第百五十一話 獣の摂理、人の業
第百五十一話 獣の摂理、人の業
サイド 剣崎 蒼太
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――ッ!!』
正面から互いの剣がぶつかり合う。
両手持ちと片手持ち。それだけ言えばこちらが有利なはずでありながら、しかし質量の暴力でもって蒼黒の剣は自分の肩に触れそうなほど押し込まれる。
「っぉおおおおおおおおおおおお!!」
刀身に炎を展開。推進力として己が肩を焼きながら相手の剣を弾き飛ばす。
僅かに仰け反った獣であったが、しかし驚異的な膂力により強引に再度七支刀を打ち付けてくる。
剣の術理など度外視した、力任せの斬撃。もはや棒振りと言っていいそれはしかし、恐ろしいほどの速度とキレでもって猛攻をしかけてきた。人の技などいらぬと、ただひたすらに弱肉強食の摂理を押し付けんと振ってくる。
正面から受けるは不利。炎をまき散らしながら、横合いから相手の刀身を殴りつけて逸らし続ける。
二合、三合。加速度的に打ち付け合う回数が増していく。互いの剣はもはや風圧だけで地面を抉り飛ばし、木々を舞い散らせる。
それでもなお、周囲の霧は途切れることなく獣の肉体へと流れ続ける。
不本意な形ながら、こちらの目論見通りに。
霧の除去は、山々の下に眠る『野槌』を最小限の被害で討ち取るのに必要絶対条件である。だがどうやってこの濃霧を消すのか。
結論が、『一カ所に集める』事であった。
自分が山中に入りそこで魔力の限り破壊工作を行う。それにより野槌の一部である例の肉塊をおびき寄せ、それとの戦闘で霧を消費させる計画だった。
もとよりこの霧は魔力の塊。であれば、主である野槌の為に消費されると思ったのだ。
結果的にはその通りであり、しかし霧が恩恵を与える対象は眼前の獣である。
だが、この理性を完全に失ったさまを見て『恩恵』ととるか『呪い』ととるかは人それぞれか。少なくとも自分なら願いさげだ。
「こ、のぉ!」
上から打ち下ろされる七支刀の横腹に炎の剣を叩き込んで自分の脇へと逸らしながら、左の蹴りを相手の膝に叩き込む。
短い悲鳴を上げながら僅かにバランスを崩した彼の首目がめけて剣を振るう。体格差もあり両手持ちでは届かないと判断し、代わりに炎による加速と殺傷力の上昇を狙いながら右手のみの片手斬り。
『ブア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
だが獣はその長い首を捻り左の角でこちらの刃を受け止めたではないか。
枝分かれしたそれが蒼く染まった刀身を挟み込んで止めてみせる。このままでは角で弾き上げられると判断し、すぐさま刀身の炎を解放して推進力とする。
逆回転からの再度の首狙い。しかし、それもまた異様に動く首関節により角で受けられた。
二度防がれた。二度とも角もろとも切れないあたり、彼の強度がどれだけ上昇しているかを物語っている。
剣を引きながら全力で右肩を相手の脇腹にぶち当て、互いに距離がひらいた所に斜め下からすくい上げるような七支刀の斬撃が迫る。
それを剣の柄頭で弾き、続けざまに放たれる唐竹、袈裟、再度の唐竹割りを剣で受け続けた。
一撃受けるごとに体に重い衝撃が響く。その度に周囲の地面へと体が埋まり、そして次の瞬間には爆弾でも落とされたみたいにはじけ飛ぶ。
立ち止まるな。ひたすらに足を動かし場所を変えながら剣を受けていく。
木々を遮蔽物としながら、第六感覚を頼りに駆ける。
まるで暴走特急とばかりに獣が追いかけてくる。邪魔となる木々を刈り取り、大地を踏み砕きながら霧と土煙を引き連れてこちらへ迫る。
刀身に纏わせた炎を解放。うねりをあげて獣を食い殺さんと蒼の竜が大口を開けて山をくだる。道中の木々を炭化させ、地面を焦がしながら這いよる炎の塊。それを前に獣は高らかに吠える。
『ブオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛―――!!!』
両手に握られた七支刀が深紅の力場を帯び、勢いよく振り下ろされる。巻き上げられる地面に後を追わせて、魔力の奔流が炎へと進む。
衝突し、まるで互いを食い合うように混ざり合ったのはほんの一瞬。次の瞬間には強烈な爆裂と共に衝撃波と轟音を響かせた。
「くっ……!」
飛んできた頭ほどもある石や砕けた木の幹をまだ生えている木を盾に防ぎながら、後退。
第六感覚は相手を捉えられているが、それに自分の思考速度がついていけない。こちらもまた、力に振り回される獣にすぎん。
「っ!?」
砲弾のように飛んできた獣が自分の脇を通り過ぎ、数メートルの大樹の幹を両足で踏みつける。
まるで弓のようにしなる木の上から見下ろす獣と目が合った。
『ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!』
木の戻る反動を使いながら斬りかかってきた獣の斬撃を剣で受けながら、その衝撃も利用してS字を描くように木々の隙間を縫って後退。
当然のように追ってくる獣に、わざと背中が木の幹へとぶつかったように見せる。
『ブゥルァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
好機とみたか。地面を蹴って獣が突貫。七支刀を大上段に構え斬りかかって来た。
僅かに足を沈ませ、鎧の各所をパージしながら跳躍。可動域の広がった関節を使い木の幹にそうように三回跳ねて上へと回避。
斜めに両断された木が宙を舞い、そこから真下となった奴の背後へと落下する様に跳びながら回転斬りを放った。
炎を刀身に纏わせての斬撃により、首筋から腰にかけてを切り裂く。
『ギガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?』
地面に体が触れる寸前で炎の推進力で浮上。蒼の尾を引きながら背に獣の悲鳴を聞き、別の木を踏みつけて三角跳びの要領で跳躍を繰り返す。
八双飛びと言うには不格好ながら、怯んだ獣へとヒットアンドアウェイを繰り返した。
獣の三メートル近い巨躯を、すれ違いざまに焼き切っていく。血煙を燃やし尽くしながら通り過ぎていく自分を追おうと獣は体を捻れど、既にその頃には自分は別の場所に。
大物退治としては有効な手かもしれない。だが、それは相手の体が急速に治らなければの話し。
ギリシャの大英雄は不死身の蛇を殺す際に傷口を燃やす事で攻略したらしいが、あいにくとこいつは焼いて潰れた傷ごと治す。
『ブオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛―――ッ!!』
「なっ!?」
咆哮と共に体が奴に吸い寄せられた。いいや違う、自分ではない。空間そのものが引き寄せられたのだ。
左手で木の太い枝を掴み両足の指を幹に食い込ませて耐えながら観察すると、鎧のように奴の体へ集まる霧がその体へと溶け込んでいく。
「このっ」
まずい。直感的に危機を感じ取り、奴目掛けて炎を放つ。それは霧と共に奴の体へと吸い込まれていき、取り込まれる直前で弾けさせた。
爆炎に飲まれ吸引が止まる。だが、ぞわりと首筋に寒気がはしる。
考えての行動ではなかった。枝から手を放し自由落下に脚力を乗せながら地面に跳んだのは。
一閃。いつの間にか自分の上をとっていた獣が七支刀を振るっていた。
斬撃の『射線上』にいた全ての木々が背を低くする。あの切れ味、この身でも直撃を受ければ――っ!
咄嗟に胸の前に左腕を掲げれば、そこに奴の蹴りが落ちてきた。受け止めた籠手が砕け、腕の骨を粉砕する。
「ぐ、ぁぁ!」
『ギィ!?』
苦し紛れに放った斬撃が獣の脛を傷つける。勢いよく背中から地面に叩きつけられてクレーターを作りながら、柄頭を叩きつけてロールするように左側へと体を飛ばす。直後に自分がいた場所へと七支刀が突き立った。
周囲に亀裂が走ったかと思えば、半瞬遅れて爆散。紅の奔流を纏ったそれがこちらまで押し寄せ、木々や地面に体を何度も叩きつけてバウンドさせる。
「がふぅぅ………!」
吐き出しそうな血痰を飲み下し、立ち上がる。既に左腕は再生した。今しがた受けた臓物へのダメージも数秒で完治する。
獣は追撃をするでもなく、遮蔽物のなくなったクレーターの近くで佇んでいた。
『ゲッ』
獣が金色の目をこちらに向けながら、口元を歪ませる。
『ゲッゲッゲッゲッゲッゲッ』
空気を飲むような、不気味で歪な嗤い声。
己が全能感に酔うように、獣は両手を広げてみせる。その姿はまるで自分の力を誇示しているようだ。
いいや、『まるで』でも『ようだ』でもない。正にその通りなのだ。
彼の経歴は知らない。その人生を自分は聞いた事もない。彼が何を想い、何をしたかったのかを知らない。
けれど、もしも想像するのなら。きっと『特別』でありたかったのだ。
平凡な自分がいやで。降ってわいた『特別』を手に舞い上がって、それが『特別』でなくなるのが怖くてたまらなくなった。
自分も、この忌まわしき力に愉悦を感じていないと言えば嘘になる。人の世に害をなす怪異を焼き滅ぼした時。悪事をなす魔法使いを捻り潰した時。それらから人を救い出し、感謝の言葉を受けた時。
そこには確かに、強すぎる美酒があった。『特別』だけが味わえる、圧倒的な優越感が。
だから、その唐突に手に入ったものが今度は唐突に消えてしまうのが怖いのだ。
斬り合いの最中にこの力を失えば?重症を受けた身内を前に血の力を失ってしまったら?
いいや、そんな大仰な話ではないのだ。ただひたすらに、『特別』がよかったのだ。
「俺と貴方は、もしかしたら友人になれたのでしょうか」
こちらの声が届くわけがない。獣に理性はなく、ただ己の内側にのみ沈んでいく。
謝罪はしない。思う所はある。されど、もう殺すと決めた。使い潰して、焼き捨てると決めたのだ。
「終わらせましょう。道化同士の殺し合いはここまでだ」
無責任に力を望まれて、それに気を良くして振る舞って、そして勝手に見下される。
俺もこの人も、ただの愚か者。でも、違う存在だ。何故なら俺には笑ってくれる相棒も、頼りになる大人も、並び立とうとしてくれる子がいたから。
『ジッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
ただの偶然か、それとも先の言葉を侮辱と受け取る感覚は残っていたのか。獣は憤怒に顔を歪めながら吠える。
腰だめに構えたこちらを前に、相手は両手持ちの大上段。
静寂は一瞬。蒼の炎と紅の奔流がぶつかり合う。そこから先は既知の通り、食い合い力の暴走が爆裂を起こす。
舞い上がる地面。砕け浮き上がる木々。霧と土煙の中へと、最速で持って突貫する。意識して両足のリミッターを解除。限界を超えた脚力が骨を破壊しながら、前へ。
一部パージした分できた隙間に紅の奔流の残滓が抉り込んでくる。皮膚が裂け肉を抉り、骨までも露出させる。だが止まらない。この程度の痛みにはもう慣れた。
刀身へと、爆裂し周囲へ舞った炎をかき集める。土煙はおろか霧さえをも一時的に振り切って、蒼の輝きが周囲を照らし出す。
『ガッ!?』
下から上へと跳ねた刀身が獣の左手首を切断。痛みと驚愕に一瞬怯んだ獣の顔面に、全力の刺突を放つ。
今度は首で回避はさせない。必中のタイミングをもって刺し穿つ。
『ベバッ』
しかし、隈取めいた模様を帯びた目が嘲笑に歪む。
獣の、人間めいた形状を残した歯が切っ先を挟んで止めた。膨大な熱量に口元を焼け焦がしながら、しかし勝利の喜びに獣は嗤う。
手首を失った左手をこちらの後頭部へと回し、奴は右手の七支刀を勢いよく振り上げた。近すぎる間合いなどお構いなしに、己が左手もろとも振り下ろす気なのだ。
自分こそが『特別』だと示すために。
「おおおおおおお!!」
だからどうした!
刀身の炎を切っ先に一点集中。振り降ろされた七支刀の根本が兜に届くのと同時に、炎を解放。猛烈な衝撃と激痛に苛まれながらも、止まる事は許されない。
『ギッ、ガアアアアアアアアア―――!?』
「も、え、ろぉおおおおおおおおおお!」
兜が割れ、刀身が額に食い込むのを無視し、刀身へと魔力を流し込み続ける。止まるな。臆すな。退くな。
殺したのなら、殺すのなら、勝たねばならない。絶対に!
「あああああああああ!」
頭蓋骨で刃を受けながら、咆哮。
蒼の炎は獣の口内を焼き尽くし、歯の全てを焦がし尽くし、遂には内側から目鼻を通り外側へ。
熱線が後頭部から抜け出、霧を貫き空へと昇って行った。
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