第百四十三話 家臣失格
第百四十三話 家臣失格
サイド 剣崎 蒼太
新垣さんとの情報共有を兼ねた雑談を終え、彼らの拠点から出る。無論鎧姿で、だ。彼以外のメンバーに顔を晒すのは流石にまずい。
「お待たせ、海原さん」
「はい!」
何故か一瞬でアマルガムを装着する海原さん。その傍で疲れた表情をしている細川さんと竹内さん。
ついでに足元に倒れている木が一本。
……うん。
「なにがあったの……?」
全っ然わからん。なにこれ、こわぁ……。
「ちょっと木にヘッドバットしていました」
「なんで?」
なにがあれって、第六感覚が『ほんまや』って言っている事だよ。やっぱこの異能こわれてるんじゃねえの?
なにが悲しくて、このタイミングと場所で自然破壊を始めるんだよ。バーサーカーか。
「その……竹内さん、細川さん。すみません、色々」
「申し訳ありませんでした」
とりあえず彼女を連れてきたのは自分なので頭をさげる。正直未だ状況はわからんけども。
「いえ、おかまいなく」
「我々の土地というわけでもありませんから」
二人とも笑みを浮かべているが、どう考えても『やっと帰ってくれる』という雰囲気である。海原さん本当に何したの?
「あの、それでは、また。失礼しました」
居たたまれなくなったので、早くこの場を退散しようと海原さんの襟首を掴んで引きずっていく。普段ならともかく露出も体のラインも一切なしなこの格好なら雑に扱えた。
だが、直前で振りかえり彼らへと視線を向ける。
「先ほど新垣さんには伝えましたが、『明日なにかが起きます』」
どこか気の抜けていた空気が一変。この場にいる全員の気配が引き締まる。
この辺はやはりプロと、小さい頃から怪異に関わってきた人という事なのだろう。
「なにか前兆が?」
「申し訳ありませんが、具体的には言えません。霧の事だけではなく、もっと抽象的な……正直、ただの勘です」
「御身の勘であれば、未来予知にも等しいですな」
細いフレームの眼鏡をかけなおしながら、細川さんが呟く。
こんなんでも『使徒』だ。第六感覚もある。下手な占い師よりは的中率が高いと自負している。特に、嫌な予感に関しては。
「何が起きるかまではわかりませんが、きっとよくない事です。くれぐれもご注意ください」
「「了解」」
その場で敬礼する二人に小さく頭を下げて今度こそその場を離れる。
「お館様」
「雇用した覚えはないけど、何かな」
「先ほどのお話しは本当ですか?」
「冗談だったら、よかったんだけどね」
本当に、外れてしまえばいいのに。こんな予感。
村を囲う山々。それに擬態……と言っていいのかわからないが、自然の一部だと思っていた『怪物』。そんなのが目覚めそうというタイミングでの嫌な予感だ。
はっきり言って、勘弁してくれというのが本音である。
「こちらからもお話ししたい事が」
そう言って、引きずられる体勢から自立した海原さんがこちらを真っすぐと見てくる。
「私事ながら……その……」
「どうしたの。いや、待て。そうだった」
そもそも自分と海原さんは温泉旅行に行って、そして帰ってくるだけの予定だった。泊るにしても精々一泊。だが、既にもう何日もここに留まっている。
「祖母の様子が不安です。御身が作ってくださった『霊石』があるとは言え……」
『霊石』
御大層な名前で呼んでいるが、ようは自分が作った中継点だ。
海原さんとそのお婆さん。仲が良いとはいえずっと一緒というわけにもいかない。そこでアマルガムの中継点として用意したのだ。これがあれば、多少なら二人の距離が長距離になっても問題ないだろうと。
だが、この霧は予想の範囲外だ。あの霊石には俺の血を使っていないし、そもそもが旅行が決まった後で用意した即興品。性能はあまり保障できない。
そして、海原さんのお婆さんもまた、『海原家の血』に蝕まれている。
「正直な事を、申します」
アマルガムを解除し、海原さんが素顔でもってこちらを見据える。
焦りからだろうか。それとも不安か。どちらにせよ、余裕のない顔で彼女は言葉を紡ぐ。
「御身に頂いた御恩。それを返さず祖母のもとへと走るという不義はおかせません。祖母も孫娘がそのような不忠者である事は許さないでしょう。ですが」
「構わない。君の好きなようにしなさい」
「……よろしいのですか?」
「俺は、君が『この場で村を飛び出しても構わない』と言ったつもりだが?」
意味は通じたか?
そう言葉を続けながら鎧を解除する。幸いここに人の目はない。彼女の素顔にこちらも素顔で返せる。
「俺の優先順位は、この村だと『自分』。『新垣さん』。そして『海原さん』だ。それ以外は、比べるまでもなく下だよ。だから、君が望むようにしたらいい。止めはしない。だが、悪いけど『協力もできない』」
自分がこの場を離れれば、新垣さんの安全がより不確実なものになる。
なにより、『自己満足』が済んでいない。その状態にエマちゃんに何かがあれば、今度こそ俺の心は壊れかねん。俺は俺自身を最優先とする。
だから、それも譲れない。
「……正直、君があの霧を踏破できるかわからない。無茶な賭けだ。どうする?」
「その上で、ご提案があります」
「聞こう。そもそも、君は俺を主君と言うが、俺は友人だと思っている。互いの内心はどうあれ、対等な関係だ」
「……ありがとうございます」
こういう時は、第六感覚が働いてくれない。有能なんだか無能なんだか。
息苦しそうに俯く海原さんが、唇を震わせる。
「明日、事態が動くと言うのなら。そこで決着をつけたく思います。御身とてあまりここには長居できない身。そもそも援軍なき籠城で長期戦など愚策。ですから」
「短期決戦で片を付ける。と」
頷く海原さんに、少しだけ目をつぶって考える。
確かに、俺もここに長居する気はない。ついでに言えば村の今後を考えると長期戦も避けるべきだ。
エマちゃんの事に関しても、ひたすらジョーンズ社が攻めて来ればそのうち彼らの狙いもばれて排斥の対象にされかねない。その前にせめて霧をどうにかしなければ。
どこをとっても短期決戦は『自分達にとって都合がいい』。だが。
「で、どう決着をつける。この周辺の山々を焼き尽くし、ジョーンズ社も燃やすか?」
何をもって決着とするのか。
ジョーンズ社はエマちゃんを諦めるだろうか?あの『笑顔を張り付け続けるようにされてしまった子供』を。みすみすと逃すだろうか。
彼らの思惑なんて知らない。だが、使徒という存在がとんでもない危険物であり、同時に兵器として魅力的なのは知っている。それをここまで来て見逃すとは到底思えない。
村を囲う怪物はどうするのか。確かに自分の火力なら殺しつくせる。その確信がある。なんなら、神格でもなければ火力不足という事態には陥らない自覚はあるぐらいだ。
だが、それほどの大火力。間違いなく周辺一帯もまとめて焼け野原だ。野土村だけではない。バスで通った山周辺の町も巻き込まれるだろう。
自分の力は人の身に分不相応なほど強大だ。少なくとも個人に持たせていい範疇を超えている。だからこそ使いどころを間違えれば『殺し過ぎる』。
第三の固有異能は未だ発動できず。剣とは勝手が違う事もあり、気兼ねなく己の全力を振るえる舞台は用意できない。
「それ、は」
「さあどうする。『自称』家臣の海原アイリ。君は何を俺に言う。何をしろと意見を述べる。どんな言葉で俺を納得させる」
「っ、ぁ……」
「君の言う家臣とやらは、どういう存在だ?」
海原さんのエメラルド色をした瞳が左右に揺れる。必死に考えを巡らせているのだろう。
律儀な彼女の事だ。自分や家族の事だけでなく、俺のメリットについても考えているのだろう。むしろそれを最優先して考えるから、『目の前の使徒を上手く利用してやる』という思考で計画をたてられない。
きっと、この村に到着してから祖母の心配は二の次としてきたのだろう。無意識に心の奥底にしまい込んで、考えないようにしていたのだな、この不器用な少女は。『主君』の事を第一に考えようとしていたのだろう。だから、このタイミングで『祖母の安全をとれる』という選択肢が出てきて、ようやく揺れた。
なんというか、少し安心した。
「はいそこまで。時間切れだ」
「あっ……」
がばりと、青ざめた様子で顔をあげた彼女の額に、軽くデコピンを叩き込む。
意外といい音が鳴った。少し力を入れ過ぎたかもしれない。
「いっ」
「あ、ごめん」
ダメだな。格好つけようと思っても中々上手くいかない。やはり自分に漫画とかで見るイケメンムーブは無理か。
「これでわかったか?君が家臣を名乗るのは十年早い」
「……申し訳、ありません」
「いい。俺は何度も家臣にした覚えはないと言っているだろう。だから『頼れ』」
どこぞの誰かを。自分の知る一番『格好いい大人』を真似て、不敵な笑みを浮べてみせる。
「対等な友人と思っているが、それはそれとして俺の方が年上だ。だから今君が言うべき言葉は忠誠だの御恩がどうのじゃぁない。君まで恰好をつけるなよ。俺が格好つけられないだろう?」
なんせこちとら、散々相棒に『メンタルクソ雑魚ナメクジ』『精神耐久度が赤ちゃん』『顔以外にイケメン要素がない三枚目』と言われ続けているのだ。そのうえ年下にこれ以上いい顔をされてしまったら、どうしたらいいのか。
どれだけ侍面しようが、目の前の少女はまだ中学生だ。自分のように前世があるわけではない、正真正銘の十台の女の子。
「ゆっくりでいい。とは、悪いけど言えない。時間がないのは事実だ。だから、せめてはっきりと言ってくれ。鈍い俺でもわかるぐらいに、簡潔に」
「私、は……」
小さく息を吸い込む音。
真っすぐと、ようやく彼女の瞳が俺の目と交差する。
「邪魔なやつは全部ぶっ飛ばして、家に帰りたいです!『助けて』ください!」
「オーケーだ。任せろ。可能な範囲で助けてやる」
不敵な笑みを維持したまま、彼女に背を向けて歩き出す。
いや、実はこの笑みを維持するのが辛いこと辛いこと。途中から恥ずかしくって顔から火が出るかと思った。
うん。自分にはやっぱりこういうムーブは向いてない。新垣さんは凄いわ。胃痛持ちの糖尿予備軍なのに。
「あ、ありがとうございます!ですが、その、いいんですか?問題は山積みで」
慌ててついてくる海原さんに振り返らず答える。ちょっとまだ頬が熱いので待ってね?
「無論だ。実はその辺についても新垣さんと色々話した後だ。意地悪してすまない。だが、その言葉が聞けてよかった。なんせ君、ちょっと危なっかしいからな」
なんだかんだ言って自分の知る中で一番知識や知恵で頼りになるのは新垣さんである。その彼が近くにいるのだ。疑問に思ったらぶん投げない手はない。なので、既に本音をぶちまけた後放り投げておいた。
げろを吐きそうな顔をしていた彼には申し訳ない。頑張ってくれ大人。
それに、人の事を言えた身ではないが海原さんは思い詰め過ぎる所があるからな。責任感が無駄にあるのだ。しかも自分の身の丈以上に。
中学生なんだから、もう少し周りを頼れと言いたくなる。まあ、それができないのも中学生ならではなのだが。
自分も……それが上辺だけでなく多少なりとも出来るようになったのは幾つになってからだったか。あるいは、あの自称パーフェクト美少女に出会ってからかもしれない。
「だが、うん。あいにくと俺は頭のいい方ではないというか。そもそも手が足らないというか」
なので、早速頼らせてもらう。
「色々と手伝ってくれ。君の力が必要だ」
へらりと、気の抜けた笑みでちょっと頭をさげながら彼女に振り返る。
なんともまあ、締まらないものだ。格好つけてみたものの、自分は『頼れる大人』にはまだまだ遠いらしい。
「……はい!」
満面の笑みで答えながら、少し歩調を速めて自分のすぐそばに海原さんがついてくる。
「いい返事だ。マジで頼むな?いや、ほんと。新垣さんとも色々話したけど全然手が足りないわと二人して頭抱えてて……」
「任せてください。将来『雇わせてくれ』と言いたくなる片鱗をここで見せます!」
「それまだ言っていたの!?」
「色々な御恩を返せる先が出世払いしか思いつかなかったので!」
「だ、だからねぇ……」
読んで頂きありがとうございます。
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サメ系自称家臣 → 駄犬系サメ少女
※どれだけ格好つけても剣崎が『女子中学生に劣情を抱く転生者』という事実は変わりません。




