第百二十七話 恐怖
第百二十七話 恐怖
サイド 新垣 巧
たちゅけて……。
* * *
予定通り出発したが、あいも変わらず山は霧で覆われている。
一応霧を調べてみたのだが、やたら長く出つづけているわりに成分はまったくもって普通の霧だった。
いや逆に怖いわ。この業界、『普通』って言葉ほど不気味なものはない。何かしらの怪異が隠れているか、はたまたとんでもない落とし穴があるか。
とりあえずドローンを突っ込ませたが、途中で機能停止。ある程度進むと電子機器は使い物にならなくなるようだ。
今度は持ってきた防護服を着て前田くんが突入。命綱をつけていたのだが、気づいたらこちらに戻っていた。
彼が奥で採取した霧の成分自体は普通の物。しかし微かにだが魔力を検知。呪詛ではないが、なにかしらの効果は持っていると推測。
念のため前田くんを町に残していざという時の備えとし、他のメンバーで防護服を着て突入。ただし竹内くんのみ『トルーパー』を装着して先頭を前進。
焔……『蒼黒の王』より島で貰った占いの魔道具。アレに行方不明となったエージェントの私物を使って方角を把握しながら霧を進む。
で、現在。
「山田くんは竹内くんを連れてさがれ!細川くんは周囲の警戒、加山くんは下田くんを背負え!江崎くんは私から離れるな!」
「「「了解」」」
「りょ、了解!」
なんか謎の肉塊に襲われています。この業界ほんとうに肉塊多いな。
ブヨブヨとした巨大な肉塊。霧で視界が悪いが、おそらく地面から突き出してきたのだろう。
まるで壁のように盛り上がったそれから、体毛のように生えてきた触手。ヤツメウナギめいた口をこちらに向け、多数噛みついて来たのだ。
最初に肉塊が出てきた時に竹内くんが江崎くんの盾になって吹き飛ばされ気絶。そして数十の触手襲い掛かり、銃で迎撃するも防ぎきれず下田くんも負傷。防護服を壊され顔の皮がごっそりと食いちぎられた。
「おで……おいてけ……」
「馬鹿言うな!一緒に転職するって約束したろうが!」
下田くんを背負いながら加山くんが怒鳴る。状況は最悪一歩手前。
負傷者二名は動けない。山田くんは竹内くんを背負っていて戦えないし、防護服越しだが顔色が悪い気がする。そして江崎くんは。
「死ねぇ、化け物ぉ!」
めっちゃ元気。
それでも狙いは正確なあたり発狂まではしていないらしい。サブマシンガンを自分の近くにくる触手の迎撃に上手く使っている。足も止まっていない。
だが数が多い。これでは大量に持ってきた弾薬も限界が来る。
「手榴弾!三秒後に走れ!」
「了解!」
ピンを抜いて投げた手榴弾が炸裂。だが全部を打ち払えたとは思えない。一切の余裕はないだろう。
そう思っていたのだが……。
「なに……?」
案の定肉塊は無傷。そして触手も次々新しく生えてきたのだが、何故か襲ってこない。
数瞬震えた後、もぞもぞと肉塊が地面に戻っていったのだ。近づいて地面を確認すると、掘り返されたような跡があるだけで何もない。本当にどこかへ行ったのか?
「新垣さん!」
「各員、全周警戒しつつ状況を報告」
「下田の意識がありません。出血が酷い!」
「霧のせいで周囲の状況がわかりません。敵影確認できず」
「え、えっと無事です!」
「山田くん、報告は」
「………」
「各員山田くんから離れろ。細川くんはこっちをフォロー」
「了解」
「えっ」
混乱した江崎くんに説明している余裕はない。竹田くんを背負ったままの山田君へ慎重に近づく。
殴りかかってくる様子はないが、防護服の下に見える瞳は焦点が定まらずひたすら足元を見つめている。
「山田くん。僕の声が聞こえるか。山田くん!」
返事はない。とりあえず竹内くんを降ろさせて山田くんを拘束。抵抗は無し。
……仕方がない。
「山田くんと竹内くんは僕が運んでいく。各員は先の指示通りに。行くぞ」
二人を背負う。かなり重い。特に竹内くんは本人の体重もさることながら装備の分もあって、大人三人分以上。まともに運んでは立っているのも一苦労だ。
四肢に魔力を流し込み強化。あまり多くはない魔力がゴリゴリ削れるが、やむを得ない。
「新垣さん」
「わかっている」
細川くんの言いたい事はわかる。山田くんか下田くんを見捨てるべきだと言う事は。
指揮官の自分が潰れたらまずい。かといって細川くんに誰か運ばせては戦闘員が足らないし。江崎くんは多少使えるがまだ新人。下手に負担をかけては早々に脱落する。
だったら『トルーパー』を装備している竹内くんはともかく、他二名は見捨てるのも選択肢にいれるべきだ。
しかし。
「僕は班員を見捨てるつもりはない」
見捨てたら今度『蒼黒の王』と遭遇した時めっっっっちゃやばい気がする。具体的に言うと稼いだ信用度がもりっと減るか、もしくは謎の敵討ちを敢行しそうなんだよ。使徒がガチギレして日本のどっかで戦闘とか勘弁してくれ。
ついでに言うとここで脱落者が出ると後々絶対響く!士気が崩壊したら班がこのまま潰れかねない。この業界あるある。
「了解」
「「了解!」」
三人も納得してくれたか。えっちらおっちら、山を下りていく。魔道具の反応を頼りに進む。
ベストは前田くんのいる方に戻る事だが、魔道具は示してくれなかった。
……オーパーツ一歩手前の使徒作成の魔道具でも無理かー。そっかー。ぜっっっっっったいやべえじゃん。帰りたい。
速度を重視しつつも警戒しながら行ったのだが、あれ以降襲撃はなし。霧を抜け下山に成功したのだが……。
「止まってもらおう」
なんかどう見ても異形な連中に囲まれた。あ、これ死んだわ。
四本腕の鬼。下半身が虎の女。ライオン頭のトカゲ人間がそれぞれ粗雑な槍や斧、棍棒などを手に構えている。
だが一番の問題は正面に陣取る鹿みたいな男。何故か『ねばーぎぶあっぷ』と書かれたTシャツのみの装いだが、アレが一番やばい。
「色々と物騒な装いだ。武器を置いてほしいな」
彼らの視線は全てこちらが持っている銃器に注がれている。その目は強い恐怖が張り付けられており、それは一般人が銃を持つ賊に襲われた時のにそっくりな事に気づく。
つまり彼らは恐れているのだ。銃を。彼らに銃が有効な事はありがたいが、それ以上に暴発が怖い。この状況で戦闘は嫌すぎる。
どうする。武装解除するか?だが恐慌状態の一般人が何をするかわからない。無手で対処は確実に不可能。こういう時頼りになる山田くんと竹内くんはダウン中。
そして江崎くんの気配がかなり強張っている。こっちはこっちで暴発寸前か。
武器を置けって言っても従うかな、これ。従わないだろうなぁ。だから訓練期間ほしかったんだよ。けど人員が足りな過ぎて……。
「落ち着いてくれ。先に怪我人の応急手当をしたい」
「いいや、先に武器を置いてくれ。そうしたらうちの医者を呼んでくる」
カチリと、江崎くんが武器を構えた。あ、馬鹿!
異形達もそれに気づいたか、一気に殺気立つ。鹿の者も目の色が変わった。まずい。
「まっ」
だが、救いは上から来た。
「え、新垣さん!?」
「ふっ……お久しぶりですね、焔さん」
チェンジで。
* * *
サイド 剣崎 蒼太
「新垣さん、なんでここに!いや、それよりその怪我」
たしか山田さんと竹内さんだったか。その二人が新垣さんに背負われており、あちらでは確か加山さんだったか?その人が下田さんと思しき人を背負っている。全員ボロボロだが、特に下田さんがやばい。
「えっと、焔くんだっけ?君は」
「この人達は悪い人達ではありません。早く治療をしないと」
鹿野さんに言いながら、指輪の力で意識のない三人を治療。下田さんと竹内さんは意識を取り戻したようだが、山田さんの様子がおかしい。
「その防護服を外してください。様子を見ます」
「わかった」
新垣さんが山田さんを降ろし、彼女の防護服を脱がす。下に特殊部隊みたいな戦闘服を着ているが、この大量の汗はそれだけが理由ではあるまい。
魔力の流れがおかしい。それを調整すればどうにかなるか?
「失礼します」
山田さんの額に指をあてて魔力の流れに介入。すると小さくせき込んでからすぐに呼吸が正常化し、薄っすらと目をあける。
「あ、え……?」
「よかった……」
小さく安堵の息をはく。彼らがこうも重傷を負うとは、いったい何があったのやら。
「なんの騒ぎだい」
「あ、おばば様」
「ちょ、危ないですよ!」
「そうですこいつら銃を持ってる!きっと俺達を殺しに来たんだ!」
「落ち着きな!あんたらの行動次第で本当にそうなるよ!」
杖を鳴らして怒鳴りつけ、村人たちを強引に黙らせるおばば様。彼女の視線が新垣さんにいった後、こちらへと向けられる。
「滅ぼす気ならとっくに滅ぼされとる。発情期の猿じゃあるまいし騒ぐんじゃないよ」
なんかまるで俺が危険人物みたいな扱いな気がする。酷くない?たぶんこの場で二番目に常識人だよ?
「それで、あんたらお役人だろ。なんの用だい?」
「ふっ……どうやら、お互いに色々ありそうですね」
不敵な笑みを浮かべた新垣さんが、銃の安全装置をかけながら肩をすくめた。
「『蒼黒の王』陛下……!」
あとあそこの拝んでいる子だれ?
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。




