第百三十八話 すり合わせ
第百三十八話 すり合わせ
サイド 剣崎 蒼太
「つまり、お互いの情報はこの通り、と」
『敵は米国政府や日本政府ともつながりの深いジョーンズ社の私兵』
『村の総人口は百十二人。うち自警団は七人』
『おばば様の魔法は薬学が専門で戦闘はからっきし』
『鹿野さん、大前田さん以外の自警団は正面戦闘だとヒグマより弱いか同じぐらい』
『銃火器の類は村にない。武器と呼べるのは槍や弓矢、棍棒などのみ』
『新垣班の所持する銃火器はサブマシンガンと拳銃がそれぞれ七人分に、ライフルが一丁。グレネードランチャーが一丁。手榴弾が三つ。ただし弾薬は残り少ない』
『アマルガム・トルーパーは新垣班の竹内さんが装備』
『特記戦力:俺と海原さん』
と、いった内容が持ち運び用のホワイトボードに書かれて壁に吊るされている。なんか最後の項目アレだな。心なしか他のから離れて書かれているような……。
「村の地図は……精度のほどをお聞きしても?」
「村に来る前は建設関係者だった村人もおる。そやつが描いたものなので多少は信用できるだろう」
「なるほど……」
机の上に地図を広げ、おばば様と新垣さんが額を突き合わせて話し合っている。
はっきりいって、自分はこういう作戦会議では置物だ。ゴリゴリの素人なので何も言えん。の、はずなのだが。
「陛下。ここの戦力配分なのですが、これでよろしいですかのう……」
「いえ、焔と呼んでください。それと自分は素人ですので、新垣さんにお願いします」
「おお、そうでした。申し訳ありません」
こうして時々おばば様が話を振ってくるのだ。何故か新垣さんではなく自分に。
そうして話を振ってはモゴモゴと『わしももう歳でして……』とボケ老人のフリをしながら新垣さんと俺の様子を窺ってくる。俺では第六感覚なしだと気づけないほどに、こっそりと。
この人の懸念もわかる。俺が本当に新垣さんの指揮下なのか疑わしいのだろう。こればっかりは口でどれだけ説明しても納得してもらうのは難しい。
俺の事は『観光バスに乗っていたら偶然村に来てしまった一般人』以上の情報を村側はもたない。となると、彼ら彼女らからしたら『なぜか使徒が役人の指示に従っている』としか映らないわけだ。
これが自分ではなく鎌足や魔瓦だったら……うん。滅茶苦茶怪しい。絶対に何か企んでる。そういうのがない可能性が有り得そうなのは人斬りぐらいだ。
……指揮下にいてまともに信用できるのが国際指名手配犯ってなんだよ。使徒には人格破綻者しかいないのか、俺以外。
いっそ新垣さんの足元に跪いて三回回ってワンとでも言うか?流石に恥ずかしいが、やらないといけないならやるが。
そう思って兜越しに新垣さんにアイコンタクトを送る。わかりづらいだろうに気づいてくれたようで、ニヒルな笑みでそっと首を横に振ってくれた。
必要ないらしい。なら彼に任せるとしよう。
「改めて行動方針の確認を」
「……うむ」
「我々新垣班は『自分達の生存』を。あなた方は『村の防衛』。そして焔さんは『自身と御友人の生存』がそれぞれの最重要目標でいいですね?」
あ、俺と海原さんは別陣営なのか。まあ実質的には新垣班と同じで新垣さん配下だが。この村限定で。
「それで違いない。だが、おぬしらの生存の為にも村にやってくる武装勢力を排除する必要があろう?交渉のできる相手ではないのだから」
「ええ、今の所交渉のできる相手ではありませんから」
うわぁ、言外に『相手が交渉できる相手なら自分らは村の事など知らん』って言っているよ新垣さん。
まあ、ここの村は政府に認められた正式な村じゃないというか……たぶん税金とか一切関係しない所なので、彼らに村を護る義務はないし。
「ふむ……時に、焔殿はどうなのですかな?」
「と、言いますと?」
「敵が交渉のできる相手であれば、御身はどう動くので?」
「新垣さんと同じですね。交渉内容は少し違うかもしれませんが」
極端な話し、俺の最重要目的は『己と海原さん、新垣さん達の生存』である。その次に『自己満足の為、エマちゃんとスペンサーさんの安全な脱出』。三番目に『村人たちの安全』だ。
あいにくと俺は聖人君子ではない。優先順位はつけさせてもらう。実行できるかは別として。
「では新垣殿と違う点を教えてくださりませんか?」
「……この村で出来た友人を見逃してほしい。という項目も含めるぐらいですかね」
困った。ここでエマちゃん達の名前を出すのもまずい気がする。新垣さんにはおばば様達の耳がない所で伝えるが、この人達にあの子の事を詳しく話すと利用されるか、それともジョーンズ社に差し出されるか。
はっきり言って、村人たちは巻き込まれただけだからなぁ……。
「その友人とは?村のまとめ役としてお教え願いたい」
「できません。このタイミングで語れば、どういう扱いを受けるかなんてわからない」
「そんな!」
こちらの身勝手な物言いに怒りの声をあげたのは、鹿野さんだった。
「村の者達は皆家族だ。そんな、余所者の君が勝手に」
「落ち着け鹿野」
「ですが!」
「落ち着けと言うておる!」
「っ……」
鹿野さんが眉間に深い皺を刻みながらも口をつぐむ。しかし、その目はこちらを睨みつけたままだ。
……どうにも、この人にとって『野土村』はかなり重要なものの気がする。いや、自分の住んでいる所が特別なのは普通だし、特殊な身の上を考えれば納得なのだが。どうもこの人は他の村人よりも執着している気がする。
まあ、そこは今どうでもいい。新垣さんも気づいているようで、少しだけ興味深そうに鹿野さんを観察しているみたいだし。
それより、作戦についてあまりにも意見を求められるので、自分なりに考えた事がある。
「少し意見を言っても?村に例の奴らが来た時の防衛についてです」
「ふっ……勿論ですとも」
「もちろん、ここは『三陣営の代表が集まる』場所なので」
いや、だから俺と海原さんを一つの陣営扱いするのは……まあいいか。
「正面から彼らとぶつかる役。俺に任せて頂きたい」
「なんと……」
「ふっ……」
おばば様が目を見開く。あちらとしては願ってもない提案だろう。
「それはありがたい。御身の刀の影にいさせて頂けるならこの世のどこよりも安全でしょう。しかし、そのお力に相応しい貢物となりますと、私程度には察する事もできず……」
だからこそ、疑わしいだろうな。
わざわざ哀れみを誘うように振舞う老婆に内心白々しいと思いながらも、彼女の心配も納得がいくので追及する気はない。
「貢物など不要ですとも。こちらとしては一宿一飯の恩を返したいのです。あくまで村にいる間限定ではありますが」
本心だ。ついでに『村にいる間限定』というのも強調しておく。ぶっちゃけ長居はしたくない。
今回、村は本当に巻き込まれただけの被害者である。こちらの事情でジョーンズ社の目的を語れないいじょう、これぐらいはさせてほしい。
まあ、予測されるジョーンズ社の戦力で自分を仕留めきれるとは思えないからでもあるのだが。向こうに使徒クラスがゴロゴロいたら俺は全力で逃げる。
「……」
こちらの言葉に、おばば様は思案を巡らせる様子で。鹿野さんは更に眉間の皺を深くする。
まあ、あちらのメンツを無視するような事ばかり言っているから、不快に思われるのは仕方がない。そしてここから無理に配慮するつもりもないので、甘んじて受けるとも。
「それと、お聞きしたい事があるのですが」
「なんですかな?」
「次の襲撃を撃退した後は、どうするのですか?」
まさか延々と迎撃し続けるわけにはいかないだろう。逃げるか、どうにか落としどころを見つけるか。
どういう方向に行くのかによって対応も変わってくるだろう。
「そんなのは決まっている!来る端から全員返り討ちだ!我々が逃げる理由なんてない。あちらが諦めるまで戦い続けるのみだ」
「そうですか」
まあ、そんな気はしていた。少なくとも今すぐ逃げるのは無理だろうなとも。
というのも、例の団子がここでしか作れないらしいのだから。
野土村を囲う山々。そこでしか採れないキノコ。それを使ってできる『野土団子』なる物がないと、村人たちは理性をたもっていられない。
あれの栽培が余所でもできるならともかく、この状況ではどうにもならない。
「……霧が晴れ次第、ジョーンズ社とやらに停戦ができないか持ち掛けるつもりではありますが」
自信満々に言い切る鹿野さんとは対照的に、おばば様は苦し気だ。
正直、ジョーンズ社がこの村とまともに対話をするかはわからない。相手は世界の武器工場を牛耳る大企業だ。事実上、あそこより大きい兵器の会社はこの世界にない。なんせアメリカの七分の一を仕切っている所だ。
「なるほど。でしたらその仲介役に私共が立候補しましょう」
そこで名乗り出たのが新垣さんだ。
「上の方にかけあってみますよ。どうにか戦いを止められるよう、交渉の場を作ります」
「本当ですか!?」
「ええ、もちろん。我々は『市民の味方』ですので」
不敵な笑みの新垣さんに、おばば様の目がギラギラと光り出す。
「なんとも頼もしい。よもやこの場にて確約頂けるとは思わなんだ。流石は焔殿からの信用も厚いお方ですな」
「ふっ……買いかぶりですとも。ただ『正直に事情を話して』上に投げるだけの事。本当に大変なのは彼らだ。それより、あくまで交渉の場を作る所までというのを忘れないで頂きたい」
「承知いたした。契約書を用意しましょう」
話はまとまったらしい。
『一つ、村にいる間は焔が最前線に立つ』
『二つ、霧が晴れしだい新垣巧は野土村とジョーンズ社が話し合える場を一度のみ用意する』
『三つ、あくまで野土村、新垣班、焔組はそれぞれの最優先目的を重視したうえで先の項目に従う』
……ぶっちゃけ穴だらけの契約書だが、細かく決めるには時間も情報も足りな過ぎる。せめて霧がすぐにでも晴れてくれたらいいのだが。
「では、それぞれ動き始めましょうか」
「うむ。よろしく頼みますぞ」
「ええ」
新垣班は『霧を安全に突破、あるいは晴らす手段の模索』を。
村陣営は『襲撃に備えての防衛線の作成。及び迎撃準備』を。
そして俺と海原さんは『柔軟かつ臨機応変に対応する』。
……やっぱ俺らを一つの陣営として扱うの間違ってない?
* * *
サイド 新垣班所属 前田
「はあ……はあ……」
森の中を走りながら、脇腹に治癒魔術をかけ続ける。くそ、こちとら三流も三流の木っ端一族の出だぞ。もう少し手加減してくれ……!
周囲に意識を配る。追手はいない。どうにか撒けたか……。
「はぁ………」
木の陰に隠れながら、それを背もたれに座り込む。
新垣さん達が例の山に行ってから、遠くからジョーンズ社の一団を見張っていたのだ。奴ら、隠れる様子もなく次々とトラックを送って来やがる。
表向きは『この周辺に兵器とは関係ないジョーンズ社の工場を建てる為の準備』だったか?その一環で例の山向こうを見に行っているのだとか。
町の人々もジョーンズ社が次々とやってくる事に不信感はあれど、現在でも金を大量におとしてくれるし、ボランティアとして色々やっているらしい事。なにより山の向こう側を、『怪物の目撃情報のある場所をどうにかしてくれる』という事もあって好意的。
自分が下手に動けるわけもなく、上の方は今も『下手な事はするな。待機』の一点張り。
もう待つしかないか、と監視に徹していたらこの有り様だ。
「『コール』……!」
イギリスにあるという頭のイカレた秘密結社。新垣さんから日本に上陸したと聞いてはいたが、まさかここにくるとは。
その『コール』はジョーンズ社の私兵と戦闘を開始。それに巻き込まれて負傷とは、ついていない。
しかし、いったいどういう事だ。なんでこんな所に奴らが?
……あの山の向こうに何があるのか。こんな案件に巻き込まれるなど、新垣さんはもしかして呪われているのではないだろうか。転職したい……。
「うん……?」
少し遠くに気配がある。ゆっくりと慎重に探っていくと、洋館が一軒建っているのを発見する。
こんな森の奥深く、碌に町へのアクセスもない場所に。それも町の者達が近寄りたがらない例の山のすぐ近く。
どう、判断したものか。どう考えても怪しい。本部に連絡しておくか。
「っ……!?」
しまった、五時の方向から接近する気配。いいや、三時と九時からもか。追跡を振り切れていなかったのか……!
まずい。これでは逃げ場なんてあの洋館ぐらいしか!
「ええい……っ」
もうこうなれば自棄だ。こんど加山と下田に退職届の書き方を聞いてやる!
ちょっと泣きそうになりながら、拳銃を片手に洋館へと走り出した。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
新垣さん
「帰ったら……帰ったら絶対に上へ投げてやる……!」




