第百十四話 強行突破
第百十四話 強行突破
サイド 剣崎 蒼太
一階で遭遇した四体が融合したニードリヒが特殊だったのか。現在三階に到達したのだが、融合した者達とは遭遇していない。
一体ずつを淡々と切り伏せていく。
思う所はあるが、だいぶそれも薄れてきた。それはよくない事なのだろうが、贅沢は言っていられない。
廊下の水もほぼなくなっており、乳白色の床を歩く音が響く。
足場は格段によくなり、木山教授の部屋もあとわずか。順調と言えなくもない行軍のはずだが……。
「どうしました、蒼太さん」
「……少し、嫌な予感がする」
上手く言語化できないが、肌にひりつくような感覚があるのだ。第六感覚が危機を伝えている気がする。
「なあ。ニードリヒ達はなんで群れないし、壁や扉を突き破って攻撃してこないんだ?」
「それは私も疑問だったんですよね……」
油断なく銃を構えながら、明里が少しだけ考える。
「やはり、『そうしたくない誰かからの介入』では?」
「誰か、か。なんとなく俺もそんな気はしているが」
個体ごとの考えでそうしているには、あまりにも一様すぎる。であれば、群れのボスか、それに類する存在から何らかの指示を受けている可能性がある。
「まあその理由は不明なんですけどね」
明里の言う通り、その辺はさっぱりわからない。
現状最有力で怪しいのは木山教授である。だが、もしも彼が犯人だった場合なぜそんな指示をニードリヒ達に出すのかがわからない。
このアバドンの因子を……便宜上『アバドン細胞』とするが、それを研究所内に放ったのだとしたら、なんで研究所の外に撒かないよう指示するのか。
では彼以外にニードリヒ達に指示を出せる者がいる?それは誰なのか。どういう理由でその様な事をするのか。その力があるのなら、何故この事態をおさめようとはしないのか。
疑問は尽きないが、それも木山教授の部屋に行けばわかるのだろうか……。
「っ!?」
三階の探索もある程度進んだ所。眼前のニードリヒを切り伏せた瞬間、ぞわりと悪寒が走る。
「まずい……」
『おっとぉ!どうやらルール変更があったようだぁ!』
楽し気な声が無線から響く。それのすぐ後に、足音を聞き取った。
ひたひたとした素肌で歩くような、しかし硬質な音も足裏に少し張り付いているかのような、硬い音も混じった足音。
今日だけで随分と聞き慣れた、ニードリヒの足音だ。
しかし一点。聞き慣れない部分がある。
『彼ら、一人ご飯よりたくさんで食べた方が美味しい事に気づいたらしい!』
「そのままトイレに籠っていてくれませんかねぇ!」
まったく関係ないが、明里の言葉に傷ついている人もいるのだ。俺とか。
だが冗談など言っている場合ではない。
「行くぞ!」
明里を左手で抱えあげて走り出す。自分の後ろを走る美国越しに振り返れば、そこには既にニードリヒ達がいた。その数、およそ二十。
流石にあの数をこの装備で相手するのは厳しすぎる。
速度は自分、美国、ニードリヒの順であるので、このまま阻むものがなければ追いつかれる事はないだろう。
阻むものがなければ。
「くっそ……!」
前方の廊下からも気配を複数感じる。三体以上の集団で行動し、それが十近く存在している。
「どういう心境の変化だ、畜生め!」
「わかりませんが、ぶち抜くしかないでしょう」
「それもそうだな!」
正面に現れたニードリヒの顔面に明里が抱えられたまま器用にグレネードを直撃させ、仰け反った所を自分が斬り捨てる。
「左手分は頼むぞ!」
「無論ですね!私は天・才・美少女!明里ちゃんですよ!」
どこか楽し気に吠える明里と共に、正面に立ちはだかるニードリヒ達へと踊りかかった。
* * *
正面から放たれる六本の触手を片手の剣で切り払いながら前進。接近する最中、明里がライフル弾を左端の個体、その眼球に直撃させる。
『アアアア!?』
絶叫を上げながら目を押さえる個体を蹴り飛ばしながら、右にいた個体を斬り捨て、正面に回り込んできた個体を横薙ぎの攻撃で強引にどける。
「閃光弾!」
そう叫んで明里が筒の様な物を後ろに投げた。次の瞬間、背後で強い光が発生したのを感じ取る。
「美国はついてこれているか!?」
「問題ないです!損傷も軽微!」
「よし!」
『あ、次の突き当り左ね。右の方は肉塊で塞がれているから』
「はい!」
三階だけで既にどれだけいるのか。時間間隔も自信がなくなってきた。
行き止まりで囲まれるのを防ぐため、開錠が間に合わない時は同じところをグルグルと回る必要もある。自分達の脚力であれば手狭に感じるフロア内も、こうして戦えば広く感じるものだ。
斬り捨てたニードリヒはおよそ二十。それでも後ろから感じられる数は四十以上いるだろう。
『ようし開いた。五秒後に閉めるよ』
「了解!」
開かれた扉に跳び込み、背後に向かって明里が閃光弾。美国がヒートガンを放つ。
不幸中の幸いは二つ。
一つは奴らに閃光弾が有効であること。どうにも五感のうち視覚に随分と頼っているらしく、聴覚が使えていない可能性がある。機能していたとしてもかなり弱い。その分、視覚が敏感なようだ。
二つ目は奴らが扉を壊さないこと。どういうわけか、閉じられた扉を前にすると壊す事もなく迂回するかその場で待つのだ。扉を力ずくで破壊しようという動きがない。
だが、どちらも問題はある。
「閃光弾、残り三です!」
『あ、また解除されたね』
閃光弾は有限であり、敵にも扉を開閉する手段があることだ。
ニードリヒ達が直接扉横の機械を操作している様子はない。そもそもそれだけの知能が残っているかも怪しい。
となれば、やはり指揮、あるいはバックアップしている者がいる。
「四階へのルートは!」
『まだ待って。とりあえずそこから次の次にあるT字路で右の道を行けば隠し部屋に入れるから』
「はい!」
佐藤さんのナビ通りに、右に曲がっていくと壁の一部が不自然に開いたのを確認する。
迷わずそこに跳び込むと、壁もスライドして入口が閉じられた。
「ふぅ……」
「ふぅっ!いやぁ、数が多いですね」
小さくため息をつく自分をよそに、明里がテキパキと弾倉を交換している。やっぱタフだな、この子。
「それにしても、隠し通路ってわりに綺麗ですよね。今は」
「ああそうだな。今は」
それほど大きい通路でもないが、大人が二人すれ違えるぐらいの幅をした廊下が数メートルほどあり、その先にはドアのない小部屋が一つ。
中には本棚や怪しげな薬品。いかにも魔法使いの工房とでも言いたげな空間が広がっている。
恐らく、一般の職員には見せられないものがここで行われていたのだろう。他にも隠し部屋を見たが、そっちはこちらよりも広く、怪しげな空容器が放置されていた。
さて、何故自分達がこの秘密の部屋でゆっくりと態勢を整えていかないかと言えば。
『そこも浸食が始まったよ。もう一つの出入り口の方にはニードリヒ達はいないようだ』
壁や天井。床等からじわじわと肉塊が浮かび上がってくるからである。
施設内の扉や通路を塞ぐあれらが、自分達が入ると隠し通路や部屋にこうして伸びてくるのだ。
どう考えてもあれにも飲み込まれるのはまずい。しかしこんな空間では迎撃も回避もままならない。やむなく、隠し通路から飛び出して四階を目指すのだ。
* * *
角から飛び出してきた個体の頭を剣で突き刺し、盾代わりに振るう。
「ハッハー!」
その個体の後ろにいたニードリヒの顔面にグレネードが炸裂する。
「あまりやって施設を壊すなよ!」
「大丈夫ですここやたら頑丈ですから!」
フルオートでばら撒かれる銃弾。流石に腕が限界なのか、その照準はブレが酷い。自分の戦闘軌道のせいもあるかもしれんが。
盾にした個体に二本、三本と触手が突き刺さるのを無視して突き進み、あと数歩の段階で蹴り飛ばして砲弾に。
正面の個体は上に跳躍して躱すが、その後ろにいた奴には直撃した。
跳んだ個体が上から右腕を伸ばしてくるが、自分の後ろから飛んできた熱線がその眼球を撃ち抜く。美国だ。
ならばとその個体の下を潜り抜けるようにして無視。後ろにいた個体に斬りかかる。
叩きこんだ斬撃が右手に受けられる。僅かに食い込んだが、片手ではそれまで。触手がこちらへ向けられる。
「ムンッ!」
だが、こちらには左手よりも強力な相棒がいる。
銃床を左手で押し込むように、魔法で強化された腕力で明里がアサルトライフルをニードリヒの瞳に突き刺した。
その状態で引き絞られる引き金。流石に仰け反るように怯んだ奴の首を剣で刎ね飛ばす。
『後ろからまだまだ来てるよぉ』
「はい!」
佐藤さんの声に短く返しながら、前へ。
その時、第六感覚が反応。ダクトからだ。
「くっ」
防御は間に合わないと判断。咄嗟に体をそちらに向けると、触手がこちらに突き込まれた。
「がぁ……!」
片方は右の籠手で逸らしたが、残り一本が右胸に直撃。胴鎧を突き破り深々と肉を抉る。肋骨にヒビがはいる感触。
「借ります!」
明里が俺の腰に挿していたヒートガンを引き抜くと、それをダクトの中へ二発。狙いたがわず眼球を撃ち抜く。
「ごぼっ……ナイスショット」
「うっわこれ魔力滅茶苦茶吸われますね」
「試作品だからな」
あいにく試作品の方が正式採用品より優れている事はないのだ。
口端から流れそうな血を飲み込み、剣を握る手で刺さった触手を引き抜く。
「あとどれぐらいで階段に!?」
「たしかもう少しです!角を三回!」
「了解!」
新たに正面から現れた五体に突貫する。
ああ。不謹慎だとわかっている。今まさに斬り捨て、踏み砕き、撃ち抜いている彼ら彼女らは被害者である。そもそも、自分は鉄火場と呼ばれる様な状況は嫌いなはずだ。
だが、ああ。どうしてか。
「駆け抜けるぞ、相棒!」
「上等ですよ、相棒!」
ほんの少しだけ、この戦いを楽しんでいる自分がいる。
* * *
そうして逃げながらの戦闘をすること、スマホの時計を確認した所一時間ほど。
自分も明里も、当然美国も満身創痍だ。いつの間にか千切れかけていた明里の左手や脱臼していた右肩を指輪で治癒。自分も全身痛いが、それはもう治った。二人そろって少しだけ息を整える。
ようやく、四階にある木山教授の部屋へと自分達は到達した。
「あけますよ」
ここだけは電子ロックがない。古びた鍵だけあったので、明里がピッキングで開錠。自分が先頭にゆっくりと中へ入る。
整然と並べられた本棚に、それに反して散らばった床の書類。
そして、机の上には一台のノートパソコンと写真たてが置かれていた。
入口からは写真たての後ろ側しか見えないが、彫り込まれている文字は読み取れる。
『アリシア 十歳の誕生日』
読んでいただきありがとうございます。
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Q.もしかして魔瓦って弱い?
A.転生者の中では弱い方ですが、人間の魔法使いや大抵の人外からしたら十分化け物です。
転生者の強さ順 第一章時点
金原>>>>アバドン>パーフェクト合体人斬り>片手脚金原>>>剣崎≧半分合体人斬り>鎌足>>>>>>魔瓦迷子≧分裂体人斬り
ぐらいのイメージです。ただしこれは正面から戦った場合に限ります。こう見ると剣崎は何気にジャイアントキリングかましています。




