第百十一話 動揺
第百十一話 動揺
サイド 剣崎 蒼太
混乱する思考を置き去りに体も状況も動いていく。
繰り出された右腕を跳ねるように立ち上がりながら剣で弾き、放たれた触手の槍をタックルする事で回避。背中を掠める感覚を覚えながら相手の体勢を崩す。
押しやられたニードリヒの右腕を左手で掴み、明後日の方向へと投げつけた。壁や天井でバウンドし、数メートル先で左手を床につきながら滑るように着地する。
「なんで……」
ありえない。おかしい。ニードリヒの正体が人間?そんなふざけた話しがあるものか。
「蒼太さん!」
前に出る美国。そしてアサルトライフルを手に飛び出して来た明里。
「っ、明里、下がってろ!」
「じゃあシャキッとしてください!」
盾を構えて発砲する美国と、それに右腕を顔の前に掲げて耐えるニードリヒ……なのか?
牽制で近づけないニードリヒを熱線が削っていく。自分も加わるべきだ。美国が抑えているうちに首を刎ねる。それで終わる。
なのに、なんで足が動かない。
友人でもなければ知人でもない。お互い名前も知らない赤の他人だ。だが、笑っている姿を見た。悪人のような振る舞いを見た覚えもなく、気のいい人だと思っている。
かつて自分が斬り殺した『同類達』とは違う。敵として見ていた相手ではない、ただの人。
それを、今から殺せるのか?
「ぅ、ぁ……」
「撃ちます!」
単発で放たれた弾丸がニードリヒの左膝に着弾。しかしその程度は怯んだ様子もない。それに対し動揺した様子もなく明里は左膝を撃ち続ける。
美国が発砲しながら距離を詰める。一息に加速する鋼の戦士を警戒したか、少し慌てた様子でニードリヒが迎撃態勢に入る。顔の防御を右腕から、いつのまにか生えていた左手に切り替え足を踏み込む。
そこに、『右膝』へとライフル弾が直撃。いかに頑強な肉体をもとうと質量は精々百キロちょっと。前のめりに体勢を変えた瞬間に関節へと強い衝撃を受ければどうなるか。
『アアアア!?』
ニードリヒがバランスを崩して前のめりに転びかける。そこに近づいた美国が盾で異形の右腕を押しのけ、左手で顔のガードを下にさげさせながら眼球に銃口をねじ込んだ。
放たれる熱線。響き渡るニードリヒの絶叫。待て、この、悲鳴を上げているのは、怪物ではなく――。
「あっ……」
自然と伸ばしていた手を引き下げる。
それから数秒のうちにニードリヒは息絶え、力なく倒れ伏す。溶けたのか焦げたのか、黒い粘性の物をひきながら銃口が引き抜かれた。
「蒼太さん」
肩を掴まれて明里に向き直させられる。
「失礼します」
兜をあっさりとはぎ取られ、彼女の碧眼に真っすぐと射抜かれる。
そんなはずはないとわかっているのに、まるで責められているかのように感じて目をそらすが、顎を掴まれて強引に視線を合わせられた。
「……息をしてください。呼吸、止まってますよ」
「っ……はぁ、はぁ」
自分でも言われてから気づいた。そうか、自分は呼吸をしていなかったのだと。なまじ死に辛い体だからか、呼吸をしていなくとも短時間なら息苦しさすら感じなかった。
「このパーフェクト美少女を見てください。口元を特に。合わせて息を吸って、吐いてください」
「すぅ……はぁ……」
「よし、落ち着きましたね」
雑に兜を胸に押し付けられ、反射的に受け取る。
「すまない。迷惑を」
「構いません。相棒に変な気遣いは不要です」
「……すまない」
視線をニードリヒに……ガイドさんだったモノに向ける。
「あれは、なんで……」
「怪物の正体は人間だった。ありきたりな話ですね。好みではありませんが」
「違う」
「はい?」
「おかしいんだ……彼女は『生きていた』……」
魔力の流れも、第六感覚も共に『死体ではない』と判断していた。変化の瞬間を見ていたからわかる。
いかに魔力の出力や量が増加しようと、質が大きく変化しようと、根っこの部分は変わっていない。間違いなく彼女のものだった。
「毒や病気、呪いでも治せるはずだった。治るはずだった。なのに……それにこんな風に人間が浸食される事なんてありえない……」
死体が書き換えられたのならわかる。だがガイドさんは間違いなく生きていた。
であれば治癒が効いたはずだ。そもそも本質が同じでも魔力が、その源泉たる魂がああも変質するなどありえない。
一番近い事例は海原さんが海神の使徒になりかけていた時。だがあれは彼女に元々因子があった事と、神格が宝玉越しに直接干渉していた事が原因だ。
どれだけ自分の魔法知識をひっくり返してもそんな『変化』はありえない。つまり、自分の怪物か否かの判断は信用できない。
「だから、だけど……」
じゃあ……じゃあその前に自分が斬り捨てた者達は。
「せいっ」
「うお」
突然膝裏に銃床が叩き込まれた。
「この、私を。パーフェクト美少女たる私を無視とはいい度胸ですね」
「す、すまない」
「謝る暇があるなら私の話しを聞きなさい」
「はい」
わかったので膝裏を殴り続けるのをやめてほしい。痛くはないけど気が散る。
「状況を整理しますよ」
「え、今?」
「『この研究所はまっとうな所ではない』『木山教授が怪しい』『彼の部屋にあるパソコンでシステムに介入する必要がある』『怪物の正体は人間』『怪物から人間に戻す手段はない』。いいですね?」
「っ……ああ」
そう、ニードリヒの正体は。
「はいそこで変な思考の渦に沈まない!まぁたく面倒な人ですね!」
肩を掴まれてぐわんぐわんと全体重を使って揺さぶられる。
「今するべき事はなんですか!はい三十秒以内に答える!」
「……この事件を解決する」
「はいそれ!悲しむのも後悔も後です!今は生きて、木山教授を殴り倒して、帰る!以上!」
スパンといい音をたてて胴鎧を叩かれた。叩いた明里の方が痛そうだが。
しかし、おかげで少しだけ胸が軽くなった。
「ああ。そうだな。今は悲しむ時じゃない」
思う所はある。次ニードリヒと相対した時、迷いなく剣を振るえるかわからない。
だがそれでも、問題の『棚上げ』ならできる。
十二月の東京で、自分は散々行ったはずだ。感傷も、罪悪感も、全て後回しにして戦って来た。戦う必要があった。
それは今も変わらない。
「すまな……いや」
じろりと睨まれたのもあって、言葉を言いなおす。
「ありがとう」
「はいよろしい!」
銃を担いで警備室に戻る明里に続き中に入る。
「あ、終わりました?」
どこで見つけたのかチョコのお菓子を食べながら、モニター前に座っていた佐藤さんがこちらに振り返る。
「ええ。そっちはどうです?」
自然な様子で部屋奥の武器庫みたいな場所に戻りながら明里が問いかけると、佐藤さんもそれが当たり前とばかりに返す。
「ぼちぼちだねぇ。やっぱりここからだとシステムの書き換えは無理。代わりに良い物が見つかったよ」
そう言って彼が椅子をクルリと回して机を指さす。
机には無線機が三つと地図が一枚置かれていた。
「その無線機、この状況でも使えるみたい。ついでに地図は本来なら書かれていない区画まで書かれていたよ~」
「それは重畳」
武器庫にあったのか、防弾チョッキとごついリュックを装備した明里が出てきた。
「私はここに残って君達をサポートするよ。ちょっと荒事は苦手でねぇ。探索も体力が……」
「え、待ってください。単独は流石に危ないんじゃ」
「無理に出歩くよりは安全だよ~」
佐藤さんがひらひらと手を振って否定してくる。
「いいんじゃないですか?死にはしないでしょう」
あっさりと明里も頷き、銃の確認をしていく。
「一応奥の部屋にまだたくさん武器がありますが、自決用程度に思っていてくださいね」
「はいはーい」
あまりにも簡単に生き死について会話する二人。一見ふざけた掛け合いに聞こえるのに、自分には二人が本気で『どちらが死んでも構わない』と思っている様に感じた。
「行きましょう蒼太さん」
肩を掴まれ、そっと小声でささやかれる。
「アレは怪しいですが、使えます。今回の件で妨害してくる気配もない。手が足りない以上、利用します」
「……敵だったら?」
「その時は逃げに徹しましょう。この状況で裏切られたら事件解決とか言っていられません」
「……わかった」
思う所はあるが、今は時間が惜しい。
「佐藤さん。何かあったら連絡をください」
「何かないと連絡しちゃダメなの!?」
「……一応、助けにくるので」
「あん、これが王子様を待つお姫様の気持ち……?」
なにやらふざけ倒しはじめたケツ顎の禿げたおっさんを置いて警備室を出る。すげえ、扉閉める頃には置いていく事になんの未練もなくなったぞ。
通路に出れば、自然と倒れ伏すガイドさんに目が行く。
たとえ遺族が見ても彼女だとは思えないほどに変異したその姿に一度だけ黙祷した後、歩き出す。
脳裏には、食堂に残された民間人がうかぶ。まだ幼い子供もいたのだ。たしか名前は梨花ちゃんだったか。まだ小さく、小学生ぐらいの命。こんな所でわけもわからず失っていいものではない。船から落ちそうになって支えた時の温もりは、未だ手に残っている。
絶対に死なせたくない。死なせるべきではない。死なせない為に、戦うのだ。
* * *
サイド 佐藤 三郎
「うーん」
一人だけになった警備室。モニターを眺めながら、腕を組んで首を捻る。
視線の先にはプリンス君とプリンセスちゃんが周囲を警戒しながら進んでいく姿が映っていた。
「意外だったなぁ。優しい子だってしゅ……ボスは言っていたけど、ここまで『普通』とはねえ」
まさか『たかが人間が死んだ程度であそこまで動揺するとは』。まったくの予想外である。優しいと言っていたから、てっきり『哀れな。今楽にしてやろう』って感じでバッタバッタと斬り捨てていくと思ったのに。
「それに」
視線をプリンセスちゃんへと向ける。
黒髪に白のワンピース。清純な乙女然とした容姿ながら、防弾チョッキと武器を詰め込んだリュックを纏い、手にライフルを持って走る姿は様になっていた。
「本当に意外だなぁ」
選ばれし『使徒』である彼が、まさか『元・依り代』とは言えたかが小娘一人に従って、しかも精神的支柱という意味で依存に近い感情を向けているだなんて。
「やっぱ不思議だねぇ。この世界は♪」
そう言って、自分のちょっとだけ広めなおでこを撫でるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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Q.剣崎のメンタルクソ雑魚ナメクジすぎない?
A.元々常人の精神だったのが複数のシナリオ経験した上で、それぞれの章で碌にメンタル回復もできずに進行していますので。
明里や新垣さん、海原などが偶にメンタルを回復させますが、まともな精神療養もしていないので章の終わりごとのメンタルはプラマイでマイナスにいっています。増え続けるトラウマ。
神話生物や魔術に対して精神が犯されなくても、殺人や人死にでゴリゴリ削れていく仕様です。
なので外付けメンタルタンクな明里がいると難易度を上げます。トラウマも増やします。




