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閑話 私の幸福

閑話 私の幸福


サイド エマ・ウィリアムズ



 私の一番古い記憶は、真っ白な部屋で、真っ白な格好の人達に囲まれている所でした。


『君は素晴らしい。正に神の作りし奇跡の塊だ』


『これほどの素体があるか……いいやない!』


『見ろ。採取した細胞がもうこれほど成長を……!』


 なぜこの人達は、私に何度も刃物や機械を押し付けるのでしょうか。酷くうるさい機械ばかりで、私の体を削っていきます。


 爪の間や歯茎にドリルを突き付けて、歯や爪をはがしていくのは、正直言ってとても痛かったです。


 けどもっと辛かったのは、真っ暗な部屋で不定期に変な音を流され続ける事でした。白い服の彼らは、『精神の耐久試験』だとか『トラウマを植え付ける事で制御を』と言っていましたが、よくわかりません。


 ただ、ひたすらに辛かったです。


 どこに何があるのか。私はどこに立っているのか。なにもわかりませんでした。


 不幸中の幸いは、私に『時間』という概念がこの頃備わっていなかった事でしょう。なんせ、産まれてこのかた白い部屋にずっといたので。


 時々読まされる本や見させられる映像で、言葉や常識を学びました。ジョーンズ社で働く事こそがこの世最上の幸福らしいです。


 けど、常識というのを知れば知る程、自分の境遇が『不幸』なものなのだと知る事になります。


 ですが不平を言えば変な機械をあてられて、気づいたら真っ暗な部屋に入れられます。あの部屋で流れている音を聴くと、何故か体が震えて思うように動けなくなります。


 だから、私はずっと笑っている事にしました。そうしていると、白い服の人達は変な機械を取り出さなかったから。


『君を幸福にしてくれるのはジョーンズ社とミスター鎌足、君のお父さんだけだ』


『今の生活が辛いんだろう?大丈夫。将来ジョーンズ社で働いて、そして君のお父さんと暮らせば幸せな生活がおくれるはずだ』


『君のお父さんは素晴らしい人だ。尊敬すべきお方だよ。だから将来出会う事ができたら、お行儀よくするんだよ?ジョーンズ社の人間として、恥ずかしくない振る舞いをするんだ』


 彼らはことあるごとに、『鎌足』という名前を出しました。私のお父さんなんだそうです。


 その人は今遠い所で忙しく働いているらしくって、会う事はできません。でも、白い服の人達がよくお手紙をくれるので、寂しくはありません。


 お手紙には私を励ます優しい言葉がたくさん書かれていました。きっと、あれが本で読んだ『愛』なのだと思います。


 だから、耐えられました。


『そろそろ出産も可能か?』


『初潮の時期は恐らくもう少しだろう。予想よりも遅かったな』


『ストレスを与えすぎたか?いっそ異形を繁殖相手にもってくるか』


 どんな事でも、耐えられると思いました。


 今日は特別ゲストを連れてくる。そう言っていた白い服の人が、突然倒れたのにはびっくりしました。首には私が時々目にうたれる注射が刺さっていて、痛くないのか心配になりました。


『ハロ~。私がその特別ゲスト。君のお母さんの友達で、伯父の方の友達でもあるジェイムズお姉さんよ~ん』


 見た事もない肌の人が、そう言って私に微笑みかけてくれました。そう言えば、画面の向こう側以外で私の目を見て笑ってくれた人は、この人が初めてかもしれません。


 その人曰く、私は外に出ていいらしいです。よくわかりませんが、好きな所を案内してくれると言っていました。


『お父さんに、会いたいです。鎌足尾城さんは、どこにいますか?』


 喋るのは得意じゃないけれど、頑張ってそう伝えました。


 何故かその時、スペンサーさん……ジェイムズお姉さんが泣きそうな顔をしていたのをよく覚えています。


『――任せて。私がエマちゃんを幸せにしてみせるから』


 私の幸せ。つまりジョーンズ社の為に働き、そして鎌足お父さんと一緒に暮らす事です。


 それから数カ月間、ジェイムズお姉さんと旅をしました。どうやらこの人はかなりの方向音痴なようで、あっちへフラフラこっちへフラフラ。一向にお父さんと出会えませんし、何故か路地が好きなようでいつも薄暗い所を歩いています。


 けれど。




『ほら、ここが遊園地よ。まずどれに乗りましょうか。私のお勧めはあのメリーゴーランド!』


『これはね、パフェって言うの。チョコチップクッキーとアイスの組み合わせが最高よ~?』


『眠れないの?そうねー……なら子守歌を歌ってあげる。あまり上手じゃないけど、これから上手くなるからね?』


『あら~!?エマったら歌が上手いじゃな~い。将来はオペラ歌手なんてどうかしら!』




 あの旅は、少しだけ――。


 ――いいえ。これは不要な記憶です。私の『幸福』は達成されていないのだから。それ以外の全ては、通過点に過ぎないはずです。


 だから。


「今、なんて言いました?」


「聞こえなかったのなら、何度でも言ってあげましょう」


 目の前の女性が、息を切らせながら仮面越しに言葉をつむぐ。


「貴女はもう幸福なはずです。エマ・ウィリアムズ」


「――排除します」


 決して看過できない妄言を吐くこの人を、全身全霊で排除しなければなりません。


 だって私の『幸福』は、ここにはないはずだから。




読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


この少し後に、第百五十話を投稿する予定です。そちらも見て頂ければ幸いです。


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