第百四十四話 王の威を借る公務員
第百四十四話 王の威を借る公務員
サイド 新垣 巧
「ふぅ……」
小さくため息をつき、焔の……『剣崎蒼太』の使っていたカップを片付ける。
まさか使徒が転生者だったとは。偶に家に帰れた時、娘が見ていたアニメみたいな設定だな。
おかげで色々な疑問はとけた。公安職員として値千金の情報を山のように得る事もできたので、『新垣巧』としては得難い時間だったと言える。更にその使徒からの信頼もプラスだ。今から既に上司が死んだ目で笑っている姿が見える。
だが、『新城守』としてはどうなのか。
……いいや。職務中に考える事ではないな。
「――ああ。君か」
部屋の角。そこに突如として現れた気配に、振り返る事もなく声をかける。そういう契約だ。
『―――』
「ふっ……わかった。ありがとう」
『―――。――――、―――。―――――。――――、――、――――』
「無論だとも。今後ともよろしく頼む」
ほんの一分にも満たない会話。いいや、相手側の声は空気を震わせていないので、会話と言っていいのか不明だが。
それを終え、一度だけ手鏡で自分の顔を確認。
大丈夫。きちんと『新垣巧』になれている。一人の男でも、娘を持つ父でもなく、公安のエージェントに。
扉を開けて大股で外に。両脇に立っていた細川くんと竹内くんに一瞥し、彼らが自分についてくるのを気配で感じ取る。
「新垣さん。『蒼黒の王』とはなにを?」
「なに、ただの情報交換さ。それと彼から聞いたかな?明日、どうやら事態は動くらしい」
「はい。具体的に何が起きるかまではわからないそうですが」
「ああ。それを今から調べに行く。まずはおばば様の家だ」
「加山達を戻しますか?」
「不要だよ。彼らの仕事も決して手を抜けるものではない」
やれやれ。本当に手が足りない。細川くんか竹内くんがもう一ダースぐらい欲しいところだ。
……いっそ『協力者』を頼るか?
ナンセンスだな。それは契約に反しかねないし、なにより『蒼黒の王』の反応が気になる。
「焔が海原家の娘を戦力化出来る事を祈るとしよう」
「……たらしですか」
「たらしの話しですね」
「ふっ……」
え、あいつ『たらし』なの?『へたれ』じゃなくって?
いや、うん。顔だけ見ればたらしの才能はあるな。中身は拗らせた童貞だが。
そうして村を歩いて行くが、最初の頃にあった村人達からの警戒心がかなり薄まっている。これは『蒼黒の王』が自分達の事を散々に仲間だと言って回ったからだろう。おかげで自分達は彼のお付きみたいな扱いだ。
今やかの王はこの村の絶対的存在だ。いっそ信仰の対象になりかけている。彼さえいれば村は安泰なのだと。
そして、それを良く思っていない者もいるわけだ。
『鹿野信夫』
プロファイリングをする時間はなかったのであくまで自分の経験から基づく予想でしかないが……彼もまた、焔同様に『力と精神が見合っていない』タイプだな。
だが違うのは『力に対する自信』と『立場への執着』。そして『精神はある意味で力に見合ってき始めている』ところか。
うん、同様って言ったけど全然違うな。面倒なのだけだわ、近いのは。
それでも焔は、『蒼黒の王』は人類としてはありがたい存在なのだろう。個人としては娘に近づくんじゃねえという話しだが。
誰にも邪魔される事もなく歩く事十五分ほど。おばば様の家に到着する。
「よし、じゃあ明日の見張り当番は――」
「食料の保存ってどうするんだ?塩がこれだと備蓄分が……」
「なあ武器の帳簿ってこれであってるのか?いや、俺もそういう知識ねえし」
彼女の家の前に建てられた大型のテント。その下で数人の村人達が書類片手に村の防衛について話し合っている。
だが、なんともまあ緊張感が薄い。誰も彼も『一応やるけどこの作業は必要なのか』と疑問を持っているのが、顔にありありと書かれている。
無理もない。外界から断絶された空間で過ごし、ようやくやってきた脅威は絶対の守りとセットだったのだ。村人への被害はゼロに抑え込まれ続けている今、危機感を正しくもてるわけがない。
ま、焔に言った通り自分にとっては都合がいいが。
「失礼。おばば様にお聞きしたい事があるのですが」
「あん?ああ、『陛下』のお友達の。おばば様なら裏にある病院だよ」
「どうもありがとうございます。では。皆さんお疲れ様です」
「おーう」
出来るだけ人当たりのいい笑みを浮かべて村人とわかれ、おばば様の家の裏にある病院へ。
そう言えば、山崎くん達は元気だろうか。彼らの事まで手が回らなかったので放置だったが。下手な事をしていないといいなぁ……。
「本当に大丈夫なんですか……?」
「問題ないさね。外傷は一つも残っとらんよ。流石は使徒の力ってところか」
「ですが、本当に死ぬ寸前だったんです。それに治ってからまだ一週間も経っていないんですよ?もう少し経過を……」
病院の前に来ると扉越しに話し声が聞こえてきた。これは、看護師とおばば様か?内容からして山崎くん達の事だろうか。
「俺達はもう大丈夫です。お世話になりました。それよりも、どうやら来客のようですよ」
ちっ、山崎くんもその場にいたか。
内心の舌打ちを顔に出さず、ゆったりと病院の扉をノックする。
「すみません。新垣です。おばば様がこちらにいると村の方から聞いて伺ったのですが、今お時間よろしいでしょうか」
「……ああ、構わないよ。入っておいで」
「失礼します」
病院に入ると、待合室には山崎班の三人とおばば様。そして巨大ナメクジの看護師がいた。
彼らにニッコリと笑みを浮かべて小さく会釈し、おばば様に話しかける。
「突然申し訳ありません。事前にアポイントメントも取らずに」
「気にする必要はない。なんせあんた達は『陛下』の御友人一行。歓迎こそすれ、邪険に扱う事はありえないさ」
その言葉は嘘ではないのだろう。おばば様は杖を突いて歩きながら、『さ、応接室はこっちだよ』と案内してくれる。
すれ違いざまに山崎くんと視線が合った。敵意はない。だが牽制と警戒はある。それに害意はないと小さくハンドサインを返してやって通り過ぎ、受付近くの応接室に。
「あまり広い所じゃなくってすまないね」
「いえいえ。いきなり来たのにこうして話して頂けるだけでもありがたい事です」
「それで、いったい何のようだい?ここに住みたいって言うなら今すぐ家を用意するよ?」
「ははっ。魅力的なお誘いですが、残念な事に今回は別件で訪ねさせて頂きました」
「……へえ。どんな用件かね。できればこのか弱い老婆にも優しい内容であってほしいもんだ」
「単刀直入にお聞きします。貴女はあの山についてどれだけ知っているのですか?」
一瞬。文字通り瞬きするほどの短い間だけ、眼前の老婆がフリーズした。
「さて。まあ色々知っているよ。山の地形に獲れる山菜。薬草に使える物や、猪なんかがよく使う獣道。登山でもしたいのかい?今は霧が」
「では、山の下に眠る『野槌』についてお聞きしたい」
老婆の顔から、今度こそ笑みが消えた。ローブの下。落ち窪んだ瞳が、薄っすらと金色に光る。
「『色々知っている』のでしょう?どうかお教え願えませんか。おばば様」
いつも通りの不敵な笑みで、この老婆がしでかした事についての取り調べを開始する。
いやぁ、うん……本当に、やらかしてくれたなぁ……。
『野槌』
端的に言うと山に住む蛇みたいな姿の妖怪の事である。
だが蛇と違い目も鼻もなく、頭のてっぺんに口だけがある奇妙な姿をしているのだ。その姿が柄のないハンマーみたいだから『槌』。そこに山野の妖怪だから『野』が足されたのが名前の由来だったか。
現代では妖怪として語られる野槌だが、奈良時代の歴史書では『カヤノヒメ』という女神の別名とされ、山野の精ともされていた。
だが仏教が広まる事でこの山の精はいつの間にか『妖怪をうむ神』とされ、いつしか神ですらなく妖怪として呼ばれる事が多くなる。
諸説あるが、そんな所だ。だが今は何より気になる事がある。
「何を食べさせればあれほどの巨体となるのか、皆目見当もつきません。是非教えて頂きたいものです」
伝承にある野槌はせいぜいが一メートルほど。普段は山の洞穴にでもいて、時折人の足に噛みつく程度の話しばかりだ。かつては神の一面とされていた存在も、今やその程度の怪異として語られている。
それがどうだ。村一つを覆い隠す程に並んだ山々は『野槌の上』に積もった土である。つまり、この野槌はそれほどに大きい。体長や体高なんぞ測りたくないサイズだ。
おかげで随分とあからさまな名前だと言うのに自分で『いや流石にないわー』と否定してしまったものだ。肉片やらキノコやら調べて諦めたけども。
「……はて、何の事やら。あいにくとワシにはなにも」
「おや、もしや歳と疲れのせいでお忘れに?では『蒼黒の王』陛下の所で治療してもらうとしましょう。ご安心を。自分は『陛下直々に治療用の魔道具をくださる』と約束して頂いているのです。ついでに貴女の事も診てくれるはずですとも」
「っ……!」
わー、虎の威を借りる狐ムーブは楽だなー。けど細川くんと竹内くんの目が怖いなー。絶対に『やっぱり使徒との窓口はこの人に任せよう』とか思われているよなぁ。僕でもそう思うよなぁ……。
だがあいにくと、『協力者』の話し的にそれほど時間もないのだ。『蒼黒の王』からも『明日らへんやばいっすね!』と言われたし。
あー……ぽんぽん痛くなってきた。
「……何をしても無駄じゃな。霧の中ではまともに調べられんと甘く見過ぎたか」
「ふっ……優秀な部下達と陛下のおかげですとも」
よし、折れたな。これで『使徒がなんぼのもんじゃい!』とかされなくてよかった。マジでケツカッチンなので。しゃれにならん。
「長い話しになるぞ?」
「お互い忙しい身ですので、できれば要点のみお願いできませんか?」
「注文の多いガキじゃ……では、動機から話すかの」
背もたれに寄りかかり、老婆は力なく口を開く。
元々老いていた姿は更に老け込んだように思える程に、その身から覇気が失せていく。まるで抜け殻じみた様子で、彼女は虚空を見上げた。
「神が欲しかったんじゃよ。ワシだけのな」
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
※野槌の説明についてはどうか『諸説あり』でお願いします。作者は妖怪とか民俗学とかド素人です。温かい目で見てくださると幸いです。




