第百十二話 東棟
第百十二話 東棟
サイド 剣崎 蒼太
クリアリング等は行わず、自分の第六感覚を頼りに進んでいく。
正直先の事もあってあまり第六感覚に自信がないのだが、明里が『時間ねーんですからやりやがってください』とけつを銃床で叩いてきたので現在の形に。
お前俺じゃなかったら骨折れてるからね?
「ご安心を。蒼太さん以外にはこんな事しませんから」
「えっ……」
「うっわ。この流れで本当にときめく人初めて見た」
「うっわとか言うな。男の純情を弄ぶんじゃない」
「はいはい」
強引にでも精神を普段のそれに近づける。
一度通常の精神に戻し、そこから立て直す……らしい。あいにくその辺の心の持ちようなど知らない。
警備室を出てから五分ほど。自分達は所長室に向かっている。
「佐藤さん」
『はいはい』
目の前にある扉を遠隔でハッキングしてもらい、先に進む。今の所一度肉塊に道を阻まれた以外は順調に進んでいる。
現在地は北棟の一階。ここから東棟に所長室がある。本当は反対の西棟に向かいたいが、先に扉や壁の破壊が不用意にできない状況を打破しなくては。
「所長室の場所は……」
「東棟の四階ですね」
「最上階か……」
本当に壁を壊してショートカットできないのが痛い。今は地道に向かうとしよう。
そう思いながら東棟への通路を進む。各棟への移動は一階の通路を使う必要があるらしく、地下も同様に横のつながりがないのだとか。
随分と働いている人間から苦情が出そうな仕様だが、それだけ施設内の行き来を管理したいらしい。
東棟に入る。パンフレット曰く、この棟は海洋生物の研究を主に行っているらしい。今はもう大して信用が出来ないが。
「これは……」
扉が開いたとたんバシャリと中の水が流れてくる。地面に広がっていく水たまりを見てから、無線に触れる。
「佐藤さん」
『うん。一部が水没しているね。地下は完全に水の中。一階と二階も酷い所は沈んでいるね。大半は足首までだけど』
「……わかりました」
あまりいい状況とは言えないな。あいにく自分に水中戦の経験はない。明里も同じようだし、美国にいたっては武器の性質上かなり苦手な戦場だ。
というか、知り合いで水中戦が得意な者など海原さんぐらいしかいない。
まあ彼女を連れて来ていたらとは思わないが。我が身可愛さに知人をこんな事件に巻き込もうとは思わない。新垣さん以外。彼はほら、例外だから。能力的にも職業的にも。
水たまりを踏みつけながら次の扉へと進んでいく。立ち止まっている時間すらも惜しい。一度だけ振り返り明里を確認。
「いけます」
「……よし」
佐藤さんに扉を開けてもらい、中へと踏み込んだ。
* * *
東棟に突入から三分。階段があるという場所を目指して進む。
「っ……」
その時だった。第六感覚に反応があり、明里を手で制して止める。
「数は?」
「多い……二、いや三。正面からくる」
水は足首ほどまで。行動にそこまでの支障はない、が。
「明里は念のため美国のうえに」
「はい」
ニードリヒの特性がこの状況と噛み合い過ぎる。
バシャバシャと激しい水音をたてながら駆けてくる三体のニードリヒ。前方の曲がり角からそれらが飛び出してくる。
『アアアアア――!!』
雄叫びと共に踊りかかる三体。
――大丈夫。戦える。
震えそうになる剣先を抑え込み、前へ。
先頭にいたニードリヒが突き出した右腕を兜にかすめさせながら、すれ違いざまに左腕を斬り飛ばし、二体目の触手を屈むようにして回避。一体目の顔面に美国の熱線があたるのを感じながら、水浸しの廊下を前転。
立ち上がりざまに二体目の右足を切断。そこで三体目が足元の水に右腕を伸ばしているのを視認する。
すぐさまバランスを崩す二体目の体を踏み台に跳び上がり、水を経由し広がる雷撃を回避。天井を足場にして加速しながら三体目の頭を叩き割る。
頭頂部から胸板の半ばまで断ち、前のめりに倒れる三体目の背中から生えた触手を掴む。それを勢いよく自分の背後に振るえば、そこに二体目が放った触手が突き刺さった。
攻撃を防がれながらも触手を引き戻し接近しようとする二体目に、三体目を手放しで空振りさせる。絶命した三体目に組み付いてしまった二体目を諸共に貫く。
『ア、アアアアアァァァ……!』
かすれる様な悲鳴をあげて左手を伸ばす二体目に、剣を捻り上げて上に向かって振り抜いた。
倒れ伏したニードリヒ達が足元を赤く染めていく。
血の色は、元のままなのか。
「蒼太さん」
「大丈夫だ」
心配げに問いかける明里に短く答える。
大丈夫、まだ戦える。彼らか、あるいは彼女らか。その人生を。元はどういう人物だったかを考えないわけではない。
だが今は目をそらす。殺めた命については、後で考える。
だから、この喉元にせり上がる物は飲み下せ。でそうな弱音はかみ砕け。
「行こう」
我ながら弱い精神だと自覚する。だがまだ戦える。走る事は出来る。
「蒼太さん」
「ああ」
「帰ったら蹴ります」
「酷くない!?」
「いやなんかイラッときたので」
何故か額に薄っすらと青筋を浮べた明里に叫ぶが、無視されて先を歩いていってしまった。解せぬ。
彼女が苛立たし気な感情を隠す様子もない顔のまま、しかし感情を読み取れない声で無線に問いかける。
「というか佐藤さん。監視カメラ見ているならこの先の事教えてくれませんか?特に敵の配置」
『え、わかんにゃい』
「キッモ」
『おっとぉ、思った以上に効くねぇ』
そう。女子中学生の『キモイ』はあらゆる男に特攻をもつ。マジで死にたくなる。というか初対面の人に右ストレートはやめなさい。
『施設全部にカメラが配置されているわけじゃないからねぇ。なんかあえて配置しなかった感がすごいよ。見られたくない物がたくさんあったのかな?』
「警備室の奥にあった武器庫以上にですか?」
『というより、それぞれ見られたくない物があった結果じゃないかな。ここ、どうも複数の組織が色々出し合って作り上げたみたいだし。今回の事件の首謀者にとっては好都合に働いただろうけど』
「うっわぁ……」
そんな縦割り行政みたいな理由でこの大惨事とか勘弁してほしいのだが。いやそもそもなんで国立の研究所なのにそんな複数の組織が内側で睨み合いしてるんだよ。頑張れよ日本。
そうこうしながらも、どうにか階段のある部屋近くまで到達する。
「……いるな」
この研究所。一階の階段周りはやけに広く設計されている。隠れる場所など与えないとばかりに、高校の教室三つ分以上のスペースが設けられているのだ。あるのは精々背もたれの低いベンチがいくつかと、自販機とゴミ箱が一つずつぐらい。
その手前まで来たわけだが、扉の先にニードリヒ達の気配を感じ取っていた。
「おそらく四体。四体……でいいのか?」
「いや私に聞かれてもよくわかりませんが。中の音を聞き取ろうにも扉が厚くて全然わかりませんし」
明里がアサルトライフルの装填を済ませ、下部に取り付けたグレネードの確認をしていた。
君本当に壊し過ぎないでね?なんで肉体的にはちょっと怪力な俺よりその辺危険視しないといけないの?
『うーん。私もわかんない』
「つっかえない人ですね」
「明里ぃ!?」
「すみません。私なぜかこの人きらいなので」
『えー。私はそこまで嫌いではないけどねぇ』
「好きでもないのでしょう。わかりますよ」
「『………ははは』」
明里、目が笑ってないんだけど?なに?なんなの二人とも。怖いんだけど?
というか明里、これガチでは?響と初対面で『ぶん殴っていいですか』と聞いてきた時以上に嫌悪感をあらわにしている気がする。
「で、監視カメラは使えないんですね」
『ああ。設置はされているんだけどね、二台。けどどちらも何かに覆われてしまっているよ』
「覆われている……それは押し付けられている感じですか?それとも貼り付けられている感じですか?」
『通路や扉を塞いでいる肉塊に似た物体が貼り付けられている感じだね。微妙に脈打っていて面白いよ』
「そうですか」
それはそれとして二人の間に淡々と会話が進んでいく。
「では美国が盾を構えて前進。その脇を抜ける感じで蒼太さんがメインアタッカー。私が指揮及び支援という形でいいですか?」
「わかった」
明里に頷いて返し、美国の傍で剣を構える。
「中の四体は密集している。どういう陣形を組んだかまではわからないが」
「監視カメラの対処から一定以上の知能と知識が読み取れます。くれぐれも注意してください」
「知能と知識、か……」
まるで人間だな。
いいや。もはや人ではない。人ではなく、人を襲うと言うのなら。そしてそれが人の法で対応できない存在というのなら。
自分が斬らねばならないのだ。義務感ではなく、居合わせた者としての感情の問題として。
「カウントします。ゼロになったら開けてください」
『OK』
扉から少し離れた位置で明里のカウントが始まる。
ふと疑問に思う事がある。これまで、ニードリヒが『扉を破壊する』という行為をしたのを見た事がない。
奴らに知能があるというのなら、そして最低限魔力を感じ取る機能があるとするのなら。なんで行儀よく壁や扉を打ち破って攻撃してこないのか。それができる身体能力は持ち合わせているだろうに。
壁や天井を戦闘の余波で傷つける事はあっても、明確な意思をもって破壊する姿は今までになかった気がする。
その疑問を口に出すよりも、カウントが終わる方が速かった。
「ゼロ」
カウントが終わると同時に開かれた扉。予定通り美国が盾を構えて前進し、その脇を通って自分も部屋の中へと突入する。
部屋の中央には、ニードリヒ達が一塊となっていた。
比喩表現ではない。本当に一塊となっていたのだ。黄金の一つ目はそれぞれの頭部を保ちながらこちらを一斉に見据え、その頭が生えている箇所もまた頭部と評すべき部位となっていた。
全体のシルエットとしては大昔、それこそ恐竜の時代にいたとされる首長竜に近いかもしれない。
全身を真っ黒に染め上げ、長い首と丸みをおびた胴体。ヒレの様な四肢がある。頭部の形状は爬虫類特有のものであり、本来なら眼球があるべき場所に二組となってニードリヒ達の頭が生えているのだ。
そして背には奴らの特徴的な右腕が生えており、こちらもまた四つ。尻尾は八本の紺色をした触手が扇のように広げられている。まるで動物が敵を威嚇する為に自らを大きく見せているようだ。
黄金の四つ目と、目が合った気がした。
読んでいただきありがとうございます。
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