第百二十二話 意地
第百二十二話 意地
サイド 剣崎 蒼太
大小様々な崩れ行く瓦礫の中、第六感覚は奴の居場所を捉え続ける。
人工島ゆりかご。その地下は異様なまでに広く、深い。不自然なほど広い地下空間。遠い真下に海面があり、周囲にはクレーンとエレベーター。恐らく隠れてここに入る者達用か。
瓦礫の向こう側、視界外の奴が他の瓦礫を足場に駆けていくのを第六感覚で感知する。その方向はこちらではない。真直ぐと海面を目指している。
逃げられる!?
直感的にアバドンの行動原理を理解した。己を殺めた俺への復讐でも、外敵を排する戦闘兵器でもない。生きる事そのものを目的とした、生物としての根源。
では逃げた後奴は何をする?もしも東京で戦った時も、これと同じ行動原理だったとしたら――。
「逃がすかぁ!」
蒼炎を海面目掛けて解放。膨大な熱量をもつそれが射線上の瓦礫を消し飛ばし、背後からアバドンを狙う。
しかし、それをまた瓦礫を足場に回避される。速い。あるいは速度だけなら金原にも……!
だが元より今の一撃で仕留められるとは思っていない。
海面に膨大な熱が着弾。一瞬にして海水を蒸発させ、爆発的に膨張した水蒸気が地下空間を満たす。
ほんの僅かな間だけ上へ押し上げられる瓦礫の数々。視界が真っ白になる中、この場で恐らく最も重量が軽い存在が瓦礫を置き去りに地上へと弾かれるのを察知する。
アバドン。かつての姿ならともかく、今の華奢な体ではこの水蒸気に弾かれざるをえまい。
刀身から炎をまき散らして加速。水蒸気に包まれた空間を引き裂き、奴のもとへと飛ぶ。
瞬く間に縮まる互いの距離。黄金の瞳と視線がかち合う。第六感覚が明確な脅威を感知。向こうもこちらを排除しなければ逃げる事は難しいと判断したか。
渾身の斬撃は回避され、奴の立っていた足場を両断するにとどまる。
やはり速過ぎる。視覚での追尾は不可。第六感覚での捕捉に集中する。
紫の燐光を両足から放ちながら、アバドンが瓦礫を次々と足場にして跳び回る。三次元的に動き回り、その金色の槍を向けてきた。
音速だろうと把握する第六の感覚をもってしても捉えきれない。明らかに異常な速度でアバドンが突っ込んできた。
「ぐぅっ!」
両手に握った剣に槍の穂先が衝突。スピードはそのまま突進力へと変わり、瓦礫に半ば埋めるようにして踏ん張る足を下に向かって後退させる。
傾き、背後に海面をおいた瓦礫の上にて続けざまに放たれる槍の連撃を剣で受け続ける。だがそれ自体は脚力に比べて耐え難きものではない。恐らく自分と同等程度の腕力で繰り出される槍の叩きつけを、剣で受け止めた瞬間に炎を解放して弾き飛ばす。
いかに蒸発させたとはいえ、下にあるのは海。すでに凄まじい海流を起こしながらも満ちている。
落下まで後どれほどの時間が残されているのか。自分達使徒の感覚からしても決して長くはないだろう。次も先に蒸発させられるかわからない。
奴が海面に到達する前に、斬る!
「おおっ!」
うねる様に剣を振るい、炎の竜巻を形成。奴が足場とする瓦礫を破壊する。
それでも奴は止まらない。崩壊する瓦礫を。あるいは崩壊して拳程度になった瓦礫を足場として駆けまわる。
上下左右。あらゆる方向から繰り出される突撃。雷撃を帯びた槍が鎧を削るたび、神経を焼かれていく。再生が間に合わない。
「ぬ、ぁあ!」
だが止まるな。奴を行かせてはならない……!
剣を槍に合わせ、ぶつけ、雷撃を炎で焼き払う。既に己が足場にした一際大きな瓦礫は砕けて散った。次の足場に着地しながら落下し続ける。
右、違う正面!
横薙ぎに振るわれた槍を剣で弾くが、次の瞬間腹部に強烈な蹴りを受ける。内臓が纏めてひっくり返った様な感覚。いくつかが致命的なダメージを負ったのを感知。
剣を瓦礫に突き立てて落下速度を緩めながら、咄嗟に左の籠手を掲げる。そこに衝突する槍の穂先。辛うじて貫通を免れるも、雷撃が血肉を焼く。
「な、めるなぁ!」
それでも強引に左手を動かし槍を弾き、剣をアバドンの左肩へと振り下ろす。
あちらも左腕を掲げ防御。紅い戦旗が巻かれた腕に衝突するが、まがい物とは言え固有異能か。たかが布一枚切り裂けない。
それでも衝撃までは殺せない。沈んだ左腕。そして切っ先が奴の左肩にめり込む。
「燃えろぉ!」
咄嗟に火力を上昇。衝突後に勢いを増した蒼黒の剣が左肩から奴の腕を切断する。
『アアアア――ッ!!』
痛みか怒りか、声をあげながらアバドンが槍を突き出し、それがこちらの左肩を貫く。
遅れてくるはずの痛みよりも先に、雷撃が全身の神経を侵す。
「が、あああああ!?」
手足が震える。五感が一瞬ブラックアウトした。それでも第六感覚を頼りに剣を振るおうとするが、奴の足に右手を蹴られて阻止される。
槍が上へと降りぬかれ、鎧をはぎ取りながら骨と肉を引きちぎっていく。戻って来た視覚が点滅するほどの激痛。
それと同時にこちらの体も直上へと刎ね飛ばされた。千切れかけの左腕が残した血の跡を空に描きながら、奴はこちら目掛けて槍を構える。
奴の左腕もろとも宙を舞ったはずの戦旗が傷口を塞ぐようにアバドンの肩に纏わりつきながら、神経のように魔力の筋を巡らせる。それは胸や肩を通って、奴の右腕に。
第六感覚が特大の脅威を発する。あの出力は全盛期のアバドンが放つブレスに匹敵しかねない。
まずい。あれは、自分でも……!
左腕の再生は間に合わない。右手一本にて剣を振りかぶり、即座に出せる最大火力を引き出す。
『アア――ッ!!』
逆手に握られた槍が、こちら目掛けて射出された。
あらゆる感覚をもってしても観測不可の速度。雷速すらも遅いとでも言うかのように、いっそ時間さえも置き去りにして槍は迫る。
「燃えろぉぉぉおおおおお!」
だが、いかに速かろうが直線で来る事とタイミングまでは変えられない。それらを第六感覚にて導き出し、ほぼ同時に炎を放つ。
蒼炎と金雷が衝突。おっとり刀でやってきた音と衝撃波が周囲を破壊しつくす。
衝撃に体が押し上げられるなか、アバドンもまたそれにより海面へと落ちていくのを直感的に理解。
逃がす、ものかぁ!
「ぶち抜けぇぇえええええ!」
熱線の出力を上昇。射線上にあるもないも関係なく、全ての瓦礫が溶解しながら飛散し、地下空間そのものが溶け落ちていく。
片腕だけでは剣の反動に耐え切れない。千切れかけの左腕を再生しきっていないというのに使用。ブチブチと音をたてるそれを無視し、炎をたもつ。
沸騰する海面に奴が到達するのと、熱線が槍を溶かしきるのが同時。
雷槍という障壁がなくなった事で蒼炎は真直ぐとアバドンへと向かい、奴が入った海へと直撃。一瞬にして海水を蒸発させる。
白く染まる視界であっても第六感覚にて状況を把握する。
海が一時的になくなった空間にて、アバドンが両足と右手を海底に突き刺して水蒸気に飛ばされぬよう耐えているのがわかった。海水が壁となったとは言え、その全身には重度の火傷が蝕んでいる。
ならばと、自分もまた炎の加速で下へと向かう。限界を超えた左腕が肩ごと千切れたが、今は気にしてなどいられない。
脳内麻薬が脳を駆けまわり痛覚を鈍化させる。それを頼りに戦闘を続行。気を失うわけにはいかないのだ。意識を集中させ、刀身に炎を留め、圧縮。ただそこにあるだけで大気を焦がす蒼の魔剣となす。
重力と炎の加速をそのままに奴の頭へ足裏を向けて着地するが、それは寸前で回避される。獣の様な身のこなしで回避したアバドンが、右手に新たな雷槍を生み出した。
まがい物ゆえの高速再構成。とんだインチキをするものだ。
もはや声すら出す暇もない。無言にて斬りかかる。共に片腕同士。水蒸気が満たされ、そのうえで自分達が高速移動する空間は想像だにしない気流を作り出す。アバドンは例の三次元的な動きはできず、足を地面につけながらでしか戦えない。
機動性を活かした全方位攻撃を封じられ、左手は欠損。全身に重度の火傷。常人どころか使徒であっても戦闘不能となってもおかしくない。それがアバドンの現状だ。
それでなお、優位は向こうにあった。
機関銃の如き勢いで攻め立ててくる槍の連撃。合間に放たれる蹴りの猛襲。自分もまた暴風に飛ばされない為に受け流す事もできず、鎧と再生能力で耐えるしかない。
胴鎧が袈裟懸けに引き裂かれ、兜が砕かれ左目が潰され、脇腹を抉られる。
痛みを誤魔化せても、再生が間に合わない速度にて削られていく肉体。剣撃はどうあっても鈍くなり、相手の攻勢が加速度的に増していく。
「っ、ぁ………!」
肺から空気が漏れ出る。槍の横薙ぎが両の太ももを骨が見えてしまう程に切り裂き、バランスが崩れた。
負ける。このままいけば、確実に負ける。自分では正面戦闘においてこいつに勝てない。
もはや勝利はありえない。ここでこいつを逃がしてでも、自分は撤退すべきだ。発生している謎の気流に身を任せれば、それだけで明後日の方角に自分は飛んでいく。
アバドンとてこちらの殺害が絶対条件ではないはず。こちらが逃げれば、こいつもまたどこかへと逃げるだろう。
今回は痛み分け。いいや自分の敗北でもいい。だから――。
脳裏に、今日あった出来事が流れ始める。走馬灯とでも言うのか。第六感覚と反射。そして体に刷り込まれた技術でほぼ自動で戦うが、この思考は邪魔だ。それでも片隅で浮かび上がっていく記憶の泡。
浮かび上がる、朗らかに笑う人。無邪気に笑う子供。それを慈しむ親。ただ日常を謳歌していただけの、無辜の人々。
それらを、泣きながら斬って来た。ここに来るまで、何人も、何十人も。その原因の一端があるのは……。
――ああ、これは。だめだ。いけない。
脳が赤熱する。視界は狭まり、ただアバドンのみを映し出す。
止めとばかりに繰り出される槍の一突き。それの狙いはこちらの顔面。遂に決着の時がこようと言うのだ。
逃げるなら今しかない。防御などする余裕はない。
しかし、それでも。
『ッ!?』
「………!!!」
逃げない。こいつはここで、殺す!
顔を横に向け、左頬を差し出した。あっさりと頬を貫いた槍の穂先を口内にて噛んで止める。先端が右の頬も貫くが知った事か。
突き刺さると同時に放たれる電撃。肉がはじけ飛び歯が歪む。神経が麻痺し、直近にある脳みそが焼けるのを感覚的に理解。
だがまだ放すな。耐えろ。耐えられる。耐え抜け!
「―――!!!」
歪み、歯茎が炭化しかけたまま噛み締めた槍の穂先。引き抜くのを抑えた状態で、右手一本で剣を振り抜く。
狙うは奴の右肘。関節へと滑り込んだ刀身が奴の腕を切断。それと同時に崩れ始めた顎から槍が抜け落ちる。
『アアアア!!!』
怒りとも焦りともとれる声をあげながら、ふらつきながらアバドンが右足へと力を籠める。それに呼応するように懐中時計から紫の燐光が。そして戦旗からは深紅の血管が右足へと集中する。
あちらも自壊覚悟の一手。いいや一足に出た。
だが止まらない。この一撃に賭けるのはこちらとて同じ事!
右手のみで握る剣を振り上げ、奴もまた右足を繰り出す。
先に届いたのは、アバドンの右足。素足の踵がこちらの腹部を貫通し、背骨を断って後ろから跳び出した。
間違いなく致命の一撃。いかに使徒とは言え、これほどのダメージを受けて無事で済む者もいまい。自分とて、死は免れぬ。
くそったれな邪神より授けられた、この異能がなければ。
『食いしばり』
「お゛お゛お゛お゛お゛!!!!」
蒼黒の剣が奴の左首もとから侵入。へその辺りまでその華奢な体躯を切り裂いた。
ここに、ようやくの決着がつく。
『アッ……』
短く声をあげながら、アバドンが目を見開く。
この残骸が……残された本能のまま動く亡骸が何かを言おうとしたのか、ただ空気が漏れ出ただけなのかは、刀身から溢れた炎が奴を一瞬で炭化させた故わからない。
その直後、戻って来た海水が自分を飲み込んだ。
読んでいただきありがとうございます。
毎話、感想や評価、ブックマークを励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
海流やら気流についてそうはならんやろ。となるかもしれませんが、どうか『魔力』『使徒』『ファンタジー』という単語で流して頂けるようお願い致します。




