第四章 エピローグ 上
エピローグ 上
サイド 新城 明里
「ごひゅぅ……」
口の端から血の泡がこぼれる。どうやら私もここまでらしい。美人薄命とはこの事か。よもや成人する前にこの世からアディオスする事になろうとは。魔道具による延命も、戦闘による損傷で機能が低下しているようだ。
十二月に書いた物を書き直した遺書を自室に置いてあるので、お父さんにはそれで勘弁してもらおう。先立つ不孝をお許しください。
辞世の句もつけておいたので、どうか採点してほしい。我ながら中々の出来と自負する。ふっ、まさか俳句にも才能があるとは。やはり私天才。
「ふぅ……ふぅ……」
視界が霞む。
無念だが、本当にここまでだ。一番の心残りはあの泣き虫な相棒が気にしそうだという事だな。私は私の好きなように生き、死ぬというのに……まったくあの人は。
彼への遺書もお父さん宛ての横に置いてあるので、届けてもらえるとありがたい。
あー、けど遺書を用意している美少女って死亡フラグな気がするな。それが原因?そんなわけないかぁ。
……いや待てよ?こう、死亡フラグを過剰積載すれば折れるのでは?ワンチャンある?
「ここは、任せて、先に、いけぇ……」
「明里、無事か!」
マジか。凄すぎないか私。
それはそうと相棒も無事らしい。ナイスだ相棒。そして助けて相棒。ちょっとマジで死にそう。死ななくていいなら死にたくないので。
かすむ視界で屋上の扉を見る。
左手で左手を担いだ相棒がいた。
「いやなんでそうなっ、がふぅ!」
「明里ぃー!?」
そうは……ならんやろぉ……。
* * *
サイド 剣崎 蒼太
帰りの電車の中、古ぼけたボックス席で明里と向かいあう。彼女の服装はサイズの合っていない武骨なツナギ姿となっているが、その構図は島に向かった時と同じだ。
「いやぁ、本当に疲れましたねぇ」
「それな……」
背もたれに体を預けて、天井を見ながらため息をつく。マジで疲れた。心身ともに。
今日一日だけで色々とあり過ぎた。
島を去る時の事を思い出す。研究所の周りには異変を感じ取った住民たちが押しかけていた。幸いな事に窓と言う窓がシャッターで封鎖されている研究所に踏み入ろうという人はいなかったようだが、彼らを万が一にも入れるわけにはいかない。
念のため研究所内を確認後、あそこは燃やした。更に住民や消防職員を遠ざけるために研究所の外周にも炎の壁を作ったのだ。正直、未だにアバドン細胞の感染経路がわかっていないのだから。
……遺品も残せない事に罪悪感はある。だが、一般人に魔法関係を見せるわけにはいかない。精神や肉体にどんな悪影響があるかわかったものではない。
ああ、一般人と言えば。いや、彼は一般人ではないのだが……。
「佐藤さん、どこいったのかねぇ」
「肥溜めに帰ったんじゃないですか?」
そう、警備室に戻っても佐藤さんはいなかったのだ。代わりに残されたのは、血と破壊された機材のみ。
* * *
数枚の画面が壊された監視カメラパネル。そして所々に残った血痕。警備室にあったのだろう資料もいくつか床に散らばっている。
「そんな、佐藤さん……!」
胡散臭いおっさんだとは思っていたが、まさか殺されて……。
「いや普通に生きていますね。どっか行ったぽいですよ」
「あ、そうなの?」
明里の言葉に小さく安堵する。よかった。よく知らない人だが、死んでいるよりは生きている方がいいだろう。
だがそうなるとこの荒れ具合はいったいなんだと言うのか。
「……癇癪ですね」
「癇癪?」
「はい。子供が気に入らない事があって駄々をこねているだけですね、これは」
明里が殴りつけられたのか血の付いた壁を眺める。
「ニードリヒになって暴れたにしては周囲の損壊が少ない。そして戦闘があったにしても同じ事。抵抗できずに殺されたなら死体が残っているはず。そして念入りに破壊されているのはモニター。それも椅子や拳で壊された所から、感情に任せて叩いたのでしょう」
転がっている椅子やこぼれたコーヒーを指さして明里がそう締めくくった。
「明里……もしかして天才か?」
「今更ですね。そう、私は大☆天☆才!スゥゥゥパーパーフェクト美少女、新城明里です」
「色々と盛ったな」
「中学生ですので」
「……おう」
つい視線が彼女の胸元へといってしまう。というか気づくと彼女のおっぱいに行ってしまう。
なんせ、彼女は今半裸である。
疑わないで欲しい。俺はやましい事など何もしていない。これは彼女の着ていたワンピースが着られないほど血まみれなボロ布になってしまった事が原因だ。
治療して屋上から屋根のある所に入るなり、ズタズタの防弾チョッキを手早く脱いでから『血がくっついてキモイ!』と言ってワンピースだった物を投げ捨てたのだ。
ビックリした。そして歓喜し、涙を流した。
ブルリと震えた灰色のスポーツブラに包まれた巨乳。片方だけでメロンほどもある。汗を吸っているのか、少し黒くなっているのがなんとも言えない色気があった。
白く綺麗なお腹。不自然にならない程度に細いくびれ。そこからお尻へのラインがとても艶めかしい。
たっぷりと肉の付いた安産型のお尻。こちらはスパッツが履かれているが、だからこそ臀部の形状がはっきりとわかる。あの曲線のなんと美しく柔らかそうな事か。むしゃぶりつきたい。
スパッツの端であり素肌との境界線。長い脚ながらもムチっとした太もも。そこに食い込んだスパッツが彼女の太ももが魅惑の肉感をもっている事を伝えてくる。
気づけば自分は目を見開き、涙を流しながら手を合わせて跪いていた。
心身ともに疲れ果てていた自覚がある。そこに与えられたこの恵み。さながら干ばつで滅びを迎えそうな村に与えられた奇跡の雨。
それはそうと跪いて頭を下げたまま動けなくなってしまった。いや、視線は明里の体に固定されているのだが。ちょっと、立つと、ね?
いやね?むしろ襲わないだけ褒めて欲しい。この子無防備過ぎない?
『そ、その、そんな大胆な。もっと異性に危機感を』
『は?私が相棒を精神的にボコすならともかく、相棒が意図して私を傷つけるわけないでしょう』
と真顔で返された。信頼にびっくりだがそれはそれとして俺を傷つけるのはアリみたいな発想はやめようね?
何はともあれ、彼女は今下着の上からその辺に落ちていた白衣を着ているのだ。一応前は閉じているのだが、なんとも特殊なコスプレである。
肌の露出は少ないはずなのになんだこのエロスは……!というか胸の存在感がすげぇ。
閑話休題。
こっちの視線を無視して奥の武器庫みたいな部屋へと向かっていく明里。自然と後をついて行こうとしたら、入る直前に閉められてしまった。
「着替えるので待っていてくださーい」
「あ、はい」
この世界はいつだって、残酷だ。幸せはすぐに終わり、過ぎ去ってしまうのだから。
* * *
「そう言えば、この電車が動いてよかったな」
電車に揺られながら、窓から入ってくる茜色の光に照らされた古めかしい車内を見回す。車両には自分達以外誰もいない。
「大規模な電波障害のせいで色々大変だったらしいけど」
「まあ公共機関は優先順位高めで復旧させたらしいですからね。電波障害もアバドンとやらを倒したら治まったらしいですし」
そう、後から知ったのだがあのアバドンの残滓を燃やした時に電波障害が直ったというのだ。どうやら奴が原因だったらしい。まあ驚きはしないが。
「それでも今は島で起こった『研究所の不審な火災事故』で皆もちきりなようですが」
そう言って明里がスマホを見せてくる。画面にはネットの掲示板やネットニュースが『謎の研究をやっている最中に起きた事故』だとか『某国による研究成果の奪取未遂』だとか、はたまた『神の裁き』だとか好き勝手盛り上がっていた。
……不幸中の幸い、と言っていいのかわからないが。自分達研究所の見学ツアーに来た者達の電子データは明里が壊してくれたし、紙の資料も燃えたから問題ない。はず。
流石に駅などの監視カメラなどは手が回らないが、そんなの意図して調べないと俺達の事を気にしはしないだろう。
視線をふと彼女の隣に置いてあるバックに向ける。
「そう言えば、それってなんなんだ?言われるままに運んだけど」
黒くゴツイバックが三つ。どれも明里には重いという事で自分がここまで運んだのだが、こいつは駅で別れた後どうするつもりなのか。
「ああ、これは戦利品ですよ」
「せ、戦利品?」
「はい。蒼太さんの分もありますよ」
そう言って明里がバックの一つをとると膝の上にのせ、チャックをあけて中身を見せてきた。
なんだなんだと覗き込んでみると、そこにはなんと大量の札束がいれられていた。
「は!?ちょ、ええ!?」
「お~、怪物と遭遇しても動揺しないのにこれは驚きますか」
「だ、だってこれ、え、どこで?」
「所長室漁った時に見つけたのを、最後に見回った時に回収しました」
「火事場泥棒!?」
何と言う事だ。相棒が犯罪者になってしまった。
……いや、銃刀法とか器物破損とか、色々ともう手遅れかもしれんが。
「待ってください蒼太さん。よーく考えてくださいよ」
「え、自首の方法を?」
「いやいや、だって私達、今回の事件巻き込まれただけですよ?完全に無関係だった所に、悪質なもらい事故くらった様なものです」
「それは、そうかもしれないが……」
「誰に頼まれたわけでもなく、しかし命を懸けて事件の解決をした。それに報酬ぐらいあってもいいじゃないですか」
「う、うーん。だからって泥棒は……」
「慰謝料ですよ、これは。どんな理由であれやらかした奴からぶんどったんだから慰謝料です」
「裁判とか法律って知ってる?」
「?私の事ですか?」
「ナチュラルに『私が法だ』って人初めて見た」
不思議そうな顔をしたまま、明里が現金の入ったバックをこちらの膝に置いてきた。
え、これマジでどうしよう。
「大丈夫ですよ。電波障害の影響で足はつきません。あ、けど突然羽振りがよくなったら周りから怪しまれますから、派手な事はしないでくださいね?銀行にそのまま入れるのもなしですよ?少しずつ使うタンス貯金にしてくださいね」
「そ、そういう問題か?」
「そういう問題です。そのお金で、しばらくバイトとかその他は休んでください」
「え?」
いつの間にか真剣な表情になった明里が、真っすぐとこちらの目を見てくる。
「お気づきですか?蒼太さんさっきから視線も意識も定まっていませんよ。落ち着きなく周囲を見回して、ひたすら喋って自分の内面から目を背けています」
「あっ……」
指摘されて、ようやく自覚する。
確かに先ほどから視線をあっちこっちに飛ばしていた。明里であったり車内であったり。それでいて、窓の外。人工島のある方角には決して顔を向けようとしていなかった事にも。
「蒼太さん。貴方は休むべきです。たとえ肉体は万全でも、心は休憩が必要なんですよ。貴方、『ただのヘッポコメンタルな凡人』なんですから」
ため息まじりに、『しょうがねーなぁ』とでも言いたげな視線で語る彼女に一瞬呆然とする。
ああ、そうだ。そうだった。
「は、ハハハハ!ああ、確かに!そうだな。休むべき、だなぁ……」
これまで、学校やらバイトやらに並行してちょくちょく事件に巻き込まれては見たくもないものを見せられてきた。いい加減、どこかで立ち止まるべきなのだ。
俺の肉体は確かに人外のそれかもしれない。だが心までは、そうなってやる理由などありはしないのだ。何よりも俺が人でいたいのだから。
色々と、思う所はある。心の傷も残るかもしれない。それでも、俺はこうして笑っていられる。
「ちなみに、こっち二つは私の戦利品です」
「……なんか、火薬の臭いするんだが。そのバック二つ」
「はい!よさげな武器を入るだけ持ってきたので!」
「 」
自慢げに二つのバックをぽんぽんと叩く明里。やっぱこいつやべぇ奴なんじゃねえかな。
「あ、そうそう。この後よかったら私の家で遊びませんか?結局今日一日、見学ツアーどころか疲れただけでしたから」
「いいの!?」
今日一番と言うか、もう今年一テンションが跳ね上がる。
だって巨乳美少女だぞ?ちょっと頭がアレな感じだけど巨乳美少女の家に誘われてテンションが上がらない男子はいない。よっぽどの特殊性癖でもなければありえないと断言できる。
「私が子供の頃遊んでいたプールがありますからね。それを使いましょう」
「はい!」
「ふふん。このパーフェクト美少女の水着姿を伏して拝するがいいですよ」
「はい!」
「あ、ついでにこのバックも運んでください。重いので」
「はい!」
「よし。これで共犯ですね」
「はい!……待って?」
やっぱ早まったかもしれん。
読んでいただきありがとうございます。
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この後、今日中に四章の設定を出させて頂きます。




