用意した撤退ルート。それは自分が渡されたペンダントから、村に向けての直線状のみ『多少の』結界が展開されるというものだ。
超常の力でもたらされた、物理法則に喧嘩を売っているとしか言えない災害。その中を村に向かって走り降りる。
だが、山の主はよほどお怒りらしい。
「う、うわああ!?」
「加山!?」
「くっ」
なかば炭化しながらも地面から突き出してきた触手ども。それが班員たちに襲い掛かる。
すぐさま腰の愛銃を引き抜いて迎撃するが、弾が足りない。左手のこの状態ではリロードもできん。
他の班員たちも同じ事。満身創痍の体に武器弾薬は底をつきた。万全の武器など『陽炎』ぐらいだが、それを十全に活用できる竹内くんとトルーパーが瀕死だ。
どうする。どうやって突破を……!
「ちょっと、説明を頼めるかしら?」
銃声。それが複数回響いたかと思えば、下田くんと加山くんに纏わりついていた触手が鉛玉に貫かれたではないか。
視線を発砲音のした方へと向ければ、肩で息をし、ボロボロの姿となったスペンサーが二丁拳銃を構えている所だった。
「救援に感謝する!このままだと山が崩れるから、村の結界まで退避するぞ!」
「ご説明どうも!」
見ればあちらこちら火傷だらけながらも、スペンサーはよどみなく銃撃を繰り返す。二丁拳銃なんぞ普通使い物にならないだろうに、どんな訓練を積んできたのか百発百中を繰り返す。
弾切れになるなりマガジンを放棄し、腰の後ろに着けた不思議なポーチにグリップを押し付けてリロードしていた。
断言できる。こいつアクション映画を見ながら訓練したな?
「奇遇ですねぇ、こんな所でお会いするとは!」
「村に戻ろうとしたら霧がとんでもない勢いで動いて、引き寄せられたのよ!とんだハイキングだわ!」
「それはご愁傷様ですな!」
そのまま使徒の戦闘に巻き込まれていたら確実に死んでいたので、運がいいのか悪いのか。
そんな軽口を叩きながらも、全員で懸命に足を動かし山を下る。
不自然に溶岩も落石も避けていく一本道。されど舗装もされていないどころか木々も雑草も生え放題の獣道以下を駆けおりて、ほとんど前方にダイブする様にして半透明の壁の中へと跳び込んだ。
「……各員、報告」
「竹内、生きています。動けそうにありません」
「細川、無事です。ライフルが損傷。武器弾薬ありません」
「かやまです……ぎりいきてます」
「しもだです……おれ、かえったらろうさいでいえに……かえ、る……」
「山崎班、どちらも無事だ。歩くのもやっとだがな」
「わたしも無事よ~。治療は必要だけどね」
「全員生きているな。非常によろしい。帰ったら一杯奢ってあげよう」
「「「うぇ~い……」」」
「飲みに行ける暇があったらな」
「「「え~……」」」
「やっぱ退職選んでよかったわ……」
ぼそりと何か言っている山崎くんに視線を向けながら、どうにか上半身を起き上がらせて座る。
あちらも異形化している分かつてより身体能力が高いようで、同じように胡坐をかいていた。
「それにしても、新垣さんよぉ。あんたいったいどういう事だい?」
「どう、とは?」
肩をすくめてみせると、山崎くんが視線を山に向ける。
そこには頂上から巨大な炎の剣で貫かれ、世界の終わりみたいな様相になっている山があった。
「トルーパー。そのやばそうな刀。あげくあんたが渡されていた魔道具。どんだけ気に入られてるんだよ。愛人かなんかか?」
「冗談でもやめてくれたまえ。お互いそんな関係は断固拒否だ」
かといって娘を差し出す気もないがな。
娘はまだ中学生。恋愛とかそういうのは早いと思うのだ。それに相手があの厄ネタの塊とか、いったいどんな罰ゲームか。
でも孫の顔はみたいなぁ……こう、学生のうちは恋愛とかしないでほしいけど、三十ぐらいには結婚して孫を見せてほしいというか。
かなり無茶苦茶な事を言っている気もするが、そういう繊細なパパ心をどうかわかってほしい。
「じゃあなんだよ。使徒があんたを人間として好ましく思ってるってか?冗談きついぜ」
「ふっ……あまり詮索はよくないな、山崎くん。退職を考えているんだろう?復職したいなら、説明もやぶさかではないが?」
「新垣さんと『蒼黒の王』陛下には友情しかありません。俺は何も知りません」
防護服を脱ぎながら馬の耳を塞ぐ山崎くん。なんか、元々馬面だったけど完全に馬な頭になると違和感が凄いな。
「さて、私は行かなくっちゃ」
そう言って、スペンサーさんが膝に手を付いて立ち上がった。
「おや、どちらに?」
「決まっているでしょう。エマを探しに行くのよ。村のどこかにいると思うけど……」
拳銃をしまいながら歩き出すスペンサーの手に、小型のハンディカムらしき物が握られているのに気づいた。
同じ物を見た覚えがある。たしか、焔が武器と一緒にジョーンズ社の私兵からはぎ取って来た物だ。
不快な音と一定のリズムで点滅する光を出すだけの機械。そんなもの、何故私兵が持ち込んでいたのかと思っていたが、やはりエマ・ウィリアムズ関係か。
「僕も行くとしましょう。細川くん、山崎くん。ここを頼めるかい?」
「了解」
「あいよー」
下っ腹に気合をいれて立ち上がるが、両膝が笑いそうだ。これは、かなり足腰にきているな。ついでに止血はしていても左手が親指しか残ってないのも地味にきつい。
全身から感じる痛みを隠し、不敵な笑みを浮かべてどうにか平然と歩きだす。
「あら、別についてこなくてもいいわよ?」
「いやいや。道中こちらの部下や陛下に遭遇した時説明が楽でしょう。お供しますよ」
「……そうねぇ。なら、エスコートをお願いするわ」
「ええ。お任せを」
流し目で笑うスペンサーに、ニヒルに笑いながら返す。
いやぁ、やっぱりこの人は苦手だ。足取りも視線もまるでこちらを信用していない。
だが逆にやりやすい。少なくとも超常の力をもった一般人よりはよほど行動が予測できる。
そうして歩いていると、ふと何の気なしに空を見上げた。
――ああ、見るんじゃなかった。
「嘘でしょう……」
隣のスペンサーも雲の切れ目から見えた物に気づいたようで、小さくそう呟くと『エマっ!』と叫んで走り出してしまった。
かくいう自分は、今しがた自分の横に着地した人物へと視線を向ける。
「お疲れ様です、新垣さん。ご無事で何より」
「ええ、そちらも。後で治療をお願いしたいのですが、その前に」
全身鎧の使徒から、視線を空へと戻す。
不本意ながら、これであの『死神』はどうにかなる。心の内で安堵の息をついた。
「あの『爆撃機』、どうにかしていただけませんか?」
「お断りします」
きっぱりと断られて、動揺が顔に出そうになるのを堪えながら彼の方へと視線を向ける。
正直、拒否されるとは思わなかった。『無理です』といった、戦闘での疲労による否定ではない。感情的な理由による拒絶だった。
なにかこの使徒の気に障るような事をしたか?……わりと心当たりがあるな。
だが、彼の視線の先を追う事で疑問は氷塊する。
「エマ!」
スペンサーの声が響く。
そこには、海原アイリを抱きかかえたエマ・ウィリアムズの姿があった。
小柄な少女に眠り姫のように抱えられる赤毛の少女。その姿は、医学の知識がなくともわかるほどに死にかけていた。
思わず天を仰ぐ。
そうきた、かぁ……。
* * *
サイド ジェイムズ・スペンサー
全身から血の気が引く。
ジョーンズ社が『B52』爆撃機まで持ち出すなんて予想外だった事もあるが、それ以上にエマが『蒼黒の王』の家臣を抱きかかえている事の方が重要だった。
全身の穴と言う穴から血を吹き出し、呼吸すらままならない死にかけの彼女。その症状には覚えがある。エマが監禁されていた研究所の資料にあった、彼女の毒を受けた生物と同じだ。
そもそも、使徒の家臣である彼女にあれほどの重傷を負わせられる存在など限られている。
誰がどう考えても、エマが彼女を手にかけたのは明白だった。
「っ……!」
戦闘?無理だ。エマがいかに『使徒の子』と言えど、歴戦の使徒に正面から勝てるはずがない。
弁明するしかない。だが、口が縫い付けられたように動かない。
使徒と、使徒の子。その二人から漏れ出る魔力の重圧に、常人では呼吸をするだけで全気力を使わなければならない。
両者がゆっくりと歩み寄っていく。だめだ。エマが殺される。今すぐ手に持つ機械でエマを眠らせ、戦闘の意思はないと示さなければ……!
固まった足を殴りつけ強引に自分も歩き出す。走りたいのに、走ってあの子の前に出て盾となりたいのに、体が言う事を聞いてくれない。
酔っ払いみたいな千鳥足では間に合う事などありえず、両者が対面してしまった。
「……あのっ」
「答えは、得られたかい?」
蒼黒の騎士が発した声は、場違いなほど穏やかなものだった。
彼はエマの返事を聞く事もなく己が家臣を受け取ると、頭を一撫でし、その体を炎に包ませる。
何事かと見ていれば、数秒で炎が消え失せた。そして、赤毛の少女が薄っすらと目を覚ましたではないか。
弱い毒でもアフリカゾウが触れた瞬間死ぬ『使徒の毒』が、解毒された……!?
「おやかた、さま……?」
残った口の中の血を吐き出しながら、少女が呂律の回っていない舌を動かす。
「ああ。よく頑張ったね」
「ふふ……あとで、ほうびを、ようきゅうします」
「先払いで貰っているんじゃなかったか?」
「こんかいは、とくべつということで……」
「わかった。要望は後で聞く。今は休め」
「はい……わたし、かちましたよ……?」
「――ああ。立派だった」
穏やかな呼吸で眠りにつく少女を抱えた王の横を通り過ぎ、エマが私の前へとやってくる。
死にかけの少女と、無傷のエマ。だがその姿とは裏腹に、勝者と敗者は反対の様子であった。
初めてだった。この数カ月一緒にいて、エマのこんな顔を見るのは。
「ジェイムズ、お姉さん」
「エマ……大丈夫なの?どこか、怪我を?」
膝を曲げて問いかけるが、エマは小さく首を横に振る。
「いいえ。でも、負けました。好き放題言われて、けど私、言い返せなかった、です」
「そう……聞いてエマ。今ここに怖い物がやってきているの。すぐに逃げなくちゃいけない。私と一緒に」
「それは、できません」
こちらが伸ばした手を、彼女は一歩下がって避けた。私の火傷だらけの手が空をきる。
「エマ?」
「私、知らない事ばっかりです。お父さんの本当の事も、その仇の事も、ジェイムズお姉さんの事も」
「え、ま……」
眉間に皺を寄せて、まるで泣き出しそうな子供のように顔を歪ませて、彼女はこちらを見やる。
「だから、知らないといけません。けど、その前に」
そのまま視線を上にあげ、雲の向こう側を睨みつける。
「友達を、守らないといけないんです」
黒い改造軍服めいた服装は、正面からはわからないがその背中に大きなスリットがある。
彼女が研究所『スコーピオン』と呼ばれた理由。鎌足尾城という使徒から受け継いだとされる、『絶死の毒』。
通常不可視のそれが、にじみ出る様に姿を現した。
「私は弱い、です。きっとお父さんの足元にも及ばない。けれど」
三メートルほどの尻尾。その姿はサソリを彷彿させる外骨格をもった、少女の小柄な体躯に見合わぬ成人女性の胴ほどの太さをした『兵器』。
その先端は生物的というよりは、どこか人工物に近かった。棘というよりは、中世の騎兵が持つ突撃槍のような形状をしている。
「『射程距離』だけなら、私が上です」
ゆらりとエマが両足を伸ばしたまま腰を曲げ、両手の指先を地面につける。
そして鎌首をもたげた尻尾が先端を空へと向けたかと思えば、バキリと硬質な音をたてて先端が四つに割れた。
そう、それが『毒針』ではなく『口』であるとでも示すように。
「妙子ちゃんが、私の友達が夢見たソレは、こんな姿の物じゃない」
節で区切られた外骨格が、次々とヒレのようなパーツを突き出した。研究所の資料にも載っていなかった、放熱板らしき物体。
曇天の隙間から、とうとう鋼の鳥が姿を現した。ゆったりと飛ぶその姿は、数々の戦場で『死の鳥』と恐れられた無機質な翼。
鋼の体から、いくつもの爆弾が投下される。
「『死神』なんて、呼んでいません。だから」
開かれた尾の先端から、緑色の奔流が流れ出る。
勢いよく飛んでいったそれはビームのように真っすぐと、爆弾もろとも鋼の鳥の翼を消し飛ばした。
視界の端で崩れ行く山に落ちていく前半分と、そこから跳び出す五つのパラシュート。
本当にあっけなく、死の鳥は射殺された。まるで猟師の前にとび出てしまった間抜けな鴨のように、簡単に。
もはやそちらには一瞥もせずに、エマは尻尾をだらりと下げて、体をおこしこちらに向かい合う。
「私は、『家族』が欲しいです。『お父さん』じゃなくて、私の、私だけの『幸せ』が」
おずおずと、何事もなかったように人外の力を見せた少女が手を伸ばす。
不安で泣きそうになりながら、震える指先を伸ばしてくる。
強大な力をもつ、使徒の子としての異能を見せて、しかし、その姿は――。
「私と、まだ、旅を続けてくれませんか……?」
――ああ、私は、馬鹿だ。
理性ではこの子をわかった気でいて、結局は濁った眼でしか見る事ができていなかった。
初恋の人の姪で。
初めての友人の娘で。
それらを奪った悪鬼の娘。
そうではない。それらは、力も血筋も、この子を形作るほんの一欠けらでしかない。
エマは、エマ・ウィリアムズは。
「っ……だめ、ですか?」
ただの、十歳の子供だという事に。そんな簡単な事を理解するまで、私はどれだけかかったというのか。
私にこの手をとる資格はない。血にまみれた私の手で。今まで向き合おうとしなかった瞳で。この子を通した誰かに呼びかけた口で。いったいどうして、この子を愛せるというのか。
だけど、それでも。
「だめなわけ、ないでしょう……!」
震える手もろともに、その小さな体を抱きしめる。
体のあちらこちらで火傷の周りが裂けて、血が流れる。気にするものか。今はただ、この子を抱きしめたかった。
「ジェイムズ、お姉さん……」
「エマ。エマ・ウィリアムズ。私の娘に、なってくれるかしら……?」
「っ……はい。わたし、わたしの、かぞく……!」
「ええ。私が貴女の家族よ、エマ」
歪む視界の端で、『蒼黒の王』がこちらから視線を外し、その手から剣を消すのが見えた。
不器用な人。けれど、ありがとう。
今はただ、家族の時間を過ごしたかった。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
諸々の説明を含めた第五章の『エピソード上』を明日投稿させて頂こうと思います。そちらも見て頂ければ幸いです。




