第百四十六話 村の終わりへ 2
第百四十六話 村の終わりへ 2
サイド 海原 アイリ
日も昇り気温も上がってきた頃。自分は現在村の中央近くにある公園にいた。
公園と言っても何もない空き地と言った方がいいかもしれない。いや、最近は都会の公園もこんな感じなんだったか?
そんな何もない公園でも、子供たちの笑い声が響いている。
「た、妙子ぉぉぉ!」
「あっはっは!こっちだよー!」
「キャッチ」
「あれ?」
「しゃああ!そのまま捕まえていなさいエマぁ!」
「助けて江崎ぃ!」
「いや私も捕まってるし。というか呼び捨て」
「江崎ちゃん。ガッツです」
わちゃわちゃと楽し気な三人に、簀巻きにされている江崎さん。その横でファイティングポーズをしている山田さん。
なんとも平和な光景だ。本当に、人外の村とは思えないぐらいに。
「はー……子供は元気だねぇ……」
「先輩は体力無さ過ぎじゃないですか?」
「うるへー」
そして、私の隣には茂宮市子さんと茂野双葉さんがいる。スペンサーさんは朝から自警団の手伝いをしているらしい。
この二人は共に一般人だ。しかし、双葉さんの方は私と同じ『混ざり者』でもある。
だと言うのに。
「あんたみたいな何でもできる系女子と一緒にすんな」
「先輩だっていい脚してるんですから、もっと鍛えればいいのに」
「おいナチュラルに内腿を撫でるなきもい」
なぜ市子さんは、混ざり者の双葉さんとこうも仲良くできているのだろうか。
剣崎さんからこの人達の事をある程度聞いている。結果的に民間人の死者はでなかった事件らしいが、それでも一歩間違えば彼女らは死んでいたという。
だから市子さんも知っているはずだ。人外の脅威も。人が怪異に変じるという事も。
「双葉さーん!双葉さんも加わってー!」
「ちょ、妙子。あいつは外の……」
「だって江崎もう体力切れだし……」
「あんたらが私だけ集中攻撃するからでしょうが……!というか呼び捨てぇ!」
「ほら皆。先に水分補給ですよー」
「「「はーい」」」
「なんで山田さんにだけ素直なのかしら……」
山田さんから受け取った水筒をのむ三人の子供たち。三人とも、普通の子供ではない。異形が二人と使徒の子供が一人だ。
だが、彼女らの表情は本当に普通の子供のようで。ずっとお婆ちゃんから聞いてきた『人を食う恐ろしい怪異』とは思えなくて。
もしも私は彼女らの様な怪異と敵対した時、迷いなく剣を振るえるのだろうか?
「ではくすぐり鬼ごっこ再開です!あ、江崎ちゃんはこっちね。あっちで休んでいてください」
「「「はーい」」」
「はい……後はよろしくお願いします山田さん……」
「おっけーですよー。任せなさい。今必殺の山田タイフーンをお見せしましょう」
「じゃ、行ってきますね先輩」
「おーう。いってらー」
簀巻き状態の江崎さんが足元に転がされ、代わりに双葉さんが鬼ごっこの輪へと加わっていく。
この場にいるのは、市子さんと江崎さん。そして私。ちょうどいいかもしれない。
「あの、少し質問してもいいですか?」
「うん?どうしたのサメの人」
「サメ……」
いや、否定はできないけれども。
「その前にこの糸とるの手伝ってくれるかしら。ちょっと自力だと抜けなくて」
「お、くすぐりチャンスかな?」
「やったら殴るわ」
「さーせん」
「あ、私に任せてください」
アマルガムを身に纏い小太刀で糸を慎重に斬っていく。多少硬いが、それでも切れない程ではない。
「おー。蜘蛛の糸ってめっちゃ硬いんじゃないっけ?」
「そうね。一部では警察や軍隊の装備に使われる事も検討されているとか……ありがと」
「いえ」
糸から解放された江崎さんが軽くのびをし、首を回す。
「流石に疲れるわね。身体能力が違い過ぎる」
「へいへーい。鈍ってるぞこうあーん」
「貴女に今から私が普段している訓練メニューを体験させてあげるわ」
「遠慮しまーす。それより海原さん、だっけ?どうしたの。質問って」
「……怖くは、ないんですか?」
「あー……そういう質問かー」
小太刀をおさめながら問いかけると、市子さんは困ったような笑みを浮かべながらこちらから目をそらす。
一瞬だけ、その視線が遊び回る子供たちの方へと向けられた。その中心にいる双葉さんへと。
「それは、村人達がって意味?」
「それも、です。私や双葉さんも含めて、恐くないのかと聞いています」
「うーん……それなー」
悩まし気に腕を組んで数秒ほど唸る市子さんに、江崎さんがため息をつく。
「市子、ストレートに言えばいいのよ。そもそも貴女はそれしかできないでしょう」
「なんか言い方に棘があるなぁ。まあ、うん。じゃあ率直に言って」
結論が出たのか、市子さんが親指をたてた。
「ここにいるメンバーは恐くないけど特に話した事がない村人は恐い!以上!」
「……怖く、ないんですか?」
「だってさー。疲れるじゃん。ずっと怖がるのも」
「つ、疲れるから?」
「うん」
公園の傍に生えている木に寄りかかり、市子さんが遊んでいる子供たちへと顔を向ける。
「確かに最初は恐かったよ。いつ食べられるんじゃないかって、不安でしょうがなかった。それでも『蒼黒の王』が近くにいたから、悪い事にはならないって思えたの」
「そうね。やはり陛下は偉大よ」
「美恵子ちゃんちょっと黙ってて?」
「その名前は過去のものよ」
「じゃあ江崎」
「なんか複雑だわ……」
「話を戻すけどさ。私みたいな凡人は、もしも襲われたら抗う術すらないんだよ。たぶん、あの子達にだって力負けしちゃう」
そうだ。普通の人間は怪異に殴り合いで勝つことはできない。
剣崎さんのような特別な力をもつ人が私を怖がらないのはわかる。宇佐美さんや新城さんもだ。彼ほどでなくとも、尋常ならざる力や才能を持っていれば、大概の怪異は恐怖の対象足りえない。
だが、目の前の市子さんは紛れもなく普通の人間だ。むしろ、あの霧で何もしなくとも人外にならなかった辺り本当にそっち系統の才能が皆無なのだと思う。
あの時。お母さんが怪異となって殺された後の、お婆ちゃんが迎えに来てくれるまで街で私を遠くから見ていた人達と、同じ。
「だからさ、信じる事にしたんだよ。その方が楽だから」
「楽だから、信じる」
「うん。別に誰でも彼でもって話しじゃなくってさ。たとえばうちの後輩」
市子さんの視線の先。そこでは双葉さんが山田さんに捕まえられて子供たちに脇や太ももをくすぐられている姿があった。
「しっかり者に見えて臆病で、わりとドジで。ついでに友達も少なくて。けどいい奴なんだ。だからさ。一緒にいたいんだよ。なのに一々怖がってたらやってられない。なにより、友達に怖がるのって、なんか変じゃない?」
そう悪戯っぽく笑う彼女に嘘は見られない。
言っている事は、もっともなのだろう。種族や境遇ではなく、その者個人を見て判断する。当たり前で、けれど難しい事。
だが、そうか。それでいいのか。
「難しいですね。とても」
「だねー。ばっさり線引きしちゃった方が『戦う人』には楽だと思うよ」
それはつまり、『斬る理由』を自己でもって確保しなければならないという事。
斬ったのならば、その功も責も自分一人にのしかかる。殺された場合も同じ事。どちらにせよ、ただの剣となる事は許されない。
「でも……少しだけ、楽しそうかもしれません」
「だろぉ?ま、私はただの一般人だから。悪い化け物が出てきたら王様やお巡りさんに頼るけど」
胸の内で、すとんと嵌った気がした。
そうだ。何を悩んでいたのか。物事は複雑でも、シンプルに考えてはいけないわけではない。
「気に入らない怪異は殺す。良さそうな怪異は殺さない、ですね」
「いや物騒だな……」
ようやく剣崎さんと同じ結論に出た。
そうなのだ。人に害をなす怪異は、法で裁けないから自分の手で殺す。法で裁けそうなのは半殺しにしてお上に投げる。そして、良い怪異は人として扱う。
ケースバイケースで考える事は増えるが、同じところで悩み続けるよりはよっぽど建設的だ。
「ありがとうございます。市子さん」
「お、おう」
「ちなみに私は普通に怪異=敵のスタンスよ。陛下と新垣さんからストップが無ければ普通に引き金を引いているわ」
「江崎ぃ。お前そういうとこだぞぉ……」
色々とぶった切って断言する江崎さんに市子さんが胡乱な目を向ける。
「そんなだから彼氏もできずにその年で鉄砲ばんばか撃って。青春ってものがないのかね青春ってものが」
「不要よ。それに、この身はいつでも『蒼黒の王』陛下に捧げられるものでないと」
蒼いメッシュを撫でながら、江崎さんがどこか恍惚とした表情であらぬ方向を見つめだした。
「ああ、陛下。私はどんな時でも陛下の●●●●や●●。なんなら●●●になる覚悟も」
「やめろやめろ。子供もいる場所で何言ってんだこのクソボケ!」
「ふっ。問題ないわ。ただ一信徒として信仰を口にしているだけですもの」
「あんな『おっぱい』連呼する動画の人はやめときなさい!悪い人ではないけど変態だから!」
「その動画を言い出したら戦争よ市子ぉ!」
騒がしい二人をよそに、視線を彼がいるだろう方向へ向ける。
ほぼ同時に、微かにだが重々しい衝突音がそちらの方から聞こえてきた。常人の耳では聞き取れない程度だが、この身ならば問題なく感知できる。
始まったのだ。今、剣崎さんは戦っている。
―――こちらはお任せください。剣崎さん。
深い霧に飲み込まれた山を数秒見つめた後、江崎さんの肩を軽く叩く。
「時間がきたようです」
「……そう。わかったわ」
江崎さんにそう言った後、公園の入口へと歩き出す。既にアマルガムは身に纏っている。
少し遅れて、こちらに向かってくる足音が聞こえ出した。どすどすと思い足音。明らかに人間のそれではない。
「あ、あんたは……!」
「こんにちは」
眼前に立つ巨体を見上げ、仮面の下でにこやかな笑みを浮かべて問いかける。
「大前田さん。そんなに慌ててどうしたんですか?」
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