第百二十四話 落下
すみません、リアル事情で少し投稿が遅れました。申し訳ございません。
第百二十四話 落下
サイド 剣崎 蒼太
燃えさかる街に、自分は剣を手に立っている。
ああ、またこの夢か。何度も見てきた故に、これが悪夢の中だとすぐにわかった。だがわかったからなんだと言うのだ。どれだけ強く念じても、ここから先の流れは多少の変化はあれど、大筋は変わらない。
崩れ落ちる東京にて、自分が殺めた者、救えなかった者達が転がっている。それは十二月に戦った転生者達だった。それは貝人島で救えなかった島民たちだった。それは研究所で戦ったガイドさんや観光客、教授、アリシアのクローンであった。
『たすけ、て』
ずるりと、足元から白い手が伸びてくる。
『たすけて』
それは小さい子供の手だった。
『しにたくない』
それは少し日に焼けた女性の手だった。
『おかあさん』
『むすめはどこ?』
それは子供の手と、それに重ねられる女性の手だった。
『親が子に会いたいと思うのは、間違っているのか』
いつの間にか目の前にいた木山教授が、腕の中にアリシアを抱きかかえながらこちらを見つめる。
『どうして、二度も娘を奪った』
コテリとアリシアの、アリシアのクローンの首が曲がりこちらへと顔が向けられる。それは、自分があの人形と教授を切り裂いた時と同じもの。
自分の手が、剣を逆手に持っている事に気づく。その切っ先は足元へと向かっていた。
足元にある黒い沼。そこから顔だけを浮かび上がらせる金髪の男と目が合った。
『しにたく、ない』
* * *
「っ………!」
布団をはね飛ばして起き、ここが自室である事を確認する。
敵はいない。燃えてもいない。死体など、当然ありはしない事を確認し、流しへと歩いていって蛇口をひねる。
流れ出した水に手をいれ、ついてもいない返り血を流し続ける。爪を皮膚にたてようとしたのを、ギリギリで止める。いけない。自分の血を不用意に流すわけにはいかん。
水を止めて、濡れた手で顔を覆いながら天井を見上げる。
『しにたく、ない』
「俺もだよ……」
壁に背中を預け、ずるずると滑り落ちる様に座り込んだ。
* * *
この体が頑丈でよかった。ここ最近全然眠れていないが、それでもこれといった眠気もなければ体調に問題はない。
だからというわけではないが、待ち合わせ時刻の三十分前に到着してしまった。正直あの夢の内容から逃避したいのかもしれない。
いつも通り伊達メガネとマスクをつけて、駅の壁を背につっ立て待つ。
そうしていると、ホームの方に『悪霊』がいるのに気づく。あちらはこちらに気づいていないようだが、子供を電車がもうすぐ来る線路におりるよう誘導しているようだ。
それに気づいた段階で視線に魔力を込めながら睨みつける。それだけで悪霊は霧散し、子供は不思議そうにしながらも親の元へと戻っていった。
最近魔力の調整に気を使っているので、これぐらいはできる。転生者……というか、使徒とやらは魔力が作り手の神格に似るようなのだ。アレの魔力に似ているとか、危険物以外のなにものでもない。絶対に余計な放出は避けねば。
それよりも『悪霊』か……。
木山教授の一件から一週間もしないうちに、アメリカで街一つがニードリヒに飲まれたと予測される。そして、前世におけるロシアや中国がある場所でもアバドン細胞は研究されていたらしい。
それら以外の国でも、ここまで大事になっていないだけで奴の細胞は猛威を振るっているのだろう。
結果、木山教授が娘を蘇らせる為に計画していた『この世とあの世の垣根を薄くする』は、半ば達成されることになる。現にこうして死んだ人間の残滓がこの世に残留する様になってしまったのだから。いいや、あるいは本当にあの世から部分的にでも戻っているのかもしれない。
……それでも、あの日の戦いは無駄ではないと思う。思い、たい。
また考え込みそうになる所に、見知った気配を感じ取って顔を上げる。いつの間にか予定時刻の十五分前になっていたようだ。
「お、お待たせしました!」
「いや、俺が早くつき過ぎただけだから」
慌てた様子で駆け寄ってくる海原さん。その姿に少しだけ目を見開く。驚いた、着物ではなく洋服だ。いや、前に宇佐美さん達と来た時も洋服だったが。
赤いロングヘアーは左側で一つのお団子にまとめられており、上は袖のないYシャツ。下は黒のタイトスカートに同じ色のタイツ。靴も低いがヒールがある。
なんというか、そのスタイルの良さもあって中学生に思えない。おっぱい。ノースリーブ
にそのおっぱいは卑怯だよ……!
「すみません、遅くなってしまい……」
「いやいや。そんな気にする事じゃ。それより、その、似合っているな、その服」
確か黒木に借りたギャルゲでこういう時は服を褒めるとあった。前世やっていたゲームや漫画でもそうだったので、間違いない。
ふっ、勝った!
「あー、そう、ですか」
あるぇ?
「実はお婆ちゃんに選んでもらった服でして。今日着ていく物でちょっともめたので、来るのが遅れたといいますか」
「そ、そうなんだ。あと、だから遅れていないって」
まさかのお婆ちゃんファッション、だと……!?
「その……最初お婆ちゃんが露出過多の服を薦めてきて、慌てて普段遠出する時の服を出したんですが、そしたらお婆ちゃん真顔になっちゃって」
お婆ちゃん推薦の露出過多な服、だと!?
思わず今の海原さんの服装を見る。
露出したチョーカー以外の首筋や肩から先。特に肩から先は彼女の場合着物で隠れている事が多いので、白い肩や二の腕が眩しい。それにあれだけの戦闘技術を持っているというのに逞しい印象がない。か弱いとも言えないが、華奢な女の子の腕だ。
なんでもない部位のはずなのに普段隠されていたのが見える時って、なんかエロくない?
それはそうと露出過多な服について詳しく。
「その……お婆ちゃん曰く、私にはファッションセンスがないとの事なんですが……そういうのに疎い女子中学生って、駄目でしょうか」
不安気に視線を泳がせながら、顔を赤らめる海原さん。かわいい。あざとかわいい。
「安心してくれ、海原さん」
「剣崎さん」
「美少女は何着ても美少女だから……!」
「剣崎さん……」
あ、やべ。発言ミスったっぽい。途端に海原さんの表情が落胆したものに変わる。
おかしい。『君は何を着ても可憐だよ☆』って意味で言ったのだが。くそ、参考にしたのが麻里さんこと生ごみだったのが運の尽きか!
「まあ剣崎さんはそういう人ですよね。ちょっと安心しました」
なんかガッカリされてる!?けど島で会った時にちょっと戻ったな。
どうしてか本土で交流する頃になるとやけに焦っている風だったのだ。もしや……俺に惚れている。
かーっ!困ったなぁ。やっぱイケメンだからかー。今の俺は超絶イケメンだからかー。顔が良すぎるって罪だわー。
「ふっ……」
「え、きもちわる」
「ひどい!?」
なんなの?俺をキモイって言うのが流行ってるの?いじめかな?
「海原さん。そういうのはいけない。君達の言葉というのは、自分達で思っている以上に人を傷つけるのだからね?もっと優しく。平和……そうラブアンドピースの心で。ラブアンドピースの心で喋ろう!」
「ふーん、君達、ですか」
あ、これなんかミスった?
「私以外にも家臣がいるみたいな発言ですね」
「いないよ?というか君も家臣じゃないよ?」
「ほら行きますよ御屋形様」
「違うよ?いや行くけどね?」
なんだろう。とても理不尽な気がする。これは海原さんが俺に惚れているのか、はたまた育った環境的にアレな子に育ってしまったのか。
まあ巨乳美少女だからいっか!巨乳美少女はそれだけで世界の宝だから……。
そんなこんなで電車に揺られ、隣で揺れる海原さんの乳に翻弄され、そしてバスに。
「このバスを乗って三十分ぐらいで目的地ですね」
「なるほど」
機嫌は戻ったらしく、海原さんは温泉が楽しみな様子でニコニコしている。
「私、実は温泉って初めてなんですよ。島にはそういう所なかったですし」
「へー。そう言えば俺もかなり久々だな」
温泉旅行は前世にあるぐらいで今生はない。まあそこまで温泉が好きなわけでもないし、どうでもいいっちゃいいのだが。
だが巨乳美少女との旅行なら別である。めっちゃ楽しみ。絶景が。
「いっちゃん先輩、このバスで行けるらしいですよ」
「はえー。けどお客さん他にいないね。あそこのカップルぐらい?」
「秘湯らしいですからね」
そしてなんか女子高生二人がバスに乗って来た。おお、片方は中々のおっぱいと美少女っぷり。いや、あの子は微妙に見覚えが。
ああ、あのチョーカー。という事はグールの件で新垣さんから連絡先もらえた時の。
「……あの子」
するりと海原さんの目が細められる。彼女の全身に意識が張り巡らされ、戦闘態勢に入りかけている事に気づく。
「海原さん?」
「剣崎さん。あの子、人外混じりです。かつての私みたいに」
「落ち着け。あのチョーカーを見ろ」
「……あれ?」
「新垣さんを覚えているか?あの人経由でな。人外化を抑える魔道具だ。つまり敵になる心配はない」
「あ、そうですか。よかったー」
途端に力が抜けた様子で背もたれに体を預ける海原さん。その瞬間乳が揺れた事を見逃す俺ではない。
これが、使徒の眼力……。
「ちょっと危ないかと思って迷ったんですが、斬らなくていいならよかったです」
「うん。とりあえず人外=敵なノリはやめようね?」
「え?」
「え?」
ははん。さてはこの娘狂犬だな?
「……剣崎さん。剣崎さんは、人外の思考を考えた事はありますか?」
「え、ないけど……」
「私も、剣崎さんが助けてくれなかったら完全に人外になっていました。そして、人外になりかけていた私は……」
目を伏せて黙ってしまった彼女の手を握るか迷って、そっと小指だけ重ねる。
「えっと……なにか悩んでいるなら相談にのる。だからそう思い詰めないでくれ」
「……いえ。大丈夫です。すみません、せっかくの旅行なのに辛気臭い話を」
苦笑いを浮かべながらそう言った海原さんが、こちらが小指をのせていない方の手で旅館のパンフレットを取り出す。
「そう言えば剣崎さん。今から行く温泉って色んな効能がある事で有名らしいですよ?」
「へぇ、そうなのか。ちなみにどんな?」
「本当に多種多様なんですよー?学力向上に美容、不老長寿に武芸百般。更にはどんな病気も治るとか」
「多いな。なんか逆に胡散臭くないか?」
「そんな!?パンフレットの最後に書いてある女将さんの『バッファロー谷垣』さんだって『これで私はこのプロポーションを手に入れた』って」
「真実だな。間違いない」
この女将さん、スケベすぎる……!
地味めの顔立ちに反してダイナマイトバディ。なるほど、バッファローなパイ乙だ。
「……あそこのカップル楽しそうだね」
「……いっちゃん先輩。いっそ私達もリア充っぽく行きましょう」
「たとえば?」
「……恋人っぽく振る舞うとか?」
「やめろ。余計に男が寄ってこなくなるだろうが」
「諦めましょういっちゃん先輩。私達はきっと二十年後も二人で男っ気もなく旅行に行っているんですよ」
「本当にやめろ。いやな予言をするんじゃない。私は三十になる前に金持ちなイケメンと結婚して二児の母になっているんだ」
「夢見過ぎでは?」
あっちの女子高生、俺達の事をカップルとは……照れる。
そんな感じでバスに揺られる事三十分。未だに山の中を走っていた。
「なあ、ちょっとおかしくないか?予定時間を大幅にオーバーしている気がするが」
「え、けどバスってこんな物じゃないですか?」
「否定はしないが……」
確かにバスが遅れる事はあるが、未だに旅館が見えてこない。これは流石に違和感がでてきた。
「あれ?」
「どうしましたいっちゃん先輩」
「いや、スマホが圏外になって」
「山奥ですからね」
「それもそう、かなぁ?さっきまで普通につながっていたのに」
女子高生たちの声に、自分もスマホを確認する。確かに圏外になっていた。
第六感覚が微弱だが嫌な予感を覚えている。それに最近突然スマホが圏外になると碌な事になっていないのだ。
「海原さん。一応警戒態勢を」
「はい」
彼女もなにかおかしいと気付いたか、真剣な表情となってチョーカーの後ろ側に手を回す。
それを横目で確認しながら、バスの運転席へ。
「すみません、あとどれぐらいで付きそうでしょうか?」
「あ、これはすみません。いやね、地図の通りならもうついている頃なんですが」
運転手のお爺さんが不思議そうにバスのカーナビを見ている。そのカーナビの画面を見てみると、確かに目的地周辺とあった。
その時、微かに魔力を感じ取る。それと同時に霧が出始めたのだ。それも普通ならありえない勢いで。
「な、なんだ?」
「っ、運転手さんバスを止めてください」
「いや、しかし」
嫌な予感がする。この霧が出たとたん大気中の魔力の流れがおかしくなった。これでは周囲の索敵もままならない。
第六感覚に集中し、周囲の警戒を行う。今は情報を集めなければ。
その第六感覚が発する警報がどんどん強くなっている。しかしどこから何が来るのかがさっぱりわからない。まるで周囲全てが敵とでも言っているみたいだ。
「なっ」
混乱しながらも周囲を警戒していたからか、自分はそれに気づく事が出来た。気配からして向こうの女子高生のうち、ちょっと地味な方も気づいたのだろう。
窓の外になにか大きな影がいる。転生者の視力でも見通す事ができない霧に、一瞬だけうつった黒い影。その大きな何かが、こちらへととんでもない速さで近づいてくる。
「ショック体勢!」
咄嗟にそう叫びながら指輪型の魔道具を起動。何の因果か、あの女子高生達と会った時も使った障壁の魔道具である。
紅い障壁がバス全体と乗っている者達を包み込むのとほぼ同時に、巨体がバスにぶつかってきた。
「おおあああああ!?」
「「きゃあああああ!?」」
バスの運転手と女子高生達の悲鳴が車内に響き渡る。崖から転がり落ちていくバスの中、自分は確かに巨体の姿を見た。
それは、ブヨブヨとした肉の塊。それがとんでもない長さをもって、こちらにぶつかってきたのだ。
両端が見えない。そして高さもよくわからなかった。相当な巨体である。
転げ落ちるバスの中運転手さんの肩を掴んで支えながら、窓から跳び出して車体を支えるか迷う。しかし、追撃があるかもしれない以上へたに彼らから離れるわけにもいかない。
結局バスが完全に落下するまで静観を保ち、横転した状態で止まった車内を見回しながら小さくため息をつく。
もしかして、本気で自分は祟られているのだろうか。やっぱ邪神とは言え神の顔面を燃やすのはまずかったかな……。
そう思いながら、気絶した運転手さんを抱えあげてフロントガラスを蹴破り外に。後ろでは海原さんが『アマルガム』を装着して女子高生達を抱えあげていた。
そうして外に出るが、周りは霧に包まれたまま。しかしバスの一部から炎があがっているようで火の光が見える。
障壁でカバーしきれなかったか。離れた方がいいか?
「海原さん。少し移動しよう」
「はい!」
そうして移動した後、そっと運転手さんを横たえる。ごつごつとした地面だが、抱えていては戦いづらい。
念のため鎧姿になって改めて周囲に意識を配る。だが、第六感覚が感じ取った『危険』は足元だった。
「なっ」
「がああああああ!?」
突然運転手さんが苦しみだしたのだ。そして、向こうの方で女子高生がうめき声を出しているのも聞き取れた。
「どうしました!?」
慌てて膝をついて確認する。運転手さんに目立った外傷は見られず、呪いの類も……いや、これは。
霧から何かが運転手さんへと流れ込んでいる。なんだこれは。魔力、なのか?
「普通の霧じゃない!攻撃の類だ!」
腕を振るって霧を吹き散らすが、すぐにこちらへと集まってくる。剣で薙ぎ払うか?
そう思案している一瞬のうちに、運転手さんが跳ね起きてこちらへと掴みかかって来た。
「があああああ!」
「ちょ、落ち着いてください!」
運転手さんの様子がおかしい。その顔立ちが犬のように変化していき、しかし体毛はどんどん抜け落ちていっている。
これは、まさかグール化!?
「剣崎さん!この子の様子が!」
「痛い、痛いぃぃ!」
「双葉?双葉!?」
向こうでも異変が起きている?どういう事だ!
運転手さんを片手で押さえつけながら、思考を巡らせる。
彼はまだ誰も殺していない。そしてグール化なら抑える方法はある。現にあの女子高生だってこれまでは……ニードリヒの時とは状況が違う。
だが抑制の魔道具なんて持ち歩いていない!とにかく手足を折って拘束するか?
逡巡は二秒。やむを得ないと自分に言い聞かせて、彼の両腕を一瞬でへし折り、左のつま先を踏み潰しながら首を掴んでしめる。
「が、あああ……!?」
「すみません。今は大人しくしていてください。海原さん!余裕があるならそっちも殺さずに押さえてくれ!」
「了解しました!」
腕の中でもがく運転手さん。本当に申し訳ないが、他に手段がない。
だが、事態はどんどん動いていく。
「っ、バスから見て九時の方向から何かくるぞ!」
第六感覚で受信した情報を叫ぶ。自分から見て左側から何らかの集団がこちらへと向かってきていた。
だが敵意は感じない。どういう事だ?
一応警戒して運転手さんを掴んでいない方の手に剣を呼び出す。そして、霧の中でも見えるほどに近づいてきたのは――。
「やあ、これは……どういう状況かな?」
つるりとした禿げ頭に鹿の角をはやし、下半身を鹿のそれとした中年男性が、『ねばーぎぶあっぷ』と書かれたTシャツ姿で立っていた。
「いや貴方がどういう状況ですか!?」
叫んだ俺は悪くないと思う。
読んでいただきありがとうございます。
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Q,剣崎って海原さんの事を小娘って思っていたんじゃないの?
A.魔法使い相手に家臣だとかその後の人生を決める様な事を決める年齢ではないと思っていますが、それはそれとしてエロイ目で見ています。恋愛対象ではあるけど、人生をどうこうとはまだ思っていません。その辺剣崎は俗物です。
Q.魔法使いに家臣志望ってそんなまずいの?
A.某神様が客として来る温泉を経営するお婆さんに本名を知られた状態で弟子入りするぐらいの暴挙です。




