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第百五十二話 炎の剣

第百五十二話 炎の剣


サイド 剣崎 蒼太



「はぁぁぁぁ……」


 重いため息がでると共に俯くと、バラバラと割れた兜が足元に落ちる。それと一緒にぽたぽたと滑りのある赤黒い血が地面を濡らした。


 剣を杖代わりにして倒れそうになる体を支えて数秒。どうにか両足に力が入るまで耐える。


 だが、状況は転がり続ける。


 白い霧が急速に両膝をついた獣の体へと集まっていく。首から上は下顎しか残っていないその姿は、どう見ても死んでいる。魔力の流れからも、第六感覚さえも、『彼』の死を明確に述べていた。


 だが、霧がその傷口に集まるごとに肉が盛り上がっていく。霧は、いいや野槌はこの獣をまだ使うつもりだ。己を護る番犬として、死んでなお動かすつもりなのだ。


 ――これでいい。


 獣の肉体を治そうと霧は目でその流れが追える程に渦巻き、この場所へと集まっている。これならば他の場所では霧がかなり薄くなっているはずだ。


 その時、ぐらりと地面が一度大きく揺れた。かと思えばより激しい揺れが山全体を襲ってくる。


 第六感覚が木々は倒れ大地が崩れ始めているのを感知。当然だ、なんせ山の土台そのものが動いているのだから。


 野槌。この山々の下に眠っていた、あまりにも大きすぎる妖怪。この戦闘が最後の一押しとなったか、はたまた己が今しがた流した血に反応したか。なんにせよ、かつては神格の一側面とまでされた存在が目覚めようとしている。


 それが暴れれば、その上にあるこの山は間違いなく崩れ去り、膨大な土砂は村や街を飲み込むだろう。最後に残るのは、アバドンすら霞む巨体をもった怪異のみ。


 だが。


「させない……!」


 そのために、俺がいる。


 剣を逆手に持ち、膝をつく獣の体を足場にして上から傷口へと刀身を根元まで差し込む。肉を突き破る不快感を覚えながら、しかし『楔』を打ち込んだ。


 魔法における基本中の基本。もはや聞き飽きたほどの手法、『見立て』。


 今やこの獣の肉体は大半が野槌の魔力で構成されている。事実上、こいつは『使徒』なのだ。


 本来であれば、だからどうしたという話しだ。使徒を刺したからと言って、元の神格には大した痛痒などあるはずがない。だが、場所が場所だ。ここは本体の真上であり、こいつは直接そのバックアップを受けているのだ。本体との繋がりは、通常の使徒とはケタが違う。


 それを今自分の剣が刺し貫き、固定している。


 あいにくともう立っているのもやっとのこの身。昨夜さんざん流し過ぎた血が回復しきっていない故、これから一戦交えるなどできはしない。


 だが、『やれる』という確信はある。


「二度寝の時間だ、野槌……!」



*  *   *



サイド 茂宮市子



「えっと、なにが起きてるの恵美子ちゃん」


「江崎よ。安心しなさい、悪い事にはならないから」


 突然村中に響き渡った声に従っておばば様の家の前に集まったわけだが、ここにいる村人の視線はあらかた山の方へと向けられている。


「なんだって霧があの一点に集まってんだ……?」


「あ、また光ったぞ!蒼い光がピカって!」


「なんて綺麗な光なんだ……いや、あれは炎か?なんにせよ、綺麗だ……」


 山の一角に集まり、異様な光景を見せる白い霧。他の山々を覆っていた分もかき集めるようにして濃くなったみたいだが、そんな事自然現象としてありえるのか?


 更に言えば霧の中で時折蒼い光が強く輝くのだ。それはまるで流星のように尾をひく事もあれば、うねり狂う大蛇のように舞う時もある。


 ずっと見ていればそれだけで虜にされそうな。いいや、既に心がもっていかれそうだ。


 ああ、もし。もしもあの炎に抱かれて灰になる事ができたら――。


「先輩、いっちゃん先輩」


「はっ!?」


 やばい、今自分は何を考えていた。よく思い出せないが、あまり深く考えてはいけない気がする。


 今はあの霧よりも気にする事があるというのに、何をしているんだか。


「双葉、エマちゃんは見つかった?」


「いえ。村の人たちも見ていないそうで……」


「マジか……」


 エマ・ウィリアムズちゃん。素性は知らないが十歳ぐらいの可愛らしい女の子。いつも笑顔の不思議な子だが、ここに来る途中いつの間にかいなくなってしまったのだ。


「二人とも落ち着いて。大丈夫よ、山田さんとサメさんが探してくれているから。だから今はここにいて。貴女達まで迷子になったらたまらないわ」


 そう恵美子ちゃんは腕を胸の前で組んで小さく鼻を鳴らすが、目が泳いでいるのが見え見えだ。露骨に何かを隠している。


 というかその白い頬にだらだらと冷や汗を流している姿に、どう説得力を見出せと。


「江崎、エマちゃん本当に見つかる……?」


「大丈夫なの?江崎、滅茶苦茶汗かいてるわよ」


「問題ないわ。あと呼び捨てはやめなさい。私は年上よ」


 妙子ちゃんも紗耶香ちゃんも不安そうだ。今も双葉の裾を強く掴んでいる。


 その姿が、昔遊園地で両親とはぐれてしまった弟の姿にだぶる。あの時は、二人して泣きながら係員さんに助けてもらったんだっけ。


 ……よし。


「ね、妙子ちゃん。紗耶香ちゃん」


「……なに?」


「な、なんのようよ」


 膝を曲げて視線を合わせるが、二人とも怖がるようにより双葉へと体をよせる。


 その姿に焦る事はない。見知らぬ大人に子供が怯えるのは当たり前だ。まあ、高校生を大人って言っていいのか自分でもわからないけど。


「エマちゃんのこと、心配?」


「うん……」


「当たり前でしょ。あの子はもう私達の友達なんだから」


「そっか。けどね、きっと二人のお母さんも、貴女達がどこかに行っちゃったら心配だと思うの」


 おばば様の家に来てすぐに二人の親御さんに会ったが、村では頼られる存在の人達らしく双葉にこの子達を頼んでおばば様の家に入っていってしまった。


 去り際に強く子供たちを抱きしめていた事から、それが苦渋の決断であるのはわかる。本当はずっと傍にいたかったのだろう。


「山田さんと、あのサメの人を信じてあげて?大丈夫。エマちゃんを見つけてひょっこり姿を現すよ」


「……ほんと?」


「うん。嘘だったらそこの青メッシュを好きにしていいからね」


「えっ」


「……わかった」


「嘘だったら承知しないんだからね、江崎!」


「私?私なの?」


 少しだけ子供たちに元気が戻る。


 ……正直、エマちゃんに関しては不安だ。なんとも胸騒ぎがする。なんだかあの子は、出会った頃の恵美子ちゃんみたいな雰囲気があるのだ。姿も言動も全然違うのに、妙に影がある。あるいは、何かの影を追いかけているみたいな。


 でも、自分も信じている。


 サメの人。たしか海原って女の子。美人だしスタイルもいいから年上に見えたけど、話してみたらあの子も私よりも年下な、悩める子供だってわかった。


 けどあの子は、心の奥底に芯がある。私にはない、力強い根っこがある。


 そんな海原さんが、恵美子ちゃん曰くエマちゃんを探してくれている。だったら大丈夫だ。たぶん。


「ね。そういえば二人ってなにかしたい事ある?夢とか、そういうの」


「夢?」


「うん。ちなみに私はね、昔はパティシエになりたくて、今はモテモテ逆ハー女帝かな」


「ぎゃくはー?」


「じょてい?」


「先輩、人の夢って書いて儚いと読むそうですよ?」


「子供の前でなんて事言うの。夢を諦めたら人生終わりよ」


「子供の前で言っちゃダメな事をほざいたのはあんたよ、市子……」


 後輩の夢のない発言に正当な反論を述べたら恵美子ちゃんから呆れられた。解せぬ。


「妙子ちゃんは何か夢があるんじゃない?どんなのか教えてもらっていい?」


 この子がエマちゃんに何かを聞きたがっているのは見ていた。たぶん、この子の夢に関係するものだろう。


 大きな単眼をふせながら、おずおずと妙子ちゃんが口を開く。


「あのね。私、いつか飛行機に乗ってみたいの」


「飛行機に?」


「うん。私、この村を出たことなくって。本の中でしか見た事がないの。おっきな鉄の鳥が人を乗せて空を飛ぶんだって」


 だんだんと真っすぐとこちらを見る様になり、妙子ちゃんの瞳がキラキラと輝きだす。


「私、いつかこの村で飛行機を作って、それに乗って空を自由に飛び回りたいの!きっとすっごく楽しいから!」


「うん。いい夢だ。私が保証する。それが実現出来たら、絶対に楽しいよ」


「だよね!だよね!」


 ようやく笑ってくれた。やっぱり子供は笑顔が一番。子供は泣いているより笑っている方が、こっちが嬉しくなる。


「お、おい!あれ!」


「な、なんだアレ……」


 周囲の村人たちが騒がしくなった。どうしたのかと自分も膝を伸ばし、彼らの視線の先へと顔を向ける。


「へ?」


 我ながら間抜けな声が出たが、そんなの気にしていられないし、気にする者はいない。


 一カ所にだけ集まった濃密な霧。何故か見ているだけで怖気がはしるそれを食い破り、蒼の極光が一直線に空へと駆け抜けたのだから。


 数秒ほど空に刻みつけられていた蒼の一線が消える頃になって、ようやく我に返る事ができた。


 本当になんなんだ、あの蒼い光は。不思議な事に見ているだけで無性に焚火とかしたいと思ってしまうのだが、それはおいておくとして。


 蒼に食い破られた分を補填するようにより集まっていく霧によって、その内部は見る事ができない。それでも目を凝らして様子を見ていると、突然地震が起きた。


「わっ」


 震度4ぐらいか?びっくりして声をあげるが、地震大国日本に住んでいて、今更震度4ぐらいでパニックになったりしない。


 そう思っていたのだが、


「わ、わ」


「な、なんだ!?」


「うおおおお!?」


 今のは軽いジャブだとばかりに、とんでもない揺れが襲ってくるではないか。立っている事も出来ずにその場に座り込んでしまう。見れば、双葉たちも同じようで村人の大半がその場に蹲っている。先のは前震だったのか?


 不幸中の幸いは、おばば様の家にいる人達以外は皆家屋の外にいるぐらいか。あちらこちらでガタガタと家々が軋みを上げ、中には倒壊している物もある。


 揺れ動く視界。その中でどうにか双葉ごと子供たちを抱きしめ、視線を上げる。


 なぜ山の方を見たのかわからない。強いて言うなら、何か強い存在を感じたから。


 そこで、自分は信じられない物を見る。


「なに、あれ」


 村の端。山々の麓から蒼い炎が立ち上がっている。それらは空高く昇っていき、山すらも越えていくではないか。


 山の直上にたどりついた炎はその姿を変え、巨大な剣の姿を形どる。高層ビルすら超えるだろう大きさの剣、その数なんと十三本。


 ありえない光景だ。この場でさえも大気が焦げる膨大な熱量を感じられる、恐ろしい光景だ。意味の分からない、不気味過ぎる光景だ。


 なのになぜ、私はこんなにも安心しているのだろう。


 十三の炎剣が村を囲う様にして次々と山々に突き刺さっていく。木々は一瞬で炭化し、大地はドロドロに溶けるかガラス化して砕け散る。


 まるで剣の形をした太陽が降って来たような光景。山が悲鳴を上げているみたいに、異様な音が村を包み込む。


 刀身を隠し、鍔と柄だけが露出する蒼炎の剣たち。それはまるで、山々を縫い付けているみたいに思えた。


 今もなお山の木々は崩れ融けた地面が蠢いているが、それらが村に流れてくる事はない。


 何故なら炎の剣に呼応するように、村の四方から深紅の血みたいな光が稲妻みたいに走ったかと思うと、赤みの混ざった半透明な壁を作り出し溶岩をせき止めたのだ。


 はっきり言おう。これは私のキャパを超えている。あまりにもあんまりな光景に、思考がショートして他の事に気が回らない。


 どうにか微かに残った理性で後輩と子供たちに視線を一巡させるが、皆目立った怪我はない。頭のどこかでそれに安堵しながら、また顔を山へと向ける。


 いやほんと、なんだアレ。


 いつの間にか揺れが止まっている事にも気づかず呆然とする私達の耳に、しわがれた声が響く。


「これが、神の……神の御業という事か……」


 視線を向けると、少し歪んだ家からアラクネさんに抱えられて出てきたおばば様が、山の方に涙を流しながら拝んでいる姿があった。


 それにつられるように、村人たちが山へと向かって祈りを捧げ始める。


「か、神様……!」


「せ、世界の終わりなのか?」


「お、お助けくだせえ神様ぁ……!


 なんとも異様な光景だ。新興宗教の集会にでも紛れ込んでしまったような不気味ささえある。


 あとなんで恵美子ちゃんまで祈ってるんだ。『陛下ぁ……!』ってフルフルと震えながら笑っていて、ちょっとキモい。


「先輩」


「双葉」


 開いた口が塞がらないまま、声をかけてきた後輩の方へと顔を向ける。


 さすがに我が後輩もこの事態にパニックになっているのか、冷や汗を大量に流しながら、何かに耐えるようにしかめっ面をしている。


「大変な事になりました」


「そう、だね。なんなんだろ、アレ」


「そっちではありません」


「え?」


 あのでかい謎の剣と、半透明な壁以上に何があるんだ。


 そう疑問符を浮べて後輩を改めて見ると、彼女がホットパンツから覗く無駄に肉感的な太ももをこすり合わせているのに気づく。


「今の揺れで、漏れそうです」


「あんた一回泌尿器科に行きなさい」


 どうしてこの後輩は明らかに異常な事態になると膀胱が緩むのか。


 シリアスな空気を感じさせてくれと、思わず空を見上げる。


「ん?」


 はて。なんだろうか。


 今、雲の切れ目から何かが光った気がした。



読んで頂きありがとうございます。

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