第百三十四話 追手
第百三十四話 追手
サイド 剣崎 蒼太
鎧姿で出てきた自分に面食らった様子のスペンサーさんを連れ、村の中を歩く。
「先ほどは失礼しました」
「いいえ、問題ないわ。それより貴方は大丈夫なの?随分と辛そうだったけど」
「今は問題ありません。やる事ができましたから」
「そう……」
あぜ道を歩いて行くと、遠くの方から子供たちの楽し気な声が聞こえてくる。視線を向けてみれば、三人の子供が広い空き地で遊んでいるのが見えた。
「あはははは!待て待てー!」
「もー!私平地は苦手なんだってばー!」
「こっち、ですよー」
単眼ロリラミアの妙子ちゃんが追いかけ、下半身が蜘蛛の少女とエマちゃんが逃げている。鬼ごっこだろうか。
にゅるにゅると這うような動きで高い機動性を見せる妙子ちゃんが、あっさりと蜘蛛の、アラクネの少女を捕まえる。
「あー、山の中なら捕まらないのにー!」
「へへーん。山でも私は強いもーん。次はエマちゃんだ!」
「逃げてエマちゃーん!」
「捕まり、ません」
「は、はやぁ!?」
残像が複数できるほどの速度で動くエマちゃんに妙子ちゃんが悲鳴をあげながら追いかける。
妙子ちゃんどころか先ほど捕まったアラクネの娘でさえも、短距離のオリンピック選手一歩手前ぐらいの速度は出ている。だが、それでもエマちゃんには遠く及ばない。
「……彼女が鎌足尾城の娘というのは、本当なんですね」
「ええ。やっぱり、貴方は奴に会った事があるのね」
「彼を殺したのは、俺です」
スペンサーさんが息をのむのがわかる。
素顔を晒す事もなく、こうして悪びれすらしないで言う自分を睨みつける灰色の瞳を見つめ返す。
「殴りたければ、殴って頂いてもかまいません」
「鎧を着ながら言われてもね。ま、生身でも使徒を相手にどうこうしようだなんて思わないわ」
「鎧を身に着けたままな事については申し訳ございません。顔を見せたくないので」
「いいわ。私も『素顔』は見せてないんだし」
肩をすくめるスペンサーさんに、兜の下で目を細める。
「気づかれていましたか」
「ええ。貴方が気づいている事に気づいていたわ。私のこれが死体から剥がして受け取ったものだってえバレてるんでしょう?」
己の顔を指さすスペンサーさんに、俺の斜め後ろで控えていた海原さんが息をのむ。
そう、魔法使いは『そういうこと』ができる。やろうと思えば容姿などどうとでもなる。手段を選ばなければ、だが。
彼の場合『死人の顔を奪う』魔法の使い手なのだろう。理論上誰にでも化けられる強力な魔法だ。しかし、当然ながら対処方法は存在する。
合言葉や個人情報を問いかけるなどの基本的なものから、対抗魔法で無効化する場合。魔法の種類によっては一定以上のダメージを与えれば解けるケースもあったはず。あいにくと専門ではないので詳しくはないが。
目の前のこの人の魔法がどういうものかはわからない。しかしどう考えても碌なものではないだろう。
「一応聞きます。それは一般の人の顔ですか?」
「いいえ、同業者の顔よ。堅気は襲ってないと貴方の神に誓ってもいいわ」
「信じますよ。神様に誓わなくても」
むしろあの神に誓われても胡散臭いだけだ。ゴリゴリに邪神だぞ。
第六感覚で嘘ではないとわかる。警戒心を強める海原さんを後ろ手で制しながら、視線をエマちゃん達に戻す。
「それで、あなた達が逃げているという『悪い奴ら』とは何者ですか」
「その前に聞かせて頂戴。貴方達は何をする気なの?」
こちらに体ごと向き合ったスペンサーさんの全身に魔力と意識が張り巡らされているのがわかる。見るからに戦闘態勢だ。
だがこの人では自分を殺せない。人間としては強い部類なのだろう。新垣さん達と同じぐらいだろうか。裏側を知る警察の特殊部隊クラス。
それでも肉体的には人を外れている自分に届かない。隠し持っていると思われる拳銃では傷一つつかない自覚がある。
スペンサーさんもそれはわかっているだろうに、刺し違えてでも俺を止めるという気概を感じる。
「少なくともあなた達に危害を加えるつもりはありません。むしろ、可能な範囲で手助けできればと考えています」
「なぜ?あの子の父親を殺した罪滅ぼしだとでも?」
「ええ、その通りです」
視線はエマちゃんの方に向けているのでスペンサーさんの表情はわからないが、気配だけで驚いているのはわかる。
太陽の様な笑みを浮かべたエマちゃん。彼女が内心で戸惑いながらも、偽りなく笑っているのが見てとれる。
「自己満足の類です。それでもいいと、大切な友人から教えてもらいました」
「家臣です」
「ちょっと黙って」
「はい」
真っ当な縁者であれば、ふざけるなと激情にかられるだろうが。
「そう……けど、私達を追いかけているのが本当は『悪人』ではなかったら?」
スペンサーさんは気にした様子もなく続ける。向けられる視線が真剣なものである事は気配だけでわかる。
「私達の方が本当は滅ぼされるべき悪で、正義はあちらにあるとしたら。お優しい使徒様はどうするのかしら」
「別に、元々あなたを善人とは思っていません。善悪の基準なんて主観でしか決められませんが、どちらかと言えば中立。強いて言うなら悪人でしょう。死体の皮を剥いで自分に貼り付けている段階で善人とは絶対に言えません」
「違いないわね」
「そのうえで言います。これは俺の自己満足です」
エマちゃんから視線をスペンサーさんへと戻す。
「俺は俺の為にあなた達を助けます。無実の人々に危害を加えようと言うのなら邪魔をしますが、結果的には助けるつもりですよ。無理のない範囲ですが」
この二人も、それを追いかけている者達も。どちらが悪か善かなど知った事か。倫理や法律での善悪ならちょうど近くにお巡りさんの集団がいるのだからそちらに任せてしまえばいい。
ただ、少なくとも今回俺は自分のために行動する。そう決めた。
「……無理のない範囲なのね。命がけとかではなく」
「言ったでしょう。自己満足だと」
「それもそうねぇ~」
力が抜けた様に、その辺の木で出来た柵に寄りかかるスペンサーさん。空を見上げてこれが見よがしに大きなため息をついてきた。
「片手間だとしても使徒の助力、ありがたく使わせてもらうわぁ。貴方達がどれだけ理不尽な存在かなんてよぉく知っているもの」
「それはよかった。それで、いったい誰から追われてるので?どこかの魔法使いですか?それとも邪教の崇拝者?」
「どっちも正解でどっちも外れね。そういうのも抱えた組織よ」
こちらを見ながら、自嘲気にスペンサーさんが笑う。
「米国を実質支配する七大企業。その一角であり軍事について他の追随を許さない武闘派、『ジョーンズ社』の私設部隊よ」
「それはまた……」
思った以上の大物が出てきたものだ。
ちらりと空き地の方へと目を向ける。そこでは、アラクネの子が出した糸を妙子ちゃんが回し、それで縄跳びをするエマちゃんの姿があった。
年相応に笑う彼女の背景に、いったい何があったと言うのやら。
* * *
サイド 前田
「くそっ……!」
つながらない衛星電話を荒々しく鞄にしまう。
新垣さん達が山に入ってからもうすぐ二十四時間。未だに連絡はついていない。いや、あの霧が出ている限り通信ができないのは知っていたが、それでも気は逸る一方だ。
そもそも地元住民からして『あんなに長く濃い霧が出ているのは初めてだ』と言っていた。それが焦りを加速させる。
どうにか深呼吸をしてから、本部から先ほど送られてきた命令を思い出す。
『こちらからの支援は不可能である。現場にて臨機応変に対応せよ。ただし、通常どおり一般人への守秘義務は厳守。裏側の事を知られてはならない』
「何が通常どおりだ。そんな事を言っていられる事態じゃないぞ……!」
新垣さんの直属の上司からは、『全力で応援を送るが期待しないでくれ。強い妨害にあっている』との連絡もきた。
現在自分は新垣さん達が向かった山とは反対側の山の中に隠れている。未だうるさい蝉の鳴き声が響く中、木々の隙間から先日までいた町を見やる。
そこには何台も止められた外国のゴツイ車が並び、その周辺には屈強な男達。揃って無表情に行動する奴らに住民は不審な目を向けるが、あいつらは気にしたそぶりもない。
男達の人種は様々だ。白人や黒人に黄色人種。それぞれ肌の色が近くともまったく異なる国の血をひいていると一目でわかる者が多数見受けられる集団。
まるでそう、世界中から手当たり次第に『なんらかの基準で』選んできた、そんな部隊。
その基準が『魔術師である事』なのは裏側をある程度知る者なら誰でもわかる。それも、恐らく高い素養の者ばかりを集めているのだ。
数だけなら一個中隊規模。そんな人数の武闘派魔術師を用意できるのはあの国だけであり、あいつらの乗って来た車のマークが真実であると補強してくる。隠すつもりもなく晒された、車に描かれる銃と剣を交差させた鷹のロゴは……!
「なんだって『ジョーンズ社』がこんな所に来てるんだよ……!」
世界有数の兵器製造会社『ジョーンズ社』。米軍や間接的には自衛隊にも武器を卸している大企業の私兵と思しき者達が、日本の片田舎へとやってきた。
いったいこの任務、何がどうなっているのやら。
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