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第百三十六話 殺意

第百三十六話 殺意


サイド 剣崎 蒼太



 数秒で山の麓に到達。すぐ目の前に霧が迫っており、その先は俺の目でもっても見通せない。


 これだけ接近しているのに冷気や湿気をそれほど感じない。霧について詳しくないが、それでもやはり普通の霧ではないだろう。


 さて、とりあえずどうするか。


 ……困った。八つ当たりってどうすればいいのか。もう雑にブッパしていいかな?


「うん?」


 霧の向こうからやってくる者達がいる。視覚ではまだ確認できないが、第六感覚が気配を十二人分探知。どれも人の気配ではない。


 この霧で人外と化すと理性もなく暴れる獣同然となる。おばば様の説明を受けた所、異形としての本能が最優先となるのだろう。


 だが十二の気配はしっかりと固まって移動している。なんとなくだが、陣形を組んでいるようにも思えるのだ。少しずれがある様に感じるのは濃霧による視界不良が原因か、それとも現在の種族のせいか。


 どちらにせよ、これは理性を失っている動きではない。


 念のため近くの小屋の陰に隠れる。そうして山の方を観察する事十秒ほど。足音が聞こえ始めた。


 硬く重い足音と機械音。そして微弱ながら溢れている魔力。これの特徴は前にグールの一件で見た『インクイジター』とやらに近い。


 ようやく霧から奴らは姿を現した。


 その姿に驚きの声をあげなかった自分を褒めてやりたい。それほどに『はずれた』姿だったのだ。


『ぎ、ぎぎぎ』


 端的に表すなら『灰色の怪人』とでも言えばいいのか。もしかしたら貝人島で戦ったあの動く死体と近い部分もあるかもしれない。


 だが、コレはそれよりも遥かにおぞましい。


 灰色のインクイジターと融合した肉体。その頭部は鋼の顔に子供が人の顔を絵具で書いたかのように歪だ。しかし、ギョロギョロと目が動く様子から絵ではなく血が通っているのだろう。


 装甲板と思しき部分の隙間からブヨブヨとした肉塊が溢れている。一見膿のようだが、僅かに流動している気もする。指先や爪先は五指にわかれ鋭い爪が伸び、だがその形状は獣のそれと言うよりは人間のそれに近い。


 見ているだけで不快感を覚える怪異ども。それらが銃を手に機械的に陣形をたもち歩いている。そんな異様な光景だ。


『ぎぎぎ、ぎ』


『ぎぎ、いぎぎぎ』


 互いの姿は見えているだろうに特にこれといったリアクションはない。認識できていないわけではないのだろう、目配せの様なものもしている。


 普通なら互いの姿がああも醜悪なものとなれば動揺の一つもするだろうに。そもそも全員が一様に同じ異形に変化しているのか?おばば様の話しでは余程近い血縁でもないとそこまで同じ種族には……。


 ……ああ、なるほど。彼らは既に『そう』なっているのか。


 小屋の陰から姿を現す。足音で気づいたのか怪人どもは一斉に銃口をこちらに向ける。指先は既にトリガーにかけられていた。


「話を」


 しましょう。


 そう言い切る前に放たれた銃弾が鎧の表面で火花を散らす。少し遅れて銃声が響いたかと思えば、続けざまにアサルトライフルが連射される。


 怪人どもは三人一組となって散開をするつもりのようだ。こちらを包囲して潰す気か。それとも一部が陽動してそれ以外が何かしらの目的をはたす気か。


 なんにせよそれに乗ってやる義理はない。


 蒼黒の剣を一閃。銃弾の衝撃もあって腕が振りにくく、ある程度の技量があれば『拙い』と断じるほど雑な動き。しかし、そうして現れた結果は人知を超える。


 蒼の炎が怪人どもを包み込む。首から上と胴体を残し、怪人達の四肢が燃え尽きた。鋼鉄の装甲など関係ない。装備ごと溶かして潰す。それでもこいつらなら死にはしないだろう。


『ぎ、ぎいいいいいいいい!?』


 不格好なダルマとなって悲鳴をあげる怪人達。だがその数は六体。残り半数は炎を逃れたのだ。


 地下で見た赤い鎧の『やっかい性癖心中おじさん』よりも明らかに速い。練度は同等と言った所から、異形としての能力かもしれない。


 そのまま彼らは三人組だった所から更に分散。個々に離脱をはかる。だがその方向は山ではなく村の方角だ。


 やはり目的はあの子か。だとしたら行かせるわけには――。


「な、なんの騒ぎだい!?」


 そこに鹿野さんが駆けつける。銃声を聞いてきたのだろう。驚いた様子で周囲を見回し、よりにもよって自分の進行方向に立ちふさがっていた。


 加速していた体を強引に止め、地面を弾き飛ばしながら彼に吠える。


「敵です!村に何かをするつもりだ!」


「え、ええ!?」


 異形の一体が鹿野さんに銃を放ちながら突進する。三発ごとに途切れる銃弾の大半が彼の体に着弾した。


 普通の人間なら間違いなく死ぬ。並みの怪異でも無事では済まないだろう。


「わ、わ」


 だが、鹿野さんの口から出たのは悲鳴でも恐怖でもなく、そんな気の抜けた驚きだけ。


 アサルトライフルの弾が確かに頭部や胸、腹部に着弾したにも関わらず無傷。強いて言うなら『どぅいっと』と書かれたTシャツが破れたぐらいだ。彼の肉体は小動もしない。


「お、落ち着くんだ!変化に戸惑っているのかも」


「そういうのではありません!彼らは最初から壊されている!」


 鹿野さんに構っている一体を無視。逃げる五体それぞれへと追撃をしかける。


 とりあえず一番近い奴の右腕を背後から斬り落とし、振り向きざまに振るってきた左手もカウンターで切断。そして最後に両足を纏めて斬り捨てる。


「な、なんてことを!」


「説明している暇がありません。とにかくそいつと、転がっているのを頼みます!」


 非難の声をあげながら自分に襲い掛かって来た怪人を押さえる鹿野さんを背に、ばらけて逃げていった者達を追いかける。思ったより速い。リミッターを外して、自壊覚悟で動いているのか。


 油断し過ぎた。村の近くかつ木々も多い事から不用意に炎を使えない。


 いいや、これは彼らが上手だったと考えるべきだ。見た目に反してあまりにも理性的過ぎる動き。まるでAIか何かを頭に積んでいるみたいだ。


 どうやら、ジョーンズ社のCEOは思った以上のクソ野郎らしい。今になってスペンサーさんの言っていた事を理解する。


「な、なんだ!?」


「し、新入りなのか?」


「馬鹿、とにかく押さえろ!」


 ライオン頭の大前田さんをはじめ、自警団も駆けつけたらしい。だが大前田さん以外は銃で死ぬ。そして、彼らは銃火器との戦闘を『知らない』。


 東京に行く前の自分と同じだ。銃という物の危険性を知識として知っていても、実際に扱った事も相対した事もない。それ故に対応が中途半端になる。


 考えてみれば当たり前か。彼らは新垣さん達と会った時も馬鹿正直に見える位置で囲んでいた。あれでは鹿野さんと大前田さん以外撃ち殺されていただろう。


 本当に普通の人達なのだ。この村人たちは。


「どいてください!」


「えっ」


 上から落下ざまに灰色の異形に斬りかかる。一太刀で右手を、二の太刀で右足を刈り取る。


 そこでようやくこちらに反応して左手を突き出して来た異形に、回避しながら顔面に拳を叩き込む。金属とその後ろの肉を潰す感触。この絵みたいな顔は本当になんなんだ。


 地面に向かって叩きつけた後、左肘を踏み砕く。まだ片足が残っているが、大前田さんならどうにかするだろう。この人も大概な体をしている。


『ぎぅぅぅぅぅぅぅぅ!?』


「お、おい。なにして」


 異形の絶叫に自警団が顔を青ざめさせながら、『こちらに』向かって武器を構える。


「これらは貴方達の仲間ではありません。他にもいます。先に」


「ふざけるな!」


「こ、この人殺し!」


 そう言って跳びかかって来たのは、一つ目の鬼とアラクネ。それぞれ武器を手に、恐怖で顔を引きつらせながら襲い掛かってくる。明らかに冷静ではない。


 どちらも制圧は容易い。だが手加減が……!


「やめろてめぇら!」


 だが、大前田さんが彼らに組み付いてまとめて止めてみせた。棍棒を投げ捨て一つ目とアラクネを上から地面に伏せさせる。


「な、なんで!?」


「大前田さん、こいつは!」


 疑問と怒りを叫ぶ彼らには見向きもせず、地面に抑え込んだまま彼がこちらを見る。


 ライオンの顔である彼の表情は読み取れないが、気配には強い警戒と恐れが感じられる。それでもなお、瞳に宿る理性が勝っていた。


「後で色々と聞かせてもらう。だが、村のもんには手を出さないんだな?」


「はい。すみません、急ぎますので後ほど必ず説明します」


 ここは彼に任せてよさそうだ。次の異形の下へと駆ける。


『人殺し!』


「………」


 続けざまに二体を無力化。これで残すは一体。再生能力の類は見受けられない事から、手足さえ斬り飛ばせば動けなくできるのがまだマシか。


 最後の一体はどこに。そう思い気配を探る。


 接触から一分と経っていないが、人外の身体能力を持つ者からしたら十分すぎる時間だ。


 奴らの所属が自分の想像するとおりであれば、その狙いはエマちゃんだろう。


 自分と近い気配を目印に、炎の加速を使って跳躍。一瞬でトップスピードに達し、一つの砲弾となる。


 視界の先には、駄菓子を手に歩く三人の子供たちと、その傍で笑っているスペンサーさん。そんな四人のすぐ近くを、異形が一体跳んでいる。


 今まさに彼女らに踊りかかろうというのだ。だが、この距離なら自分が先だ。


「全員伏せなさい!」


「え?」


「なに?」


 気づいたのだろう。スペンサーさんが大声を出しながら二丁拳銃を引き抜く。だが、子供たちは状況が理解できていない。


 異形の銃口が一番前に出たスペンサーさんに向く。その引き金が絞られるよりも先に、蒼黒の刀身が届いた。彼女らが気づくよりも先にバラして物陰に叩き込む。


 無防備な右肩に切っ先が触れ――。


「ぐ、おおおお!?」


 第六感覚が『あってはならない』可能性を示唆。すぐさま剣を引きながら、刀身から溢れる炎を使って空中を独楽のように回転。蹴りを異形の横っ腹に打ち付けて真横に吹き飛ばす。


 その時、踵に強い衝撃を感じた。遅れてやってくる猛烈な激痛。感覚で踵から脹脛に駆けて抉り飛ばされたのだと理解。


 飛び散った肉片や血液を燃やしながら、その炎で方向転換。起き上がろうとしていた異形の顔面に膝を叩き込んだ。


 顔を陥没させ気絶した異形を足元に、少女達の方を見やる。


 未だに状況が飲み込めず、ポカンとした顔の妙子ちゃんと紗耶香ちゃん。銃を手に油断なく周囲を警戒しながら、異形と子供たちの間に移動するスペンサーさん。


「どうして、ですか?」


 そして、不思議そうな声を出し、可愛らしくも首をコテンと傾げるエマちゃん。その顔には相変わらずニッコリと笑みが浮かんでいる。


 だが視線は彼女ではなく、その隣へと向かう。


 何もないように見える空中。五感ではとらえきれず、魔力の流れを追っても読み取れない。しかし、確かに『ある』のだ。第六の感覚が、朧気ながらその存在を伝えている。


 不可視にして、使徒の肉体すら抉り飛ばす剛力と速度。賢者の石と同じ力を持つ血がなければ、この身でさえも死は免れない猛毒。


 鎌足尾城が持つ固有異能。それとまったく同じ物が、彼女の腰から生えてすぐそばをゆらゆらと揺れている。


「な、なんの騒ぎだ!?」


「こ、こいつはいったい……」


「子供たちは無事か!」


 続々と集まってくる村人たち。その視線がこちらに集まってくる。


 困惑。警戒。敵意。恐怖。それらの感情を浴びせられながら、自分の目は、見えないはずの物へと注がれていた。




読んで頂きありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。


Q.怪物を殴れば終わるシナリオ以外で単独だと剣崎ってすぐS●N値がとぶんじゃ?

A.クトゥルフ世界では身体能力や魔術の技量より精神力が一番大事ってよく言われますから、はい。剣崎は未だに人間のメンタルですので。


Q.第六感覚先輩働きすぎでは?

A.初見殺しが横行するクトゥルフシナリオではへたな固有異能より有用スキルですね。


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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、こう言う隠れ里は燃やされる運命だよね。また剣崎君のトラウマが一つ増えるなー。
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