第百十八話 仮初の親子
第百十八話 仮初の親子
サイド 剣崎 蒼太
「投降してください。木山教授」
彼らの動機は既に知っている。聞くべき事はない。故に、ただそれだけ言って剣を構える。
『な、何故……』
そう問いかけてくる教授に一歩距離を詰める。
「もう一度言います。投降してください。両手を頭の後ろにまわし、膝をついてください」
ゆっくりと言い聞かせるように話しかけるが、答えたのは彼ではなく後ろのアバドンだった。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――!!!』
地鳴りのような雄叫びと共に、肉塊となったその体から次々と赤黒い触手が伸びてくる。その数、およそ三十。
一本一本の速度、威圧感。ともにニードリヒとは比較にもならない。四体が融合した個体ですらも、これと比べれば児戯にも等しいかもしれない。
だが、それでも。
「うるさい」
一閃。
剣の一振りでもって全てを焼き尽くす。根元近くまで蒼の炎が這っていき、触手全てを炭化させた。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――!!??』
「これが最後です。木山教授、降伏してください」
『……いやだ』
呟くようなかすれ声をあげながら、木山教授は重心をおとし戦闘態勢にはいる。
「貴方がたに勝ち目はありません。まだ貴方に理性が残っているのなら、罪を償って、別の方法を探す事も」
『もうすぐなんだ。これしかないんだよ』
こちらの言葉を遮り、教授が右手を構える。その隣でアリシア……いいや、『人形』もファイティングポーズをとった。
ニードリヒや木山教授と違い右手だけが肥大化するという事もなく、まるで武骨な籠手と具足を履いているかのようだ。しかし、よく見ればそれらは肉体と一体化しているのがわかるだろう。
随分と堂に入った構えだ。幼い少女が出来る構えとは思えない。あの人形をどういうつもりで教授は改造したのか。いいや、あるいは……。
「……そうですか。では」
切っ先を床に向け、そっとさげる。
構えを解いたこちらに、木山教授がわかりやすいほどに安堵した様子で体から力をぬいた。
「武力でもって、阻止させていただきます」
刀身を跳ね上げるように下から上へ。それと完璧に同じタイミングで蒼炎が周囲一帯を包み込む。
『は?』
反応出来ていない木山教授の眼前に雷の障壁が展開される。
それは教授だけでなく人形と、当然ながら展開しているアバドンを炎から守ってみせた。どうやら範囲は狭まれど、その防御力は東京の頃から落ちていないらしい。
だが、それがどうした。
炎をまき散らした段階で既に踏み込んでいる。自分の炎に焼かれるようなへまはしない。
蒼の景色を振り切り、眼前の雷撃の壁を剣でもって打ち払う。こじ開けた隙間に跳び込むのと、二太刀目を構えているのはほぼ同時。
『Ah――』
木山教授の脳天目掛けて剣を振り下ろすが、横から彼が突き飛ばされて狙いは外れた。
代わりに、人形の左手を肘部分で切断する。
『アリシア!?』
『ア゛ア゛ア゛ア゛!!!』
バランスを崩す人形。それに悲鳴を上げながら跳びかかる木山教授の首を狙うが、直前で触手に邪魔をされる。
ほぼ真上から雨のように降り注ぐ触手の雨。どれもこれもが槍のように硬質化した先端をこちらに向けて落ちてくる。
木山教授からそれらへと標的を切り替えて剣を振るっていく。炎を出す隙はない。全て斬撃でもって切り払う。
かつて使っていた頃よりも重量は僅かながら上がっているはずだ。だというのに、まるで羽のように軽く感じる矛盾。まるで肉体の一部であるかのように剣が振るえる。
一本たりとも受ける事はなく、全ての触手をしのいでみせた。
『なんで!どうしてこんな事をする!使徒に人の世界など関係ないだろう!』
だがそれで相手の攻勢止まるわけもない。木山教授が右手をこちらに向けてきた。
ニードリヒ達であれば、この距離での放電などたかが知れている。むしろ魔力を腕に集中させるぶん、攻撃のチャンスであろう。
だが、第六感覚がけたたましい警報を鳴らす。
すぐさま正面で剣を上段から振り下ろす。それとほぼ同時に、眼前へと雷撃が迫っていた。
炎と雷。互いに本来のそれではなく、魔力で形作られた概念の塊と言ってもいい。それらが削り合い、喰らい合う。
周囲へとそれらがまき散らされ、床や天井が余波だけで崩れていく。
『おおおおお!』
咆哮と共に勢いを上げていく雷撃。それに小さく舌打ちしながら炎で迎撃、押し返す。
思ったよりも出力が高い。油断していい相手ではないか。
「しゃぁぁあ!」
『うわぁ!?』
魔力で編まれた雷撃を燃やし尽くす。だが安堵するにはまだ早い。
いつの間にか数メートルはあろう天井へと飛び上がり、それを足場に高速で突っ込んでくる影が一つ。
『アリシア!?』
『Ah――……』
放たれた跳び蹴りを左の籠手を盾にする様にして受ける。
衝突と同時に両足が床を砕きながらめり込み、半瞬遅れて轟音と衝撃波があたりにまき散らされる。
「ぐぅ……!」
籠手が歪み骨は軋みをあげる。それでも体重差もあり片手で振り払い、それと同時に後ろに飛び退いて左右から貫きにきた触手を回避。
距離が出来た所に人形が残った右手を向けてきた。
ガコリと音をたててガントレットが変形。SFにでも出て来そうな砲身へと変わる。
「お前ら娘になにしてんだ!?」
放たれる翠色の砲弾。親指大の弾丸を魔力でコーティング、加速、膨張させてつくられた物か。
「おぉ!」
剣で受け止めるが、床に二本線を作りながら後ろに押しやられる。五メートルほどさげられたが、気炎を上げながら翠色の砲弾をかち上げ、彼らへと視線を戻す。
腕を変形させたままこちらに向ける銀髪の人形。
体勢を立て直し異形の右手を構える木山教授。
そして、六つの瞳で物欲しげにこちらを見つめるアバドン。
「ずいぶんとまあ……」
剣を構えなおし、刀身に蒼の炎を纏わせる。
「物騒な一家団欒もあったものですね、教授」
『……手を引いてくれ。僕たちはただ、家族でまた暮らしたいだけなんだ』
「それは無理ですよ、教授。それを許すには貴方達は犠牲を出し過ぎた。そして、これからも悲劇をうもうとしている」
『罪は償う……!アリシアを蘇らせたあとに!』
「そんな道理が!」
『押し通す!』
それが合図だったかのように、ほぼ同時に放たれる二つの雷撃と砲弾。迎撃として剣から炎を放つ。
剣の力を僅かに開放。さきほどよりも強力な蒼炎が辺りを包み込む。
膨れ上がる炎が、降り注ぐ雷の雨を。拡散する雷撃の鞭を。一直線に進む翠の砲弾を。一切合切焼き尽くす。
『なに!?』
「おおおおお!」
大上段で剣を構えて跳び込めば、真っ先に飛び出したのは銀髪の人形。
「どぉけぇぇええええええ!」
その脳天を叩き割らんと振り下ろした斬撃を、砲口が絞られたかと思えば魔力の刃が展開。刀身とぶつかり合う。
両足を軋ませ、床を陥没させながらも耐える人形。そのまま押し込もうとするが槍の触手が迫って来た。
「ちぃ!」
人形の脇腹を蹴ってどけ、くるりと回るように触手を回避。アバドンへと向かう。まずはアレから潰すか。
だが、今度は木山教授が横から右手を伸ばして来た。
横薙ぎに振るった刀身と開かれた六本指。その指同士を結ぶように放電され、空中にて奇妙な拮抗がうまれる。
「木山教授!アレはどう考えても貴方の娘じゃない!ただの人形だ!」
『今はそうだ!だが、計画が成功すれば!』
「その為に全てを殺すつもりか!」
『ッ……そうだ!僕たちは、娘の為なら。娘にもう一度会うためなら!』
一際強く放たれた雷撃にこちらが弾かれる。体勢を立て直すよりも早く、人形が躍りかかって来た。
小柄な体躯をいかして舞うように斬りかかってくる。縦横無尽とは正にこれか。昔話に効く牛若丸を彷彿とさせる。
『君だって!子も親に会いたいと言っていたじゃないか!なんとしてでもと!』
「方法を選べとも言ったはずです!」
『他に方法などない!』
上下左右から繰り出される触手と人形による連撃。炎を出す暇もなく剣による迎撃が要求される。
久方ぶりに握る剣に、火加減を躊躇する。感覚でどこまでなら外壁をぶち抜かないかわかるが、実際に行使するには一呼吸いる。半年の空きがこうも響くとは。
足さばきも交え、高速で移動しながら剣を振るう。だが触手のせいで進行方向を絞られる。振り切れない。
『神は娘を返してくれなかった!理不尽に奪っていった!なら、奪い返すしかないだろう!』
「っ!」
触手と人形の隙間に、木山教授が跳び込んでくる。
剣による防御は間に合わない。頭めがけて伸ばされた彼の右手にこちらの左手を盾として挟み込む。
金色の六指が籠手をがっちりと掴み、発光。雷撃が全身を襲う。
「が、ああああああああ!?」
肉が焼ける。神経が侵される。視界は揺らぎ、意識がとびそうだ。
それでも。
「ああああああああああ!」
左腕を強引に引き、たたらを踏んだ彼の右肘に剣を入れる。
『なっ!?』
右腕を切り飛ばされて動揺した教授を袈裟懸けに切り裂き、返す刀で後ろから斬りかかって来た人形の左足を切り飛ばす。
そこに殺到する触手ども。炎を解放して焼き払うが、二本だけ自分ではなく教授と人形を回収していたのもあって逃してしまう。
「ふぅ……ふぅ……」
血の力でもって肉体を回復させながら、左手で傷口を押さえる教授を睨みつける。
「ふざけるな!善良な願いなら、いかなる悪行も許されるとでも思っているのか!」
朗らかに笑う女性がいた。大変そうにしながらも、第六感覚で本当にあの仕事が好きなのだとわかる人だった。
「他の親子の幸せまでも、奪っていいのか!?理不尽に奪われたから、別の誰かに理不尽をはたらいてもいいのか!」
はた目にも仲良く笑う親子がいた。異形になれはてながらも子を抱きしめる母と、母を想い泣く娘だった。
「子供だって……子供だって、親にそんな事してほしくないと、思うかもしれなかっただろうに!」
『知った風な口を、叩くなぁ!』
木山教授から放たれる八本の触手。どれ一つとってもアバドンのそれに匹敵しかねない圧力。
しかし、その軌道はあまりにも単純だった。
「ああ、勝手な話さ!あんたと同じでな!」
それを纏めて焼き払いながら、前へ。
前世の両親も、彼の様に思ったのだろうか。そうだとして、自分は前世に戻った後どう思うのだろうか。
もしかしたら、それでも喜んでしまうかもしれない。再会に涙し、犠牲となった人々に罪悪感を抱きながらも家族と過ごす時間に笑みをこぼすかもしれない。
だが、それでも。ここにいる俺は。
「人に迷惑かけるな!この馬鹿野郎!」
左の拳で、木山教授の顔面をぶち抜いた。
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