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第百三十九話 にじみ出る感情

第百三十九話 にじみ出る感情


サイド 剣崎 蒼太



 独立して動く……事になったがどうしたものか。


「どうしますかお館様」


「そうだな……とりあえずスペンサーさんの所に向かおう。いや、海原さんは好きに動いてくれていいんだが」


「好きにと言われましても、私も方針に困っておりまして……正直なにがなんだか」


 海原さんはサメマスクに隠された頭を掻きながら、乾いた笑いを浮かべる。


 まあこの子もこの子で巻き込まれだし、混乱するのもわかる。


「だけど、俺と行動するって事は戦闘になるが」


「今更ですよ。私は貴方の臣下です。今は候補ですけどね」


「……わかった。それが君の選択なら、それでいい。嫌になったらすぐにさがれよ」


「承知」


 二人で村を歩くが、今朝とは違い和やかな空気などどこにもない。


「トタンでもなんでもいい!壁を作るぞ!」


「おい、そっちはいい!西の方に堀を作りに行くぞ!」


「熟してなくても収穫しろ!戦いで落ちちまう前に食糧庫にいれとけ!」


 どこもかしこも襲撃に備えての準備を行っている。一部表情の分かりづらい人も鬼気迫った雰囲気を発しているのが、声と動きだけでわかった。


 ……自分が『ジョーンズ社の狙いはエマちゃんである』と言わなかった結果だ。もしも彼らが死んだら、その責任の一端は俺にある。


 罪悪感を晴らすために罪を重ねるあたり、やはり俺は愚かなのだろう。それでも、やると決めた。


「うん……?」


 村の少し外れた所。防衛準備もあって人気が常よりも更に減った場所で、大前田さんとエマちゃんが二人でいるのが見えた。


 珍しい。スペンサーさんはどこに行っているのか。というか、自警団の副団長とやらの大前田さんが何故こんな所に。


 歩いてくるこちらに気づいたのか、大前田さんがエマちゃんに一礼した後足早に去っていった。


「やあ、エマちゃん」


「焔さん。こんにちは」


 ……うん。やっぱりこの子の感情はわからん。


 なんというか、ずっと笑顔なのだ。それでいて『楽しい』『嬉しい』という感情もそこまで感じ取れない。


 一番近いのが、何故か『人斬り』に感じてしまう。血筋や魔力が、ではない。表情がだ。


「スペンサーさんはどこに行ったか知らないかな?一緒じゃないのかい?」


「自警団の人に手伝ってほしいって連れていかれました。私は妙子ちゃん達と一緒に食糧庫近くに隠れていなさいって。大前田さんが伝えに来てくれました」


「そっか……ちなみに、大前田さんは他に何か言っていたかい?」


 自分でもなんでこんな質問をしたのかわからない。わからないが、なんとなくするべきだと思った。


 そこで初めてエマちゃんの瞳が揺れる。ここまで一度として大きな感情の波を察せられなかった少女が、ここにきて動揺した。


「……なにも。言われていません」


「そっか。じゃあ妙子ちゃん達の所に行っていて。道中転ばないようにね」


「はい。失礼します」


 そうして去っていくエマちゃんを見送った後、海原さんに視線を向ける。


「どう思う?」


「どう、と言われましても。あの反応はどう考えても嘘をついていましたよね?けどいったい何を隠しているのかまでは……」


「俺もだよ。ただまあ……」


 他者の目はない。だからいい加減うざったくなってきた兜を脱ぎ去り、大きくため息をつく。


「考えないといけない事がまた一つ増えたらしい」



*  *   *



 時は少しだけながれ、この村に来てから四日が経過した。唐突に始まった『米国七大企業の一つである武闘派』と『日本の隠れ里の一つ』という、象とミジンコみたいな戦い。


 その不安しかない戦いは、より不安のつのる状況となっている。


「『蒼黒の王』陛下万歳!」


「特殊部隊がなにするものぞ!」


「あんたこそが救世主だ!」


 個人の武力による『勝ちすぎ』によって。


 ……やっっっっっっっっっべ。


 あれから何度も襲撃はあった。日に五十人以上の私兵が送られた事もある。敵兵一人一人が装甲車に近い戦闘能力を持った存在。決して雑魚などではない。


 ない、のだが。腐ってもこちらは『使徒』だ。正直、まとめて百騎襲ってきても無傷で殲滅する自信がある。


 しかも、地形があまりにもこちらに有利だった。


 まず霧のせいで視界不良かつ通信は不可。これにより連携などできるはずもなく、そのうえ行軍途中で異形化により歩調の変化。


 そして当たり前だが山道なので、どうあっても移動ペースは乱れる。結果、ジョーンズ社の私兵は散発的にしか襲撃できない。


 それでも個々の襲撃で、まとまった時間帯を保てるのは優秀な証なのだろう。一日中フルタイムではなく、日によってランダムながらその日の内はそれぞれ一気呵成に攻めようとしてくる。


 東の襲撃から十分と経たないうちに西の方からも攻撃がくる時もある。村の防衛戦力だけでは対処はできるはずもない。


 だが、自分ならできる。十分どころか一分以内に襲撃部隊の一つを壊滅させ、村の上を炎で飛行し別の襲撃地点に先回り。そこでまた殲滅。


 襲撃地点やタイミングも、直前かつ大まかになら第六感覚で把握できる。見張りからの伝令を待たずして動く事ができるのだ。


 結果、討ち取った私兵の数は二百近く。ついでにそいつらから武器弾薬も可能な範囲で奪ったので、村の戦力の増強もできた。


 勝ち『過ぎた』のだ。俺と言う近いうちにここを立ち去る戦力の手によって。


 戦いの知識面に関してド素人の自分でもわかる。この弛緩した空気はよくない。この前までのヒリヒリとした空気はどこへやら。見張りでさえ呑気にあくびをしている始末。


 落差があり過ぎたのだ。突然攻め込まれるぞと恐怖心にかられてからの、現在の勝ち過ぎた状況の高低差が。それが村民達に行き過ぎた安心感を与えてしまった。


 ついでに言うと。


「っ……もう、終わったんだね」


 今日もまた襲撃者を切り伏せたので、敵を逃がさないように囲った炎を解除。その向こう側から鹿野さんが現れる。


 その表情はわかり易いほどに不満気だ。こちらに何か落ち度がないかと、視線をぎょろぎょろと動かしている。


「鹿野さん。お疲れ様です。しばらく襲撃はなさそうですので、自分はおばば様に報告へ向かう所です」


「……そうかい。今回もご苦労様。おかげで村は平和だよ」


「いえ……そんな」


 めっちゃ気まずい。露骨に不機嫌な様子だ。


 彼の気持ちもわかる。鹿野さんは野土村の自警団の団長だという。村の誰もが彼に一目おいていたし、彼の言葉には必ず耳を傾けていた。


「おお、追いついた!」


「やっぱ速いな、王様は!」


「すげえ、今日も完勝だ!」


 少し遅れてやってきた自警団の人々。しかし彼らの視線は直属の上司である鹿野さんではなく、余所者のこちらに向けられている。


 彼が受けていた信頼と憧れの視線は、俺に向けられていた。


「もう王様一人いればいいんじゃねえかな」


「それな。俺らなんていらないんじゃないか?」


 こんな言葉が出てくるざまだ。もうほんと、なにこれ。


「いいえ。そんな事はありません。俺はしばらくしたら出て行く身。ここの守りに鹿野さん達自警団は欠かせません」


「そうだ!皆、『余所者』である焔さんに頼り過ぎるのはよくない。僕たちも村の護り手である自覚をもたないと!」


 自分がもうすぐ出て行く事を明言し、鹿野さんが引き締めをはかる。それはもう何回もやってきたのだが。


「あー……そう、だよなぁ」


「もっといてくれてもいいんじゃなか……?」


「けど王様がいないと……」


 腑抜けている。嘘だろと泣きたくなるぐらいに腑抜けている。実はこの村、平和過ぎたんじゃないか?自分達が来る前の段階で。


 ……もういっそ、あえて彼らを矢面に立たせようかと思った事は何度もある。


 だがその度に、自分はこうして前に出てきた。というのも、碌に電子機器が使えないこの村の連絡手段は伝令を送るぐらいしかない。一応旗振りなどもあるにはあるが、精度が低い。なんせ誰もそういう知識や経験をまともにもっていないので。せめて練習ぐらいしていてほしかったが。


 なので、彼らだけに任せると間違いなく死人が出る。そもそも銃弾相手に無傷で戦えそうなのが鹿野さんと大前田さんぐらいだ。他の村人は撃たれたら普通に死ぬ。


 自分がエマちゃんに関してだんまりを決め込んだ結果、村人が死ぬのを看過するのも寝覚めが悪く、そもそもおばば様に『自分が最前線に立つ』と約束してしまった。


 ……やらかしたかもしれん。


「俺はおばば様の所に……いや、その前に片づけを手伝います」


「いいのいいの!せめてこれぐらい俺らがやらないと」


「そうそう。王様だけ働かせるわけにはいかないって」


「俺らも役目をはたさんと、かみさんに怒られちまう」


「そう、ですか……わかりました。ここをお願いします」


「「「へーい」」」


 ここにいても傷口が広がるだけな気もしたので、立ち去る事にした。鹿野さんの強く握られた拳が、正直一番の懸念事項である。


 更に心配なのはもう一つ。大前田さんである。


 彼はどういうわけか俺を徹底的に避けている。精力的に村の防衛に向けて準備をしているだけとも言えるのだが……自警団副団長として鹿野さんと団員たちの橋渡しになるでもなく、ひたすらに俺のサポートに回っているのだ。


 具体的に言うと、私兵の処理に使う穴や回収した武器弾薬の整備運搬など。俺と顔を合わせないくせにやたら世話を焼いてくる。


 それと、世話焼きの一環なのか知らないが……。


「王様!これ池で獲れた魚なんだけど、食べていくかい?」


「借りの宿と行ったり来たりで大変じゃないですか?よかったらうちに泊まりませんか?」


「いえ、あの、おばば様の家に向かうので……」


 恐らくだけど、彼の差し金と思しき村の比較的若い女性がやけに話しかけてくる。使徒として高い聴力により、彼女らが大前田さんによりけしかけられているのを聞いたので間違いない。


 危ない。正直これが一番危ない。


 もうね、俺の性癖は普通のはずなのに、歪められそうになって怖いのよ。


「そう言わずにさ、今晩遊びに来なよ」


 そう言って鎧の肩を撫でてくる猫耳の女性。しなやかでスレンダーな体を軽装が際立たせてくる。とびぬけた美人ではないが、愛嬌のある顔だちだ。


「お疲れじゃないですか?よかったら歌でも歌いますか?私、ここに来る前は歌手の卵をしていて……」


 反対側から声をかけてくるのは背中に白い羽が生え膝から下が鳥のようになっている女性。その体で本当に飛べるのかといいたい胸部装甲に、中々に整った顔立ちとハスキーボイス。


 はっきり言おう。やばい。永住したくなる。もはや不用意に鎧を脱げない事態に陥っている。


 彼女らが大前田さんに強制されているならともかく、雰囲気的に少々はっぱをかけられた程度。本人の意思でやっているに近いので、強制的に振り払うのも難しい。


 というか、童貞にこの状況を振り払う気力って、ある……?


「お館様?」


「あ、海原さん!?」


 連絡が遅れたこちらが気になったのか、着物姿の海原さんがこちらに歩いて来ていた。


「すみません、本当に行かないといけないので、失礼します!」


「あ、もう……」


「つれないですね……」


 駆け足で海原さんと合流。再度の攻勢が仕掛けられる前にこの場を離れる。


「なんというか……すごく露骨ですね」


「ああ。正直こういうのが一番困る」


 道行く村人たちからの目は好意と期待に満ちている。俺が『帰る』と言う度に言葉を濁し、どうにか止めようとあれやこれやと振ってくる。


 困る。頼むからやめてほしい。俺はこんな電気もガスも碌にない所に住みたくはないぞ。色仕掛け以外……!


 色仕掛けに陥落したが最後、流石に責任をとらんといけなくなるし……やり捨てはほら、流石に。


「その……もし、もしもですが。どうあっても色香に負けそうになった場合、家臣として、その……」


「やめよう。この話はやめよう」


 こっちの誘惑も辛い……!


 頬を赤らめながら、三歩後ろをついてくる海原さん。この子、忠誠心だなんだでそう言うのは駄目だって何度も……。


 本当はガッといきたいとも。いきたいけど、これでこの子の『感謝とも忠義ともとれない感情』を利用するのは人としてどうよ。


 へたれ?うるせえここで大人の階段上れる奴だったらとっくに捨ててるわ童貞なんてバッドステータス。


「はあ……」


 これから報告しに行くおばば様もおばば様で、直接的に何かはしてこないものの、俺を引き込めないかと画策しているのを隠そうともしない。


 マジで助けて、新垣さん。




読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.使徒があっちこっちで無責任に子供を作るとどうなりますか?

A.国の統治機能が十数年後に死にます。


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― 新着の感想 ―
[一言] やり捨てダイナミック!
[良い点] 妙齢のハーピー女性に猫耳女性迄完備とはこの村、パネェ! [一言] まぁ、すごい力やら持ってそうだものなぁ。
[良い点] 一日一気読みで最新話まできたわ [一言] そもそも鎌足尾城が色んな女に手を出して子供いるだろうから今更主人公が手を出さなくても変わらないよね
2022/09/20 22:00 退会済み
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