第百三十三話 身勝手な罪
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第百三十二話 身勝手な罪
サイド 剣崎 蒼太
あの後の事を、あまり覚えていない。
マスクをしたまま嘔吐した俺を海原さんが『アマルガム』を纏い借りている住居に運んでくれて、そのまま介抱してくれたのはわかるが、それだけだ。
……エマちゃんには悪い事をした。質問にこんな対応をしてしまったのもそうだが、俺は彼女の父親を殺したのだ。
しょうがなかったと思う自分がいる。いいや、むしろずっと自分にそう言い聞かせてきた。
何度も『同盟を組もう』『今殺し合う必要はない』と呼びかけた。そのうえで殺しにきたのは鎌足だ。しかも、あいつは無関係の子供たちを盾に使った。それ以外にきっとたくさんの悪事を働いてきたのだろう。でなければ日本であれだけの銃器が揃えられるものか。
だから殺していい。なんて、そんなわけないのは理解している。けどしょうがなかったんだ。
もしも俺を非難する奴がいるなら、なんであの時どうにかしてくれなかったんだって言ってやる。殺し合うように仕向けた邪神の暴虐を、何故止めてくれなかったのだと。俺達にいったい、他にどんな選択肢があったと言うのだ。
使徒がなんだ。所詮人の視点、人の心しかもたぬ俺達のなにが特別だというのだ。
「最悪……」
自分で自分が嫌になる。どれだけ情けない男なんだ、俺は。
人を殺した罪すらも背負えないくせに、他の五人を殺して生き残ったのか。こんな、クソ野郎が。俺みたいな弱者が。
「御屋形様、目が覚めましたか?」
そう言って入室してきた海原さんが、ベッドの近くにある机に桶を置いてこちらに歩み寄ってくる。
「ああ、色々とごめん。もう大丈夫だ」
「嘘ですね。寝ていてください」
起き上がろうとした所を、肩を掴まれて止められてしまった。振り払おうと思えば容易にできる。『アマルガム』もつけていない彼女の腕力は見た目相応だ。使徒とやらどころか普通の一般男性でもどかせられる。
だが、俺にはその手を払いのける事が出来なかった。そのまま押されるままにベッドに背中を預ける。
「濡れタオルいりますか?それとも何か飲みますか?」
「……聞かないのか?」
「え、いや今何が必要か聞きましたけど……」
「そっちじゃない。誤魔化さないでくれ」
横たわったまま、彼女に視線を向ける。
「察しているんだろう。俺は、あの子の父親を……」
「話したいなら聞きますが、喋りたいんですか?」
真っすぐと向けられたエメラルド色の瞳。奇しくもエマちゃんと同じ色の瞳に対し、俺は自分から視線を向けたくせに目をそらす事しかできなかった。
「……話したいわけ、ないだろう。思い出したくもない」
「では私は聞きません。愚痴として言いたくなったら、一晩中でも聞きますよ」
そう言ってのける彼女の言葉に嘘はない。くそったれな神様から貰った第六の感覚が、真実だと断言する。
だからこそ解せない。それが嘘でない事に。彼女の自分への献身とも言うべき言動が理解できない。
「なんで、そこまで気を使ってくれるんだ。俺は人殺しだぞ。罪を裁かれる事もなく、こうして歩き回る犯罪者だ」
「御屋形様……いえ、剣崎さん」
俺の額に濡れタオルをそっと置きながら、海原さんが顔を覗き込んでくる。
「やっぱりお馬鹿さんだったんですねー……」
心底呆れた、馬鹿な子供を見るかのような視線を上から注がれた。
「えっ」
「私、前に言いましたよね。貴方の人生は貴方のものですって」
「それは、ああ。覚えているよ。だからこそ人を殺めた選択も俺のものだ。それを」
「楽しいですか、それ?」
小さくため息をつきながら、ベッドの傍に椅子を持って来て座る海原さん。彼女は相変わらず凛とした姿勢で、苦笑いを浮かべてこちらを見ている。
「……先に、なんで私がここの人達に敵意をむき出しにしているかお教えしますね?」
「……わかった」
「結論から言います。重荷を背負いたくないからです」
少しだけ声に自嘲を混ぜながら彼女は続ける。
「海原家の教えに、『怪異を一切信じるな』というのがあります。怪異にとって人は玩具であり、食料であり、敵対者であり、親愛の対象です。最後のは、大抵とんでもなく歪んでいますが」
否定はしない。怪異と人の関係は決して相いれないものだ。局地的に轡を並べる事はあろうとも、ずっと友好関係なんてまず無理だ。そこは人間同士でも同じかもしれないが。
「貝人島の『深きものども』は島の有力者と共謀し事におよびました。強い悪意のもと、権力者を利用する知能はあるのです。それでいて人を超えた力をもつのが怪異。人と怪異の関係は基本的に獲物である人間と狩人たる怪異なんですよ」
「だけど警戒心だけ、じゃないんだろう?」
怪異が危険だから敵対心を忘れない。それもあるのだろう。だがそれにしてはおかしいのだ。
こう言ってはなんだが、自分も海原さんも人間の世界においては『強者』に分類される。たとえ相手が怪異であろうと、それこそ神格や使徒クラスでもなければ勝負の土俵にすら立てはしない。
むしろ人間の方が怖いぐらいだ。現代の兵器は使徒から見ても脅威である。戦い方しだいでは神格以外ならそもそも攻撃が効かない存在でもなければ倒せるだろう。
怪物を殺せるのはいつだって人間。そう聞いた事がある。そしてそれに対し、それはただの人が持つ願望であり、怪物を殺せるわけがないと。
だが、自分はこう思う。人が克服した怪物が『獣』となるのだ。
マンモスも、獅子も、クマも、ワニも、大蛇も。かつては神や怪物と崇められる事はあっても、今はこれらを獣と呼ぶ。
無論無手ならばどれも人より遥かに強い。だが、文明もまた人類の一部。もしかしたら星に等しい神格さえも獣に落とす日が人の世にくるかもしれない。
閑話休題。
ウサギを狩るのに全力を出す獅子は優れた狩人だろう。だがウサギを狩るのに死力を尽くすのは愚行でしかない。
それなのに彼女は常在戦場を心掛け続けている。ただの戦場じゃない。修羅の戦場を想定しているように思える。
「重荷は、罪悪感か……?」
「ええ。その通りです」
躊躇なく海原さんが頷く。
「たとえ悪意を隠した策略だったとしても。たとえ価値観の相違による逃れられない結末だったとしても。私は仲良くなった相手を殺すのを避けたい。私は私の人生を楽しみたいのです」
「それで、結局なにが言いたい。俺の罪悪感はお門違いのものだと?理性で割り切れるならそもそも悩んでなんかいない」
額の濡れタオルを掴んでどかし、ベッドから起き上がる。
自然と視線が強くなるのを自覚する。八つ当たりかもしれない。だが今は溢れそうになる魔力を必死に抑え込みながら、海原さんを睨みつける。
「俺は、殺したんだ。高尚な理由もなく。ただ生きたいがために殺した。生物としては正しい判断だったと今でも思う。それでも……」
今でも思い出す。自分が殺してきた者達の顔を。忘れてはならないのだ。きっと、死後も記憶が残るのならば、彼らも俺を忘れない。
「ならはっきりと言いますね」
にっこりと笑みを浮かべてから、胸倉を掴まれる。
殴る気か。別に受けても構わない。そう思ったのだが第六感覚が反応したのは別の事。それに困惑している間に、何故か彼女の胸に頭を抱え込まれた。
「なっ、なにを……!?」
「後悔して、悲しんで、そうして生きて楽しいですか?楽しくないでしょう?」
「だ、だけど、これは向き合わないといけない罪で」
「お馬鹿のくせに真面目過ぎる剣崎さんに教えてあげましょう。私は詳しくありませんが、貴方の殺人は恐らく正当防衛か脅迫されてのもの。裁判になったらたぶん勝てます」
「……だからって」
反論しようにも二の句が浮かばない。彼女の胸の柔らかさと温かさが頭をかき乱す。そして、どくどくと激しく脈打つ互いの心臓の音が心を乱す。
「うじうじ悩む暇があったら謝ってしまいましょう。もしくは勝手に償いましょう」
「勝手に……?」
「そう、勝手に。ようは自分が満足出来ればいいんです。私が思うに、その罪は剣崎さんが勝手に背負ったものなんでしょう?だったら、満足する方法も勝手でいいんですよ。むしろそれ以外は難しいぐらいです」
そっと胸から顔を離される。それを残念に感じたのは下衆な感情か、はたまた何か寂しく感じてしまったとでも言うのか。
真っすぐとこちらを見つめる海原さんの瞳と再び視線が交差する。だが先までの違いは、彼女が耳まで真っ赤にしている事だろうか。
「だから!まあ、あれです。ガンバです」
「……最後、雑過ぎない?」
「うるさいですね!私だっていっぱいいっぱいだったんですよ!男の人とこんな長く話した事もなければ抱きしめた事もないんです!島育ちを舐めるな!」
「ごめん」
「謝らないでください!私だって、その、都会に住んでいたらきっとモテモテのプリティレディでしたよ!?」
「そっちじゃない。そして今でも君はモテる事間違いなしだよ」
「なっ、なっ……!」
立ち上がり、小さく伸びをする。
「手間をかけさせてごめんって意味だ。そして、ありがとう」
問題はなんら片付いていない。エマちゃんの父親を殺してしまったという罪も、そもそもあの二人の『本当の目的』についても。自分はどうしていいのかさっぱりわかっていない。
それでも、それらをどうにかしようと思う事は出来た。
「ふ、ふふん。将来雇いたい家臣になって来ましたか、御屋形様」
「え、いやそもそも家臣を雇うって発想がないし。何時代の人?」
「なんか辛辣じゃないですか御屋形様!?」
やばい。ちょっと今海原さんの顔を正面から見れない。心臓の音がうるさいし顔が熱い。
バレないように深呼吸をしようとしたり、魔力の流れでどうにかしようとするも上手くいかない。
我ながら耐性なさすぎではないか?対人能力ザコすぎないか、俺。
とりあえず、なにやら気配が近付いている玄関へと大股で向かう。何か言いたげだった海原さんも気づいたのだろう。切り替えて無言で付いてきてくれる。
そしてドアを開けると、ノックをする為に手を振りかぶった状態のスペンサーさんと目が合った。
「どうも、先ほどは失礼しました。色々とお話ししたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
驚いた顔で固まるスペンサーさんに、少しだけ早口に問いかける。
エマちゃんを連れてではなく、わざわざ一人でやってきたこの人の事情も知る為に。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.剣崎メンタルごみ過ぎない?
A.剣崎のS●N値はすでにデッドラインが見えていますので、どうか温かい目で見て上げてください。なんでこいつ狂気にギリギリ耐えてるんでしょうね。
Q.剣崎こいつ毎回慰められてるな。
A.もはや剣崎がヒロインを攻略するというよりヒロインが剣崎を攻略しつつコントロールする状態になってますね……。




