第百四十一話 目をそらさずに
第百四十一話 目をそらさずに
サイド 剣崎 蒼太
「ふっ……同じ意見でしたか。ちなみに、根拠の程をお聞きしても?」
「ええ。といっても感覚でしかないのですが、この場所は『魔力の渦が一定すぎる』のです。それこそ何かしらの体内と言われた方がしっくりくるぐらいには」
「なるほど……」
普通風の流れと同じように、魔力の流れも時間によって変化するものだ。だというのにここは魔力の流れの向きが一定のまま。
まるでそう、動物の血管みたいに。
「ですがここ自体が体内なら流石にわかります。ですがそうではないという事は、ここは一つの生物に囲まれていると考えた方が妥当です」
大きな腕で囲まれた水桶。風すらも通ってこない巨大な腕であれば、後はその囲った者の呼吸や動きが水面に強い影響を及ぼすだろう。
極端な話しだ。だが、この状況はそれぐらいに『ありえない』事を前提に考えると納得がいく。
「ほう……素晴らしい魔力探知能力だ。流石は焔さん。我々ではそこまでの精度で魔力の流れを追う事などできませんよ」
「いえ、誇るようなものではありません。とある邪神から貰った力です」
第六感覚と魔法の知識。どちらもあの邪神から貰ったものだ。自分の力で身に着けたとは言えない。明里に昔『チートがなんぼのもんじゃい。こちとらパーフェクト美少女ぞ?』と言われ、少しは折り合いはついているのだが、かといって完全に受け入れ切るのも癪だ。
「とある邪神から、ですか、その邪神の名を聞いても?」
「申し訳ありませんが、祟られそうなので真実の名を言いたくはありません。貌の無いアレです。俺は『バタフライ伊藤』と呼んでいますが」
「ばた……」
ネーミングセンスに関しては受け付けない。こういうのはおどろおどろしかったり、何か意味深をもつ場合はかえって危険な可能性もあるので。
「それでは、新垣さんがあの山々が一つの生物と思った理由をお聞かせいただけませんか?」
「ああ、そうですね。実は細川くんと竹内くんに山中にいる怪物の肉片を回収して貰ったのですよ。その肉片と例のキノコを照合。同じ物である事を確認し、そこからここら一帯の地脈と地図を重ね合わせた結果です」
「なる、ほど……?」
微妙に説明が端折られている気もするが、こちらとしても『あの山々は一つの生物』と前提をもっているのでわからなくもない。
「しかし、困りましたな」
「ええ。外れてほしい予想でした」
思わず大き目のため息をついてしまう。本当に困る。普段ならともかく、今はまずい。
自分がその生物が作った囲いの内側にいるから?それもある。ジョーンズ社が責めてきているから?それも勿論。
だがそれ以上に。
「ここ数日。今まで住んでいた村人達でも見た事がないほど濃霧が発生し続けている。この変化が、ただのイビキや寝言の類か……」
「それとも、『目が覚める前兆』か、ですね」
山が複数分のサイズをもった生物が目を覚ます?このアバドンすらもかすむほどの巨体をもつ生物が?
どう考えてもまっとうな生物ではない。そもそも、その巨体の上には木々が生い茂り生活している者達が違和感を覚えないほどに『土が積もっている』。
「山々と言えるサイズの怪物が動けばそれだけで大災害だ。しかも起き上がった段階で大規模な土砂崩れも発生する。ああ……新垣さんの言う通り力技で脱出しなくてよかった。魔力を大量に放出すればその怪物が目覚めかねない」
「結果的に正解だっただけですよ。それより、これをどうするか考えるべきでしょう」
「……被害をゼロ、には無理そうですかね」
「難しいでしょうな……」
怪物が目を覚ます前に一撃で仕留める?即死でも大抵の生物は体を痙攣させるものだ。そもそも一撃で殺せる箇所を探さなくては。
「いっそ山々全てを一撃でもって怪物諸共全て吹き飛ばす……のは、できますけど」
「ふっ……できるのですか」
「できますが、するべきじゃないですよ。そんな熱量を放てば周囲一帯まで炭化します。村人どころかどれだけの被害が出るか……」
「ふっ……なるほど。であれば、その怪物についてまずは知る必要がありますね」
「しかしどうやって?」
「どうもこうも、それこそが我らの専門ですとも」
新垣さんは不敵な笑みを浮かべたまま、懐から警察手帳を取り出してみせる。
「『情報をください』と周辺住民に尋ねて回る。聞き込みこそが捜査の屋台骨ですとも。どれだけ時代が進もうと、これだけは未だに変わっておりません」
「な、なるほど……」
「まずはおばば様に聞くとしますよ。彼女はここに住んで長いそうですから。おそらく常人の寿命なら三回分以上の時間生きている方です。何か知っているかもしれません」
「わかりました。よろしくお願いします。俺の方もジョーンズ社の私兵を撃退しながら、何か気づいた事があったら報告させて頂きます」
「どうもありがとうございます。では、私は早速」
「その前に、お話ししたい事があります」
今するべき話しではないのだろう。山だと思っていた物が怪物だったのだ。一分一秒が人命に繋がる。
だが、それでも今話しておきたかった。
「おや、何でしょうか?自分に答えられる事でしたらなんなりと。ああ、ですがどうか守秘義務にあたる所はご勘弁を」
「いいえ。それではありません。ただ二人っきりでお話しがしたいのです。どうか、細川さんには少しの間席を外していてほしいのです。お願いできますでしょうか」
新垣さんの不敵な笑みは崩れない。今も余裕を醸し出しながら顎を撫でて数秒だけ思案し、チラリと細川さんへと視線を向ける。
「いいでしょう。細川くん。いいと言うまで外にいてくれるかい?我々の話し声が聞こえない位置にいてくれ」
「ええ。絶対に声が聞こえない場所にお願いします。誰にも聞かれたくない事ですので」
自分がそう念押ししたからだろうか。細川さんの元々細かった目が更に細められる。
だが新垣さんが小さく頷くと、彼は一礼して部屋から去っていった。
それから十秒後。建物の中に誰もいない事。そして盗聴器の類もない事を第六感覚で確認。そして、
「新垣さん」
鎧を消す。普段着を纏っただけの、無防備な姿。だが本当に無防備なのは武装だけではない。
「本音で、お話ししませんか?」
伊達メガネもマスクもない。『顔を隠す』という建前すらない、素顔で彼と相対した。その意味を、きっとこの人ならわかってくれる。
きっと、『剣崎蒼太』としてでないと話せない事があるのだから。
『人間、誰しも見たくないものは見ないのです』
俺はやっぱり、人間だったらしい。
* * *
サイド ジョーンズ社所属エージェント
「……先行部隊から連絡は?」
「未だありません」
「そうか……」
在日米軍のとある基地、その作戦室で口元を手で隠しながら肘を机にのせる。
怒鳴り飛ばしたいのを必死に堪える。ここで感情を爆発させていては本社からの評価に響く。
そうでなくとも、横にいるこいつに怒鳴った所で意味などない。状況が変わらない以上に、こいつにはそんな事をしても無駄だとわかっている。
スキンヘッドの大柄な白人男性。黒いスーツ姿ながら筋骨隆々の体が見てとれる。
アメリカではそこまで珍しいとまでは言われない容姿だが、その鉄面皮はどこか異質だろう。なんせ感情が一切読み取れない。サングラスで隠されている両目は、虚無のごとく濁っている。
『特別魔術大隊』
人を含めた霊的資源の少ない我が国が世界中の優秀な魔術師を招集して作り上げ、その子孫がこうして所属している。アメリカの裏側を護る精鋭部隊だ。
その実態は人権団体が効けばショットガンを手に乗り込んでくる事確実のブラックだが。
半強制的に呼び寄せられた者。買収された者。『捕獲』された者。そういった魔術師たちを『交配』させる事で優秀な魔術師の素体を生み出し、赤ん坊の頃から『教育』を行っていく。
それにより表では最優の大国と呼ばれながらも裏では魔術後進国と蔑まれていた我が国は、とうとう世界有数の魔術国家にもなったのだ。
なった……はずである。
その魔術師部隊が、今回の任務では何の成果もあげられていない。悪戯に貴重な『資源』を消費していくだけだ。
私の評価はもう下がりに下がっているだろう。これ以上低下すれば、『教育施設』か、それとも『牧場』か。どちらにせよ人生は終わる。
そんな事は絶対にNOだ。であればどうするか。
「プランBはどうなっている」
「いつでも発進可能です。行かせますか?」
「周辺住民の避難が先だ。目撃者が多すぎるのは困る」
外国に住んでいる赤の他人がどれだけ死のうが知った事ではないが、日米は同盟国であるし、そもそも中東と違って好き勝手すればネットにあげられてしまう。一般人一人一人が世界に発信する術を持っている。裏の人間からしたら嫌な時代だ。
「山向こうの調査に行ったところ、危険なガスが発生している事を発見。周辺住民に避難勧告を出すように市町村へ連絡。そしてガスの溜まり場が爆発するも、ジョーンズ社の迅速な助言のおかげで人的被害はなし。そういうストーリーだ」
「了解。その通りに」
仮にも『使徒の子供』に白兵戦を挑むのが間違いだったのだ。各派閥の調整でやらざるを得なかったが、こんな事ならもっと強く反対するべきだったか。
一応『特殊な音と光』で多少なら動きを止められるように調教してあるらしいが、それをする前に殲滅されているらしい。
「そう言えば、『蒼黒の王』の居場所は掴めたのか」
「いいえ。未だ捜索中です」
「そうか……引き続き探し続けろ。見つけても絶対に接触するな。遠くからの監視に努めろ。万一向こうから接触してきた場合は出来る限りの譲歩。規定のマニュアルに従え」
「了解」
日本で確認されている使徒にして、恐らく地上最強の生命体。『蒼黒の王』。
アバドン。金原武子。人斬り。そして鎌足尾城。名だたる怪物どもを単独で殺害したと思われるあの使徒は、何故か日本のエージェントと懇意にしていると噂されている。
残念ながらこの国で作った友人達からもこれと言った情報を得られていない。そのエージェントについてもだ。どうも、そいつの直属の上司が小賢しく動き回っているせいで一切足取りを掴ませないのだとか。
このまま日本が使徒を戦力化するという、我が国すら出来なかった事を実現されては困る。
日米のバランスが崩れるだけではない。世界全体の戦力バランスが崩壊する。核兵器をもたぬこの国が、より危険な兵器を所有するのだ。しかも一国だけ。
……いや、今は関係ない。とにかく、奴の介入を防がなければならないのだ。
まあ、『蒼黒の王』がわざわざ首を突っ込んでくる事はないだろうが、1%でも可能性があれば留意する必要がある。この任務はそれだけ重要なものだ。
道を歩いていたら隕石が頭に直撃するぐらいの確率を警戒しないといけないとは……。
「はぁ……」
小さくため息をつく。まったくもって嫌な職場だ。足抜けすらも許されない。
どうか『万全の状態の使徒』なんて災害とうっかり遭遇してしまわないよう、神にでも祈るとしよう。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
私事で申し訳ありませんが、明日の投稿は休ませていただきます。楽しみにして頂いている方々には誠に申し訳ございません。




