第百三十五話 親
今回の話しでは性被害について少しですが語られます。苦手な方はご注意ください。
読みたくない方は『鎌足はクズ』と理解して頂ければ読み飛ばして頂いても大丈夫です。
第百三十五話 親
サイド 剣崎 蒼太
「『ジョーンズ社』とはまた、随分と大きな名前が出てきましたね」
世界的に名の知れた大企業であるし、そうでなくとも明里から銃器の説明を受ける時幾度も聞いている。曰く、とても品質のいい弾薬を作っているとか。
正直軍事関係で太いアメリカの会社という事しか自分は知らない。何故それがエマちゃんを追いかけるというのか。
「それはエマの母親がジョーンズ社のCEOの孫で、あの子はひ孫にあたるからよ」
「は?」
なにやってんだあの鎌足のボケナス。
「あの子の母親、ソフィア・ジョーンズが十一年前に日本へ訪れた時。鎌足尾城との間で出来た子供よ」
「十一年前……」
鎌足は十四歳前後といった所か。子供が作れない年齢ではないが。
というか、この段階で凄まじく嫌な予感がしている。絶対に胸糞の悪い話しだぞと。
「一年近く日本に留まるはめになったソフィアは帰国時に妊娠していたわ。そして、すぐにジョーンズ社の秘密研究所に移送された」
「……一応お聞きします。答えたくなければ答えずとも構いません」
一呼吸おく。自分の下衆な勘繰りが外れていればそれでよし。鎌足への侮辱となってしまうが、それは構わない。同時にエマちゃんへの罪悪感が強まるだろうが、それはもう割り切ろう。当たっていた場合よりはマシだ。
だが、この直感が当たっていた場合は、あの子が……。
「二人の間に、愛はあったのですか……?」
「レイプ犯と被害者の間にあるわけないでしょう」
「そう、ですか……」
後ろで海原さんが息をのんだのがわかる。ああ、そうだろうとも。この段階でその辺の木々を八つ当たりで薙ぎ払いたい気分だ。
だが、これはまだ入り口に過ぎない。
「日本に入国後、空港近くで鎌足とソフィアが遭遇。奴は護衛を蹴散らして彼女を誘拐し、そのまま監禁したわ」
極力感情を押し殺したように語るスペンサーさんの顔を、正直直視できない。
彼の今の内心を探るのはそれこそ無礼というものだ。部外者が踏み入っていい領分を超えている。
「勿論ジョーンズ社はすぐさま奪還しようと考えたけど、それは他でもないCEOによって止められたわ」
「……鎌足が使徒だから、戦力的に難しいと」
経営者として、社員たちの人生を預かる身としての判断なら正しいのだろう。言っては悪いが、鎌足を殺すとなればそれこそ戦車や爆撃機を複数持ってくる必要がある。それでも殺しきれるかわからない。
そんな戦力を投入すれば戦争に発展しかねないし、裏側の事を世間に知られないようにするのは大変困難である。更に言うとジョーンズ社なら鎌足を殺せる武力を派遣できるかもしれないが、それだけの物を投入したら会社が傾く。
日本の警察や自衛隊に、というのも難しい。失礼ながら戦力が足りな過ぎる。元々が、というのもあるが、それ以前に十一年前となればアバドンの襲来からまだ日本は立ち直れていなかった頃だ。
だから、全体を見れば無駄な犠牲を出さないのは正しい。だが、祖父としてはいったいどんな思いだったのか。
「そういう理由だったらよかったのにねぇ」
「え?」
どういう意味か。そう聞こうとした所で、エマちゃんがこちらに駆けてくるのが見えてしまった。
あの子の前でするべき話ではない。自分でもそれぐらいはわかる。
「後は察してちょうだい。貴方ならできるでしょう?」
そう会話を打ち切って、スペンサーさんが片膝をついてエマちゃんに視線を合わせる。
「お友達ができたのね、エマ。よかったわぁ」
「……?友達とはなんでしょうか?」
「一緒に喋ったり遊んだりしていると楽しい相手よ。貴女達もありがとうね」
そうスペンサーさんがエマちゃんの後に続いてきた妙子ちゃんとアラクネの子に笑いかける。
二人ともかなり汗をかいているが、その顔は笑顔だ。
「エマちゃんすごかった!鹿野さんぐらい速かったよ!」
「ぜぇ……ぜぇ……も、森の中なら私が一番なんだからね……!」
「ふふっ……エマ」
スペンサーさんが割れ物でも触れる様に、そっとエマちゃんの頭を撫でる。
その顔には自分と話していた時のような暗さはなく、どこまでも慈愛に満ちていた。
「このお兄さんがね、貴女に力を貸してくれるって」
「っ、お父さんを探すのを手伝ってくれるんですか?」
「違うの、エマ。私達を追いかけてくる悪い人達をやっつけてくれるそうなのよぉ。親切な人だわぁ」
期待に満ちた表情のエマちゃんに、自分も膝をついて視線を合わせる。
兜越しであるが、それでもはっきりと目が合った気がした。
「エマちゃん。色々と、そのうち言わないといけない事がある。それでも、少しだけ一緒にいていいかな?」
「よくわかりませんが、よろしくお願いします?」
相変わらずニッコリと笑みを浮かべたままのエマちゃんが小さく頭をさげてくる。
鎌足を殺した事への罪悪感は、正直減った。殺した相手が悪人だったから。そんな理由で罪が軽くなった気がするのは身勝手な事だと思うが、もとより自己満足のため。
今はこの子から親を奪った事への謝罪をすべきだ。言葉ではなく、行動でもって。
「え、エマちゃん人を探してるの?」
「はい。お父さんを探しています。鎌足尾城と言うんです」
妙子ちゃんとアラクネの子が不安気に視線を合わせ、恐る恐るといった様子で彼女に手を伸ばす。
「その、どこか行っちゃうの?」
「ここにいなさいよ。悪い奴らに追われてるんでしょ?ここにいれば安全なんだから……」
心配そうに語り掛ける二人に、エマちゃんは首をふる。
「私の唯一の家族なんだそうです。だから、会いに行きます」
「ダメよ!」
突然大声を出しながらアラクネの子がエマちゃんに掴みかかった。その動きに敵意はないから無視したが、その剣幕は人でも殺しそうなほどである。
「外は恐い所なの!お母さんも私もずっと追い回されてきた!ここだけが私たちみたいなのも生きていける場所なの!」
「さ、紗耶香ちゃん落ち着いて」
「見た目が人間そっくりだからって油断しちゃダメ!外だと誰も守ってくれないの。お父さんだって……だから、ここにいなさい。ここなら鹿野さんや大前田さんが守ってくれる。おばば様だっている。この村は安全なの……」
エマちゃんにばかり意識がいっていて、今になって気づいた。
アラクネの子、紗耶香ちゃんとやら。彼女は上半身にピンク色のTシャツを着ているのだが、運動していたせいか少しずれている。
だから、上から見ると首筋から背中にかけて火傷のような跡があるのが見えたのだ。
古い傷なのだろう。明らかに事故で負うようなものではない。
「だからここにいなさいよ……絶対、絶対大丈夫だから……」
妙子ちゃんに肩を撫でられながら、紗耶香ちゃんが泣きだしてしまった。
正直、何と口を挟めばいいかわからない。この子に昔何があったかは知らないが、想像に難くない事なのだろう。この子の容姿は一目で人外だとわかってしまう。それでこの村の『外』を知るとなると……。
「それでも、私は」
「はーいストップ」
何かを言おうとしたエマちゃんの両肩を押さえて止めたスペンサーさんが、少しだけ苦笑する。
「なにもすぐにここを出るつもりなんてないわよ。むしろ暫くお世話になるつもり。おばば様や鹿野さんからも許可を貰っているから、久々に落ち着いて過ごせそうだわ」
「「本当っ!?」」
「ジェイムズお姉さん。しかし」
「落ち着いてエマ。日本の諺に『急がば回れ』って言葉があるの。ゆっくりと力を蓄えてから、改めてお父さんを探しましょうね」
「……はい」
「エマちゃん!今後はあっちで遊ぼ!」
「ふふん。だったら私がメンコを教えてあげるわ。大人にだって勝ってるんだから!」
「それほとんど鹿野さんじゃーん」
「うるさいわね!この前は大前田さんにも勝ったわよ!」
「めんこ、ってなんですか?」
「それは行ってからのお楽しみよ」
「ジェイムズさん!鎧の人!サメのお姉さん!失礼しまーす!」
「はいはい。転ばないようにね」
先ほどまでの空気やら疲れやらを忘れてしまったかのように、元気に駆けて……駆けて?一人這いずって去っていく少女達。
その姿は本当に普通の子供だ。むしろ普通の子らよりも純粋かもしれない。
「スペンサーさん。俺が言えた事ではありませんが……」
「わかっているわ。いつかはあの子に真実を伝えるつもりよ」
あの子達の背中を見送りながら、スペンサーさんが小さく首を振る。
「実験施設の中で、あの子の唯一の希望は顔も知らない父親だけだった。それに代わるものが見つかるまで、ぬるま湯にいさせてあげたいのよ」
こちらを見る事もなくスペンサーさんが歩き出す。
「ここは人が滅多にこないしネットやテレビも通じない。あの子が休める場所としてこれ以上はそうそうないわ。時間が必要なのよ、エマにも、私にも」
「そう、ですか。ええ、諸々のタイミングはあなたにお任せします。そもそも俺は部外者か、そうでなければ仇だ。口を出す事じゃない」
「ありがと。空気を読める男の子は好きよ」
「どうも」
「それと」
クルリと振り向いたスペンサーさんが、その場で深くお辞儀をする。
「鎌足尾城を殺してくれた事。獲物を獲られたようで癪にさわるけど、礼を言うわ。ありがとう。貴方は自分の事を仇と言うけど、私からしたら敵討ちをしてくれた恩人よ」
言うだけ言って満足したのか、また歩き出すスペンサーさん。その背中に何かを言う気にもなれず、ただ大きくため息をつく。
「はあぁぁぁぁ……」
「御屋形様」
「大丈夫だ」
近づいて寄り添ってくれた海原さんにそう言って、背筋を伸ばす。
「悪いけど新垣さんに連絡を頼む」
手に蒼黒の剣を握りながら、視線を山へと向けた。
未だ濃霧が包み込み、白い塊にさえ見えるそれ。その奥にいる者達を第六感覚が察知している。
「随分と荒々しいお客がきたらしい。警戒をしてくれと」
「かしこまりました。御屋形様は?」
「俺か?俺は、うん」
このタイミングで。そしてこの気配でおおよそは察している。あの地下で見たトルーパー擬きの魔力だ。
「自己満足のために、ちょっとばかり八つ当たりをしてくるよ」
読んで頂きありがとうございます。
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Q.前章でアバドン使い魔ルートなかったの?
A.
アバドン
「生き残れるならなんでもします」
剣崎
「もう殺すって決めたし」
Q.ロリラミアやロリアラクネと遊べるって!?
A.
鹿野さん
「おいでよ『野土村』!」




