第百十七話 再起動
第百十七話 再起動
サイド 剣崎 蒼太
きっちり一分後、ぺしぺしと兜が叩かれる。
「はい終わりはい終了はい行きますよハリーアップ!」
「はいはい。そう焦らせないでくれ」
膝に手を付いてゆっくりと立ち上がる。
まだ思う所は山ほどある。それでも、勇気は貰えた。立ち上がる理由もある。なによりも、年上として。『大人』としてかっこつけたいのだ、いい加減。
随分と情けない姿ばかり見せてしまった。明里が相手でなければ、顔から火でも出ていたかもしれない。
何のことはないと、彼女と向き直る。明里もまた、平然とした顔でこちらを見上げている。
「じゃ、今度こそ西棟の地下一階に行くとしますか」
「ああ。終わらせよう」
『あ、ようやくつながった』
無線から佐藤さんの声がする。そう言えば途中から彼からの声が聞こえていなかった気がする。
『ひっどいんだー。プリンセスちゃんだろぉ?無線をきったのは』
「はい。貴方の声は不愉快でしたので」
「明里!?」
『え、私そんな嫌われる事した?』
「された覚えはありませんが、手足をぶち抜いた上で溶鉱炉に放り込みたいぐらいには嫌いです」
『いやに具体性があるね!?』
いや本当に、なんでそこまで佐藤さんを嫌うんだ明里。
俺にはわかる。この目はガチだ。理由さえあれば間違いなく実行するレベルで佐藤さんに嫌悪感を抱いている。
「なんかわかりませんが気に入りません。生理的に無理です」
「明里。やめるんだ。女子中学生の『生理的に無理』は全体即死魔法だ。具体的に言うと俺が死ぬ」
前世をね、思い出しちゃうんだよ。思い出すならもっと幸せな記憶がいいのにピンポイントで中学の暗黒時代が頭の中でプレイバックされるんだよ。
……あ、マジで死にたくなってきた。
「おや、軽口を言えるぐらいには回復したみたいですね、メンタルクソ雑魚ナメクジ」
「なんか暴言酷くない?おかげさまで色々と吹っ切れて……は、いないけど、うん。なんとかね」
「それはよろしい。で、佐藤さん何のようですか?くだらない理由だったら裁判の後確定で銃殺刑ですが?」
『うん。まあ私としてはどうでもいいんだけど、ロケットが発射段階に入っているね』
「……ロケット?」
「あ、なるほどわかりました」
え、待ってどういう事?
「これあれですね。衛星打ち上げ用のロケットにアバドンの細胞いれて発射する気です。もちろん本土の方目掛けて」
「は?……はあ!?」
本土にアバドンの細胞を!?待ってどういう事!?
「発射までの猶予は?」
『そんなにはないんじゃない?』
「了解。蒼太さん」
「ああ、なんだ」
「あれ、聞かないんですか?」
「相棒だろう。で、なんだ」
「それもそうですね。手短に言うと、私と美国はロケット阻止に向かいます。蒼太さんは木山教授たちをブチころがしに行ってください。OK?」
「わかった。気をつけろよ?」
「誰に言ってんですか」
会話しながらショットガンに弾込めを終えた明里が、こちらの胴鎧を軽く叩く。
確かに彼女にはいらぬ心配かもしれないが、それでも心配させてほしい。それに、武器がショットガンその他だけというのは見ていて心もとない。
「これを持っていけ。ないよりはマシだろう」
そう言って腰の後ろからヒートガンの試作機を手渡す。
「おや、よろしいので?そちらは素手になりません?」
「大丈夫だ。『さっき』手に入った。いや、戻った」
手に魔力を集中。柄が、鍔が、刀身が編み上げられていく。
何十回と繰り返し、もはや手慣れた魔力の流動。だが少しだけ異なる感覚を覚えながらも、その剣は構築される。
シンプルなシルエットながらも柄頭から切っ先まで蒼黒で染め上げられた、多少の装飾のほどこされた両手剣。刃渡り一メートルしかない人が振るう為の武器なれど、見る者が見れば一目でわかるだろう。これは剣の形をした恒星なのだと。
『偽典・炎神の剣』
かつてよりも僅かに重量が増したように思えるが、内包する魔力量の変化でその程度の変化は気にならないほどだ。
不用意に力を解放すれば、島一つ瞬く間に溶けて沈む事だろう。
「おやおや。懐かしいですね」
「ああ。ようやくだよ」
あの親子を切った時に、おっとり刀でこの剣は再起動した。
もし、もしも最初からこの剣が使えていたのなら、もっと救えたのだろうか?
……いいや。これは意味のない思考だ。自分は出来る限りをした。そしてこれからもできる範囲でやる。それだけだ。
「じゃ、行ってくる。そっちも気を付けて」
「ええ。行ってらっしゃい。そして行ってきます」
食堂を出た先の十字路で明里と背を向け合い、ほぼ同時に走り出す。
『いいのかい?あの子、護衛はいても生身の人間だろう?』
「ええ。ですが『相棒』ですので」
最初は少し混乱したが、木山夫妻がやろうとしている事は察しがついた。
彼らの目的は『娘の蘇生』。しかし魂を再現、あるいは引き戻す事は容易ではない。であればどうするか。
その答えに、彼らは『肉体へ魂が戻りやすいようにする』というのを選んだのだ。
あの世とこの世の垣根を打ち砕く。死者も生者も関係ない世界にすれば娘さんも戻ってくると考えているのだろう。
魔法的に見て、あながち間違っているとも言えない。理論だけなら、だが。
だがそれはあの世……この世ならざる神の城に踏み込むという事でもある。
間違いなく、既存の生物は須らく滅びるだろう。単純に死に絶えるのか、はたまた狂った世界の狂った住人になるのか。あるいは、まったく予想もつかない『なにか』へとなれはてるのか。
なんにせよ、このままあの夫妻を放置すれば世界は滅ぶわけだ。笑えない。
ある程度明里から離れれば。剣の力を解放。その内側に秘められた炎からすれば、それはほんのわずかな緩み。小指の甘皮程度の放出。
たったそれだけで、床の一部をピンポイントで溶かし一階までの直通ルートを作り出す。
これは……本当に気をつけて使わねばまずいな。そうそう手加減を誤る事はないだろうが、それでも一歩間違えれば自分があの世との垣根を壊しかねない。
神格の顔を焼き潰せる力。それを取り込んだこの剣は、随分と危険物となってしまったらしい。
だが今はそれでもいい。世界を滅ぼそうという者達を止めるのに、これ以上ない武器だろう。
棟と棟の壁を壊せば何が起きるかわからない。食堂の者達の感染経路がわからない以上、外壁は出来るだけ壊したくなかった。一階に降りてから西棟の地下へと向かう。
西棟は不思議なほどに静かだった。ニードリヒは一体もおらず、代わりに肉塊が壁や天井を這っている。
『あ、なんだか電波、ガァ……』
佐藤さんからの通信が途切れ、無線機がノイズだけを出すようになったので電源をきる。
間違いない。この下に彼らはいるのだ。膨大な魔力の塊と、その傍に気配が二つ。だが少しだけおかしい。膨大な魔力の方にも、微かにだが気配が……。
考えても仕方がない。今は、彼らの所に行くとしよう。
両手で剣を握り、切っ先を地下へ。深呼吸を一回。ほんの少しだけ魔力を体から剣へと流し込む。
たったそれだけで蒼の炎が刀身を包み込み、急速に先端へと収束された。それは戦艦だろうと溶かしえるだけの熱量。
この一撃を、膨大な魔力の塊目掛けて撃ち込む。
「っ……!」
外に一切熱をもらさぬと制御されていた火球を、一方向にだけ解放。それだけで自分が全力で殴らなければ砕けなかった床どころか、それこそ使徒であっても無事では済まない熱線とかす。
もしもこの一撃に耐えうる存在が神格以外にいるとしたら、自分の知る範囲ではたった二人。
一人は恐らく最強の使徒であった『金原武子』。
「お久しぶり、というにはそれほど経っていませんか」
出来上がった大穴を跳び下り、地図には存在しなかった地下五階へと着地しながら眼前の男性へと声をかける。
『きみ、は……!』
動揺をあらわにする木山教授……なのだろう。彼の姿はもはや完全に人ではなくなっている。
鼻も口もなく、黄金の瞳が二対あるだけの顔。頭部含め鋭角な印象を受ける各所と、全体としては人間らしい丸みもある肉体。その右腕はメタルシルバーに輝き、六本爪だけが瞳と同じく金色に輝く。
彼の感情表すように、どこかから発せられる声と腰から生える四本の尾が揺れ動く。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!』
そんな彼の背後にいるのが何か、自分にはすぐにわかった。
黄金に輝く三対の瞳。爬虫類を彷彿とさせる三角形の頭部。あの熱量を受けて、なお健在である事が明確な規格外。不格好な肉塊となった首から下はともかく、その顔はあの日東京で見たものとなんら変わらない。
自分の知る使徒の中で『最凶』の存在。アバドン。
「貴方達を、止めに来ました」
そして、木山教授の隣に立つ一人の少女を視界の内に捉える。
まだ幼いと表現すべき小柄な少女。白と黒のピッチリとした衣服は、平時ならアニメのコスプレか新体操か何かの衣装と思うかもしれない。
だが、その特徴的な銀の髪が。黄金の瞳が。何よりも明らかに人の物ではない手足が彼女は尋常ならざる存在だと伝えてくる。
彼らの娘、『アリシア』に顔が似ているだけの生物がそこにいた。
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