閑話 神様が欲しかった
この話しには災害の描写が含まれます。苦手に思った方。または『閑話とかどうでもいい』という方用に、次話の前書き部分に大まかな閑話の内容を書かせて頂きました。
この閑話を飛ばす場合は、そちらを読んでいただければ大丈夫です。
閑話 神様が欲しかった
サイド とある魔術師
18世紀のはじめ。日本ではまだまだ江戸時代だった頃。私はとある魔術師一族の娘として生をうけた。
魔術師と言っても表向きは地方の裕福な商人の家だった。魔術は金食い虫なものだが、それでも生活に困る事はなかった。
我が家が目指すは『海に沈んだという神の家への移住』。それによりいずれ来たる邪神の降臨で滅ぶ世界から逃れるのだ。そここそが、我らの安息の地だと信じて。
随分と遠い話しだと、21世紀となった今では思ってしまう。だが当時の私はそんな疑問など露ほども抱かずに、ひたすら親の教えに従い魔術の鍛錬を積んできた。
薬草学をベースとした魔術を積んでいく日々。やがて自分の知らぬ間に地方の有力者の息子との婚約が決まって、一度も出会う事もなく結婚式が近付いていた。そんな十五歳の頃。
私の住んでいた街が大地震に襲われた。
立っている事など当然できず、家も何もかもが崩れて潰れていく。揺れ動く視界の中、何故かそれだけは理解できた。
私の上に覆いかぶさる母親の下で、私は神に祈った。身体強化の魔術を使う余裕すらもなく、目を硬くつぶりひたすらに祈る事しかできなかった。
神様は実在する。未熟でも魔術師である私はその存在を確信していた。ならば、心の底から真摯に祈り続ければ助けてくれるに違いない。当時の私はそう思ったのも、あるかもしれない。
どうか、家族全員無事に明日を迎えられますように。
どうか、明日にはまたいつも通りの生活が待っていますように。
どうか、どうか……。
そんなものは幻想だと、この愚かな娘は翌朝になって知るのだ。
薬草を採取、管理していた事もあり山に近かった私の家は、土砂崩れに押しつぶされた。父の弟子たちと共に。そして、私を守ってくれた母は頭に家の柱が倒れてきて息絶えた。母の冷たくなった体に自分はなんと呼びかけていたのか、もう思い出せない。
一夜にして私は全てを失った。
媚びを売って来ていた傘下の商人たちもこの災害で死ぬか離散し、金を貸していた浪人どもは我が家の跡地を漁って金目の物を奪って行く。
そして、私とは決して関わる事もない世界の住人である農民たち。彼らが私に向けた目を、今でも覚えている。
持てる物はすべて持って逃げた。お気に入りの着物が汚れる事も、顔も見た事がない婚約者が送ってくれた下駄の鼻緒が千切れるのも気にせずに。
その途中、日の光も浴びていないのに、潰れた家屋の陰で光る宝玉を見つけたのは偶然か。それとも運命か。
なんにせよそれを拾ったのは無意識だった。もしかしたら何かの役にたつかもしれない。そう拾い上げた後に自分へと言い聞かせ、手に強く握って走り続けた。
そこから先の事はあまり思い出したくない。ただ一つ言える事は、この世に神様はいてもそれが自分を救ってくれるとは限らないという事だけ。
身も心もボロボロに擦り切れながらさ迷い歩いた私は、何度も父から教わった魔術を忘れぬように体に刻み、時には生きる糧を得るために使った。
そのせいだろうか。この身はいつの間にか人から外れ始めていたのだ。
玉のようと言われた肌にはまばらに鱗が生え、夜空みたいと言われた瞳は黄色く濁っていた。人形めいた顔は魚のようにエラがはり、首に触れれば本物のエラまである始末。
もはや人の町では暮らせない。時には京都を拠点とする陰陽師の末裔どもに怪異として追われながら、山の中へと逃げて行った。
何十年と逃げ続ける生活の中、頭にあったのは我が家の目標である『神の家』。
だが、神は私を助けてくれなかった。家族も、家も。
本当に神の家にたどり着いても守ってくれるのか?そもそも門戸が開く事はあるのか?もはや見捨てられた我々に、居場所など用意してくれないのではないか。
ずっと、ずっとそう思って……。
やがてたどり着いたのは、山奥にある洞窟だった。
干からびたヒル。最初はそう思った。私など一口で丸のみに出来る巨体をもつ怪異。それが先客として洞窟の奥にいたのだ。
まだ生きているのかと調べ、眼前の命が風前の灯火と知る。これでも薬学を専門とした魔術師だ。それぐらいは初見でもわかる。たとえ見た事もない生物だとしても。
恐らく、無理な成長がこうして死に瀕している原因だろう。無理な巨大化に何もかもが足らず、ただ干からびている。それがこの哀れで愚かな死にぞこないだ。
これが死んだら食料にしよう。そう思って眺めながら、調べるために抉った奴の血肉を食べてすぐさま考えを翻した。
口から食道へ。食道から胃へ。五臓六腑へしみわたる、膨大な魔力の、いいやもっと高位の力。
直感的に理解した。眼前のこれは、『神格』に近い存在だと。
無論神などではない。神であればこのように無様な姿を晒しているはずがない。だが、奪われたのなら?
この目の前の怪物も、理不尽に自分の居場所を奪われたのであれば?
―――この怪物を神とすれば、『私』の神様になってくれるのか?
とんでもない考えだ。妄想と言っていい。だがこの時私は既に疲れ切っていた。藁にもすがるとは正にああいう精神状態の事を言うのだろう。
ずっと。あの全てを失った日からずっと大事に持っていた宝玉を、震える指で怪物の口に放り込んだ。カラカラに乾燥した口内を、ころころと宝玉は転がって奥に。
それからの変化は劇的だった。みるみるうちに怪物は『怪物という域』から外れていく。
慌ててそこから離れたが、あのまま洞窟にいたら間違いなく押しつぶされていた。それほどまでに、怪物は……『野槌』は巨大化したのだ。
山よりも巨大な姿となった野槌は、自分が今まさに潰した山も。その近くにあった別の山も喰らいつくす。
木々も動物も土も岩も。山を構成する全ての要素を喰らい己の糧として、ぐるりと一周する。
満腹になったのか。それとも急激な変化の反動か。野槌はそこで動かなくなった。
そして『あたし』は野槌が囲む壁の中央に取り残されたのである。野槌が暴れた影響で周囲は真っ平になったにも関わらず、何故かこの身だけは無傷のまま。
まるで守られるように立ち尽くすあたしは、まるで無知な子供が不安がるように周囲を見回した。
ここが、安息の地……?
疑問はあった。これは違うものではないか。そもそも、本当に守られているのか。野槌の意図は。
それでも、あたしゃぁはもう歩き出す事ができなかった。けれど。その日はまるであの頃に戻ったように、安心して眠る事ができたのだ。それだけでも、価値はあったかもしれない。
一晩のうちに野槌の体は山へと変わった。元よりアレは山野の精。豊かな山を築くのはある意味専門であった。
いつの間にか川ができ。池ができ。山の幸がいきわたる。それに釣られた動物たちが集まって、そして人もまた集まってくる。
だが人は皆、野槌を超える頃には怪異へと姿を変えていた。いいや、奴の伝承を考えれば『妖怪変化』と言うべきか。
もとより、いかに豊な山があるとはいえこんな辺境に来る者など帰る先がない輩ばかり。異形となった体もあってここに留まるしかない。
結果、野槌の内側に村ができるのは自然な事であった。
もっとも、あたし以外の住民は『野土団子』を食わんと理性をたもてんかったが。
野土団子。その主成分は野槌の山から生えたキノコである。
野槌が放つ霧は人の中にある怪異の因子を活性化させ、逆に人としての霊的な因子を吸いだす。
その吸いだされた人間性こそが、このキノコだ。ここ以外で栽培が出来ないのは当たり前。なんせここで徴収した物を還元しているだけなのだから。
そんな事も知らずに、多少なりとも理性を残してやってきた混ざり者も。よそから流れてきたはみ出し者も。村に来てありがたそうに団子を食うのだ。
歪な村だ。それでも二度の大戦にも巻き込まれる事はなく、ある種平和であり続けたこの村は。
きっと『私』が求めていた――。
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この少し後に第百四十五話を投稿させて頂く予定です。そちらも読んでいただければ幸いです。




