第百四十八話 暴露
第百四十八話 暴露
サイド 海原 アイリ
油断なく五感をフルに張り巡らせる。あいにくと、剣崎さんのように便利な六番目の感覚は持ち合わせていない。
代わりに、彼により昇華された人外としての感覚。特に遠くにいる他人のかすり傷も嗅ぎ取る嗅覚と、大気中に舞う微かな成分すら読み取れる味覚。普段はここまでではないが、アマルガムを身に纏っている今ならそれぐらいできる。
だからこそ、まるで隠れるように歩いていたこの人の接近にも気づく事ができたのだ。
「あ、ああ。実はな」
「えー!本当!」
今のは自分ではない。声の主は妙子ちゃんだ。
気配で例のくすぐり鬼ごっことやらをしているメンツで、何やら話している事を把握。どうやら今の驚きの声はエマちゃんに対してのものらしい。
「エマちゃん飛行機に乗ったことあるの!?」
「はい。私とジェイムズお姉さんはアメリカにいたので。日本には飛行機で来ました」
「いいなー。私ね?前にも言ったけど飛行機に――」
「そうだ、俺はあの子らに用があったんだ!」
ライオン頭の大口を開き、大前田さんが彼女らを指さす。
それに少し驚いたように子供たちが顔を向けてくるが、山田さんが彼女らの細い肩に手を置いて何かを語り掛けていく。
「実は鹿野さんとお宅の王様の姿が見えねえんだよ。もしかしたら緊急事態かもしれねえ。だから念のため子供たちを避難させておかねえと!」
「そうですか。では『全員で』移動する事にしましょう」
「え、あ。いや、待ってくれ」
「待つ?避難をするなら急いだほうがいいのでは?おばば様の所に行けばいいでしょうか?あそこには色々と準備がされていると聞きますし」
そっと、彼に見えない様に教えてもらったハンドサインを江崎さんに行う。
拙いそれでもわかってくれたようで、彼女が市子さんをつれて山田さん達に合流するのを把握する。
それを横目に、大前田さんが狼狽するのがわかった。いかに感情の変化がわかり辛い彼でも、元は人間。焦った時の重心の変化は自分達とそう変わらない。
「スペンサーさんっているだろう?あの人には今自警団の活動を手伝ってもらっていてな?エマちゃんを酷く心配していたんだよ。だからエマちゃんだけあの人の所に俺が送り届けてやろうと思っていてな」
「おや、ですが御屋形様と鹿野さんがどちらも出払っている事態となればかなりの緊急事態かもしれません。ここは彼も独自に避難する事を信じて先に避難場所へ行っていましょう」
「そんな津波どうこうじゃねえんだぞ!?」
「……ああ。そう言えば、大前田さんって村人としてはかなり最近きた人らしいですね。それなのに自警団の副団長だなんて、凄いですね」
「は?いや、今はそんな事どうでも」
「元々荒事に慣れていらしたんですか?随分と、手のひらに武器を隠すのが上手いじゃないですか」
「……念のためってやつさ。誤解はよしてくれ」
一瞬目を細めるも狼狽を表に出す事もなく、そう言って彼が左手を開くと、そこには小さな小袋が隠されていた。臭いでわかる。毒の類だ。おばば様の家からくすねてきたか。
「ええ。用心は大事ですから」
「わかってくれてありがてえ。あんたはそっちの王様を探してくれよ。俺があの子らを避難所に連れて行く」
「……私も御屋形様も、この村から近いうちに立ち去る予定です。それではいけないのですか?」
空に『合図』がない。もう少し時間稼ぎが必要か?こういう時スマホの類が使えないのがもどかしい。まさか自分がここまで文明の利器にどっぷり嵌るとは。
とにかくもう少し話を引き延ばす。
「……本当に関係ねえ話しだな。いい加減にしろよ。緊急事態かもしれねえって言ってんだろ」
「エマちゃん達もしばらくしたらこの村を出るはずです。貴方達自警団にどうこうするつもりはないんですよ」
苛立ちを隠さない大前田さんを無視し、言葉を重ねていく。
「心配しなくとも、我々はここを発った後に新垣さん達を中心として『ジョーンズ社』に話をつけます。ですから、この村はこれまで通りで問題ないんですよ」
だから自警団や村の生活に悪影響を出すつもりはない。しばらくは荒れるかもしれないが、それだけだ。事を構えるほどではないだろう。
そう思って口にしたのだが、ぎしりと、大前田さんの体から筋肉が強張るのを感じ取る。
「……だからだろうが」
「はい?」
向こうがのってきた。この話題が彼の怪しい言動の理由か?
「あんたらも、あの娘も、『鎌足さん』になってくれないから焦ってんだろうが……!」
突然の隠す気もない殺気に、思わず首を傾げた。『鎌足さんになってくれない』?どういう意味だ?
その時、ようやく向こう側で合図である照明弾が空へと打ち上げられた。その直後に男性の声が村中に響いてくる。
『蒼黒の王陛下と鹿野信夫が行方不明!全村人はおばば様の家に集まれ!これはおばば様の命令である!繰り返す、おばば様の家に集まれ!』
たしか公安の武藤さんだったか。ワニ人間みたいになった人だ。魔術で声を拡大し、広報無線のごとく村中に言葉を届かせているのだそうな。
「話は後です。今は移動を――」
しましょう。そう言おうとした瞬間、大前田さんが右手で背中に背負った棍棒を引き抜き、こちらの頭めがけて振り下ろしてきた。
半歩右にずれて叩きつけられた棍棒を回避。地面に叩きつけられたそれを、土煙を無視して踏みつけて固定。すぐさま小太刀を引き抜きざまに彼の首を狙う。
「おおおおっ!?」
「ちっ……!」
顎周りの鬣を切り飛ばすだけで、棍棒を手放し体全体で仰け反る事で回避されてしまう。
そのまま空中で大前田さんが横回転。尻尾の薙ぎ払いをこちらの側頭部目掛けて放ってきた。
それに対し姿勢を低くする事で回避。下から跳ね上がる様にしながら剣を振るう。
「が、あああ!?」
迎撃に振るおうとしていた棍棒を持つ右手の親指。それを切断する事で棍棒が宙を舞っていく。
空中でバランスを崩した大前田さんが着地すると同時に再度首を狙うが、それは左手の毒粉をばら撒かれる事で阻止された。
「くっ……!」
後ろに飛び退いてから、あのまま踏み込むべきだったと後悔する。
あちらも毒粉を撒くと同時に尻尾を地面にぶつけて海老みたいに後ろへと跳ねたらしい。互いの距離は既に間合いの外だ。
ほとんど一瞬と言っていい攻防。それでも山田さん達はこの場から離れた。
だから、
「エマちゃん!今真実を教えてやる!」
この叫びは彼女らに聞こえるはずのないものだ。今も、武藤さんの大声が村中に響いている。
「っ……!」
それでも自分は全力でもって駆け出していた。フェイントの類もなにも放り捨てて、全力で足を動かし、奴の息の根を止めるために剣を構える。
「鎌足尾城はもう死んでいる!それを殺したのは!」
「だま、れ……!」
最大加速から放たれた、小太刀の刺突。それが大前田さんの喉へと届く直前、『無色透明の何か』に弾かれた。
視線が、下へと向かう。視覚ではここまで近づかれるまで気づけなかった。嗅覚と味覚が、ようやくその存在を知らせてくれる。
いいや、今まさに彼女は現れたのだ。こちらが捕捉しきれない速度で動いただけで。
「『蒼黒の王』!奴が君のお父さんを殺したんだ!」
「―――ああ」
「っ!」
背後に跳躍。同時に両手足を丸めて頭部と胴体を護る。
「がっ……!?」
気づいたらその辺の家屋に頭から突っ込んでいた。脳が追い付かない。先ほどまで自分は公園の前にいたはずなのに、いつの間にか数十メートル先の家をぶち破って寝転んでいる。
全身に鈍痛を感じながら、それらを無視して立ち上がる。
視線の先、自分が先ほどまでいた場所には、一人の少女が立っていた。
癖のある金髪の、ビスクドールのような少女。端正な顔にいつも同じような笑みを浮かべていた彼女はしかし、能面のような無表情でたたずんでいる。
「教えて、ください」
ざわざわと、彼女の金髪がその身から放たれる魔力により膨れ上がる。それはさながら獅子の鬣のように、見る物を畏怖させる。
子供らしい柄物のシャツとピンクのスカートから、いつの間にか黒金の改造軍服に。ともすれば手の込んだお遊戯会か何かの衣装に思えるそれも、彼女が着ればまるで銀幕の中のようだ。
見るだけで呼吸が止まりそうになる。私はこれに似たものを知っている。ほとんど理性も残っていない状況下で、しかし自分を助けるために全力を出してくれた人の姿と、よく似ている。
姿も、武器も、状況も違うのに、ほとんど同じものに思えてしまう。だが明確に違うのは、自分へと向けられる感情。
あの時は、親愛があった。しかし、あの少女の目には何もない。
「私の、お父さんが、どうしたんですか?」
無機質な顔の横を、透明な何かが揺らめいた。
任せてくれと言っておいてこの体たらく。正直言って情けない。だがしかし、まだいける。戦える。守る事ができる。
「御屋形様」
小太刀を逆手に持ち直し、小さく呼吸を整える。痛みこそあれど打撲程度。骨折の類や内臓への重度のダメージはなし。
……ああ。なるほど。
脳裏によぎった心配げな顔の彼に、仮面の下で笑いかける。
「どうかご安心を――あの子はもう、答えを得ているはずだから」
読んで頂きありがとうございます。
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また、誤字脱字等のご指摘もありがたく思っております。今後とも精進してまいります。
※剣崎の精神年齢について。
感想で「このままでいい」という声を頂けた事もあり、このままいかせて頂こうと思います。本当にありがとうございます。




