第百三十話 罪は消えず
第百三十話 罪は消えず
サイド 新垣 巧
「では、状況の確認を行おうか。各自報告を」
村に来て初めての夜を超え、早朝。お借りした住居にて班員を集めて会議を行う。
「まず私から」
そう言って細川くんが切り出す。
「依然として外部との連絡はつかず。また、電子機器の類も不調が続いており、いつ壊れてもおかしくない状況です。発電所は村内に存在せず、非常用の発電機が村の共用としておばば様なる人物の住居にあるのみと証言を得ました」
「では次は自分が。トルーパーの破損は軽微。ここに持ち込んだ機材でも修理は可能な範囲です。戦闘に支障はありません。しかし外付けしたカメラや通信機は交換が必要です。また、それ以外の装備についての消耗はありません」
「えー、加山と下田両名からの報告として、村人達からの警戒はそこまでないと推測されます。新垣さんの話しからおばば様のみが強い警戒をしている模様。昔に何かあったらしいですが、それ以上は不明。情報収集中です」
「山田はあの『鹿野』って鹿の人と『大前田』ってライオンさんがやばいと思います。大前田さんは『満月』の時の私と同じぐらいで、鹿野さんはよくわかりませんけど強いです」
「えっと……茂宮市子と茂野双葉は二人とも安定した様子です。『蒼黒の王』陛下と新垣さんがいる事から、酷い事にはならないと思っているようです。それと、『蒼黒の王』陛下ご一行とはバスで偶然居合わせただけで、詳しい事は知らないそうです」
「非常によろしい。よくやってくれた諸君」
持ち運び用のホワイトボードに情報を書きだし、一通り眺めて頷く。
「各員、なにか村内で違和感を覚えた事があったら言ってくれ。個々人の言動についてでもいい。自分達も含めてだ」
裏の業界だと、自分自身すら信用できない時があるからやっかいだ。銃を持っているつもりが長ネギを持たされていたなんて事例もあるし、酷い時は仲間同士で互いに敵に見えて殺し合い。なんて話もあるぐらいだ。
そう考えて問いかけると、おずおずと江崎くんが手を上げる。
「どうしたのかね」
「あの、何故私だけいち……茂宮市子達の監視なのでしょうか」
「監視ではなく保護だよ、江崎くん。彼女らは守るべき一般市民だ。我らは『外敵を排除する』存在ではなく、『国を護る者』である事を忘れない様に」
「し、失礼しました」
これ本当に大事だからね?マジで取り違えないでね?
たまーにあるんだよ。『異形を殺すのが最優先!それ以外は不要だ!』とか逝っちゃってる奴が。大抵発狂した結果そうなるものだから、目的と手段がごっちゃになる場合も多い。
で、そういう奴が街もろとも異形を燃やそうとしたり。日本にミサイルの雨を降らせようとしたりするのだ。本っっっっ当にやめてほしい。止める側の気持ちにもなってくれ。
更に言えば、だ。
「江崎くん。もしかしたら君は自分に割り振られた役割がただの雑用だとか、新人だから手ぬるい仕事を回されたと思っていないかい?」
「い、いえ、そのような事は……」
「ならばいい。君の役割は最も重要かつ、高度で柔軟な対応が求められる。本来なら新人の君に任せるのは心苦しいところだよ」
ちょっと驚いた顔しているな江崎くん。僕はちゃんと事前に『マジで重要だからね?少しでも異常があったら教えて?国の命運かかってるからね?』と言い含めたのだが……こうして確認して正解だったな。
「第一に。こういう現場では一般人の行動というのは予測ができないものだ。彼女らはプロではないし、そもそも裏の業界人でもない。ゆえに、容易に狂ってしまう場合がある。ここまではわかるね?」
「は、はい」
「よろしい。そして、狂った結果もしかしたら攻撃的な行動をとるかもしれない。それが僕たちに向けられるのか、村人たちに向けられるのかはわからない。どちらにせよ、碌な結果にはならないよ」
自分達に攻撃してきたのなら、まだいい。いやタイミング次第では致命傷になるからやめてほしいが。
だが村人に攻撃した場合は?最悪殺してしまい、彼らが我々を『殺すべき外敵』と判断したら?自分達だけの戦力では、正直生きて帰れる気がしない。
ではそうなった時に『蒼黒の王』の力を頼るか?その問題は二つ目にも関係する。
「そして第二に。この場には『蒼黒の王』がいる。彼への影響を考えて、絶対に浅慮妄動な事は避けてほしいのだよ」
核爆弾を気軽に動かすんじゃねえよと。いや本当に。
現在のプロファイリングから、あの『使徒』は極めて人類に友好的かつ、近しい価値観を持っている。それこそ、PTSDを持っている以外は善良な一般人と言っていいぐらいの人格だ。我らにとっては奇跡の存在と言ってもいい。
まさか『使徒』を、神格由来の存在をプロファイリングする事になるなんてなぁ……。
「彼の王は善なる存在だ。だからこそ、守るべき存在と定めた者の行動が重要になってくる」
最近の漫画ではよく『英雄を排斥する民衆』なんてものが描かれるらしいが、そんな事になったら大惨事だ。
その結果英雄が魔王に早変わりなんて事になったら目も当てられない。『蒼黒の王』にはできうる限り『良い人』を見せておきたい。少なくともこれから『悪人』を見たとしても、『人類にもいい奴はいる』と思って貰えるぐらいには。
「何度でも言おう。君の任務には国の未来がかかっている。『蒼黒の王』との友好関係を損ねない為にも、そして我々が無事生きて帰る為にも、くれぐれも頼むよ」
「は、はい!」
「そして各員。私も含め、必要なら江崎くんのバックアップを優先していく。いいね?」
「「「了解」」」
「それでは、改めて今後の話をしよう」
あー、胃が痛い。
ぶっちゃけ、江崎くんをその役割につけたのは民間人二名と友人関係で傍にいやすいの以外にも理由がある。
この子、正直異形に対してかなり敵対的なんだよなぁ……。
過去に異形のせいで家族や友人、あるいは自分自身にひどい被害があったエージェントによくあるのだ。異形であれば中立的、あるいは協力的な相手にまで牙をむいてしまうのが。
我々とて人間だ。好き嫌いはあるし、殺したいほど憎い相手だってできるだろうさ。だが、それを仕事に持ち込まれるのは困る。
一般人が村人に攻撃を仕掛けるのも問題だが、公安のメンバーが。それもうちの班員がこの状況で攻撃を仕掛けるのはそれ以上の大問題だ。
「ふっ……安心したまえ、諸君。我々は精鋭だ。いかなる状況でも冷静に対応できるとも」
おうちかえりたい……。
* * *
サイド 剣崎 蒼太
朝になっても霧が晴れる気配が一切ないんですがそれは。
海原さんと情報共有をした後、結局一睡も眠れず朝に。
いやね?流石に巨乳美少女と一つ屋根の下どころか同じ部屋はね?俺の恋愛偏差値では色々とキツイものがあるわけで。十二月にも明里とこういう状況になったのを今でも覚えている。
いっそ自分は廊下で寝ると言ったのだが。
『単独で無防備になるのは避けるべきです。交代で眠りにつき、緊急時に備えましょう』
と、こちらの意見を聞き入れてもらえなかったのだ。
うん。海原さんの言っている事は正しい。だけど俺のピュアハートを考えてほしいのだ。
アレだ。海原さんはこの状況に恥じらいとか乙女な感情より先に、怪異殺しである『海原家』の顔が先に出ている。教育って怖いね。
そして現在。玄関には大量の食材を持って鹿野さんがやってきていた。
対応は自分が出て、海原さんは玄関の入口からは死角となる位置で息を潜めている。
「やあ、食料を持ってきたよ」
「ありがとうございます。本当に助かります」
「最初は出来上がった状態で持ってこようかと思ったんだけどね?おばば様が『村の味付けは口に合わないかもしれないから』って言って食材で届けに来たんだ」
「ああ、それは重ね重ねお気遣いを。助かります」
「あっはっは!言われて気づいたけど、確かに村人同士でも味覚はだいぶ違うからね。僕なんてこの体になってから肉類が苦手でさぁ。昔はすき焼きが大好物だったけど、今じゃ野菜スティックがご馳走さ」
何故かやけに上機嫌な鹿野さん。いったいどうしたと言うのか。
「その、なんだか機嫌が良さそうですがどうしたんですか?」
「え?ああ、ごめんね。君達は霧が晴れなくって帰れないのに……」
「いえ、そんな。よくして頂いてますし」
「そう?ならいいんだけど。実はね?昨日君が治療してくれた人たちが村に住むって決めてくれたみたいでさ!仲間が増えるんだ!つい嬉しくなっちゃってね」
「ああ、なるほど」
山崎さん達はこの村に残るのか。まあ、あの姿で帰ってもかなりの苦難が待っているだろうし、なぁ……。
「それじゃ、僕は新垣さん達にも届けてくるよ。台所の使い方のメモも入れておいたから、わからない事があったら言ってね」
「色々とありがとうございます」
「いいのいいの!霧が晴れるまで暇だったら村の中を見て回ってもいいからね!」
そう言って野菜や鶏卵。布でくるまれた肉などを置いて鹿野さんが新垣さん達の泊まっている方へと歩いて行った。
「おお……」
玄関を閉め、さっそく食材の入っている籠を確認。ぱっと見だが、呪符や盗聴器の類は見受けられない。
布を軽く解いて肉を見てみたが、豚、いいや猪か?なんにせよ美味しそうだ。自分が普段食べている肉よりも絶対いい肉だぞ、これは。
「早速料理しに行こう。海原さん、悪いけど手伝ってくれ」
「……食べても大丈夫ですか?」
「うん?」
「この世ならざる場所でその地由来の物を口にすると、帰れなくなる逸話をよく聞くんですけど……」
「あー、それなら大丈夫だよ」
そもそも。それは『この世ならざる場所』という前提がくる。
例えば黄泉の国。その地で獲れた物は当然ながら『その世界のルールが』適応される。そして、食べるという事は己が血肉に変える事。つまり自分の肉体をそこのルールに縛り付ける結果を招く。そして、基本的に死者は蘇らない。故に帰れなくなるのだ。
細かい部分は違うが、その他『食べたら帰れない』系の魔術や異界はそういう事が関係してくる。
で、そもそもここは普通に『現世』である。黄泉の国でもなければ、化け物の体内でもない。それこそ、多少霧の影響で見づらいだろうが衛星からでも確認できるのではないだろうか。
更に言えば、そういう場所の物ならもう少し魔力や『因果』を帯びる。だがこれらは本当に普通の食材だ。食べた所でなんらかの『契約』が発動する事はない。
と、いう内容を海原さんに説明する。
「はえー……お詳しいんですね」
「これでも魔法使い擬きだからね。誇れたもんじゃないけど。ついでに似たような事件には偶に遭遇するし」
家に化けた怪物が人を招きこんで食べていたから燃やしたり、マンションの住民を質の悪い悪夢で自殺に追い込んだりする地縛霊を睨みつけて消し飛ばしたり。
本当に去年の十二月からそう言った事件をよく見かけるようになった。どうやら、今まで邪神が寄せ付けなかっただけで、日常というのはとんでもなく薄い氷の上だったらしい。いや、薄氷どころか濡れた障子紙と言い換えたいぐらいだ。
「なんにせよ食事にしよう。腹が減っては何とやらだ」
* * *
食事を終え、自分と海原さんは村を見て回る事に。一応女子高生達の護衛が必要かとも思ったが、江崎さんと山田さんがついているので大丈夫だろう。
それにしても、電気やガスを作った人って偉大なんだなと、この村で一晩過ごして強く実感する。
台所は竈だし、トイレはぼっとんトイレ。手を洗うのも水桶だし、水は井戸から汲んで持ってこないといけない。そして明かりの類は蝋燭。
え?じゃあ竈とか自分でやったのかって?やったよ、魔法で。
魔法……やはり魔法は大体の事は解決する。熱源と光源ならマジでどうにかなる。というか水に関しても血を使った魔道具を持ち歩いているのでなんとかなった。遭難用に作っておいてよかった、マジで。
正直そういう『レッツ、昔の生活体験』なのは受け付けない質だ。必要ならするけど、やっぱり文明の利器を使う生活の方が合っている。
「そう言えば、新垣さん達の手伝いはしなくていいんでしょうか?」
村に向かって歩きながら、左右にある田んぼを眺めていると海原さんがそんな事を口にした。
「いや、俺ら一般人だし」
確かに最初は『俺も積極的に協力した方がいいんじゃないか』とも思った。だが、色々考えてとんでもない仮定が出てきてしまったのだ。
「もしかしたら、俺が動いた場合の方が新垣さんの苦労が多いんじゃね……?」
「あー……」
冷静に考えると、『協力します!一緒に犯人の隠れ家に突入しましょう』なんて言ってくる一般人とか、邪魔でしかないのでは?
それに一応自分が、『ナパームを担いだ危険人物』という自覚もある。警察関係者からしたらさぞ頭の痛い存在だろう。ついでに『使徒』だし。一応だけど。
と、なるとだ。
「だったらもう、協力要請があるまでは大人しくしている方がいいかなと」
敵にそれこそ使徒クラスの存在がいたら自分も出張るが、基本的には警察に任せる。人の仕事に必要もなく首を突っ込むのはナンセンスだ。
「なるほど……ちなみに御屋形様」
「うん?」
「本音は?」
「本音だよ!?」
待ってなんでそんな信じられないって顔してるの?おかしくない?
「てっきり御屋形様の事だから怪異を殲滅する策を練っているのかと……」
「君の中で俺はどんな危険思想なの?」
ひくわ。というか怖い。発想が怖い。なんで平和な村を焼かねばならんのだ。
「そりゃあ、君と出会った時遭遇した『深きものども』みたいなのは燃やすけども。あれは明確に敵対してきたからだ。害のない人外ならどうもしないよ」
「……そう、ですか」
一宿一飯の相手である村人たちにあまりにもあんまりな思考だ。普段の海原さんなら、恩義を感じても害しようとは思わないだろうに。
……どうにも、彼女は色々と怪異に対して思う所があるらしい。もしかして、海原の一族に関係するのだろうか。
貝人島で神主さんから聞いた、海原一族の伝承を思い出す。
『かつての長が異形と結託し、己もまた異形となって島民を苦しめた』
『それを討つために先祖の一人が刀をとり、一族の汚点と異形を斬り捨てた後死んだ』
『数十年前まで島には異形の被害があり、それの対処を海原一族が行っていた』
『海原一族もまた、異形の因子をもち島の神社に備えられた異形殺しの小太刀から離れれば、身も心も異形へと成り果てる運命にあった』
『今もなお、異形を殺すための技をつなぎ続けてきた一族』
正直、重い。こんな少女の出生として語るにはあまりにも過酷過ぎる。
ちらりと横目で海原さんを確認する。村から借りた着物姿となって歩く姿はまるで良家の御令嬢だ。楚々と歩く姿は可憐で、とても戦士とは思えない。
だが彼女の瞳は時折通り過ぎる村人への警戒心に染められている。ここは敵地なのだと、常に自分へと言い聞かせているようにさえ思えてならない。
「……村の中を一周したら、借りている家に戻ろうか」
「はい」
だが、それに踏み込むには自分はあまりにも非力だ。
自己分析をまともにできているとは思えない。そのうえで言おう。今の自分に他人の人生や生き方をどうこうできる余力なんて残っていない。むしろ、自分の心を誰かに助けてほしいとさえ、思ってしまっている。
……だめだな。我ながら疲れているのかもしれない。
「ん……?」
ふと顔をあげる。どこか『懐かしい』気配を感じた気がしたのだ。
そう思って視線を向けた先には、一組の男女。いや、片方は見るからに子供と言える年齢なのだが。
まず男の方。短く刈り上げられた金髪の坊主頭に、チョコレート色の肌。身長は二メートルを超え、Tシャツにジーパンというラフ格好だからこそ彼が肉食獣めいた筋肉の付き方をしているのが見てとれる。
灰色の鋭い瞳は普段なら猛禽類を彷彿とさせるのかもしれないが、今は驚愕に見開かれていた。まるで死人にでも会ったみたいに。
そして少女の方。小学生ぐらいだろうか、小さな体躯に幼げな顔立ちをしている。癖があるがフワフワと柔らかそうな金髪にエメラルド色の瞳。一瞬海外の有名子役か何かと思ったほどだ。
夏だと言うのに何故かフードを被っており、その下から覗く顔はキョトンとして鳩が豆鉄砲を食ったようだ。
その視線は、ただ不思議そうにしているだけ。そのはずだ。今までの経験も、第六感覚もそう告げている。
だというのに、何故だろうか。
自分の足はまるで縫い付けられたかのように、動かなくなってしまった。
『死にたく、ない』
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.炎ブッパで山越えとか目撃者やばくない?
A.
剣崎
「炎が目立たない昼間に高高度を高速で飛んで第六感覚と新垣さんの情報で人気のない所に着陸。一人ずつをピストン輸送なら結界で保護して運べます!」
新垣
「やめて。切実にやめて。使徒基準で音速を雑に考えないで。トラウマになる」
※なお、実行していた場合とある事情によりバッドエンドが確定になります。




