第百二十五話 遭遇
第百二十五話 遭遇
サイド 剣崎 蒼太
目の前の人……人?に困惑していると、向こうの方から絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
まさか、海原さん達になにか!?
「わー!このサメ頭刃物もってるぞ!?」
「お、落ち着いてその凶器を置くんだ」
「み、皆離れろ!こいつやべーぞ!」
鹿の人と一緒に来た奴らだった。そうか……鹿の人と一緒に行動するような奴らから見ても危険人物なのか海原さん。
それはそれとして。
「海原さん、殺すな!」
第六感覚で把握したのだが、海原さんが周囲にいる彼らに斬りかかろうとしていたのだ。
まあ、もしもあっちにいる彼らがこの鹿の人と似た様な姿なら戦闘態勢に入っても仕方がないが。
「剣崎さん、ですが!」
「敵意はない。落ち着け」
状況は不明。彼らの情報もなし。霧や例の肉塊も意味不明であり、こちらには守る対象が三人。
それでも蹴散らして強行突破は可能だが……彼らは『人殺し』と思えない。ならば殺す理由などないのだ。
「しかし……」
「いいんだ。家臣になりたいなら従え」
従ったら家臣にするとは言っていないが。
「……わかり、ました」
「ありがとう、海原さん」
どうやら落ち着いてくれたらしい。
こちらを困惑した様子で見ていた鹿の人が、チラチラと運転手さんへと視線を向けている。
「その、話を聞いてくれるかな?」
「ええ、はい。どうぞ。こちらも状況がわからないもので。それと、この人はパニックになっているので押さえているだけです」
「ああ、それはわかるよ。僕らもそうだったから」
「僕らも……?」
困惑していると鹿の人が、腰に巻いたベルトに提げた巾着から黒い球体を取り出す。微妙に凹凸があり、色合いもあってまるで泥団子だ。
「それは?」
「これを食べさせたらその人は落ち着くはずだ。近づいてもいいかな?」
「……どうぞ」
運転手さんも気絶したようなので、そっと横たえて三歩後ろに離れる。彼を間に鹿の人と睨み合う形だ。第六感覚が少しでも危険を感じ取ったらその段階で斬りかかる。
ゆっくりと鹿の人が運転手さんに近づき、彼の体を起こして口に例の団子を押し込んだ。ほぼ犬化した口に手首まで入るぐらいねじ込むように。
「がふっ!?」
「はーい飲み込んでねぇ」
折れた両腕で鹿の人を引きはがそうとする運転手さんだが、鹿の人はビクともしない。この人、たぶんかなり強い。ニードリヒと同等か……いや、ともすればもう少し上か?
口を押えられて強引に嚥下させられた運転手さんを見届け、鹿の人はようやくその手を放した。
「まっずっっっっっっ!!!」
「よーし意識はどうかな?記憶は?」
「え、ここは……て、手いたぁ!?あ、足も、というかなんだこの肌!いや痛い!けど腰痛は治ってる!?」
驚いた。運転手さんの気配が元のそれに変わっている。だが姿はほぼグール化したまま。どういう事だ?
「えっと、とりあえず背負うから落ち着いて」
「いったぁ……え、待ってください。貴方その、頭の、いたたたた!」
「う、うーん。どうしたものか」
「ちょっといいですか?」
そっと近づき、右手を運転手さんの方へと向ける。
「治療します。驚くかもしれませんが、どうか落ち着いて」
「おや、いいのかい?」
「はい。失礼します」
指輪の力で治癒の炎を解放。暖かな火が運転手さんを包み込んだ。
「う、うわあああ!ひ、火が!」
「これは……」
当然驚く運転手さんと鹿の人だが、すぐに火は収まり運転手さんの手足は再生している。
「あ、あれ?」
「凄いな。『おばば様』の魔術よりも効果があるぞ」
おばば様?
「それでは、とりあえずあちらに合流しますが、いいですか?」
「ああ。こちらもそうしたいからね」
「な、なにが何やら」
第六感覚を頼りに海原さんの方へと向かう。
そこではおとぎ話に出てくるような『ラミア』『四つ腕の鬼』『単眼の農夫』といった者達が彼女らを包囲し、それに海原さんが女子高生達を庇って小太刀を構えていた。
「あ、鹿野さん!」
「よかった、鹿野さんどうにかしてくれ!」
「ほらサメの人。武器を捨ててくれ。危ないから」
比較的冷静な……というか、まるで普通の人間みたいな事を言う彼らに油断することなく海原さんは武器を構え続けているし、女子高生達も片方は蹲って苦しんでいてもう片方は相方の背をさすりながら怯えた様子で異形の者達を睨みつけている。
そして全員の視線がこちらに向いた。中でも女子高生はこちらを見るなり大声をあげるほど驚いていたようだ。
「『蒼黒の王』!?それにグール!?ど、どういうこと?」
「え、グールってなに」
混乱する運転手さんをいったん放置。ゆっくりと近づいて海原さんに一瞥してから蹲っている女子高生の傍に跪く。
「安心してください。ちょっと失礼しますよ」
「あ、あの助けてください!その、なにもお返しなんてできないけど、私の後輩が、必ずこの御恩は!」
「落ち着いて。大丈夫、助けます」
彼女の髪をかき上げチョーカーを露出させると、首の後ろ側にある魔道具の本体部分に触れて魔力を流し込む。
やはり、過度な『人外としての因子』の供給にオーバーヒートを起こしかけていたのか。それならこちらで魔力を調律してやれば問題ない。
予想通り黒髪ロングな方の女子高生は落ち着いたようで、呼吸も正常なものへと変わる。
「はあ……はあ……い、いっちゃん先輩。いったいなにが」
「双葉ぁ!よかった。大丈夫、『蒼黒の王』がまた助けに来てくれたからね!」
「『蒼黒の王』……わ、本当だ」
「あ、どうも」
なんか期待の眼差しで見られたので軽く会釈しておく。ちょっと照れる。
「それで、色々とお話しを伺いたいのですが……」
海原さんを含めて彼女らの前に立ち、異形達の中で一番強そうな鹿の人……『鹿野さん』に視線を向ける。
運転手さんも庇えって?いや、なんか色々説明が面倒だし。一応射程内にいるからいざとなったら庇えばいいかなって。
「勿論だとも。まずは戦闘を避けてくれた事に感謝を。だがここに長居するのは危ない。落ち着いて話せる所に移動しよう。さ、ついて来ておくれ」
そう言って鹿野さんがくるりと来た方向へ歩き出す。すぐに霧で彼の背中は見えなくなったが、代わりとばかり角の先端が明かりを灯したので見失う事はなかった。
他の異形たちも自分や海原さんには警戒した様子ながらも、鹿野さんについて歩いて行く。
「剣ざ」
「待った」
ちらりと女子高生達と運転手さんに視線をやる。
今更かもしれないが、あまり本名を連呼されたくはない。
「ここでは『焔』と呼んでくれ」
「……中二病ですか?」
「どやかましいわ」
どこぞのお嬢様と一緒にするんじゃない。
とにかく鹿野さんとやらについて歩く事数分ほど、いつの間にか霧が消えて周囲の景色が見えるようになる。
どうやら踏み固められた土の道を歩いていたようだ。そして、少し先に木やレンガで組み立てた壁と門が存在している。
その向こう側に多数の気配。人外、なのだと思う。思うのだが、驚くほど敵意や血の臭いがしない。いや、血の臭い自体はするが、なんというか獣っぽいというか。動物の血?
「色々と聞きたい事があるだろうけど、まずはこの村の名前を教えよう」
門の前でくるりと振り返った鹿野さんが、両手を広げながら笑みを浮かべる。
「『野土村』にようこそ!僕らは君達を歓迎するよ」
* * *
サイド 新垣 巧
車に揺られる事二時間。正直腰が辛い。
ようやく到着して車から降りて、部下にばれない様に腰を伸ばして綺麗な姿勢に。あー、腰ぃがぁ……この歳だと、体に色々ガタがくる。真面目に引退を考えるべきか。
「さて、とりあえず一度上が用意してくれた拠点に行こうか。そこで荷物の整理後、情報収集だ」
「「「了解」」」
さーて、何事もなく終わればいいなー……絶対に無理だろうけど。
移動中に個人的な伝手で流れてきた情報。それらが胃をじくじくと虐めてくる。
なんと、よりにもよって『ジョーンズ社』と『コール』が動いているというのだ。それらの私兵が日本に密入国していると言う。
『ジョーンズ社』
現在アメリカを実質支配する七大企業の一つ。軍事や武器関係のシェアを多数占めており、あそこの銃は質がいい事で有名だ。うちの班が使っているサブマシンガンも少し古いが、あの会社のを使っている。
七大企業でも特に軍部との繋がりが強く、在日米軍基地や自衛隊への装備売買にも深く関わっているため日本に私兵を送り込むのは比較的容易いだろう。
ちなみに、あくまで個人的に調べただけだが、江崎くんと因縁のある傭兵どもが使っていた『インクイジター』を作ったのは彼らである疑惑もある。
『コール』
イギリスを拠点とする秘密結社の一つ。秘密結社なんて言うと陳腐に聞こえてしまうが、ゴリゴリに危ない狂人集団である。
英国政府にも決して無視できない数の構成員を仕込んでいる大規模結社であり、その掲げる目的は『邪神の力を利用して世界を裏から牛耳る』だそうな。
いやもう馬鹿かと。アホかと。そんなの絶対に無理だろう。邪神の力は確かに凄まじいだろうが、邪神が貴様らに協力する理由ある?あっても玩具にされる可能性の方が高くない?
それでも人や物が集まるだけあって、かなりの戦力を有している。なんでも、『トルーパー』の類似品を作ったという噂まであるのだ。
で、この二つの組織。実は共通点がある。
数カ月前に日本のホテルで行われた、世界中の『裏の重鎮』達が集まる会議で襲撃されたり、した側だったりするわけで……。
どーっちも僕らに恨みがあるんだよねぇ……偶然居合わせた結果、漁夫の利で独り勝ちしちゃったものだから。
やだなー、やだなー……会いたくないなぁ。
ぜーったい殺しにくるじゃん。なんなら殺された方がマシな目に合わせてくるじゃん。知り合いの情報屋が『ジョーンズ社なんて爆撃機持ってきた疑惑まであるぜ。受けるwww』とかぬかしていたし。
面白くねーわ。万一爆撃機が本当だったらそれの標的どこだよ。一応上に報告したけども!
とにかく目の前の任務に集中するとしよう。なーに、ちゃんと報告したんだから上がどうにかしてくれるさ。してくれるよね?して?しろ。
「それでよー、あそこの山にはな……?」
「なんと、山になにかが?」
そんな事を考えながら、近隣住民から丸一日かけて情報収集したわけだが、聞き取れた事は以下の通り。
『山の方では人食いの怪物たちが出る。旅行者等が何人も行方不明となっており、この前は外国から旅行に来た二人組が行方知れずになった』
『あの山は突然変な霧が発生する事がある。あの霧に飲まれると道に迷い、誰も帰ってこられない。しかも、時折変な叫び声も聞こえるから化け物が人を襲っているのかもしれない』
『よくわからない外国人をこの辺でよく見かけるようになった。大荷物を運び込んでおり、不愛想で気味が悪い』
『今朝にここを通るはずだったバスが一台音信不通になっている。きっと化け物達に襲われて喰われてしまったに違いない』
と、住民たちが言っていた。また、行方不明になった公安の人員についても目撃しており、彼らも山の方に行ってから姿を見なくなったとか。
うん……何故だろう。色々と気になる情報があったはずなのに、何故か自分の勘は『連絡がとれなくなったバス』がヤバいと告げている気がする。
行きたくない……帰りたい……いっそ仕事をさぼって近くにあるという秘湯にでも行ってしまおうか。
だめだよなぁ。はぁ……。
「さて、我が班はこれより十分後にここを出発。件の山へと侵入する。警戒レベルはイエロー。準備にかかりなさい」
「「「了解」」」
「それと江崎くん」
「はい!」
厳めしくなってしまった顔にどうにか余裕の笑みをうかべ、緊張した様子の新人に軽い口調で話しかける。
「緊張するな、と言っても無理だろう。君をバックアップではなく前で行動させるのは今回が初だ。だが安心したまえ。我が班の帰還率は公安でも随一だとも」
「はい!」
「ふっ……では諸君。新人のエスコートを気にし過ぎて格好の悪い所を見せるなよ?行動開始!」
「「「了解!」」」
あー……ぽんぽんいたい。
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。
Q.海原さんこんな狂犬だっけ?
A.後で描写します。
Q.そういえばなんでアバドンや金原が東京を破壊していた時『人斬り』や魔瓦は攻撃しなかったの?
A.あいつらだと相性的に勝ち目はゼロです。完全体人斬りなら金原に不意打ちで勝てるかもしれませんが、あの段階だと人斬りは融合より一時離脱を選びます。
Q.新垣さんそろそろ上にキレない?
A.直属の上司とかその周りが自分よりブラックな状況だから怒りづらい感じです。
Q.チート転生者なのにわりと毎回死にかけていない?
A.チート転生者でもないとそもそも『戦う』のコマンドを選べない敵が多すぎるのがクトゥルフ世界です。
Q.トルーパー人気すぎない?
A.需要にピッタリフィットしちゃったから……。




