第百四十五話 村の終わりへ
閑話を読み飛ばした方用あらすじ
おばば様
「江戸時代に産まれたあたし。けど災害で全てを失っちまったのさ」
「着の身着のまま彷徨って、魔術で食ってたら陰陽師どもに追い回されて」
「たどり着いたのは山の洞窟。そこで出会った死にかけ野槌」
野槌
「ぐえー。無理に大きくなろうとして死にそうなんじゃー」
おばば様
「とりま拾った宝玉食べさせた。こいつを神にしたらあたしを守ってくれるんじゃ?」
「そしてできたぜ野土村」
※野土団子のメイン材料なキノコは霧を通って人外化した人から吸い上げた『人間性』だぞ☆
第百四十五話 村の終わりへ
サイド 新垣 巧
な に し て く れ と ん ね ん 。
頭の中に浮かぶのは、貝人島で見たサメ怪人と飛蝗怪人の腹部にあった『宝玉』。あのどう考えても神格に関係ありそうなのを野槌に食わせたって……。
「ふっ……それがこの村の成り立ちですか。それで、貴女の神は今なんとおっしゃっているので?」
「……何も聞こえないさ。アレはあたしの神にはなってくれなかった」
天井を眺め力なく呟くおばば様に、こっちの方が頭痛してきた。
「では、最初に野槌と遭遇した洞窟を教えて頂きたい」
「原点となった場所に野槌の重要な部分があるはずだって?魔術師としては基本的な発想だ。だけどその山も潰れたと言ったはずだよ」
「その山があった位置を教えて頂きたいのですよ、僕は」
魔術において、というよりも怪異にとっての『ルール』とでも言うべき特性。その成り立ち、原点にこそ弱点やそれに繋がるヒントがある。
ゾンビの類であれば儀式の起点となる魔法陣が。変わり種だが吸血鬼には故郷の土以外踏めないというケースもある。それ以外にも、ルーツに何らかの攻略法があるのは怪異にとってよくある事だ。
どのような存在であろうと、全知全能の完璧たる生命でないのなら必ず弱点はある。それを撃ち抜く事で、我ら人類はこの世を生き抜いてきた。
であれば、この野槌の急所もおばば様と出会った洞窟にそのヒントがある可能性が高い。
「……あたしの家から北北東の位置にある山。そこの中腹あたりが、奴と出会った洞窟があった所さ」
「どうもありがとうございます。それでは、これで失礼します」
そう言って立ち上がり、ドアの直前で振り返る。
扉を開けようとする竹内くんを手で制しながら。
「そうそう。村人達にこの事は伝えないのですか?貴女なら『刻限』だとわかっているでしょう。このままでは皆死んでしまいますよ?」
扉の向こうから微かに物音がした。訛っているなぁ、彼も。
「言えるわけがないさ。言った所で、逃げ場なんてありゃしない。なんだい。あんたん所の使徒様がどうにかしてくれるのかい?」
うちの子扱いしないでくれます?管理責任とかとれないからね?
「ふっ……さて。ですが、唯一の希望ではありますよ」
「希望、ねぇ……」
老婆は、そのしわがれた手を天井へと伸ばす。指の先には木製の天井には、火の付いていないランタンが吊るされているだけ。いいや、彼女が手を伸ばしている相手は、きっと別なのだろう。
「あたしにとっての希望が野槌だった。だが、それも幻想だったんだろうね。結局は、あたしに安住の地なんてありゃしなかったのさ」
「……だから、これまでの前兆も見て見ぬふりをしてきたと」
「厳しい事を言ってくれるなよ、余所者が……それしかなかったのさ。それしか、ね」
「……まあ、今度は神ではなく別のものにでも祈っていてください。今回の件が丸くおさまるように、ね」
「神以外に、誰に祈れっていうのさ……」
「自分の腕に。仲間の力に。手に取った武器に」
神に祈って解決した事件なんて、あいにくと遭遇した事はない。
あるいはそういう案件もあるのかもしれない。だが、少なくとも今ではない。今ではないのだ。
この一件は、人の手で解決しなければならない。
「貴女は村のトップなのでしょう?なら、相応の姿を下の者達に見せなさい」
「………」
「では、お忙しいところ時間を割いて頂きありがとうございました。『また今度』お会いしましょう」
そう言って部屋を出れば、目の前には山崎班のメンバーが立っていた。
「やあ。病み上がりの所申し訳ないが、話しは聞いていたね?」
不敵な笑みを浮かべて、山崎くんの馬面を下からのぞき込む。
「最後にもう一度、一緒に仕事をしようじゃないか。山崎くん?」
* * *
サイド 剣崎 蒼太
色々な人が、それぞれの場所で努力をした……のだと思う。
「よし……」
「これで予定していたポイントは全てですね」
膝についた土を払い落とし、少しだけ伸びをする。頑丈な体のおかげで腰痛とは程遠いのだが、それでも気分的にこうしてしまう自分がいる。なんだかんだ、転生前の方が人生長いし。
何より『貧血』が辛い。必要だったとはいえ、ちょっと目眩がする。
海原さんが背負っていた袋を見せてくる。ちゃんと『サブ』も含めて使い切ったので空っぽである。
「じゃ、帰るかぁ……」
流石に疲れた。いや本当に。
海原さんと話した後、その足でおばば様の管理する病院から出てきた新垣さんと合流。そして彼らが用意した工房を借りてちょっとした保険を作っていたわけだ。
あの工房を作る時自分も関わっていてよかった。それもあり改造もすぐに終わり、肝心の魔道具を明日までに作るのは間に合ったわけだ。
いや、日付的にはもう明日というか今日なんだけど。なんなら設置までしていたらもうすぐ日の出である。
「大丈夫か海原さん。結局徹夜になってしまったけど」
「問題ありません。最近はスマートフォンに慣れる為毎晩遅くまで訓練していたので!」
「それは本当にやめなさい。お婆さんに怒られるぞ」
「はい……」
まったくこの子は。そう苦笑しながら、朝日が昇る先を見据える。
山々の隙間から太陽が昇ってくる。いや、山ではなく野槌とかいう妖怪の一種だったか。
なんにせよ、この無駄に長く留まってしまった村での生活も今日で終わる。終わらせる。
「海原さん」
「はい」
土で汚れた軍手を脱ぎ、右手を彼女に差し出す。
「今日が正念場だ。よろしく頼む」
「――ええ。貴方からオファーを貰えるぐらいの働き、見せてみせます!」
こちらの手にすっぽりと納まる細く小さい手。戦士の手とは思えないそれだが、剣だこがないのは彼女の血によるものであり、その努力の積み重ねは確かなものだと自分は知っている。
だから。
「期待してるよ、就活生」
不敵に笑って、少しだけ握手をする手に力を籠めた。
* * *
太陽もすっかり上り、時計は午前十時を回った頃。自分は村の外れにある、山の近くを歩いていた。
鎧すら身に着けず、時々伊達メガネの位置をなおしながら『とある人』を待つ。
待ち合わせなんてしていない。向こうにこちらの現在地も教えていないのに、来るはずがない。
いいや、来ないでほしかった。
「……こんにちは」
それでも、来てしまったらしい。
ゆっくりと振り返りながら、足音もなく近づいてきていた人物へと声をかける。
「こんな所で奇遇ですね、鹿野さん」
「………」
無言のまま、鹿頭の彼は歩いてくる。立ち止まった位置はこちらから五メートルほど。互いの声は問題なく届く距離だ。
「気づいていたのかい」
「外れていればいいと、思っていましたよ」
「そうか……」
鹿野さんが深く息を吸いながら、空を見上げる。
「お願いがあるんだ」
「内容によりますが、なんでしょう」
「村人を二、三人殺してくれないだろうか」
本来なら耳を疑うような内容だが、驚きはなかった。
あるのは、悲しみと諦めだけ。
「君はもう少し暴君であるべきだ。この緩み切った村の空気を見ただろう。だからその引き締めの為にも、君は」
「お断りします。それに、理由はそれではないでしょう?」
「っ……!」
ぎょろりと、鹿野さんがこちらを睨みつける。
「僕が、まだ、喋っていただろう……!」
「もう喋らない方がいい。家に帰って、ゆっくり考え直してください。自分が今なにを言ったのかを」
「うるさい、うるさい……!なんなんだよ、お前」
声を震わせながら、彼は自分の着ているTシャツを強くつかむ。
前に自分で書いていると言っていた文字は歪み、シャツ自体からブチブチと音がしはじめた。
「余所者の癖に、突然来たくせに皆から尊敬されて……おかしいだろう。これまでどれだけ僕が村に貢献してきたと思っているんだ……!」
「ええ。俺は貴方ほど村を思って活動していた人を知りません」
「なのに、なのになのになのに!どいつもこいつも『蒼黒の王』『蒼黒の王』と、口を揃えて、やかましい……!」
破れたシャツの下からは、急速に成長する体毛が飛び出していた。毛は上半身を覆っていき、もはや露出しているのは顔面と指先のみ。
その露出している部分も、黒に近い灰色へと変色していく。
「鹿野さん。貴方は」
「黙れッ!!!」
白目は黒く。瞳孔は金色に変わり、目の周りには歌舞伎の隈取めいた模様が浮かび上がる。
『お前がいなければよかったんだ!お前がいるから、僕は特別でなくなった!』
歯をむき出しに鹿野さんが吠え立てる。もはや人であった面影すらもない。
「そうですね……俺も、この村に来たくて来たわけじゃない」
鎧を身に纏い、手に蒼黒の剣を握る。構えは正眼。基本の型でもって眼前の『怪異』へと相対した。
「最後に例の団子を食べたのはいつですか、鹿野さん」
『殺してやる!お前を殺して、僕が、我が!ここの王になる!』
「――そう、ですか」
剣を握る手に力を込めた。それだけで刀身に蒼の炎がまとわりつき、周囲の温度を瞬く間に上昇させていく。
それに呼応するように彼の体が巨大化。見る間に二メートル半ほどの巨体へと変貌する。
「もう、これしかないですね」
『死ねぇええええええ!』
迫りくる巨大な鹿の角と、炎の剣が衝突。その衝撃だけで地面は砕け散り、相手の片角を道連れとして質量の劣るこちらが山の中へと吹き飛ばされた。
――そっちは任せたよ。海原さん。
霧で視界が白くなる中、『他称家臣候補』に心の中でそう呟いた。
読んで頂きありがとうございます。
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