閑話 木山直人教授の悔恨
閑話 木山直人教授の悔恨
サイド 木山 直人
あの子が、アリシアが亡くなってもう五年が経った。
アリシアの十歳の誕生日に、自分達家族は遊園地に向かっていたのだ。普段僕も妻のカレンも忙しく、あまり一緒にいてやれない。だからこそ、せめて誕生日はと同僚や友人に頼み込んでこの日だけは休みにする事ができたのだ。
だから、アリシアがずっと行きたいと言っていた遊園地で誕生日を過ごそうと僕が言い出したのだ。
もしも時間を巻き戻せるのなら、あの時の自分を殴り殺してやりたい。
突然だった。僕が運転する車が赤信号で止まった時、後ろから猛スピードでトラックが突っ込んできたのだ。
後部座席に座っていた妻と娘。トラックは娘だけを潰すかのようにぶつかった後、自分の乗っている車を吹き飛ばして別のトラックにぶつかっていった。
その事故で死んだのは、ぶつかってきたトラックの運転手とアリシアだけ。最愛の娘も、復讐すべき相手も同時に失ってしまった。
行き場のない悲しみと怒り。そして寂しさを誤魔化すように仕事に打ち込んでいたが、カレンは諦めてなどいなかった。
『アリシアを蘇らせる。私達が今まで科学に人生をかけてきたのは、この為だったのよ』
その言葉に感銘を受けた。
死者蘇生。数多の権力者や研究者、医師たちが挑み、未だに成し得ぬ未知の領域。
その話を聞いた友人達は皆、僕たち夫婦は心を病んでいるのだと言って最初は慰めてくれていたが、次第に離れていった。
『もうやめるんだ、直人。彼女と共に休め』
『カレンはおかしくなってしまった。君まで壊れてしまってどうする!』
『やめて。カレンを病院に連れて行きましょう。貴方も一緒に休むべきだわ』
――もう、僕たちには自分達家族しかいないのだ。
それでいい。僕には二人さえいてくれればいいのだ。
自分も妻も、これでも世界有数の学者である自覚はある。だが、それでもアリシアを蘇生する事はできなかった。
しかし、何か手段はないかと世界を回っている時に出会ったのだ。
魔術。そして宇宙人。
どちらもアリシアを失う前なら笑い飛ばしていたような単語だ。しかし、あの子を取り戻す為ならなんだってよかった。藁にも悪魔にも縋る覚悟だ。
それらと関わるうちに何かが崩れていくような感覚があったが、さして重要な事ではない。
南米のとある部族から傭兵を使ってある魔導書を奪い、彼らを使って儀式をした。できたのは、ただの動く死体だけ。
甲殻類みたいな宇宙人と交流し、彼らに敵対する者達をだまし討ちした報酬に得た技術をもってしても、出来たのは脳の再現だけ。再びあの子が笑いかけてくれる事はなかった。
『悪い事は言わない。死者蘇生など、神々にしかできぬ偉業だ』
宇宙人達が言っていた言葉を思い出す。
神という存在は、どうして僕たちからアリシアを遠ざける。トラックの事故。あれは後に運転手が持病の発作が起きたのだと知った。誰が悪いでもない、強いて言うなら神が悪い。
神が奪い、神が邪魔をする。では人は、いったいどうすればいいのだ。
* * *
運命だ。妻と出会ったイギリスの地で、僕たちはもう一度運命にであった。
蛇と人間を混ぜた様な生物の群れを襲い、燃え盛る山の中で咆哮をあげる一体の獣。あまりにも大きく、人界にはありえぬ存在感をもつ怪異。
怪獣『アバドン』。
今まで見ただけで気が狂うとされ、自分達も碌に調べる事はなかった。そもそも各国の政府機関がその情報を出来る限り秘匿していたのもある。
だが、アレは一目でわかる。あれは『使徒』だ。神の使いだ。
神の力でしか死者を呼び戻す事ができないなら、神の力を使えばいい。
日本政府から打診のあった、国立海洋博物研究所で働く事を決めた。そこでアバドンの研究をするよう頼まれたのだ。
色々と裏事情のありそうな話だったが、個人でできる研究などたかが知れている。この話しは渡りに船だった。
そして、更なる転機が訪れる。アバドンが死んだのだ。
場所は東京のど真ん中。そこで、別の使徒と思しき存在と殺し合い敗北したのだと言う。
これで使徒の肉体が手に入る。アリシアの復活にまた一歩近づいた。
サンプルを持ち帰った妻が、あの子が生きていた頃と同じ笑みを浮かべる様になった。持ち帰る為に己の体に入れてきたのは驚いたが、それだけ覚悟があったという事でもある。
その覚悟に答えよう。夫として。そして父親として。
* * *
妻と共に導き出した結論は、あまりにもあまりな内容だった。
『あの世とこの世の垣根を破壊する』
アリシアの魂を取り戻すにはそれしかない。ない、が。その為にはこの世を異形の地にする必要がある。
もしもそれを実行すれば、いったいどれだけの人が亡くなってしまうのか。どれだけの『家族』が、別れをとげてしまうのか。
南米にいた部族は、旅人や近くの街から人を攫っては儀式の生贄にしている鬼畜どもだった。
宇宙人達と敵対していた者達は、人ではない死肉を喰らう異形どもだった。好んで子供を襲う忌むべき存在だった。
しかし今度はどうだ。なんの罪もない人達じゃないか。
これが本当に正しいのかと迷いながらも、日々変わっていく妻の為にも立ち止まる事はできなかった。
とうとう実行の日、神は自分を試しているのかと思った。
使徒に出会ったのだ。黒髪の怪しげな、この世ならざる美貌の使徒。伊達メガネとマスクで隠していても、アバドンの細胞と常に接してきた自分にはわかる。
彼に話したのだ。全てではないが、自分達の行いは正しいのかと。
答えは、YESでありNOだった。
親子が再会を望むのは是。だが、その為に他者を害するのは間違っていると。
方法を選ぶべきなのだろう。だが、他に方法など思いつかない。自分達にはこれしかないのだ。
それでも今日はやめようと思った。なんせ使徒がいるのだ。その意思に逆らうのであれば、もしかしたら妨害にあうかもしれない。
この懸念を妻に伝えた。彼女の六つの瞳を見上げながら話しかけるが、返事は否定。この日を逃せば、ロケットに仕込んだ細胞が政府にばれてしまう。島ごと焼き尽くされてしまえば、これまでの準備が無駄となる。
体の中に彼女が渦巻いていく。そうだ。今日しかない。やるしかない。
アリシアを取り戻す。三人でまた過ごすのだ。咎はその後に受けよう。たとえ煉獄の業火に焼かれようと、あの子を取り戻す。あの子に、笑っていてほしいのだ。
ああ、けどどうしてだろう。
僕は、カレンは。本当に、今あの子の親だと名乗れるのだろうか……?
読んでいただきありがとうございます。
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本日中にもう一話投稿させて頂く予定です。そちらもよろしければお願いします。
本編に関係ない情報
Q.お前、科学者が生き返らせたい亡くなった娘の名前が『アリシア』ってセーフなの?
A.違うんです。最初に『ニードリヒ』という名前を考えた後にその対義語っぽくなってかつ子供の名前にそれっぽいのを探したらこれしか思いつかなかったんです。作者はぶっちゃけ外国語全然わからないので。
やたら露出が凄いパツキン魔法少女は関係ないんです。許してください。新垣さんがなんでもします。




