第五章 プロローグ
プロローグ
サイド 剣崎 蒼太
やるのか……やってしまうのか……!
戦場にて、マスクの下で汗を伝わせながら硬い唾を飲み込む。
いいや。戦場と言うには些かここは外れている。本来の戦地はもっと向こうだ。だというのに、自分はこうして全く違う場所に立ち尽くしている。
本当にいいのか?自分の判断は間違っていないのか?時を間違えていないか?
己の選択に、疑問を挟む。選ぶ事自体が意味を持つ。だが、それでもなお両足は縫い付けられたように動かず、それでいて後ろ髪は亡者に誘われて背後に意識が向かいそうだ。
時間切れだ。開戦の号砲が、背後にて響き渡る。
『ただいまより鶏肉のセールを――』
「くっ……!」
ご近所のスーパー。そこで起きる古強者どもの激闘から目をそらし、眼前の宝箱へと手を伸ばす。
そう、『パック寿司』へと!
いやね。パックのやつとは言えお寿司なんていつぶりかと。こうして貧乏学生の一人暮らしをしていると前世の両親のありがたさが身に染みる……あの頃は、社会人になっても実家暮らしだったからなぁ。
お父さん、お母さん。貴方達の息子は先に死ぬという親不孝をしましたが、今日も食事のありがたみを実感しています。
マジで、スマホの代金を阿佐ヶ谷先輩に返すため食費を削った時は大変だった。晩御飯は抜きにして、朝と昼だけを少しの白米ともやし炒めのみでしばらく乗り切ったものだ……。
だが今の自分にはアレがある。
現在夏休みも終盤となったが、それでもなお使いきれておらぬ秘蔵の金。今も部屋の隅に隠されているバッグに入った大量の現金を思うと、暗い笑みを浮べそうになる。
罪悪感はある。こんなのは汚い金だ。金に綺麗もなにもない。そう言う人もいるが、それでも気になってしまう。なんせ火事場泥棒して手に入れたのだから。ついでに研究所燃やしたの俺だし。
慰謝料といっても正式な裁判の結果などでは決してない。だから、あの金には本来手を出さないでいるべきだ。しかるべき所に届けた方がいい。
だが、下手に届ければ魔法や使徒について話さねばならなくなる。それに、研究所の一件はとてもじゃないが公にできる事でもない。新垣さんは最近忙しいのか、あまり電話が繋がらないし。
電話は折り返してはくれるのだが、その声にはかなりの疲労が聞き取れた。あまり負担をかけたくはない。
そして色々あって悪夢のバリエーションと頻度が増えてしまった事もあり、精神的疲労からついあの金に手を出してしまったのだ。
も、もうこうなったらいく所までいってやるぜぇ……!
明日は焼き肉の食べ放題に行ってやると決意しながら、会計を済ませてスーパーを後にする。
スーパーの隣にある電気屋さんから、ニュースの声が聞こえてきた。自動ドア越しでも、この身ははっきりと音を拾える。
『アメリカのニューハンプシャー州で起きた原子力発電所の爆発事故についてですが、当時の担当者の無責任な管理体制が――』
『ロシア帝国とソ連正当政府に二体同時に現れたアバドン!どうにも今までの個体と違う点が目立ち、繁殖した可能性が』
『大陸では謎の奇病が広がっており、今日も多くの被害が』
『イギリスへと逃れようとする人の群れは増加し続けています。英国政府は難民への支援を』
『昨夜未明、指定暴力団の獅子堂組組長、獅子堂恭介氏が遺体で発見され、反社会的勢力同士の衝突が原因と』
アメリカの爆発事故。ロシアの方で出現した二体のアバドン。そして中国があった場所で発生している謎の奇病。
どれも、『アバドン細胞』が関わっていると確信をもっている。
爆発事故はニードリヒの巣窟となってしまった街を焼くための方便だと察しが付く。他の件については言わずもがな。
アバドン細胞。どうやら東京にある遺体から採取された物が、海洋博物研究所だけでなく各国の研究機関に持ち込まれていたようだ。
考えれば当たり前だ。あれだけのでかぶつが今も転がっていて、そうならない方がおかしい。むしろ、東京にある本体が何も起きていないの少しびっくりなくらいだ。
まあ、恐らく魂を邪神召喚のために抜き取られたのが関係しているのだろうが、今はいい。
世界各地でこうしてアバドン細胞の被害が広がっているせいか、ここ最近大気中の魔力濃度が増した気がする。
心なしか普段見かける怪異の数や強さが増した気がするし、そういう事件に関わってしまった人の心が傷つきやすくなっているようなのだ。
ネット上には以前よりも怪異についての目撃情報が増え、画像もよく添付されるようになった。怪しい宗教も活発になっているとか。
……自分があの島でした事は、全て無駄だったのだろうか。ただ必要のない殺人をしただけだと言うのだろうか。
そんな考えを小さく首を振ってどうにか吹き飛ばし、パック寿司をおさめたエコバックを握りなおす。
今はこの久方ぶりの御馳走で心と腹を満たそう。中トロだぞ中トロ。
ふと、背後から見知った気配が近付いてきている事に気が付いた。
「海原さん?」
人も少なくなった所で振り返ると、そこには赤い髪の少女が挙動不審な様子で立っていた。
「お、お久しぶりです剣崎さん」
「ああ、うん。久しぶり。どうしたの?」
問いかけるが、彼女は視線を彷徨わせるだけで小さくうめき声を出すだけだ。
どうしたのかと発言を待っていると、つい視線が彼女の体を這ってしまう。
今時珍しい桜色の着物に紺色の袴姿をした赤い髪の美少女。それだけで目立つというのに、視線は彼女の胸元へ引き寄せられる。
着物を柔らかく押し上げる曲線。和服はスタイルが出にくいと聞くが、袴姿は違うのか。はたまた海原さんのスタイルが良すぎるのか。
はっきりと自己主張するパイ乙にマスクの下で口元が緩む。
「剣崎さん……」
「はっ!?」
先ほどまでのまごついた様子から一転、海原さんが冷めた目でこちらを見ている。
やっべばれた!?
「ち、ちが、き、着物の柄が綺麗だなって。す、すごく似合っている、よ?」
「それはありがとうございます」
「あ、あははは」
冷や汗が背筋を流れる。お願いだから通報は勘弁してほしい。あの金は示談金に使えるのか……!?
「やっぱり、恋なわけないですね……」
「えっ」
今なんか素敵ワード言わなかった?
「なんでもありません。それより、今日はこれを渡しに来ました」
「はい?」
差し出された紙を咄嗟に受け取る。
「秘湯巡りペアチケット?」
「うちの祖母から貰ったのですが、以前のお礼もかねて剣崎さんと行ってこいと」
「……俺ともう一人は?」
「え、もちろん私ですが……だ、だめですか?」
「ダメじゃないですありがとうございます!」
勢いよく頭をさげる。
ありがとう海原さん!そして海原さんのお婆さん!
ま、まさか巨乳美少女と温泉に二人っきりで行けるとは……蛍よ。義兄ちゃん、大人の階段駆け上るよ……お前も大人になれよ?主に胸。
そんな最低な事が浮かぶぐらい脳内に希望が満ち溢れる。いや、義妹も胸はともかく腰から尻にかけての曲線と脚線美は中々の……よそう。流石に罪悪感が出てきた。
「行きます。絶対に行きます。たとえドラゴンだろうがミサイルだろうが邪魔してきても逝きます」
「な、なんで敬語なんですか。ですが、その……喜んでくれたのなら幸いです」
頬を染めながらはにかむ海原さん。かわいい。
「かわいい」
あ、口にも出てた。
「な、か、かわ……!」
やっぶぇ。前世で小学生の頃つい口からもれた言葉でクラス中から村八分にされたあげく女子全員からキモがられた記憶が。
しかも今回は事前に胸を見ていたというコンボつき。訴えるのだけは勘弁して!?美少女な中学生というだけでこっちを社会的な死に追い詰める事ができちゃうから!
「い、いやそのですね。今のに一切の他意は」
「こ……」
「こ?」
「これで勝ったと思わないでください御屋形様ぁぁぁああ!」
「いや俺は君を雇用した覚えはなぁぁい!?」
明らかに人間やめた速度で走り去っていく海原さんの背に手を伸ばしながらそう呼びかけるもすでに遅く。彼女の姿はもう建物や人で視えなくなってしまっていた。
正直混乱しつつも一昔前のラブコメみたいな展開にドキワクしながら、改めて帰路につく。
何はともあれ、巨乳美少女と実質デート。これは勝ちもうした。そう、高校生の夏休みというイベントに、勝利宣言確定である。グッバイ非リア。ハローリア充ライフ。
もしかしたらR18な出来事もあるかと思い、自然と足取りは軽くなるのは無理からぬことだった。
読んでいただきありがとうございます。
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夏はどうしてもR18な出来事が増えますよね。どっち方向かは別として。




