第百二十三話 それぞれの理由
モブ女子高生二人はもう出ないと言ったな、あれは嘘だ。
すみません使いやすそうだったので出します。
第百二十三話 それぞれの理由
サイド 茂宮 市子
「いっちゃん先輩。温泉に行きましょう」
「え、なんで?」
夏休みももうすぐ終わるという頃、突然後輩がそんな事を言ってきた。
しかもアポなしで家に押しかけて来たうえで。
「どうしたのいったい」
「商店街の福引で当たりました。ただ期限が近いので暇な人しか誘えないんですよ」
「おう先輩を暇人認定すんなや」
「え、だって彼氏とかいないですよね」
「いないけどお前だっていないじゃろがい!」
この後輩失礼過ぎないかなぁ!?
「はあ……で、いつ行くの?私も行くわ」
「明日です」
「待てやこのミスおもらし!」
「そのあだ名は戦争ですよこん畜生!」
華の女子高生が二人そろって相手の胸倉を掴んでガンを飛ばすという珍風景が展開される。
マジでこの後輩失礼だな!?
「明日ってなんじゃい!予定とか考えろや!」
「あるんですか予定!?」
「ないわ!」
「あ、なんかすみません」
「謝んな畜生め!」
泣いてなんかない。弟ですら彼女ができたのに自分は一人。その事実から目をそらしているだけよ。
ならばそう、これをチャンスと思うのよ茂宮市子。これを機にひと夏のアバンチュールを刻むのよ!温泉で!
「行こう双葉!そこで私は彼氏を見つけてみせる!」
「あ、ちなみにこのチケットカップル用だそうです」
「なんで今それ言った?」
「先輩だけ彼氏を作れるなんて幻想は捨ててください……」
「ひえ……」
この後輩、さては顔がいいくせにひと夏の恋ができなくて他人も沼に引きこもうとしてるな!?年齢=彼氏なしという底なし沼に!
「百合……尊い……」
なんか見覚えのある眼鏡の人が犬の散歩をしながら泣いていた。こわっ。
* * *
サイド 新垣 巧
転職って、お勧めとかあるのかな……公安所属の政府お抱え魔術師って需要あるんだろうか。あるだろうけど後が怖いなぁ……。
そろそろ百連勤も見えてきた今日この頃。愛娘とも会えず、仕事に追われる毎日。
出来る事なら温泉とかへ家族旅行に行きたい。たしか……最後に温泉へ行ったのは、妻と二人きりの時か。あの時は彼女の湯治の為だったから、楽しむ余裕はなかったが。
……いいや、嘘をついた。妻と一緒にいる時で、楽しくなかった時なんて一度もない。本当に輝かしい日々だった。まあ、厄介ごとを見つけては自分から突っ込む癖は勘弁してほしかったが。
亡くなった妻の顔がちょっと近づいた気がする。あれ、これマジで過労死しそうじゃない?さすがに一日の平均睡眠時間が一時間きりそうなのは魔術師でもやばいよ?
しかし、上への批判もしづらい。現状に不満があるが……上がこちらに仕事をひたすら回し続けるのも、わからなくはない。
日本では『国立海洋博物研究所』の火災事故。職員もツアー客も誰も生き残れなかった事もあり、しばらくはテレビの話題をかっさらっていた一件。それも既に下火となり、今は大臣の汚職や芸能人の問題発言などが話題になっている。
しかし裏側では、かつてないほどの怪事件が頻発していた。
アバドン。去年の十二月に死んだ大怪獣は、未だに世界に影響を与え続けている。今はドーム状に建設した施設で覆っているが、その肉片は世界各国が持ち帰ってしまった。
アメリカでは街一つが核の炎で燃え尽き、大陸の方では今も問題が収束するどころか混乱は広がるばかり。そうして発生しているのが、大気中の魔力濃度の上昇だ。
魔力濃度が上がるとどうなるか。端的に言うと『怪物が現れやすくなる』。
我々人間が住む『人界』と、神々や異形が住む『異界』。それの一番の違いは魔力の濃度だ。
そしてその濃度が近くなる程、二つの世界の行き来は簡単になる。
現在の世界はそれこそ魔術の魔の字も知らない学生が、ネットで買った様な物品で異形を呼び出せるありさまだ。もっとも、制御できるかは別だが。むしろ召喚直後に殺されて異形が自由になってしまう事の方が多い。
あるいは、こちら側の人間があちら側に行ってしまう。そんな事例も増えている。
そうして二つの世界の行き来が増える程に、濃度は近づいていく。負のスパイラルに陥るわけだ。
で、そういう案件に対応をするのが我々警視庁公安部特殊害獣対策課。通称『特課』の仕事なわけだ。
危険な任務。足りない人材。少ない支援。これで給料まで少なかったらとっくに辞めている。幸い金払いだけはいいのだ。御上も裏側を放置すると危険である事がわかる故に。
今日も人を攫って生贄にし、邪神を召喚しようという異形の群れを殲滅した所だ。本っっっっっっ当にきつかった。
しかもだ。どうにも最近は人員の不足がより顕著になってきていると、唯一生き残っている同期から聞いたのだ。
人員の不足。数が足らず単純に解決するべき事件に追いつかないのもあるが、それ以上に『質』が足らない。
そもそも日本は第二次世界大戦の敗北で、魔術の名家はその多くが断絶している。無傷に近いのは『宇佐美家』ぐらいだ。
かくいう新城家も元は魔術の名家であり、かの『土御門家』の分家にあたるのだが……まあ、それは別にいいか。もうほとんど連絡とってないし。
とにかく、今の日本の裏側は『質』も『数』も足りていない。
……どこぞの使徒がとんでもない劇物を投げてきたので、解析が進めば今後はわからんが。
とにかく、今日はやっと休みが取れる。それとなく上司にも確認した。今度こそ突然こっちに仕事が回される事はないと。
さあ、いざゆかんマイホーム!待っていてくれ我が愛娘!
ちょっと壊れたテンションで宿泊しているホテルの部屋から出ようとすると、仕事用のスマホに電話が。
めっちゃ嫌な予感がする。する、けど。社会人として、出ないわけにも……。
「はい、新垣です。おや、これはこれは。いったい……なんと」
一分にも満たない電話を終え、先にホテルのロビーに集まっていた班員たちのもとへと向かう。
駆け足になりそうなのを堪え、悠然とニヒルな笑みを浮かべて歩く。部下を不安にさせる上司は最もダメな上司だ。少なくとも、心の強さが重視される裏の業界では。
「やあ諸君。大変残念なお知らせがある」
露骨に嫌そうな顔をする加山くんと下田くん。ははっ、僕も同じ気持ちだよ。
そしてよくわかっていない江崎くん。君もすぐにこっち側になるから楽しみにしていろ。エナジードリンクのストックは十分だ。
「追加のオーダーだ。鉛玉をお届けに行こうじゃないか」
行きたくない。切実に行きたくない。
よりにもよって、『公安所属の対異形専門チームが行方不明』な案件とか、どうしてうちに回すかなぁ。
「ふっ……各員、気を抜かぬように。しかし、張り詰め過ぎてはいけないよ?なぁに、いつも通りやろうじゃないか」
不敵に笑いながら、あえて靴の音を鳴らしながらホテルを出ていった。
* * *
サイド とある尽くすタイプ
「大丈夫、エマちゃん?疲れてないかしら」
手をつないで歩く少女へと話しかける。
「だいじょうぶ、です。スペンサーさん」
癖のある金髪の少女が、ニパリと太陽の様な笑みを浮かべる。
輝くような金髪を肩にかかる程度で切った、エメラルド色の瞳をした少女。新雪を彷彿とさせる白い肌に、ぷっくりと膨らむピンク色の唇。
まだ十かそこらのこの少女は、エマ……『エマ・ウィリアムズ』だ。
「そう、けど疲れたなら言ってね。いつでもおんぶしてあげるから」
「はい」
素直な子だ。こんな子が、どうして……。
いいや。この業界では『ありふれた事』について考えている暇はない。今は一刻でも早く空港から離れるとしよう。
できるなら人目に付きたくないが、あいにくここ日本は外国人というだけで目立つ。エマには目深にフードをかぶせているが、私は立っているだけでも目立つ。地元でもかなり背が高いほうだったが、日本人と比べるとその差はより顕著になる。
「あ、すみませ、ひっ」
「気にしないで」
「し、失礼しました!」
歩きスマホをしていた青年がこちらにぶつかって顔を見るなり、慌てた様子で逃げ去っていく。慣れた反応だが、流石に傷つく。
お気に入りの『顔』なのに、失礼しちゃうわ。
「さ、次のバスに乗りましょう。トイレとかは大丈夫?」
「はい。スペンサーおじさん」
「もう。ジェイムズで良いってば。それと」
片膝をつき、更に腰を曲げてエマちゃんに視線を合わせる。
「おじさんじゃなくって『お姉さん』と呼んでちょうだいな」
「はい。ジェイムズお姉さん」
太陽のような笑みをうかべる……いいや、『浮べ続ける』エマちゃんの頭を撫でて、キャラメルを渡す。
「よくできました。これをお舐め。バスに乗ったらしばらくかかるから、眠っていていいわ」
「はい。ジェイムズお姉さん」
とにかく逃げなくては。一分一秒でも早く、一ヤードでも遠くに……!
彼女に気づかれないようにしながら、小さく深呼吸。焦るな。焦ればミスをうみ、かえってロスしてしまう。何よりただでさえ目立つのに、これ以上視線を集めるわけにはいかない。
「ジェイムズお姉さん」
「あら、何かしら」
「お父さんにはいつ会えますか?」
顔を引きつらせなかった自分を、我ながら褒めてやりたい。
「……お父さんはね、遠くでお仕事らしいの。まだ会えないそうだから、もう少しだけ待ってあげて?」
「でも、お父さんに会いたいです。お父さんに会えるから、日本に来たのに……」
素直過ぎるこの子が、ずっと言っている唯一の我が儘。可能ならば今すぐかなえてやりたいが、それをできない理由が多すぎる。
できるだけ柔らかい笑みを浮かべ、そっと少女の頭をフード越しに撫でる。
「大丈夫……って言えたらいいのだけれど、代わりに私が一緒にいるわ。お姉さんじゃ不満?」
「いいえ、ジェイムズお姉さん」
「……そう。ごめんね、エマちゃん」
――この子についた嘘は、正しかったのか。こんな少女にはあまりにも残酷過ぎる現実と、甘く優しく、けれどもアイスクリームよりも速く溶け落ちてしまいそうな嘘。
この少女を騙し連れ歩く自分は、いったい『奴ら』とどう違うのだろうか。
それはわからない。だが、今はなすべき事をなそう。
「さ、バスがついたわ。行きましょうか」
「はい。ジェイムズお姉さん」
バスに乗り込み、エマを窓側に座らせた後すぐにカーテンをしめる。
追手はまだ来ていない。少しでも距離を稼がなければ。
彼との約束を、はたすためにも。
* * *
サイド 剣崎 蒼太
「ふんふっふん」
慣れない鼻歌を歌いながら、明日行く温泉に持って行く荷物を整理する。
ネットで調べた所、泊る予定の宿で寝間着用の着物をレンタルしてくれるから、寝る時の服は持って行かなくていいだろう。
それにしても、温泉の着物……エッチだ。露出なんてないはずなのに、シチュエーションも合わさって生地の薄いそれが非常に魅惑的である。これを海原さんが、巨乳美少女が着るのか。
どうやら世界という奴はようやく俺に微笑んでくれる気になったらしい。甘く優しいエッチな夏が俺を待っている!
ふっ……前世のお父さん、お母さん。そして今生の義父母に義妹よ。俺、ついに大人の階段のぼります。
ま、まあ?俺は前世社会人で、今生でも年上。が、がっつくような事はしないし。きちんと余裕のある対応をするけど?
け、決して『そういう事』に対する期待だけでなく、温泉を楽しみたいという純粋な気持ちもある。
だからこうして準備するかたわら、スマホで行く予定の温泉宿の事を調べるのは間違っていない。混浴という二文字を穴が開くほど見つめてなんかいない。
「ふひっ」
あ、やばい変な笑い声が出た。
いやー、楽しみだな。温泉。自然豊かな景色、気持ちのいい温泉、美味しい料理。そ、そしてあるかもしれないR18な展開。
「よし」
準備は完了。腹も膨れている事だし、もう寝るとしよう。
少しだけ温泉宿までの移動経路を確認しようかと思ったが、電車やバスで行くし時刻表はある程度覚えたから、いいか。
少し早めだが部屋の電気を消し、薄い布団に入って瞳を閉じた。
今日はきっと、いい夢が見れると信じて。
読んでいただきありがとうございます。
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