第百四十二話 本音
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第百四十二話 本音
サイド 剣崎 蒼太
「ふっ……本音、ですか」
「……やっぱり、警戒心を解いてはくれませんか」
不敵な笑みを浮かべ続ける新垣さんに苦笑を浮べる。
「無理して作った不敵な笑み。それをしなくてもいいと言っても、そう簡単にはいかないですよね」
「おやおや……」
見たくなかったのだろう。知りたくなかったのだろう。自分と言う『弱い』存在は、目の前の『頼れる大人』に憧れと安心をもっていたから。
だから、こうして正面から見ればわかるのだ。第六感覚はしっかりと相手の感情を伝えてくる。
「だから、勝手に喋ります。うざったい小僧が自分語りをしているのだとでも思って、適当に聞き流してください」
もはや無言となり、警戒心を隠しもしなくなった新垣さんへ喋りだす。
己の秘密を。罪と力の根幹を。
「俺、実はいわゆる転生者という存在なんです。前世では普通の会社員でした。平で新人でしたけど」
当時は『こんな生活いやだ』と思っていたものだ。つまらなく、大変なばかりの社会人生活。学生時代の友人とは卒業後疎遠となり、就職後に新しく友達ができたわけでもない。恋人なんて二次元だけ。
それでも家族とは仲がよかった。漫画やゲームで楽しみがないわけではなかった。
今だから、あの頃の大切さがよくわかる。
クリスマスの選択を間違いだなんて思わない。この世に守りたいものが出来過ぎたのも本当だ。
だけど、時折思い出しては感傷にふける。
「そしたら突然、真っ白な空間に呼び出されて、さっき言った邪神に転生させられました。バタフライ伊藤って呼んでいたやつです」
あの時は本当に驚いたし、それ以上に恐怖した。あの神の圧倒的すぎる存在感に気圧されたのだ。
「その時異能やら固有異能やら渡されて、こうしてこの世に産まれたわけですよ。十五年ぐらい普通に……普通に?まあ多少騒がしくても、なんだかんだ学生生活を送れてきました」
あまり平穏とは言えない中学生活だったが、それでも悪夢にうなされる事なんてなかったなぁ。
実際、ランスとグウィンの一件を知るまでは、なんだかんだ苦労はあれど楽しい学園生活だったのだ。
「去年の十二月。例の邪神が神託を送って来ました。『願いを叶えてやるから殺し合え。参加しなければ死ね』と」
「……それはまた。ずっと知りたかった情報を教えてくれますね」
「ただの自分語りですよ」
あの時、俺は人を殺した。同類とも、同じ被害者とも呼べる者達をこの手にかけた。
気高き誇りもなく、未来を見た大義があったわけでもない。自分が生き残りたいという感情のままに人を殺めた。
理由があれば殺していいなんて事はない。ただ、終わった後の『自分への言い訳』が辛いだけ。
「警察の貴方にこれを伝えるのは、罪の自白になるんですかね……?」
「……まあ、殺人の逮捕は担当ではないので」
「なんですか、それ」
思わず苦笑するが、新垣さんは渋い顔で冷や汗を流している。
いつも不敵な笑みを浮かべている彼がそうして別の顔をしていると、なんだか変な気分だ。失礼を承知で言うなら、ちょっと怖い。
「それで、何故僕にその話を?」
「相手の本音を聞くなら、まず自分の事をぶちまける必要があるかなと。だから、俺の秘密を伝えました」
「……一方的だね」
「ええ。だから新垣さんが本音を語る必要はありません。ただ馬鹿な奴がいるとだけ、思って頂ければ十分です」
「………はあ」
数秒の間があった後、新垣さんが大きくため息をつく。
まるで身の内に溜めこんだものを全て吐き出したような、そんなため息。そこには大胆不敵なエリートの姿はなく、ただ一人の、疲れた顔をした中年男性がいた。
「卑怯だよ、君は。そんな風に語られて『自分はだんまり』とは出来るわけがないだろう」
「それは使徒が相手だからですか?」
「当たり前だ。僕は君の親でも友達でもない。目の前に核ミサイルが置いてあって冷静でいられるものか」
「あはは……」
「……なら、どうせだ。色々言わせてもらおう」
冷めているだろうコーヒーを一気に飲み込んで、彼は少し乱暴にカップを机に置いた。まるでそう、居酒屋で飲んだくれているおっさんみたいに。
「僕からしたら君は化け物だ。さっき、去年の十二月に邪神から殺人を強制されたらしいが、誰を殺した?」
「鎌足尾城。アバドン。金原武子。人斬り。魔瓦迷子。この五人を、俺は殺しました」
「……その五人とも、うちの業界では規格外の化け物だよ。それを殺した君もまた、僕らからしたら化け物だ。怖くて怖くてたまらない」
吐き捨てるようにそう言った新垣さんだが、机に肘をのせ、それで支えるように掌に顎をのせる。
化け物と呼ぶ相手に対して、随分と無防備な姿を晒していた。
「だが同時に……僕は君を『善良な一般人』とも見ていた。なんせ価値観が人間に近すぎたからね。使徒なのに。力と容姿以外は本当に普通の人間だ。強いて言うなら責任感が無駄にあるぐらい」
「はは……まあ、はい。前世でもう人格形成終わっているというか」
「おかげで少しは謎がとけたよ」
カップの底に残った砂糖を眺めながら、新垣さんがぶつぶつと呟く。
「本当の意味で自我が芽生えた頃から特別な力を持っていたわけではないから、価値観は前世とやらに引っ張られる。だが他の使徒たちは?年齢を考えたら力を持っていた期間が関係しているのか?」
「あー……そこまでは」
「はあ……そもそも、なんで君はそこまで僕に懐くのかね。そんな好かれるような事をしたかい?」
「いや、魔法とかそういう系統で頼れる大人が新垣さんだけだったので」
「思ったより即物的だね」
「あと俺のイメージする格好いい大人って新垣さんだったので」
「思ったより気持ち悪いね」
「ひどい!?」
流石にあんまりでは?酷い。酷くない?
「僕はこれでも亡き妻に操をたてているので、君とそういう関係になるのはありえないよ」
「うっせーですよ。俺だって付き合うなら黒髪ロングな巨乳美少女がいいです」
「……すぞ」
「なんで!?」
理不尽すぎない?
「あれだ。もう海原さんでいいでしょ。あの子と結婚しなよ。そしてどこかの離島で静かに暮らしてくれ」
「海原さんは……うーん。あの子、俺への感情がいまいちわからないというか、感謝なのか忠義なのか。そもそも中学生の感情とか、一概に語れるものでも……」
「まどろっこしい。そもそも感情を1と0で語れるわけがないだろう。とりあえず付き合ってみてから始まる恋だってあるんだよ」
「いや、やっぱり恋人になるならもっと、こう」
「はー……拗らせた童貞め」
「流石に怒りますよ?」
「ごめんなさい」
新垣さんが口では謝りながら特に気にした様子もなく立ち上がり、部屋の隅にあったヤカンとカップが置いてある台へと向かう。
「お詫びがわりにお茶でもどうかな?コーヒーには砂糖とミルクをいれるタイプ?」
「あ、砂糖多めでお願いします」
「おや、はじめて気が合ったじゃないか」
ぽちゃぽちゃと、インスタントのコーヒーを淹れながら新垣さんが少しだけ振り向く。
「僕もコーヒーは甘くないとダメな主義だ。むしろ、コーヒーを甘くして飲むのが世界のスタンダードと言っていい」
「俺は同意見ですけど、糖尿で早死にしますよ?」
「糖尿で死ぬより先に殉職するのが先かもしれんがね」
「……後で、内臓治療用の魔道具をお渡ししますね」
「それはありがたい。誰かさんのせいで最近胃痛が酷くてね」
「……やっぱり、無理していたんですね」
「気づいていたのかい?」
「ついさっき、ですけど」
今まで、彼の不敵な笑みについて第六感覚が告げる結果を無視していた。それが『見たくない現実』を伝えてくるから。
目の前の頼れる人は、自分に恐怖し、疎ましく思っていると察してしまうから。
でも、今はもう真っすぐと見る事ができる。
「失望したかね。君が格好いい余裕のある男だと思っていた奴は、ただやせ我慢で笑っているだけのつまらない男だよ」
「さあ?けど、おかげで貴方から聞いた『大人』っていうのに説得力が増しましたよ」
『大人であろうとするその姿は、きっとカッコイイですよ?』
きっと、二度目の死を迎えた時でも忘れない。この人の在り方を。その背中を。
「俺は貴方を尊敬しますよ。どれだけ辛くても、格好つけた貴方を」
ことりと、目の前にコーヒー……というか、コーヒー牛乳と化した物が置かれる。
「……胃痛の原因に言われてもねぇ」
「それは本当にすみません。けど、俺はたぶん、これからも格好つけると思います。かなり行き当たりばったりだと思いますけど」
思い返せば、考えて行動した事の方が少ないかもしれない。それぐらい好き勝手やってきた。
反省もある。後悔もある。だがそれらの行動を、またやらないとは絶対に言えない。
「だから、今後ともよろしくお願いしますね。新垣さん」
「はー……言っておくけど、君は僕に秘密を打ち明けたが、僕は全てを話す気はないよ。なんなら君の不利益な事をする時もあるかもしれない」
「言ったでしょう?勝手に語っているだけだって」
「……やっぱり僕は君が嫌いだ」
「やっぱり俺は、貴方が好きです。もちろん、人としてですけど」
片や渋面の、片や苦笑を浮べた男達が、密室で甘ったるいコーヒーを飲んでいる。傍から見たらなんと意味不明な光景か。
だがそれでいい。それでいいのだ。この人と俺との関係は。
「あと、流石にこれは甘過ぎでは?なんかじゃりじゃりするんですけど」
「コーヒーを吸った砂糖の美味しさがわからんとは。君もまだまだだね」
読んで頂きありがとうございます。
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Q.剣崎って転生者のくせに精神年齢幼くない?
A.作者のなかで精神年齢は合算ではなく、それぞれの社会経験の密度だと思っているので、彼の精神年齢はマックスでも二十台のなかば程度です。
注意:新垣さんとは恋愛フラグが発生する事はありません。おっさんのラブを書くには作者の脳が色んな意味で追い付きません。




