第百三十六話 熱狂
第百三十六話 熱狂
サイド 剣崎 蒼太
「子供たちをさがらせるんだ……!」
「く、くそ。やっぱり人の姿のままの奴は……」
「どうする。鹿野さんがくるまで、どうにか……」
エマちゃん達が村人たちに庇われるようにしてさがるのを見届ける。抜け目のない事に、スペンサーさんは彼らの目が俺に向いている間に銃をしまったようだ。
これでいい。最善ではないが、最悪と、その次に悪い状況は免れた。
最善は村に侵入される前に外敵を排除する事。これは初動のミスと、鹿野さんの登場で潰れた。危機感の薄かった己のミスだ。
最悪はエマちゃんとスペンサーさん。そして村人たちに被害が出る事。それはギリギリ防げた。そうでなければ目も当てられない。
そして次に悪い事。
「ば、化け物……」
「俺見たぞ。あいつがとんでもない速度で飛んでいく所」
「なんだよあの魔力。おばば様が教えてくれたのより、よっぽど……!」
村人たちの『恐怖』は俺にのみ注がれている。対して、エマちゃんには構っている余裕がないらしい。
もしも自分の蹴りが遅ければ、襲撃者は彼女の手で殺されていただろう。そして、これらの目は彼女へと向けられていたかもしれない。
あの子も自分と同じ余所者で、人の姿をしている。それがこういった行動をするのはまずいのはわかっていた。なんせ彼らにとって『異形』こそが同胞であり、『人型』の方が忌避の対象なのだ。
いい加減、使徒の力が他者へ強い恐怖を感じさせる事は自覚している。それを気にしない輩の方が珍しいのだ。どこぞのパーフェクト美少女とか。
だからこれでいい。元より自分はそう遠くないうちに村を去るのだ。多少の汚れ役ならまったく問題ない。襲撃を仕掛けられたら困るが、それでも負ける事はない。
……武力で物事を考えるのって、楽だがあまり好きじゃないな。
「待てお前ら!落ち着け!」
どたどたと音をたてて大柄な獅子頭のトカゲ人間が走ってくる。大前田さんだ。
武器は持っておらず、外傷もなし。様子からして彼らに任せた異形はどうにかしてくれたらしい。
「大前田さん!」
「よ、よし!これで勝てるぞ!」
「やっちまってください副団長!」
この村の有力者が来た事で村人たちの顔に安堵が浮かぶ。俺という脅威を退けられる存在が来た事を喜ぶのも無理はない。
さて、困った。事前に打ち合わせが出来ていれば八百長もできたのだが。
「やめろ馬鹿!」
流石にランスの時みたいには無理か。
歓声をあげる村人たちに、大前田さんが怒鳴りつける。ライオンの表情とかわからんが、その目と気配が恐怖と警戒を強めているのはよくわかる。
彼は強い。だからこそ、使徒という『力』を察してしまう。全体は掴めずとも、一部でも理解してしまえば戦えない。
それが、自分の様な不運にも神に力を与えられただけの凡人だとしても。
「え?」
「お、大前田さん?」
「……絶対にこちらから手を出すんじゃねえ。女子供は家に戻るんだ。騒がず、焦らずだ。下手な刺激をするんじゃねえぞ」
大前田さんが決してこちらから目をそらさずに指示を出す。
先ほどまで安心の笑みを浮かべていた村人たちの顔が次々と変わっていく。失望、絶望、悲しみ、不安、恐怖。十人十色だが、一様にして正の感情とは程遠い。
だがおかげで静かになった。説明するにはちょうどいい。
「俺は――」
「待って!」
「てきじゃ……」
最近言葉を遮られる事が多い気がする。
突然大声を出した者に視線が向かうが、こちらからでは見えない。それもそうだろう。声の主は子供なのだから。
大人達の体を押しのけて、子供たちが大前田さんの近くへとやってくる。
「おい。何やってんだ。すぐに家に帰れ。これは大人の話しだ」
「あら。けど当事者であるこの子達の話しも聞いてあげてもらえない?貴方だって状況が知りたいでしょう?」
前に出た妙子ちゃんと紗耶香ちゃんを睨む大前田さんに、スペンサーさんが人の良さそうな笑みで声をかける。
「これは村の問題だ。余所者はさがっていてくれ」
「ええ。だから、村の子供たちから話しを聞いてちょうだいな」
「……食えん奴」
「あら、肉食系かと思ったけど違うのね」
肩をすくめて、手を握ったエマちゃんと共にスペンサーさんが人ごみに紛れていく。一瞬だけこちらに視線が向けられた。
援護射撃、という意味だろう。あの人としても俺にはまだ働いてもらいたいわけか。
「それで、何の用だ。下らねえことだったらすぐに親の所へ投げるからな」
視線をこちらに戻しながら、大前田さんが子供たちに問いかける。
いい人なのだろう。あの重心はこちらに跳びかかるものではない。位置的に子供たちと自分の間に割って入る為のものだ。いざとなれば、盾になるつもりか。
「あ、あのね。あの鎧の人は助けてくれたの」
「そうよ!すっごく怖いし不気味だけど助けにきてくれたの!」
「……助けに、ねえ」
大前田さんの視線が少しずれ、俺の足元に。そこには当然ながら未だ気絶している異形が転がっている。
彼らからしたら、霧のせいで暴走している同胞を傷つけただけだろう。こいつが持っていたライフルはどっか飛んでいったし。
大前田さんはここに来る前に銃持ちの奴を見たが、そっちは俺が説明もなく手足を切り落としてしまった。印象は悪いに違いない。
「確かにあそこに転がっているのと似た奴に団子を食わせたが、理性は戻らなかった。今は糸で拘束しちゃいるが、尋常な様子じゃねえ。だがよぉ……」
「だがじゃないわよ!なんで助けてくれた人にそんな目をするのよ!いくら怖くて不気味で気持ち悪くっても、そんな目を向けていいわけないじゃない!」
キンキン声で紗耶香ちゃんが周囲の大人達に呼びかける。
「どうして、どうして皆がそんな目をするのよ……そんな、外の奴らみたいな目で……」
外の奴らみたい、か。
その言葉に思う所があった者もいるのだろう。少しだけ村人たちの敵意が薄れる。
今度こそ説明ができるか。
「まず、俺に敵意はありません」
そう切り出し、これ見よがしに剣を消して両手を広げる。
「村人へ積極的に攻撃する事はないと、現状お約束しましょう。この者達に斬りかかったのは村の為と思って頂きたい」
「……どうしてそうなる。あんただって、例の団子を食えば霧で変わっちまっても理性が戻る事は知っていただろう」
大前田さんが会話にのってきた。
あちらとしては情報収集兼時間稼ぎだろうが、こっちにとっても都合がいい。まずは状況を知ってもらわなければ。
ただし、多少湾曲して、だが。
「この者達は『米国のエージェント』です」
「アメリカの……?」
「なんだって外国のが?」
「おい、エージェントって……」
話を聞いていた村人たちが思い思いに疑問を口に出す。いい流れだ。そう、自分で考えてくれ。その方が『納得』がいくだろう。
全力で生徒会長時代を思い出す。やたらトラブルの多かった、しかし今思えばぬるま湯だったあの頃を糧にしろ。
「彼らも……正直に言ってしまえば被害者です。何故あの団子を食べても理性が戻らなかったのか」
視線を大前田さんに合わせる。彼は言動こそ荒い所があるが、自頭は悪くないはず。だからわかるだろう。俺が言ってほしい言葉が。そして考えられる可能性が。
こちらの話しに乗るのは不快だろうが、あちらとしても俺に暴れては欲しくないはず。乗ってくれるはずだ。
「……そもそも、取り戻すべき理性はなかったって事か」
喰いついた。
「ど、どういう事だ?」
「まさか人体実験?」
「おいおい冗談だろ……」
普通なら飲み込めないだろう。だが、この村なら別だ。
存在が絵物語の住民じみた彼らは、『非日常』になれている。許容量が大きいと言うべきか。故に陰謀論は受け入れやすい。更に言えば、彼らは普段から『政府が何かしてくるかもしれない』と考えていた。おばば様達が常にその警告をしていた。
なら、その『政府』はどこか。日本だけとは限らない。むしろ、ある程度は外と交流のあるこの村なら米国が日本と同盟関係にある事を。というか実質首根っこを掴んでいる事も知っているはず。
「最初に対話を望みました。だが返答は銃弾。交渉の余地などなく、まるでロボットのようにこの者達は武器を向けて来ました。そして……」
視線を妙子ちゃん達に向ける。
自分に出来るのはここまでだ。あいにくと策謀の類は全然わからん。所詮前世は新入社員兼平社員。今生でもスピーチは中学の生徒会レベルで現在高校一年生。高度な駆け引きを即興でやれと言われても困る。ぶっちゃけ、心臓がバクバクとうるさいのだ。
前に、明里が『蒼太さんは体ばかり特別で、心は善良な一般ピープルですからねー。貧弱ぅ』と言っていたのを思い出す。
それは概ね正解だが、一つだけ違う。俺は善良なんかじゃない。
臆病で、我が儘で、愚かな民衆の一人だ。だからこういう事も言う。保身のため。そして目的の為に他者を誘導する。
我ながらクズの所業だが、その罪悪感を見て見ぬふりが出来るぐらいには汚れている。
「くそ、アメリカが俺らを殺しにきたんだ!」
「真っ先に子供を狙うなんて許せねえ!」
「俺達皆殺しにされちまうのか……!?」
彼らが自分で出した結論だ。俺が言葉にするよりよほど説得力があるだろう。
まあ、推定ジョーンズ社のエージェントと思しきこいつらは鹿野さんにも問答無用で発砲していたし、対話もできそうにないから村への被害がえらい事になるのは事実だ。ただ、ジョーンズ社の目的を言わなかっただけで。
あー……マジで吐きそう。
「皆!」
そこでようやくと言うべきか、それともちょうどと言うべきか。村の実質的ナンバー2である鹿野さんがやってくる。
だがその背にはおばば様が背負われていた。なるほどの、彼女の下にジョーンズ社のエージェントを届けていたから遅かったのか。
後は彼らが村人たちを落ち着かせてくれれば色々とうやむやに――。
「大変だ!この村は滅亡の危機に瀕している!」
「ああ!アメリカが攻めてきやがった!」
「とうとううちの村に兵隊が……!」
やって来てそうそうに鹿田さんがそう叫ぶと、周囲の村人たちが同調する。
……あれ、なんか嫌な予感がする。
「な、なんだって!?こっちはおばば様に侵入者の体を診てもらった所なのに、もうそんな事に……!」
「鹿野、おろせ」
「は、はい」
鹿野さんの背からおばば様が降りてくる。その雰囲気は前に見た時よりもかなりヒリヒリとしており、フードによってよく見えない瞳は鈍く光っているような気がした。
「みなのもの。時がきたのじゃ……あ奴ら、本気でこの村を滅ぼしにきおった」
「え?」
ちょっと待って?それはおかしくない?
「先ほど、そこに転がっておる奴と同じのを鹿野がうちに運んできた。新しい仲間が怪我をしたと言ってな。だが、こ奴らは仲間ではない。人形じゃ」
「に、人形……」
「やっぱり政府が作った生物兵器……」
いや、そうかもしれないけど目的が違う。
確かに、こいつらは『そういう風に改造された』人達……いいや、人だった者達だ。
魔法と外科的手術。その他諸々を突っ込んで作られた改造兵士。それがこの灰色の怪人の元となった存在だ。それは魔力の流れや第六感覚でわかる。
「そう、それだけ奴らは本気という事じゃ。この日本にこのような見た事もない鎧を身に纏い、銃を持って乗り込んでくる。これは、完膚なきまで我らを駆逐するという宣言じゃ!」
いや違います。違うんです。
「どれだけ呼びかけても、彼らは答えてくれない。答えられないようにされているんだ。そんな非道を行う組織が、この村に迫っている……」
鹿野さんが顔を青ざめさせ、周囲を見回す。
怯えているのが一目でわかる。しかし、その瞳は決して折れていなかった。
「戦おう」
わぁ……。
「この村を護るんだ。奴らだって公式にこんな事をしているとは思えない。だったら、出せる戦力は限られるはずだ」
「さよう。今も昔も、お上は『裏』を見せたがらぬ。故に大規模な軍勢はこん。まだ戦える。戦って勝てるのじゃ」
鹿野さんとおばば様の言葉を、村人たちが咀嚼していく。
まずい。これはまずい。『熱』を帯び過ぎている。
大前田さんと目が合った。彼もかなり困惑しているようで、だんだんと目の色が変わって来た村人たちとは逆に、困惑と怯えが表出し始めている。
「今なら勝てる……勝てるんだ……」
「どのみちこの村を出て行く所なんて……」
「やるしかない。やるしかないんだ……!」
やばい、嘗めてた。彼らが味わって来た辛酸を。彼らが浴びてきた殺意を。それらに対する恐怖と恨みを。
初手で狙いを誤魔化すのではなく、エマちゃんとスペンサーさんをさっさと村の外に出す手段を考えるべきだった……!
だがだめだ。本当にただの勘なのだが、『それをやったら最悪な事が起きる』気がする。
「村の皆に伝えよう!準備は早い方がいい!」
「武器になる物を集めるんだ!戦える奴も!」
「やってやる!やってやるぞ!」
熱狂する村人たち。彼らを止められるのは二人だけだ。だが、鹿野さんは彼らの反応に感動しているようだし、おばば様は『おのれ京都の狸どもめ……』『陰陽寮の奴ら、一泡ふかせてくれる』と訳の分からない事を呟いている。
村人で唯一冷静そうなのは、大人達の熱に怯えた様子の子供たちを、スペンサーさんと一緒に宥めようとしている大前田さんくらいか。
だが、だからこそ彼では止められない。止められるなら、彼はとっくに止めに動いている。
「使徒殿。いいや、『蒼黒の王』陛下」
少しでもこの暴発寸前の火薬庫を止める手段はないか。そう思って周囲を見回している間に、おばば様がこちらにやってきていた。
「おばば様。落ち着いてください。これらはそんな政府がどうという話しではないのです。あくまで一企業が動いたにすぎません」
「いいえ、陛下。日本政府とてそこまで無能ではありますまい。個人規模の暴走を止められず、この様な兵士たちを外国から引き入れるなど有り得ない。必ず噛んでいるに違いありません」
やっべ、そうかもしれない。あとなんでそんな畏まってるの?
あ、そうかこの人俺を戦力に……!
「あいにくと自分は部外者です。出来る事など」
ありません。そう言おうとした所で、足元で気絶していた異形が目を覚ましたのに気づく。こんな時に!
奴の狙いはエマちゃんがいる方角に真っすぐと向いており、その進行方向上にはおばば様が立っている。
ばね仕掛けの玩具のように跳ね起きた異形が、おばば様を殴り飛ばそうとしていた。動体視力は追いついても体がついてこれないのか、おばば様は回避できそうにない。
咄嗟に剣を手に呼び出し、異形の首を刎ねる。余裕がなかったのと、これは人でもなんでもないとわかった故に。
この場でおばば様を失えば色々と大変なことになる。それは避けられた。だが、
「お、おおお……!」
おばば様は自分に迫っていた恐怖よりも、その視線を俺が持つ剣の方へと向けながら尻もちをつく。
「なんという神気……!ま、まさしく神の使い……!」
「おばば様!」
「あの人がおばば様を助けてくれたのか……子供たちに続いて……」
「助けてくれるんだ……!」
「心強い!あの人、さっき凄い速さで飛んでたんだ!きっと物凄くつええ!」
代わりに、とんでもない状況に巻き込まれた気がする。
あの異形が目を覚ます寸前、どこかから微弱ながら魔力を当てられた気がする。それこそ、自分でも第六感覚がなければ気づけないほどに、弱く、入念に隠された魔力の波。
おばば様ではない。その気配の先へと視線を向ける。
そこには、村人に紛れ、エマちゃんにこの状況を見せまいと胸に抱きしめるスペンサーさんの姿があった。
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作者が勝手に考える各キャラのダイス運
新城明里:クリティカルおばけ。KP殺し。
海原アイリ:戦闘ダイスはよく回っているけど探索ではポンコツになるイメージ。
新垣さん:出目は平凡。ただロールプレイングで補強するタイプ。
宇佐美京子:技能は優秀なのに重要な場面でファンブルを連打する。
剣崎:普段普通なのに大事なところでクリティカルとファンブルを出し続けるコイントスタイプ。




