閑話 鹿野信夫の人生
閑話 鹿野信夫の人生
サイド 鹿野 信夫
自分の人生は、本当に平凡でつまらないものだったと思う。
正確には、三十年前この『野土村』にやってくる前の人生が、だが。
僕は普通の会社員の親の所に産まれた、普通の一人息子。ただし、この頃の『普通』というのは明日の生活もどうなるかわからないものだった。
第二次世界大戦が終わって五十年近く経つその頃、都市部の復興は済み地方でもよほど田舎でなければそこまで『物理的な』爪痕は残っていない。
だが、別の爪痕は明確なまでに残っていた。
アバドンの出現。人斬りによる各国政府要人の『白昼堂々とした暗殺』の数々。これで経済が安定する方がおかしい。
特に、アメリカの大統領が『見るからに日本人である人斬り』に殺されたのがまずかった。
戦後すぐの頃に起こったあの事件。元々日本人に対していい感情を持っていなかった米国の民衆は、この事件によって完全に日本人を敵とみなした。
おかしな話だ。戦時中よりもよほどアメリカ人は日本人に関心をもつようになったのだから。
一部の未だ『鬼畜米英!』と叫ぶ老人どもは喜んだらしいが、戦後すぐの日本への支援がかなり絞られたのは、日本人達の生活を更に苦しめる事となる。
そもそもアメリカとてかなり混乱していたのだ。戦後すぐに指導者が殺されればそうもなる。世界中が大混乱に陥る中、敗戦国に関わっている余裕など各国にありはしない。
閑話休題。
何が言いたいかと言えば、形だけ復興した街には失業者と失業者予備軍に溢れていたわけだ。
うちの親も同じで、僕が高校の頃にリストラされた。工場で働いていた父が肺を病気で壊してしまったのだ。
母は元々パートを頑張っていたが、そこに父の看病が加わる。自分も高校に通う事ができなくなり、中退して父とはまた別の工場で働き始めた。
朝から晩まで働いても、なんら生活はよくならない。少し前にバブルとやらがあったらしいが、僕らにはなんの恩恵もなく、代わりに弾けた後の負債だけが押し寄せてくる。
働いても働いても貧乏になるばかり。それでも立ち止まれば余計に生活は辛くなる。
『お前らの代わりなんていくらでもいるんだぞ!いいから働け!』
毎日のように工場ではビールっ腹をした工場長の怒声が響き渡る。どこもかしこも、そんな職場ばっかりだ。
そんな生活だったからか、母までも病気となって動けなくなった。
薄っぺらい布団で寝たきりの両親。入院すらもできやしない。保険?そんなものが機能しているわけがないだろう。
僕も色々と限界だった。両親と話し合った結果、火事による心中を図る事になった。
でもその直前に、僕は怖くなってしまったのだ。睡眠薬を飲んだはずなのに眠くなる事もなく、自分だけ燃え盛る家から逃げ出した。
本当は、両親を燃え盛る家から連れて逃げるべきだったのかもしれない。だけどその時、僕の頭には自分の安全しかなかった。そんな己に失望しながらも、『しかたがなかった』と後から後から、自分を正当化する言葉が溢れてくる。
生き残ってしまった僕だが、保険金なんて当然あるわけもなく、無一文の宿無しとなって過ごす事になる。
だがあいにくと、それでもなお僕の人生は『平凡』だった。これが、平凡とされる社会だった。見回してみれば、僕みたいな奴地方にはごろごろいる。当然のように、再起をはかる事すらできはしない。それができるなら、火などつけていない。
もうやっていけない。死ぬ事もできなかった僕は、何かに導かれるように電車にのり、この村へとたどり着く。あるいは、近所からの視線が怖くなったのかもしれない。事情なんて知られていないはずなのに、まるで責められているような気がして、逃げるように故郷を離れたのかもしれない。
だが、それもまた運命だったのだろう。だってこの村で、僕は、ようやく本当の『僕』に出会えた。
変異した肉体。気が付くとおばば様の家にいた僕は、『特別』になっていた。
顔こそ平凡なままだったけども、あふれ出るパワー。どこまでも頑強な肉体。走る速度は矢のごとし。村に一番長くいるおばば様をして、『土地神に近しい』と言われた力。
異形の村人たちは、誰もが僕を尊敬した。吐いて捨てられる立場の僕が、特別な存在になれたのだ。
僕の代わりなんていない。ここでは僕が一番なんだ!
歳をとる事もなくなったこの肉体。時折やってくる新入り達も僕よりすごくない、ただ僕を崇める存在が増えるだけ。
嬉しかった。ようやく本当の人生ってやつを手に入れたのだ。
けれど。
『すげぇぇぇ!もう陛下だけでいいんじゃないか?』
『蒼黒の王様がいたらこの村も安泰だ』
『あの人にはどうにか村に留まってもらわんと』
どうして僕を見ない。
『あ、鹿野さん。これ運ぶの手伝ってください』
『ちょうどよかった。陛下に献上する酒って、どういうのがいいと思います?』
『鹿野さん……あんまり新入り用の建物を作るんじゃなくって、バリケードの方を作ってくださいよ』
どうして、僕に従わない。
『一番強いの?そりゃ陛下でしょ』
『鹿野さんも強いですけど……さすがに、ね?』
『いや、別に鹿野さんが弱いってわけじゃないんですよ?』
どうして、僕を崇めない。
おかしいおかしいおかしいおかしい!
こんなのは間違っている。僕の村だ!僕の居場所だ!この人外の村だけが、僕が人間らしく暮らせる場所なんだ!
それを奪うのなら、どんな手を使ってでも排除しなくてはならない。
そう。それこそ、奴を殺してでも。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
また、誤字報告もありがとうございます。申し訳ありませんが、どうかこれからもよろしくお願いいたします。
Q.なんかバブルとか色々戦後の流れおかしくない?
A.だいたいアバドンと人斬りのせいです。鹿野さんが山に入ったあたりで米国七大企業がある程度落ち着いて日本を市場化。および本来以上に火薬庫なロシアと中国対策で立て直しに力をいれたので、剣崎が転生した頃には史実日本に近い姿になっています。
この少し後に第百五十一話を投稿させて頂く予定です。そちらも見て頂ければ幸いです。




