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第百十三話 融合体

第百十三話 融合体


サイド 剣崎 蒼太



 ニードリヒ達の融合。大柄な男性とギリギリ呼べなくもない程度だった体は、寄り集まって今や胴体だけで小型自動車ほどもある。


 驚きはした。だが人から奴らに成り果てる様ほどのものではない。


 膝辺りまである水を蹴散らしながら駆ける。爆ぜるように舞う水しぶきを置き去りに、疾風となって剣の間合いへ。


 当然ながらあちらも悠長に待つ真似はしない。扇のように広げられていた触手が全てこちらへと向かってくる。


 その速度は通常の個体とは隔絶している。音速などは当たり前。その一撃が、強度が、貫通力が。戦車砲の域に達している事などこの身からすれば想像に難くない。


 あいにく、自分は戦車砲どころかライフル弾よりも遅い。見てからそれらを避けるなど間に合うはずもなく、驚愕しながら五体を散らす事しかできないだろう。


 しかし、たとえ五感がそれらを感知し、肉体を動かす事が間に合わないとしても。


「おおおおおっ!」


 もう一つの感覚はそれらの動きを予知、把握している。


 一本目を剣で上に逸らし、続く二、三本目を横薙ぎに弾き、四本目から八本目も剣で打ち落とし、鎧で持って受け流す。


 しかしそれでも速度は緩む。常人では目に追えない速度をたもとうと、自分達からすれば牛歩が如く。


 触手で作られた槍衾を突破した自分を待つのは、大きく広げられた顎から覗く牙の歓待。


 自分の上半身を丸ごと食いちぎるつもりで迫るそれに、左の拳を跳ね上げる。


 籠手に包まれた拳は奴の顎先をかち上げた。轟音と共に仰け反った怪物の鼻先が天井をかすめ、照明の一つを叩き壊す。


 無防備に晒された首。そこに右手一本で持つ剣を引き絞り、突き込む。


戦車の正面装甲すらも貫くと確信がもてる一撃だった。視界の端で美国も紅の銃口を狙い定めている。


 だが、第六感覚が警報をならした。


「後退!」


 それとほぼ同時に明里の声が響き渡る。体は勝手に動いていた。


 大きく飛び退きながら、前面に魔力の障壁を展開。亀の甲羅を彷彿させるそれに、金色のムチが振るわれる。


 それは雷撃――いいや。雷の特性をもった魔力の放出だった。


 間違いない。予想は確信へと変わる。これはアバドンに『なろうとしている』存在だ。かの怪獣へと変化をしようとしている。


「どこの馬鹿だ……!」


 それを考えた奴は極度の馬鹿か手の施しようのないイカレだ。


 自分達人間にはどう考えても手に余る『力』だろうに。俺の能力すら、自分で制御しきれている自信は皆無である。


 それをよりにもよってアバドンの力とは。間違いなく正気の沙汰とは思えない。


 心の中でどれだけ口汚く悪態をつこうが現状は変わらない。


 水しぶきをあげながら着地。第六感覚による空間把握にて、美国の一部機能がエラーを吐き出しているのを感じ取る。


 盾で受けたのもあり、損傷は許容範囲内だろう。しかし内部に組み込まれた血の力で自己回復は可能だろうが、それは恐らく一分後。戦いの場では何億もの価値をもつだけの時間がかかる。


 奴の注意を明里に向けないためにも、なにより長期戦は論外である為に前に出る。


 アッパーを受けた顎も、剣で叩き返された触手たちもほぼ無傷。触手の方には多少傷があったのだが、既にかすり傷もない。驚異的な再生速度だ。


 であれば、再生が追い付く前に切り伏せる。奇しくも己への対処法と同じ事。簡単には死ねない同士の殺し合いか。


 鎌首をもたげ、四枚のヒレをゆらりと動かすニードリヒ。それが攻撃の予兆だと、誰が見ても気づく事ができるだろう。


 だがその先を知る事が、見る事ができるのはほんの一握りに違いあるまい。


 爆発があったのかと思う程の衝撃と轟音。次の瞬間には眼前にニードリヒの口がある。大きく開かれた顎。不揃いな牙がこちらを貫こうと迫っている。


 すんでの所で横から牙に剣を叩きつけ、軌道を逸らす。だが体格差ゆえか、あるいは筋力で下回ってしまったゆえか。奴の首から下は真っすぐと進んでくる。


 咄嗟に横に回避。それから後悔する。あの速度で壁にぶつかれば、いかに頑丈に作られた研究所の壁といえども突き破りかねない。


 だがそれは杞憂に終わった。壁に衝突する寸前にニードリヒが軌道修正。Uターンするようにしてこちらへと向かってくる。


 今度は牙の攻撃ではない。槍のように先端を尖らせた触手の連撃だ。


 一本はしなるように。一本は弾丸のように真っすぐと。一本は矢のように弧を描いて。一本一本がまったく異なる動きをしながら、四方八方からこの身を貫かんと伸びてくる。


 どれ一つとっても直撃を受ければ無傷といかず、体勢を崩した隙に他の触手たちが殺到するのだろう。


 その絶死の空間にて、剣を握りなおす。


「しゃああああああああ!!」


 裂帛の気合と共に剣を振るう。コマのように体を回転。足元の水ははじけ飛び乳白色の床が露出。すぐに砕かれ灰色のコンクリートがむき出しになる。


 回る視界の中、それでも自分が有する第六の感覚は研ぎ澄まされたまま。触手一つ足りとて見逃さない。


 回転時間二秒前後。それでもって八本すべてを斬撃でもって打ち払う。


 二本は切断。一本は深い切込みがはいった。しかし残り五本は健在。即第二撃がそれらによって敢行される。


 それでも数は減った。迫る五本を剣で、籠手で、時には胴の鎧を滑らせて前へ。


 触手が触れる際に受ける衝撃で流されそうになる体を、むしろその衝撃さえ利用して加速。


 チリッ。そんな静電気じみたものを首筋に感じ取る。ニードリヒが背中の腕を使って雷撃を放とうとしているのだ。


 だが、それを無視して前へ。何故ならそう、この怪物は俺と言う『推定人外』にばかり今は注目しているようだが。


 この場には『人間』もいる。それも、とびきり頭のぶっ飛んだ奴が。


 白のワンピースを翻し、器用にも水面から僅かに覗いているベンチの背もたれを足場に跳ねていく一人の少女。


 背のリュックはどこに置いてきたのやら、まるで天狗もかくやと軽やかに舞う。


 その手に持った黒鉄の武器がニードリヒの顔面。いいや四つある眼球の一つに向けられていた。


「グレネード!」


 こちらへの気遣いかは不明だが、明里はそう叫びながらもう一つの引き金を引いていた。


 銃口の下部にある筒から放たれたそれは、自分達の感覚からすればあまりに遅い。ライフル弾未満の弾速は、普段ならばあくびまじりでも躱せていただろう。


 だが無力な少女と侮ったか、あるいは自分に随分と警戒していたらしいニードリヒには完全なる不意打ちだった。


 左上の眼球に直撃。轟音が響く。


『『『『アアアアアアアア―――ッッ!!??』』』』


 四つの声が重なり合ったような不快な悲鳴。装填されていた雷撃はただの魔力となって霧散し、無防備な巨体が晒される。


 一閃。丸太ほどもある首を、今度こそ自分の剣が断ち切った。


 重い音と水しぶきを発しながら、ニードリヒの頭と体が水の中へと沈む。すぐさま頭部に剣を突き刺していく。特に四つの元々ある頭。


 案の定まだ生きていたか、蠢こうとするのを足で押さえつけて逆手に持った剣で突き刺し、左手で引き抜いた銃で体の方を撃つ。


 胴体の方は痙攣しているだけで攻撃してこないらしい。頭部も完全に破壊した。


「やったか……」


「そうたさーん」


「うん?」


 振り返ると、ぐっしょりとずぶ濡れになった明里がいた。


「えっろ」


 大丈夫か?


「今本音と建て前逆じゃありませんでしたか?」


「んんっ……大丈夫か?」


 小さく咳払いをしてから問いかける。


 頭からぐっしょり濡れた明里は白いワンピースが透けており、下の白い素肌にぴったりと張り付いている。黒い髪も体に纏わりつきなんだか退廃的な雰囲気がする。


 なにより上半身は防弾チョッキで隠されているが、下半身は薄っすらパンツが見えるのではないか……!?


「グレって初めて撃ちましたが、思ったより反動ありましたね。少なくとも不安定な姿勢で撃っちゃいけませんね」


「いや普通背もたれ足場に跳ねまわりながら銃撃つのはおかしいと思う」


「いいーじゃないですか。やってみたかったんですよ。無駄に空中跳ねながらぶっぱ」


 なんだやってみたかったって。


「あ、それとパンツは見えませんよ?」


「みようとしてなんていませんよ?」


「あっはっは。ざーんねんでしたー。スパッツ履いてますから、どれだけ凝視しても見れませんか」


 そう言ってひらりと少し重そうにめくりあげられるスカート。


 水が伝う白く長い生足。むっちりと肉付きがいいにもかかわらず、すらりとした印象を受ける。太ももがとてもエッチだ。


 はっきりと見せつけられるスパッツ。紺色のそれと白の肌のコントラストが素晴らしい。なんか右の太ももにベルトが巻かれてそこに小型の銃が提げられているけどそんな事はどうでもいい。


 エッチだ。


「……蒼太さん」


「はい」


「キモイです」


「見せてきたのそっちじゃんありがとうございます!」


「ちょっと後悔してますけどね」


 ああ……白のとばりが降りてしまう。楽園の光景は隠されてしまった。


「というか、鉄砲持ち歩くのはやめた方がいいと思うが……」


「急に冷静になりますね。大丈夫ですよ職質されたら蒼太さんに食わせますから。拳銃は」


「俺が食べるの!?いくら明里のスカートの中で太ももに密着していた物体だからって………………たべ、なぁぁ……い。よ?」


「……キモッ」


「ごめんなさい」


 ものすごいゴミを見る冷たい目で見られた。辛い。


「さて、上の階にいきましょうか」


「はい」


「この美少女に続けー!」


「なんかテンション高くない?」


 階段に続く扉は薄い肉の膜で覆われている。チラリと目を向ければ、部屋の角にある監視カメラにも似たような物が張り付けられている。


『あ、終わったぁ?こっちからだと全然わっかんないだけど』


「あ、二階への階段の前までこれました。ただ、扉に変な肉の膜が張り付いています」


『うーん……とりあえず開閉操作してみよう』


「わかりました」


 佐藤さんとの無線を一度きり、扉から少し離れる。すると、肉の膜をぶちぶちと引きちぎりながら扉が左右へと開いていった。


 階段にたまっていたのが流れてきたのか、ざぱりと水量が増える。


「上の階も水浸しなんですかねぇ」


 スカートの裾を縛り、膝辺りまで出しながら明里が首を傾げる。少し後ろで再起動したらしい美国がリュックを抱えて歩いて来た。


『たぶんだけどね。それでも一階ほどではないと思うよ』


「それはよかった。この格好動きづらいんですよね」


『脱げば?』


「ドタマぶち抜きますよ」


 ……ちょっと期待したけど黙っていよう。


「じゃ、行きますか」


「ああ」


 最後に一度だけ、チラリとニードリヒの死体を見る。


 めった刺しにされた頭部と、焦げ跡を残した胴体。完全に死亡したと断言できる。


「……」


 小さく、そして短く黙祷する。


 殺しておいてとも思うが……この人達に、せめて安らかな眠りがありますように。




読んでいただきありがとうございます。

感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。今後ともよろしくお願いいたします。


Q.グレネードでダメージはいるの?

A.むしろアバドンや金原みたいな例外を除いて大抵の転生者も眼球に直撃したら怪我します。魔瓦の場合死ぬ可能性もあります。

 まあ魔瓦は転生者の中で直接的な戦闘能力は最下位候補ですが。代わりにメンタルが一番やべー奴です。


Q.転生者の中で魔瓦だけ米国のブラックリストにないの?

A.魔瓦は基本的に潜伏するので海外では有名でないのと、某公安の人が全力で攻撃して関東圏から追い出したので「そんな大した事ないんじゃない?」とみられていたのもあります。


Q.江縫美恵子は出番もうないの?

A.もしかしたらチラッと映りはするかもしれませんが、メインでどうこうはないと思います。メインはりだしたら自称家臣候補のサメ系少女が真顔になります。



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― 新着の感想 ―
[一言] 魔瓦だけいなかったのはそういうことだったんですね。
[一言] グレネードを眼球に受けてダメージで済むのか、やはり転生者達はスペックやべぇな。
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